「……しかし、あの『シャア』はネオ・ジオン以外のセクトが数日前に起こしたテロ事件について言及していただろう。」
「あぁ。」
「だから録画ではない、リアルタイム画像だ……というのが四課の分析だった。」
「……君達が思う以上のスピードで、」
二人はアムロの部屋で生温い酒を飲みながら話を続けていた。酒のせいか少しシャアの頬が赤い。
「……『宇宙の再編』が進んでいるとしたら?」
「何だって。」
「……幾つものテロ活動を行う『分派』が、実はもう『一つ』に纏まっていたら?」
アムロは言葉に詰まった。……何だって。そうしたら、全面戦争はもう目の先だ。
「……そうなのか?」
「……どうだろう?」
シャアがにやり、と笑った。……少し赤い頬のままで。……聖書について散々語った個人的人格とは全く違う『誰か』が、目の前にいるような気がしてアムロは焦った。
「……そうなのか? ……国を興すのか?」
「……君と随分話した。……思想の頂点としての『シャア・アズナブル』に関して。理想の存在としての『シャア・アズナブル』に関して。……それは私個人とは明らかに違う。しかし一人立ちしたその『名前』を背負える人間も、そうざらには居ない。」
「……」
それはそうだ。……半壊した山奥の屋敷の、夜明けの近い薄暗い部屋の中でアムロは思った。……俺はとんでもないものを……とんでもないものを目覚めさせてしまったのではないか。
「私はね、グリプスが終わった時に思った。……心から思ったよ、もうこんな自分の思い通りにならない人生は嫌だ、と。……百式のコックピットから這い出ながら、本当にそう思ったのだよ。……しかし、気づけばやはりこの名を名乗って生きている。……不思議なものだ。君は言っただろう。『戦うのでもなく一緒に死ぬのなんか嫌だ。』と。……それを聞いた時、私も思ったよ。確かに嫌だと。……なし崩し的に君と死ぬのなんか本当に御免だ、と。」
「……」
「……君が望むのなら、私は『シャア』で有り続ける。」
「……」
そんな選択を俺に迫るな、と思った。……孤独な一人の男の魂を知った。シャア・アズナブルという名で呼ばれる男の正体である。だのに、その本人はその名に意味が無いと言う。……その上で、その名を名乗る『理由』は自分しか無いのだと今、言われた。
「……止めてくれ。」
「無理だ。……原因は君だ。」
「……止めてくれ、戦争になる!」
「そうだ。……きっと戦争になる。……『シャア・アズナブル』の名の元に。」
「……カイだ! 今、目標を視認!」
爆音を立て、バックウェポンシステムを背負った戦闘機形態のまま、リガズィは山奥の屋敷に近付いていた。
「庭を狙え、ひよっこ! ジェガン二機! ついて来ているか、近距離まで近付いて弾を撃ち尽くしたら乗員はモビルスーツを放棄! ……制圧に向かえ!」
『J1、了解。』
『J2、了解!』
リガズィはありったけの装備を屋敷に向かって放った。……メガビームキャノンを数回。ビームキャノンを数回。……ミサイルランチャーを数十発。
「……こんなに撃ってしまって、大尉は大丈夫でしょうか。」
「……ボギーと連絡がつきやしねぇ!」
カイは舌打ちした。
『……こちら、ラー・カイラム。……今、提督の許可が出た。思う存分やるように、との艦長の指示だ。』
「もうやってるよ!」
屋敷近くの森を殆ど焼き払ってから、リガズィはバックウエポンシステムを切り離した。人型に変型する。焼け残った庭の隅に着地した。
「装備解除! ……これから制圧に入る。」
『ラー・カイラム、了解。』
「……生きてろよ、二人とも……!!」
散々弾を撃ち込んだにしてはあんまりにあんまりな台詞をカイは吐いて、コックピットを飛び出した。
突然、空気が震えて窓の向こうを粒子の炎が横切ってゆくのが見えた。思わずアムロはコップを取り落とした。窓に駆け寄る。コップは床の上で砕け散った。
