「地球への渡航目的は。」
「仕事。」
「職業は?」
「……公務員。」
 酒瓶がチャプン、と、アムロの手荷物の中で鳴った。



 荷物受け取り口でサムソナイトを受け取り、M-71A1を返してもらう。聞くとチベットまではここからチャーターした民間のジェット機で向かうそうだ。まだ十数時間もかかる。
「……なんで最初から軍用機で向かわないんだ。」
 九月八日。暑い盛りは過ぎたとは言え、フロリダの日射しはかなり厳しかった。アムロは滑走路に立ちのぼる陽炎を見て目眩がしてきた。太陽を見上げた。
「すぐに涼しくなる。チベットは標高が高いからな。」
「軍用機を使わないことに対しての答えは。」
「答える義務は無い。……が、行動を察知されないために必要な行動とだけ言っておこう。」
 諜報活動の常識、というやつか。ウスダはそれで会話を断ち切ったが、今度はカムリの方が手持ち無沙汰にM-71A1を手の上に乗せているアムロに気づいて話しかけて来た。アムロは二人のスーツ姿の男に挟まれるように空港内を移動していた。
「大尉は、それを愛用している?」
「え? ……そうだな、でも殆どの連邦の兵士はこれじゃないのか。ダブルカラムなので俺の手には少し大きいけど。……あなたは武器に興味が?」
 M-71A1は連邦軍の制式拳銃である。
「いや、だったらもっと他の部署を希望したことだろう。……モビルスーツパイロットであるとか。」
 そりゃそうだ。諜報の主な仕事は情報戦であり武器を直接取り扱うことではない。
「それは使いやすい?」
「……ということは、あなた達の課で使っている銃はこれではない?」
「ああ。……着いたぞ。」
 やっとチャーター機の搭乗口まで辿り着いた。アムロは拳銃を後ベルトに差し込むと、座席に座り込んでため息をついた。なんて話のしづらい人間達だろう。とても同じ組織の人間とは思えない。
 民間機を乗り継ぐにしても、せめて香港宇宙港にでも降りれば良かったんだ。……そうしたら、チベットまでもたいして時間はかからなかった。……諜報活動と言うのも大変なものなんだな、と思った。




 結局香港でチャーター機を降りて、今度はツインローターのヘリに乗り換えた。その中で、これから向かう場所についての簡単な説明を受ける。
「元々はとある政府の要人が所有している別荘なのだが……今回は我々が借り受けている。外見は普通の屋敷だが、」
「中身が普通では無い。」
「その通りだ。……核シェルターになっている。そのため、地下に作戦本部を置ける十分なスペースと、設備が整っていた。」
 政府の要人というのは個人でそんなものを所有できるほど儲かるらしい。
「……で。」
「近隣に集落はなく、近くで一番大きな町までは60キロほど距離だ。……厳密には、周辺に全く人が住んでいないわけでは無いのだが……移民政策に最後まで反対した貧乏人が不法に住み着いている、そう言った寒村ばかりだ。」
 貧乏人、って。……そんな言い方もないだろう、とアムロは眉をひそめた。彼らの方が、おそらく古くから住み着いていた本来の住人で、それを勝手に宇宙に行かせたのは『政府の要人』とやらの強引な『政治政策』に違い無い。
「他には。」
「あなたの仕事は毎日きっちり午前と午後、二時間づつ対象と……シャア・アズナブルではないかと思われる人物だ……『会話』をしてもらうこと。そして、彼が『本物』かどうか確かめてもらうこと、だ。」
 曖昧な話があったものである。
「休暇は、三日に一回、半日。」
「それだけか!? 艦隊だってもう少し休みをもらえるぞ。」
「先に説明したとおり、まわりにはほとんど何も無い。……休暇があったところでひどく隙だと思うが。」
「労働者の権利としての問題だ。」
 最初から乗り気では無かったが、更にやる気がしなくなってきた。
「他に何か質問は。」
「……私室は。」
「もちろんある。寝食までシャアと一緒にしろとは言わないよ。」
「良かったよ、最低限の人権は保護されていて。……通信は。」
「自分の所属部署に連絡を取りたいのなら、端末を自由に使ってもらって構わないが、それ以上は地理的に難しい。」
 地理的に? 諜報的に、の間違いじゃ無いのか。やれやれ……と思った時コックピットで操縦桿を握っている兵士から連絡が入った。
『目標を視認。……ポイント04、降下します。』
 見えたぞ、と言ってウスダがのぞき窓の外を指差した。……少し曇っているのだろうか薄暗い夕焼けの中に、広大な屋敷が見える。……その屋敷を見た瞬間に、何故かアムロの頭の中を『アッシャー家の崩壊』という単語がよぎった。……もっとも、アッシャー家がなんなのかは思い出せなかったが。



 復古ゴシック様式だ、と説明するウスダの後ろから、屋敷の門をくぐった。広い車寄せと玄関上部のポーチこそ白塗りになっていたが、煉瓦造りの壁一面に鬱蒼と濃い緑の蔦が這い、重苦しい印象を与えていた。建物は二階建てで、さっき空から見た限りでは周囲がぐるりとイギリス式庭園に、そしてその更に向こうは森に囲まれているように見えた。
「薔薇園もある。」
 カムリが変なことを付け加えた。ガーデニングに興味はない、と言おうとしたが止めておいた。階段を数段登り、入口に立つスーツ姿の男にIDを見せると、中に通された。……外観も重苦しかったが、内装はゴテゴテとしており更に重苦しい。しかし、天井は思ったよりも高かった。
「先に挨拶をして行くか。」
「……あぁ。」
 これではどっちが『客』だか分らないが、逆らわない方がいいだろう。
 絨毯の敷き詰められた長い廊下を歩いて、大きな扉の前に辿り着いた。ウスダが顎で示すと、扉の脇に立っていた男達がゆっくりと扉を開く。……アムロはそっと、部屋の中に入った。
「…………」
 眩しくて驚いた。大きな窓が庭に面してあるため、天気がさして良く無いにもかかわらず、廊下とは比べ物にならないほどの明かりに部屋の中が満ちていたのだ。
「……君が来るとはな。」
 すると、その窓辺の方から、柔らかな声が聞こえて来た。
「……ブライトが忙しくてね。」
 ……アムロはそう言いながら後ろ手そうっと扉を閉めた。












2006.07.06.




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