「何だって?」
「武装が無い、と言ったんだ。」
「ナンセンスだ、なんでそんな物をわざわざ奪った!」
「……エネルギーが入っていて、起動しただけでもマシだと思えよ!」
アッシマーの狭いコックピットの中で言い争いをしている場合では無かった。陸軍の重火器武装ヘリは見る間に近付き、その射程範囲内に入るのは時間の問題だ。装甲はモビルスーツの方が一般的に高いが、機動性は似たようなものだろう。数を撃たれればモビルスーツだって落ちる。
「……君、もうちょっと冷静に考えたまえ。……どうしたらここまで無謀な行動が取れるんだ。」
「……俺は死にたく無いんだ。」
アムロは素直に答えた。……シャアが少し考え込んだ。操縦桿を握るアムロの肩口に、嘆息するその息がかかった。
「……そうか。」
「こんなところで、チベットの片隅とかで、戦うでも無く……」
撃って来た。……下は森だ、確認したアムロは切り揉みに近い作動でヘリの銃撃を裂けた。重力に押されて、二人はしばらく口が聞けなくなった。
「……戦うでもなく、あなたと死にたくなんか無いんだ!」
アムロの本音はシャアの心に響いた。
「……そうか。」
シャアは深く溜め息を付いてから、後ろから手を伸ばして重ねた。……モビルスーツを操るアムロの手に。
「……状況は。」
『……こちらHAK-3AV、01。目標を視認した、繰り返す、HAK-3AV、01、目標を視認した……指示を請う。』
「第三特務部隊所属諜報部第四課のウスダである。……即時撃墜せよ。」
半壊した屋敷の地下にある本部では、ウスダが形勢を立て直そうと指示を飛ばしていた。
『……了解。これより作戦行動に移る。……目標を攻撃する。』
『02了解。』
『03了解。』
『こちら地上班移送ヘリ、AUG-03。……指示を請う。』
「こちら本部。……目標の撃墜を確認し次第地上に要員を降下。乗員の生死を確認しろ。」
『了解。……これより降下の準備に入る。こちらAUG-03。』
ドカリ、とウスダが椅子に座り込んだ。……本部は何処もかしこも焼け焦げている。これはもっとも、主にモビルスーツ格納庫への突入に爆薬を仕様したせいで、シャアとアムロの責任ではない。
「……おい。」
ウスダはまだ銃を構えてぶつぶつ呟いているカムリに気づいた。
「お前、何をやっている。」
「……あの二人を殺すんですか。」
カムリは絞り出すような声でそう聞いてきた。……屈辱だ、とウスダは思った。こんな情に流される部下を持った記憶は無い。
「……それは捕まえてから決める……捕まえた時点で死んで居た場合は。その時考える。」
「……もう持たないぞ……!」
「何が。」
「装甲も、エネルギーも、だ。」
チベットの上空をどれだけ身を翻しながら逃げたのだろう。……気が付けば、コントロールパネルには赤いランプが付きっぱなしで、撃たれる一方のアッシマーは頭部が殆ど潰れていた。
「……ちょっと借りるぞ。」
シャアが急にそう言って、アムロの手に重ねていた自分の手を勝手に動かす。……そして、通信パネルをオールグリーンに変えた。
「……何を……」
「逃げれないのだろう。……人を呼ぶ。」
「人だって!?」
ダダダダッ……と勢いよく撃ち込まれる銃弾に、だがしかし確かにこれ以上耐えられそうにも無かった。
「……パラシュートが一人分しか無い。……私が背負って、君を繋ぐ。いいな? 私の方が身体が大きいから、」
「……」
アムロは黙って言われる通りにした。シャアが打ち込んだコードは中々複雑らしく、モニターからは中々返事が返らない。
『……シもし! まいど! こちら中華料理専門店「リャオトン」です。』
よほど経ってから聞こえて来た返事にアムロは呆れた。
「……もしもし。非常事態だ、上に繋げ。私は、コードネーム『百人隊長』、IDナンバー0000001。」
呆れ果てた。……何だって? 通信の向こうからは『おい、自分が「総帥」だって言ってる奴がいるぞ……』『上ってどのくらい上!』などという雑音が聞こえてくる。
