『……10、9、8、7……』
「……母艦で何かあった様ですが、このまま突入して大丈夫でしょうか。」
「オイオイ、頼むぜ新人。」
 カイは変型したリガズィのバックシートで目の前のノーマルスーツの頭をポンと叩いた。
「大気圏突入だぜ。もうちょっと気合い入れて行け。」
「アイサー。」
 若いパイロットの背中は、目に見えて緊張している。カイは少し溜め息をついた。……モニターの向こうに見える景色が徐々に大気との摩擦で赤くなってゆく。
「……突入の経験は。」
「冷却装置良し、バックウエポンシステム異常無し、突入角、進路全て異状無し。……『突入』の経験はシュミレーションで三回、演習で一回です。」
「マジかよ。」
 カイは考え込んだ。……これは、こいつの技能云々の前に神に祈った方が良く無いか?
「……ガンダム系、久しぶりだな。」
「ガンダムに乗っていたことがあるんですか!?」
 ガガガガと機体の揺れが激しくなる。
『……3、2、1……突入!』
 ……ラー・カイラムからの通信が途切れ、とても口はきけないような状況になった。……他の二機は無事付いて来ているだろうか。
 と、次の瞬間ぱぁっ……と目の前に青空が開ける。それから、大地が見えた。……突入に成功したのだ。宇宙空間では発生しない白い帯を引いて、リガズィは成層圏を飛んでいた。
「……先行し過ぎだ。他の二機はバリュートで降りてくるんだ。忘れるな。」
「アイサー。……それで、ガンダムに乗ってた事があるって話ですが。」
 呆れた。……目の前の若いパイロットはそんなことが気になって仕方ないらしい。
「……乗ってたぜ。それも、後方支援型。」
「……はぁ? ガンダムってのは元々先行突入型の機体でしょう? それなのに後方支援型って、何です。」
「昔はあったんだよ。 」
『……こえるか。……聞こえるか、こちらラー・カイラム艦橋。……進路を調整しろ。繰り返す、進路を最終調整しろ。方位3:3:6。リガズィはそのまま先行して地上に降下。即時救出作戦に移れ。』
「アイサー。」
「俺だ。万事順調。……行くぞ、ひよっこ!」
 通信が復活したところで、後はもうただひたすら地上を目指した。……チベットの大地に辿り着くまであと五分。



 部屋に連れてこられたアムロは手錠を外された。……アムロがこの屋敷に来てからずっと使っていた、あの部屋である。
「……」
 シャアも同じ部屋に入れられたのだが、手錠ははめられたままだった。このあたりが連邦の軍人と、そうではない人間の扱いの違いなのかもしれない。しかし、先に待っているものはおそらく同じ……軍事法廷だ。二人の背後で扉の鍵が閉められた。
「……やれやれ。数時間前なのに、この部屋を出たのが数年も前のことのような気がする。」
「派手にやったな。」
 シャアが面白そうにアムロが剥がした壁の脇まで歩いて行った。
「まあな。」
 ベッドに座り込もうとしたアムロは、ふと思い出して自分の荷物の方へ行く。……そして、荷物をひっくり返した。
「……何をしている。」
「思い出したんだ。……今の今まで忘れていた。……ほら。」
 アムロは荷物の底から一本の酒を取り出した。……カナディアンクラブ。ロンデニオンを経つ時に、懇意にしていたバーテンダーに貰った餞別である。……本当に今のいままで忘れていた。シャアを見ると少し呆れたような顔をしている。
「飲むだろう。」
「まあな。……また、中途半端な酒だな。」
「そこがいいんだ。」
 アムロは部屋の中を見渡し、チェストの上に水指しが置きっぱなしであることに気づいた。扉の向こうからはコツコツと歩き回る保安要員の靴音が聞こえてくる。窓の外を見るとその向こうにも幾人もの黒い服の男達が歩き回っているのが見えた。……まあ、いい。まあ、もう、何もかもいいんだ。
「……ほら。」
「入れ方まで中途半端だな。」
 コップが一つしか無かった。アムロが適当にウィスキーを水を割って差出すと、シャアは手錠のかかったままの両手でその酒を受け取った。回し飲みだ。
「……そう言えば、」
 ……本当に、なんと長い数週間だったことだろう。
「幾つか聞きたいことがある。」
「何なりと聞きたまえ。」
 アムロはシャアから空のコップを受け取った。……そして、それに自分の分の酒を作った。
「……電波ジャックで現れた『シャア』。……あれは誰だ。影武者か?」
「いや、あれは私だ。」
 シャアは下を向き、軽く笑った。



『……おおよその状況は分かった。……大佐、それで私が聞きたいのは……』
 ラー・カイラムの艦橋では、ブライトが提督に今までの経緯とこの作戦の意味を説明し終わったところだった。もちろんその裏で、命令無視に近い状態で降下作戦も続いている。
『確実に、アムロ・レイ大尉を取り戻せるのか、ということだ。』
「そのつもりでやっています。」
 ブライトは苦い顔のまま答えた。通信は第四軌道艦隊司令のワイアー少将とも繋がったままだったが、提督からのホットラインという事態に、さすがに口を挟む権利もなく黙り込んでいる。
『……私の意向だが。……すべてを「元に戻すこと」だ。』
「元に戻す?」
 ブライトは聞き直した。画面の向こうで提督が頷いた。
『君には納得出来ないかもしれない。……しかし、シャアが本物であろうと無かろうと、今その存在を失えば宇宙には大混乱が起きることが必須だ。カリスマを欠いた宇宙で、指揮系統の混乱した反乱分子は、勝手な破壊工作を延々と続けることになるだろう。……それは、連邦の望むところではない。まだ、時期では無いのだよ。四課の後始末はこちらで行おう。』
「……今回は、『シャア』を元の場所に戻し、全てを無かったことにする、と。……そう仰りたいのですか?」
『……だから、君には納得出来ないだろうが、と……さっき私は言ったよ。』
「……」
『……出来レースだよ、ブライト君。……アムロ・レイ大尉の奪還作戦を許可する。ワイヤー君。君も黙認したまえ。』
『はっ。』
 ……それで二人の上司からの通信は切れた。……ブライトは下を向いて、しばらく微動だにしなかった。……ブリッジ要員達は息を詰めて艦長の指示を待った。……よほど経ってから、唸るようにブライトがこう呟いた。
「………彼らは………」
 ブライトはまだ顔を上げなかった。……その分、その怒りと悲しみが他のクルーの胸に響いた。……ケーラは艦長席に近付くと、そっとブライトの手に触れた。
「……彼らは……アムロ・レイも、シャア・アズナブルも……」
 ブライトは怒りのあまりに震えていた。……出来レースだって? ……それも、軍の上層部が書いたシナリオに乗って?
「人間だぞ……!!」











2006.08.25.




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