黒いジャケットを羽織って、扉の前に立った。……遠目からは保安要員に見えることだろう。
「……私に銃を渡して、」
シャアがそう言いかけた時に、庭から大きな爆発音が聞こえて来た。
「君に向ける、とは思わなかったのか?」
十二時ちょうど十秒前。……工作員としては上出来だな、と思いつつアムロは時計から目を離す。心の中でボギーに礼を言った。シャアに顔を向けた。
「そんなことは、」
庭に面した側の窓が一斉にビリビリと鳴る。……一瞬赤い光が見えた。
「……どうでも良いんだ。」
「……」
二度目、三度目の爆発が続く。シャアは答えなかった。二人は奇妙に見つめ合った。サブマシンガンを抱えたまま。……屋敷中にアラート音が響き始めた。
目を凝らした廊下の先で、地下の本部から駆け上がって来た四課員が二人、玄関ホールに向かうのが見える。
「……そちらは!」
誰とも分らない人物に声をかけられ、アムロは適当に返す。
「異常無し!」
「……分かった! そのまま待機!」
それだけ答えて彼らは走り去ってしまう。……今、本部から二人出た。他の要員もほぼ全てが爆発のあった表庭の隅に向かっているだろう。……ということは、
「……行くぞ。……3、2、1……ゴー!」
アムロとシャアは本部に向かって走り出した。……今、本部に残っている人間は二人だけの筈だ。
「……何をする気だ。」
シャアが聞いて来た。
「逃げるんだよ。」
階段を転がり落ちながらアムロは答えた。
「……何処へ。」
「……何処かへ、だ!」
本部の扉を蹴り飛ばして中に転がり込んだ。……まだアラート音は鳴り響いている。さすがに、中に残ったメンバーは銃を構えて『侵入者』を待っていた。
「……大尉、」
カムリが言った。……ウスダはおそらく、庭の方へ駆け付けているのだろう。その手元を見てアムロは思わず笑い出しそうになった。S&Wチーフ。……なんて可愛らしい銃なんだ。
「本気か?」
「本気だ。……なあ、カムリ。……俺はここからシャアと出たいだけだ。分るよな。」
「分かる。」
カムリは即答した。しかしモニターの前に立ち、銃は構えたままだ。
「……しかし、それは無理だ。そういう命令だ。」
「カムリ。」
アムロは一歩近寄った。チーフを構えたまま、カムリともう一人の不運な同僚は一歩下がった。
「……言っておくが俺達は強い。……チーフじゃ相手にならないぞ。」
「言い過ぎだ。」
シャアが軽くため息をついた。
「何を馬鹿な、」
カムリが檄鉄を一回引く間にアムロは軽く十発ほどモニターに撃ち込んだ。もうもうと煙りが本部の中に立ちこもる。
「……」
「カムリ。」
アムロは噛み下すようにゆっくりと、言った。
「……射撃室のドアを開けるんだ。」
射撃室の中に入ったアムロは、扉が閉まったとたんに電子錠を潰した。
「何故?」
空薬莢を避けながらシャアが聞く。
「このドアは二百キロ近くある。……射撃室には火薬が有るから、無傷で開こうと思ったら爆薬は使えない。鍵さえ壊しておけば、数人の大人の男が集まらないと物理的にドアは開けない。」
「……なるほど。」
二人は射撃室を抜けて、本部と繋がる扉とは正反対に位置するモビルスーツ格納庫の扉に辿り着いた。
「……シャア、二分半稼げ。」
「二分半?」
シャアが繰り返した。アムロは持って来た端末をシャツの中から引っ張り出して、モビルスーツ格納庫に繋がる扉を開いたところだった。
「ああ、二分半だ。……アッシマーを起動するのに一分。……この屋敷のセキュリティーを抜いて、格納庫のロックを解除するのに一分半かかる。」
「大した自信だな。」
開いた格納庫の扉の向こうに、二人は滑り込んだ。……本部に通じるドアからは今のところ異状は見られない。
「……シュミレーション済だ。」
アムロはそれだけ言い残すと格納庫の中に飛込んだ。シャアは舌打ちをしながらアムロの転がして行ったMP5Kを手元に引き寄せた。
「……状況はどうなっている!」
数人の保安要員と一緒に本部に掛け戻ったウスダが見たのは、冷や汗を流しながら射撃室の扉をチーフで狙い続けているカムリの姿だった。
「……モビルスーツ格納庫に侵入されました。」
「何故ここで足留めしなかった!」
ウスダは苛立った様子で射撃室へ繋がるドアへと急ぐ。何度か開閉ボタンを叩く。……しかしドアは反応し無かった、中から潰されている証拠だ。
「……人を集めろ! カムリ、何を突っ立っている。私は質問したぞ、何故ここで『奴ら』を足留めしなかった!」
カムリがビクリ、と身を震わせた。そして、今やっと気づいたかのようにウスダを見た。……臆病者の瞳だ、とウスダは思った。
「……恐くて……」
「言い訳はいい! 地上! 聞こえるか、第二班!」
『イエスサー、こちら第二班。……繰り返す、こちら第二班。』
「侵入者の痕跡は見つから無いんだな。」
『イエスサー。』
爆発現場まではウスダも行って見た。爆破がただの揺動だというのは一目で分かった。こんな事をするのは、この屋敷に居る人間の中ではただ一人しかいない。
「……失望したよ……!」
ウスダは禿上がった頭にこぼれ落ちる前髪を、整え直してからこう言った。
「……このドアを抜くのは止めにする。……爆破しろ。」
「しかしそれでは中に居る人物が……」
「良いから命令に従え! 至急爆破処理に詳しい者をここへ。ラサの旅団本部へ通信。武装ヘリを上げさせろ。この屋敷から飛び立つ『もの』があったら全て撃破。」
「しかし、それでは大尉が……!」
金縛りにあったように銃を構え続け、それでもそう叫んだカムリの右手をウスダが掴んだ。
「……いいか、カムリ。」
「イエスサー。」
カムリは答えた。……ウスダはゆっくりと噛み下すように言った。
「あいつらは『敵』だ。……それも極上の、全人類の敵だ。……ニュータイプだ。逃がすわけには行かない。」
「……」
カムリは黙ってチーフを握った両腕を下げた。……そうなのか? だって、シャア・アズナブルだって、アムロ・レイだって、
「第二班! 格納庫の扉が開く、開いた瞬間を狙え! ありったけの装備を使え、モビルスーツを出させるな!」
『イエスサー、これから格納庫直面に向かいます。』
だって、シャア・アズナブルだって、アムロ・レイだって、あんなにも『人間』だったじゃないか。
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2006.08.20.
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