「これを持って行け。」
 サイド1付近の宙域で演習を行っていたロンド・ベル艦隊は、一度本拠地のあるロンデニオンに戻るとことになった。ロンデニオンまでは半日もかからない。そこまではアムロも同行する。
「……なんだ?」
 ひどく簡素なクラフト製の紙袋をブライトに手渡されたので、アムロがそれ開けてみると中にはディスクが一枚入っていた。
「おいおい……これじゃまるで、俺が『諜報の人間』か何かみたいじゃないか……」
 それは見るからに非合法の、『アクセスキー』だった。黒い、四センチ四方くらいの、薄っぺらなディスクである。アンダーグラウンドの連中がテロの計画をたてる時、そんな時に使われるのがこの『アクセスキー』だ。
 ミノフスキー博士が中途半端な『通信妨害の方法』を発見してから、人類は非常に『通信に不便』をしている。電波はまっすぐに飛ば無くなり、戦争は有視界で行える人型機動兵器頼みとなり、ネットの成長は阻まれた。通信が不自由であるという現実は、連絡不備故の植民地の治世への憤りを煽り、テロリズムを産む温床となった。アクセスキーとは、そんな通信に不自由な時代に、ハッキングユニットを兼ねて限定された相手への通信回路を強引に開く、そういったツールだった。
「これは一体、『誰に繋がる』キーなんだ。」
「……それは、地球に着いてからのお楽しみだ。」
 組織的にやらなくてはならないことになっている『上官への休暇届の提出』というものをやって、アムロはブリッジを出た。
 諜報課の人間は他の連邦艦に乗っていたが、地球に降下するのは民間のシャトルの方が都合が良いらしい。翌日の夜にロンデニオンで合流し、地球に向けて出発する予定になっていた。



「……よ。」
「珍しいですね、お一人ですか。」
 アムロはその晩自宅近くの馴染みの店に顔を出した。それほど気を使う店では無く、程よく独り者に心地よいバーである。
「お一人って、ああ……彼女のこと?」
 このところ懇意にしていた女性と良く訪れていたため、バーテンダーは一人でカウンターに座ったアムロに少し驚いたらしい。
「そんなんじゃないよ。」
「おや、振られたんですか。」
「そんなのでもないよ。」
 いつもの、とオーダーをする前に、ちゃんといつもの酒がカウンターに置かれていた。この店のこういうところが好きだ。……あとは、歯に絹着せぬバーテンダーの性格が気に入っているのである。
「……実は、明日から出張で一ヶ月も飛ばされることになってさ……」
「おやまあ。……それじゃほんとに『彼女』には振られちゃうかもしれないですね。」
 肩をすくめてそう言われた。
「……そうか。そう言われるとそうだな。」
「御愁傷様です。そうしたら私が慰めてあげましょう。」
 アムロは笑いながら答えた。
「残念、俺タチの方がいいんだ。」
 バーテンダーも笑いながら答えた。
「ほんとに残念ですねえ、私もタチの方がいいんです。」
 しばらく愚痴ったら少し気が晴れた。帰り際に「餞別ですよ」と言って酒を一瓶貰ってしまった。カナディアン・クラブ。……適度に高級な酒である。有り難く戴いた。
 ……地球か。
 地球に何かを持ち込むのも、持ち出すのも一苦労だけど、酒瓶一本くらいならなんとかなるかな。
 ……地球か。
 地球に行ったらしばらく晩酌なんか出来るはずがないのだから、確かに女でも誘えば良かったよな、と自宅の鍵を開けながら思った。



『……繰り返す、全部隊に告ぐ、コードA3、自分はアムロ・レイ大尉から演習指揮の全権を引き継いだケーラ・スゥ中尉である。コードA3、演習指揮の全権を自分が引き継いだ……』
 シャトルの旅は退屈この上ないものだった。アムロは自分の座席で参加出来なかった合同演習の映像を眺めて過ごすことにする。
 サイド1は月軌道上にあるので地球までかかる時間は丸一日ほどだが、その間中、隣の座席に座るウスダと「愉快に会話」を交わす自信がアムロには無かった。……大体なんで民間のシャトルなんだ。軍用機なら入国審査など受けずに済むのに。
『フォーメーション1、配置を報告せよ。繰り返す、配置を報告せよ。』
『J1配置完了。』
『J3配置完了。』
『J4配置完了! 繰り返す、J4配置完了!』
『……J2! 展開が遅いぞ報告を。繰り返す……』
『こちらJ2、非常事態発生、目視にてコードCDを確認。繰り返す、コードCDを確認……』
『オペレーター、J2の周辺の画像を出せ。』
 シャトルの機内に持ち込んだ自分の端末に、イヤホンを突っ込んでアムロは画面を眺めていた。
『繰り返す、コードCDを確認……』
『どこがコードCDだ! それはただの宇宙ゴミだ、早く配置につけ! J2聞こえているか! それはコロニーの残骸では無い、もっとサイズの小さい宇宙ゴミだ! 繰り返す、さっさと配置につけ!』
 ……ケーラはなんて剣幕だろう。アムロは思わずニヤリとしてしまった。皆、シュミレーションでしか戦闘を経験していないにしては良く動いている。実弾演習がもう少し頻繁に出来ればいいんだがな、と思ったところで、隣に座った男が肩を叩くのに気づいた。
「……え?」
 慌ててイヤホンを外した。
「……仕事熱心ですな。」
 どうやらウスダは、それだけを言いたかったらしい。アムロはきょとんとして、一瞬言葉に詰まった。
「……ああ、それはもうあなた達が職務に忠実なのと同じように。」
「良いことだ。」
 それで会話は終わりだった。……アムロはイヤホンを耳に差し、画面に戻った。
『……繰り返す、目標を制圧! ケーラ中尉、俺のスコアですよ! 見ました!?』
『無駄口を叩くんじゃ無いよ! あたしがアムロ大尉に怒られるだろ? ……でも、良くやったね、リー。……ケーラ・スゥ中尉である、引き続きフォーメーション2に展開。繰り返す、フォーメーション2に展開。』
『了解。』
『了解!』
『J4了解。』
 モビルスーツ隊の動きは問題ないのだが、艦からの援護射撃のタイミングが逐一遅いのが気になるな。……アムロはだんだん眠くなって来た。後は、ケーラの報告書が届いてからちゃんと見ることにしよう。援護射撃が遅いなんて言ったら、間違い無く砲列甲板の連中と、それからブライトと喧嘩になる。
 それからは、ケープカナラベル宇宙港に着くまで目も覚めなかった。












2006.07.05.




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