「……」
『……もしもし? ……何処に居るんです、大佐。』
よほど経ってから、意外に落ち着いた女性の声が聞こえて来た。
「妬くな、ナナイ。……最初は面白半分だったんだが、予想以上に面白い展開に長居してしまった。」
『帰って来て下さるのでしょうね。』
「……香港に擬装船と人員を全て回せ。……地球上にいる工作員を全て、だ。それから、偽のパスポートを二人分。一両日中に、上手く行けばこちらから連絡する。ダメだった場合には……そちらで捜せ。私は棺桶に入っている可能性もある。」
『……分かりまし……』
そこまでやり取りが続いたところでアムロが通信を叩き切った。
「……騙したのか!」
本当に腹立たしかった。
「……何が。」
「俺は、あなたを助けなきゃって思って、それで……!」
「騙してなどいない。」
つい先刻まで、いやこの一ヶ月出会ってからずっと、鬱病だったはずの男がやけに冷静にそう返す。
「……君が勝手に行動しただけだ。」
「……っ……!」
ガガガガッ……と凄まじい勢いで最後の銃弾が撃ち込まれ、アッシマーの装甲が禿げてゆく様がアムロには見えたような気がした。
「……出るぞ。」
シャアがそれだけ言って半壊したアッシマーのコックピットを開く。……強い風が吹き込む。目の下に真っ黒なチベットの樹海が見えた。いや、もう中国辺りまで飛んで来ているのか。……このままここに居ても死ぬ、飛び下りてもおそらく死ぬ。
しかしそんな宙空に、真っ暗な空に、かえるところの無い二人は飛び出した。
……運良く木々が、一人分のパラシュートで降下した『二人』のクッションになる。
ザザザザッッ……と凄まじい音を立てて、二人は枝の間を転がり落ちた。
それで、落下のスピードが弱まった。
「……」
しばらく気を失っていたらしい。……地上で起き上がったアムロは、背後にシャアが居ないことに気づいた。
「……シャア?」
呼ぶが返事は無い。
「……シャア? ……シャア!」
何度も呼んだ。……しかし返事は無い、アムロは不安になって周囲を見渡した。月が大きな夜で、森の中には薄らとその月明かりが差し込んで来ていた。
「……シャア!」
腹が立ってしかたがない。……このままで終わらせるものか、あんな大嘘つき赦してやるものか! 鬱病だとか、生きる気がしないとか、散々言いやがって、決して一生赦してやるものか!
そう思いつつもう一回呼んだ。
「……シャア!」
「……ここだ。」
少し離れた薮の中に、パラシュートの残骸を背負って倒れている男の姿を見つけた。……月明かりの下で見るその男は、怪我だらけなのに妙に美しくしなやかに見えた。
「……シャア。」
「他の言葉は話せないのか。……君、酷い有り様だな。怪我は。」
相当な上空からパラシュートで降下しておいて、無事な訳がない。自分もそうだが、相手の方がもっと酷く見えた。
「……赦さないからな!」
「……それはそれは。」
シャアは少し笑った。アムロはその傷だらけの男を膝に抱え上げた。……そうだ、赦さない。
二人の頭上の木立をを四課のヘリが、降下部隊を乗せているのであろう輸送ヘリが横切ってゆく羽音が聞こえる。
「……君、傷だらけだな。」
「あなたも、」
そうしておいて、しっかりとその身体を胸に抱き締めた。
「……奴らがやって来るまでどのくらい時間がある。」
「おそらく、降下ポイントを見つけて、ヘリから降りて、森の中を索敵して……一時間くらい?」
「……あぁ。」
シャアが低く呟いた。
「……十分だな。」
その声はとても甘く、低かった。
アムロは、その唇に触れたいと思った。
……二人は息を吸い込むと、互いの頬に手をかけて、息の止まるようなキスをした。
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2006.08.22.
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