「……抜かれそうだぞ!」
「止めろって言っただろう!」
格納庫の入口で銃を構えたシャアに、アムロはそう叫び返した。……九月二十七日、午前零時半過、地球、チベット。
「……くっそ、」
アムロはアッシマーの足に辿り着き、やっとコードを繋いだところだった。……連邦系の機体なら絶対一分もあれば抜ける。そう思っていた、しかし意外に手間取る。
「電子錠を撃って来た。……いや、今、止まったな。」
いらないのに、シャアが逐一報告してくる。アムロは躍起になって端末のキーを叩いた。……動け!
「……爆破する気だぞ!」
「……動いた! ……あなた煩いよ、もうちょっと何とかならないのか。」
「贅沢を言うな。」
「こっちに走れ!」
火が入った。アッシマーが起動し、いつでも乗れるように掌を返し身を屈めてくる。シャアが格納庫と射撃室を繋ぐ扉の脇から離れた瞬間に、ズゥン……と奥から音がして煙が吹き込んで来た。シャアは二、三回床の上を転がったがアッシマーの手元に無事辿り着く。……それを確認してから、アムロは今度は格納庫の壁際にあるコントロールパネルへと走った。
「……本当に爆破しやがった……!」
「なんでアッシマーを奪うんだ。」
「飛べないモビルスーツを奪ってどうするんだ! ジェガンで歩いて逃げるつもりか?」
「ああ、なるほど。」
煙の向こうに人陰が見える。……と、すぐにこちらに向かって盲滅法に撃って来た。
「……っ、」
シャアが舌打ちをして応戦する。壁際のコントロールパネルに取り付いたアムロは即座にハッキングを始めた。
「シャア、銃は捨てて先に乗れ! 格納庫のハッチが開いたら上からも狙い撃ちされるぞ!」
「開いてからそんなことは言いたまえ!」
シャアはかなり良い腕だ。命中率が低くただ大量に銃弾を撃ち出すだけの、サブマシンガンにしては良く当てている。
「ところでアッシマーって乗り心地は良いのか。」
「……可変のコックピットが広いわけが無いだろう! ……あなた煩いから、本当にもう黙ってろ!」
ピー……、とオールクリアを示す電子音が鳴り響いた。……抜いた! アムロはコードを引き抜き、銃弾の嵐の中をアッシマーの足元へ向かって引き換えす。
頭上で、寂びたような音と共に格納庫のハッチが開き始めた。とたんに上からも、雨霰と銃弾が降って来る。マズいな。……アムロは顔をしかめた。これはさすがに生身じゃ避けきれないかもしれない。奥歯を食いしばった瞬間に、アムロの上に『掌』がかざされた。
シャアが先にアッシマーに乗り込んでいた。そして、モビルスーツを盾にしてサブマシンガンの嵐から今、アムロを守っている。
『……こちらラー・カイラム。艦橋です。』
「はいよ、俺はハンフリー・ボガード大佐。……諜報三課だ。艦長に替わってくれ。」
ボギーは、屋敷の裏手で小型アンテナを広げて宇宙との交信を試みていた。
『………』
画面は乱れ、音声も途切れながらにしか聞こえない。……ウスダの野郎め、ミノフスキー粒子を撒きやがったな。無精髭の顎を左手で擦った。くわえ煙草も忘れない。
『……イト・ノア大佐…ある。……あんた、「ボギー」か?』
「そうだ。」
『カイじゃな…ていいのか。もっとも、作戦中で通信…は出られないがな。』
「まさか来る気か?」
『その通りだ。』
やれやれ! ガンダム絡みの連中ってのはやることが派手だねぇ、と呟きながら、ボギーは辺りを見渡す。……庭の片隅では爆発の名残りの火事が続いており、芝生の庭に隠されたモビルスーツ格納庫は今しも扉が開き、モビルスーツが飛び出して来そうな勢いだった。サーチライトが周囲を照らしている。
「……アムロ・レイがシャア・アズナブルと一緒に、モビルスーツで逃げようとしている。……その報告だ。」
『……そうか。』
意外にブライトの返事は落ち着いていた。
「俺はもうしばらくここにいる。……カイが来るってんなら都合良い。……ウスダは強引にやり過ぎた。あんたの希望は。」
『二人は逃げ切れそうか。』
「無理だろうな。」
