「……ちょっと待ってくれ。俺は、生身の『シャア』とは、三度ほどしか会ったことがない。合計しても丸一日に満たないくらいの時間だ。」
「それは分かっている。」
 諜報課の人間が食い下がった。
「しかし、今回拘束された人間が本物のシャア・アズナブルだったとしたら……あなたになら『何かが分る』のではないかと我々は期待している。」
「……」
 ……呆れ果ててしまった。……意味は分かった。
「……するとあなた方は、まさか……ニュータイプ同士だったら……『本物かどうかの区別がつく』とでも思っている?」
「……そうだ。……その可能性にかけている。」
「なんて馬鹿らしい!」
 ついソファから立ち上がってしまった。
「仮に『首実検』をすることになっても、『クワトロ・バジーナ』と共に過ごした時間の長いブライトの方が適任なのは分り切っている!」
「……艦隊の司令官がそんなに容易く、諜報の手伝いなんぞで立場を離れられるものか。」
 ブライトが腕を組んでアムロをたしなめた。
「我々としても少し考えてからお返事をさせていただきたい。……よろしいですか。」
「分りました。」
 そのブライトの言葉を聞いて、諜報課の人間は頷くと艦長室の戸口に向かった。
「……そうそう、言い忘れていたが、」
 ところが、戸口でさも気づいたとばかりにウスダが立ち止まり、部屋の中を振り返る。アムロはまだソファの脇に立ったままだった。
「今回の件。……もしアムロ・レイ大尉がお断りになったら別の方に首実検を頼むことになります。」
「誰に頼むつもりかお伺いしても不都合はありませんか。」
「もちろん。」
 ウスダは大袈裟に両手をひろげて肩をすくめて見せた。
「カミーユ・ビダンが、今回の計画にはもっとも適任ではないかと思ったが、現在入院中でやや都合が悪い。……それに彼はどちらかと言うと、連邦の思想に属さない人間に思える。」
「……カミーユ以外だったら。」
「……『妹』に頼むつもりだ。」
「!」
 今度はブライトもソファから立ち上がりかけた。
「……あんた達は……!」
 一両日中は近くまで来ている連邦の艦に乗って待機している、良い返事を待っている、と言って彼らはラー・カイラムから降りていった。



「……どう思う。」
 残された艦長室で、アムロとブライトは考え込んでいた。ブライトが通信を入れ、「艦長室にコーヒーを二つ」と言った。
「……眉唾っぽいとは思うな。」
「まず、本物のシャア・アズナブルが拘束されたのだとしたら……連邦軍が声明を発表し無いのは真偽を確かめている最中だからとしても……ネオジオン側からも何のリアクションも無いのがおかしい。」
 諜報ほどの情報収集能力は無いにしても、ロンド・ベル隊にも独自の情報ソースが存在し、ネオジオンの動向については監視体勢をとっていた。
「本物だから公表出来ない?」
「シャアほどの指導者を欠いたら組織が立ち行かなくなる、だからネオジオン側は公表出来ない、つまりシャアは本物、という可能性がまず一つ。」
 コーヒーが届いた。
「人物が一人拘束されたところでさして組織には影響が無い、何故ならこのシャアは偽物だから、という可能性がもう一つ。」
 不味いコーヒーだった。
「……セイラさんを引っ張り出してくるなんて、いいかげん性格が悪いぞ、あの諜報の連中……」
「……そうだな。」
 ブライトはこの先一ヶ月ほどの艦隊のスケジュール表を自分のデスクトップに呼び出しているところだった。
「……四課は確かテロ専門だったな。」
「そうか。……まてよ、全てが諜報四課の謀略、って可能性は無いのか。」
 真面目な顔でそういうアムロにブライトは苦笑いした。
「さすがにな。それは無いだろう……しかたない、アムロ、行くんだ。」
「それは艦長としての命令か? 一体どれくらい行かされることになるんだ。」
「一ヶ月くらいならこっちもなんとかなる。」
 ブライトがデスクトップを指差して言った。
「実際には『本物か偽物か分るまで』……というところだろう。いいか、アムロ。こうなったら寝てでも確かめて来い。」
「寝て真偽が分るっていうなら、一日で仕事は終わるだろうし言うこと無しだろう、だが……」
 アムロはため息をつきながら残りのコーヒーを飲み干した。
「……だが、そんな方法じゃ確認は取れないだろう。何しろ、俺は今まで一度もシャアと寝たことがないからな。」



 しばらく隊を空けることになったので、身の回りの物をある程度整理し自室から通路に出たところで演習を終えて艦に戻って来たケーラに会った。
「アムロ大尉!」
「……あぁ、ケーラ。今日は悪かったな、おまけに俺は一ヶ月ほど隊を離れないといけなくなった。」
「……一ヶ月も? これ、今日の演習のデータです。一ヶ月も大尉がいなかったら、この隊も随分寂しくなりますね。」
「そうか? 誰かがいない時にも他の人間でなんとかするために、組織と言うのはあるんだ。大丈夫だよ。」
 アムロはディスクを受け取ると、自分の荷物にしまった。
「演習についてのレポートは、大雑把にケーラがまとめてくれ。俺はデータのチェックはするが、実際には参加出来なかった演習だからな。」
「分りました。……で、大尉は一ヶ月も、どこへ?」
 アムロはハンドグリップを止めた。後ろから一緒に移動して来ていたケーラは、アムロの背中にぶつかりかけた。
「……わ、」
「地球だよ。」
 通路の突き当たりで格納庫へ向かうケーラと分かれた。
「……アストナージに、リガズィを頼むって伝えておいてくれよ。」
「分りました! 大尉も無理しないでね!」
 ……無理ね。……無理などもちろんしたくはない。しかし、どうなるか分かったものじゃ無いな、と思いつつアムロはブリッジに向かった。












2006.07.04.




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