憎しみなのか愛なのか、抗いたいのか縋りたいのか、よく分からない感情が沸き起こる。
……初めてだ。
アムロは思った。
今まで、生きて来て、これほどまでに人を『感じた』事が無い。
「最終軌道調整良し……時刻合わせ入ります。」
「総員、時刻合わせ準備。」
「カウント入ります。……3、2、1……ゼロゴーフタマル、作戦開始です。」
ブライトは黙って頷くと、艦長席の正面に有るモニターの隅の時計を見つめた。
「……格納庫。」
「J1、J2、R1出ます。」
ラー・カイラムの格納庫から地球降下の任を背負った三機のモビルスーツが飛び出して行った。白い光が細い筋となって見る間に地球上に向かって落ちてゆく。
「……通信状態良好。」
「引き続き作戦を続行。」
「アイサー。」
その中の一機、変型機構を持つリガズィにはカイが同乗しているはずである。
「……絶対に連れ帰って来いよ。」
そう低く呟いたブライトの声は、まわりの要員には聞こえなかったことだろう。
「……艦隊、軌道上で周回コースに乗りました。作戦機、大気圏突入準備に入ります。突入用カウント開始。」
「読み方、始め!」
「60、59、58、57、56……」
ブリッジ要員が大気圏突入用のカウントを始めた。
『……おい!』
そこへ急に、割り込むような通信が飛込んで来る。
「なんだ。」
「あ、えぇと……! 第四軌道艦隊本部、ウィリアム・ワイアー少将からの通信です!」
「……繋げ。」
ブライトは艦長席に深く座り直すと手を振った。モニターに、勲章をやたらとつけた中年の軍人の姿が映る。
『ブライト・ノア大佐。……一体どんな演習だね、今日び、こんなところで演習を行うとの報告は聞いていないが。……地球を刺激するものでは無いよ。』
「いいえ。」
ブライトは拳を握りしめながら答えた。
「……演習ではありません。……実戦です。」
『……なんだと!? なんの理由があって!』
ワイヤー少将はいきりたった。……無能な中年とは言え、上司は上司だ。……ブライトは考え込んだ。
「……アムロ・レイとシャア・アズナブルが……いっぺんにこの世の歴史から消せるとなったら、いずれかと言うと……あなたは喜ばしいのでしょうね、少将。」
『……』
ワイアー少将は立派な髭を撫で付け、モニターの向こうで少し悩んだ。
『……そうだな。そうだな、それはそうだ。そうなったら連邦の軍事予算は随分減るぞ。……しかし、その事と今回の行動になんの関係が。』
では、やはり今回のことは諜報四課単独の暴走で、連邦軍内の連絡はこのレベルの士官までも届いていないのだ。……ブライトは舌打ちせざるを得なかった。
「……26、25、24……」
『おい、読み方を止めさせろ!』
「読み方、続け!」
ワイアー少将が制止するのをブライトは更に遮った。
『貴様……軍法会議に掛けられるぞ!』
「それで結構です。……私は取り戻したいだけだ!」
ダンっ、とブライトは艦長席の肘を打った。
「……アムロを、出来ることならシャアも!」
「新しい通信が入りました! あっ……」
「何だ。」
オペレーターの悲鳴にブライトは返した。読み方は相変わらずカウントを続けている。
「10、9、8、7……」
「通信! ……地上、ラサから……提督からです。」
ブライトは軽く頭を振った。……一体どうやったらこの騒ぎは納まる。
『……だいたいはボギーから聞いた。……事情を説明して貰おうか。』
画面に映った連邦軍総司令官はそう言って身を乗り出して来た。
……初めてだ。
アムロは思った。
……初めてだ、これほど心が痛むのも、泣きたいほどに体中が満たされるのも。
「……来たぞ。」
「……」
低く、囁くような声でシャアにそう告げられて、アムロは何時の間にか囲まれていることに気づいた。
「おい。」
「あぁ。」