『……では、我々の希望はたった一つ。部隊が到着す…まで、二人を死なせない…ほしい。』
「難しいことを簡単に言ってくれるな、オイ。」
ボギーは深く煙草を吸い込み、それから煙をゆっくりと吐いた。
「……分かった。心配するな、約束は守る。」
『カイの友人なのだ…う。頭から信用している。』
それで通信は切れた。……ボギーは重い腰を上げた。それから、思い付いてラサに連絡を入れた。
「……俺だ。ハンフリー・ボガードだ。……提督に繋いでくれ。」
地球連邦地上軍第三特務部隊所属諜報部第三課、ハンフリー・ボガード。コード・ネームは「ボギー」、表向きは諜報的には『閑職』である、三課の課長。
しかし彼は、諜報部の「部長」を兼任していた。……なんのことはない、連邦軍の諜報内で一番偉いのがボギーなのである。
「……はいよ、俺だ。……ウスダが暴走し過ぎた、報告書は上げた通り。……三課所属のレンジャーを全部こっちの屋敷に回してくれ。朝五時までに、だ。……ああ。ああ、明日には帰るよ。」
ボギーは煙草を足元に吐き出し、踏みつぶした。
「……シャア・アズナブルの顔を拝んでからな。」
……大した騒動に成ったな。
格納庫の上には、モビルアーマー形式に変型したアッシマーが顔を覗かせたところだった。……ボギーは通信を切ると、ゆらり、と庭に向かって歩き出した。
キィイイー……という機動兵器特有の、耳障りな駆動音をたて変型したアッシマーが夜空に浮上してゆく。
「……抜けるか?」
「この屋敷に在る最大の兵器は対戦車砲くらいのものだろう。」
言った端からその通りのバズーカを機体に撃ち込まれた。大きく右にアッシマーが傾ぐ。
「……っ、くっそ、」
「おい!」
「煩いな、黙れ! 上がるぞ!」
便宜上、先に乗ったシャアの膝の上にアムロが乗ると言う凄まじい二人乗りで、彼らは屋敷から離れようとしていた。……爆風を伴ってあっという間に高度1000メートル辺りまで上がり、目の下には胡麻粒の様なサイズになった屋敷が見える。サーチライトに照らされて妙に明るい。
……アッシャー家の崩壊。
三度、アムロは屋敷を見ながらその言葉を思い出した。しかし、その単語の真実を確かめている余裕も、浸る余裕も今は無い。
「どっちだ。」
「……東だな。……宇宙軍の居る方向に逃げないとダメだ、香港を目指す。」
「追っ手は。」
「モビルスーツは来ないだろう。……来るなら武装ヘリだな、連邦軍内の機動兵器は九十%以上が宇宙に配備されている。四課はおそらく陸軍以外にコネは無いだろう。追っ手がかかるならラサの旅団本部からで、追いつかれるまでの時間は三十分程度。」
アムロは幾つかの計器を叩いた。この辺りの図形と、暗視スコープを通したリアル画像が重なってモニターに表示される。
「……逃げ切れると思うか。」
「あなた、逃げたいのか。……そう思えるのか?」
目下に広がるのは、一面の森だった。チベットと言う秘境を、秘境たらしめて来た、そういう森である。
「何だって?」
「逃げたい、と思えるのかと聞いている。……逃げたいと、生きていたいと、そういう欲望があるのかと。……だってあなた無関心じゃあないか。生きることに対して。……鬱病だから。」
「……」
シャアは答えなかった。……何も答えない分、触れている肌の暖かさが多弁で凶悪だ、とアムロは思った。……本当は『生きたい』んだ。口先で何を言っていようとも。
「……言っている端から来たぞ!」
アラート音と共に、アッシマーのモニターの端に自分達を追う武装ヘリの機影が映る。
「……HAK-A3AV。……三機居る、月並みだな、しかしこっちを撃墜するには十分な戦力だ……」
アムロはため息をつきながらアッシマーの高度を下げた。
「……このアッシマーには武装が無いから。」
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2006.08.21.
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