「……嘘だろう。」
窓の向こうを眺めたアムロは呟いた。
「……Zか。」
「あぁ、ブライトの奴、リガズィを降ろしたみたいだ。」
二発、三発、続けてメガビームキャノンが撃ち込まれる。……庭は焼け焦げ、森は炎を挙げて真っ赤に燃え上がった。
「……アッシャー家の崩壊。」
アムロは呟いた。バタバタと、扉の向こうで四課のメンバー達が急ぎ動き回っている音が聞こえる。
「何だって?」
「アッシャー家の崩壊。……この屋敷を初めて見た時にそう思ったんだ。……でも傑作なことに、それがどんな話だったかを思い出せない。」
「この屋敷見た瞬間にそう思ったのか? ……だとしたらなかなか優秀だ。」
シャアが両手を手錠で繋がれたまま、ゆらりと立ち上がってそう言った。自分も窓辺に来る。
「それはな、アムロ。……『ロストストーリー』だ。」
「……『ロストストーリー』? 」
「『アッシャー家の崩壊』……エドガー・アラン・ポーの小説のタイトルだ。……一人の旅人がとある屋敷を訪れる。無気味な屋敷だ。しかし、翌朝目覚めて見ると……屋敷など無かった。」
「……屋敷など、無かった。」
アムロは繰り返した。……扉が勢いよく開き、ウスダが駆け込んで来る。
「……そういう、『ロストストーリー』のタイトルだよ。……『無かったことにされた物語』。」
「……やってくれたな。おかげで私の計画は滅茶苦茶だ!」
ウスダは、S&Wチーフを構えて苛立たしそうにそう叫んだ。……本当に、なんて可愛らしい銃だことだろう。
「……大尉、あなたは気が短いと思っていたが、あなたの上司は更に気が短い様だ。」
ウスダが切羽詰まっている様を初めて見た。……アムロは冷静に返した。
「……いいや。ブライトは気が短いんじゃない。……仕事が早いんだ。」
焼け出されたこの屋敷は、もはやウスダの城では無かった。降下部隊による爆撃は続いている。
「もういい! ……お前らに望むことなど何も無い、」
「……それはこっちの台詞だ!」
攻撃に揺れる屋敷の中でアムロはシャアの前に立った。……今しもウスダがシャアを撃ち殺しそうな勢いだったからである。
「……小さい人間だな。……自分の思い通りにならないとなったら殺すのか? それで貴様は満足か?」
「煩い!」
「……世界の枠引きをしているのはお前なんかじゃ無い。……それに気づけ。」
「……煩い!」
ウスダは撃った。……S&Wチーフで、シャアの前に立ちはだかったアムロを。
「……ボギー! いいかげんに返事をしろ、今、何処だ!」
『屋敷は撃つな。二人は裏手の部屋に居る。……俺は先行して突入する。』
「分かった。」
モビルスーツから飛び下りたカイと、その他五名の降下作戦要員達は屋敷に向かって芝の上を駆けていた。……保安要員達の反撃は続いているが、それもまばらだ。……何かあったな、とカイは思う。
「中と連絡が取れた。……全員、装備H2のまま屋敷に突入!」
「アイサー!」
「……ウスダぁあああ!」
腹のあたりに銃弾が当たった。……やめてくれよ、冗談だろ、とアムロは思う。
「アムロ!」
後ろに立っていたシャアが手錠で拘束されたままの両手を差出す。……その中に、アムロは倒れ込んだ。
「……そこまでだ! ウスダ!……連邦に対する反乱行為、及び職権乱用の容疑で確保する!」
……その時に、やっと扉を開いてボギーが部屋の中へ飛込んで来た。少し遅れて、カイも飛込んでくる。
「……遅い。」
動かなくなったアムロを両腕に抱えて、シャアは呟いた。
「……遅い! アムロが……!」
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2006.08.26.
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