身体をずらして起き上がると、シャツの前をかき合わせる。……さすがにこのままの格好で特殊部隊に拘束されるのは恥ずかしい。
「……武器は?」
「M-71A1だけ辛うじて。……無いのと同じだな。」
目の前でシャアも同じようにシャツのボタンを止めていた。……こんな時の男というのは誰も同じだな、と思う。……誰も同じで、少し間抜けで、少し気まずい。
「立つか。」
「……あぁ。」
パラシュートで落下する時思ったより役に立ったジャケットは、擦り切れてぼろぼろになっていたのでそこらに投げ捨てた。二人は立った。九月末の高地の夜が寒くないわけはないのだが、何故か寒さは感じなかった。……手を繋ぐ。……下草を踏む密かな音が近付いてくる。
「……手を挙げろ!」
薮から、黒い装備に身を固めたレンジャー隊員が飛び出した。一人、また一人。……十人以上いるんじゃないのか、おいおい二個小隊もたかが俺達の拘束の為に仕立てたのか。……シャアとアムロは背中をぴたりと寄せて、返事はしなかった。ただ、塞がっていないほうの手をゆっくりと挙げた。
「……シャア・アズナブルとアムロ・レイだな?」
「……あぁ。」
「そうだ。」
すぐに誰かが通信を入れる。
「……目標を確保! 繰り返す、目標を確保! ポイント3:16:5……ヘリを回してくれ。繰り返す、目標を確保……!」
バリバリバリと凄まじい音を立てて、頭上に輸送ヘリが近付いて来た。
風が巻き起こる。
ヘリの翳すサーチライトで、薄暗い森の中は一気に照らされる。
近寄って来たレンジャー隊員がシャアとアムロの手を解く。
……それで終わりだった。それぞれの両腕を、黒い装備の男達ははしっかりと手錠で拘束した。……二人は、分かたれた。
「……君には失望したよ。」
夜明けの薄明かりが差し始めた陰鬱とした屋敷に、シャアとアムロの二人は再び戻された。
「……最初から希望を抱いていたわけでも無いだろう。」
アムロは薄く笑ってそう返した。
地球時間、九月二十七日午前四時三十分。
「……二人を、」
ウスダは少し煤けたような顔をしていたが、それは不眠不休で指揮を取っていたせいだろう。この屋敷が全体に焼け焦げているいるのは、まあ主に自分のせいだ。前庭に面した窓などは、モビルスーツが飛び立った時の風圧で窓硝子がほとんど吹き飛んでいた。
「……大尉の部屋へ。……あなたも物事の道理の分からない人だ、黙っていれば今日には艦隊に戻れたのに。」
アムロは爆音を立てる特殊部隊のヘリの横で、ウスダに向かって唾を吐き出した。
「だからなんだ。……そんなに何もかも、自分の思い通りに物事が進むと思うなよ。」
「……」
……ウスダは返事をしなかった。
「止めたまえ。」
何故かシャアが割って入った。
「いいか、ここで騒ぎが起こる。……そうしたら、あんたは『四課の内部』だけでは物事を納めきれない状況になる、多くの人々にこの事実が知れ渡る事となる、」
「止めたまえ。……アムロ!」
「……仕返しくらいしてもいいだろう! 」
「……そいつは人殺しだぞ。」
ついに、ウスダがアムロの台詞に言葉を返した。……ざまあみろ、とアムロは思った。
「……あぁそうだ。……でもそれは俺も同じだ。……むしろ俺の方が殺しているかもしれない……だが、そんな俺達の気持ちがお前になんか分かるものか!」
ウスダが一瞬ひどく悔しそうな顔をした。……あからさまに顔が歪んだ、それをアムロは見逃さなかった。
「……アムロ。」
シャアが押しとどめた。……もう後は、黙って素直に部屋に曵かれて行った。
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2006.08.24.
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