施錠を確認してからすぐに、自室の壁という壁を蹴って回った。蹴っている内にやがて、音の違う箇所に辿り着く。
「……ここか。」
もう迷ったり、遠慮したりしている余裕はない。壁際に座り込むと宇宙から持って来た荷物の中から簡単な工具を持ち出し、一気に壁紙と壁板を剥がした。バリバリ、と凄い音がする。
「……」
中からは通信用のケーブルが顔を出した。アムロは無言でそれを引っ張り出し、自分の端末に手際よく繋いだ。手際よく、しかし違法に。
しばらく操作していると、やがて屋敷全体に張り巡らされている監視カメラの映像に辿り着く。
「……よし。」
時計を確認する。……九月二十六日、午後九時過ぎ。画面を確認してから『録画』に設定した。これで、この先数時間分の監視カメラの画像がこの端末に保存される。もっとも、必要なのはシャアの部屋の内部とその前に立つ保安要員の画像だけだったが。
「さてと。」
アムロはもう一回時計を見た。……まだ少し時間があるな。画面を覗き込むと、シャアはまだ眠っていないようだった。歩き回ったり、本を手に取ったりする様子が写し出されている。それを片目で眺めながら、M-71A1を分解して組み立て直すことにした。……兵士が時間を潰す時にやる、一番効率的な方法だ。
午後十一時過ぎにアムロは部屋を出た。脇にある階段を下り、本部の扉をノックする。
「……大尉?」
本部に詰めているのは、カムリ以下三人のオペレーターだけだった。保安要員は居ない。それを確認してから話し掛けた。
「やあ。……忙しかったか?」
「暇だった。……今日も眠れないのか。」
「まあね。明日艦隊に戻れるともなれば心も騒ぐ。」
「なるほど。……撃って行くか?」
カムリが射撃室の扉を指差す。いや、とアムロは首を振りながらカムリの後ろに近付いた。彼はモニターの前に座っている。画面を指差してアムロは言った。
「シュミレーションはどうだ。……約束をしたから、持って来たんだパスワード。」
「約束?」
「昼間言っただろう? 俺の乗るRX78-2か、シャアの乗るYMS-14と戦えると。……そのパスワードだよ。」
カムリは嬉しそうに振り返った。シュミレーションソフトのボーナストラックを教えてやる、という約束である。アムロはパスワードの書いてあるモ紙を差出しながら、本部に残る他の要員にも声を掛けた。
「カムリがシャアの乗るYMS-14と戦うそうだ。……皆、見るか?」
さしてやる仕事もない、午後十一時過ぎの本部である。残っていた他の三人はとたんに寄って来た。
「勝てるのか、カムリ。」
「こういうの苦手だろう、」
「だから大尉にわざわざパスを貰ったんじゃないか。実力じゃここまで来れなかったさ。」
「それじゃ全然ダメじゃ無いか。」
……本部の全ての人員がシュミレーションソフトの立ち上げられた、一つの画面に集中している。……アムロはそれを確認して急いで部屋を出た。それから自分の部屋に飛込んで、端末を『録画』から『ループ映像画面』に切り替えた。
今、本部の監視カメラの幾つかが、リアルタイムではなく録画した画面に切り替わったはずである。……しかしバレた気配は無かった。……アムロはしばらく耳を澄まして、動きが無いのを確かめてから、もう一回部屋を飛び出す。そして、今度は屋敷の中央にある大きな廊下をシャアの部屋に向かって歩いていった。
「……大尉?」
近付いて来たアムロに、部屋の前に立つ二人の保安要員はさすがに顔を上げた。こんな時間に、この部屋を訪れる人物が居るはずは無いからである。アムロは目の前の二人の身長を確かめながら更に近寄って行った。
「やあ……」
言いながら自分より背の高い一人の腹に、思いきり肘を打ち込む。相手は不意打ちを食らって崩れ落ちた。もう一人はそれを見て瞬時にアムロに向かって銃を構える。
「……っ、」
何とか身を返すと、自分より身長の低いその男の後頭部を思いきりM71-A1の台座で殴った。……よし、間に合った。倒れた二人の手から軽機関銃を取る。
「……シャア。」
ゆっくりと、扉を開けた。
「……迎えに来たぞ。」
「……私は行かない。」
「馬鹿を言うな、さっさと来い。」
灯りを落とした部屋の奥からは、唸るような声が聞こえて来た。
「……なんでこんな事をするんだ。」
「往生際が悪いからだ。」
「おまけに短気だな。」
「分かっているのなら話が早い。」
ようやくシャアが奥から顔を出した。……困ったような目で自分を見つめているのがとても良く分かった。
「もう一回言う。……私は行かない。そんな選択には、可能性を見出せないからだ。」
「俺は最後まで諦めない。……いいか、もう一回しか言わないぞ。……一緒に来るんだ。」
「昔、君に同じ台詞を言ったことがある。……しかし君は断っただろう。」
憶えてる。……アムロは思った。あれはア・バオア・クーだった。
「あの頃は意味が分らなかった。……でも、今なら『共に』居ることの意味が分る。」
「嘘をつけ。」
シャアが少し掠れた、甘く響く声でそう言った。
「……自分のやりたいことをしているだけの癖に。」
「……来い!」
アムロは苛立って、強引にシャアに軽機関銃を押し付けた。
「MP5Kだ。……口径は9mm、装弾数はカートリッジ込みで30発。二丁有るから計60発だ。」
「見れば分る。」
「表に保安要員が二人伸べてある。……そいつらを部屋に入れて、そのジャケットを脱がせて羽織れ。」
「勇ましい事だな。」
ついにシャアが部屋の外に顔を出した。黙々と二人で気を失っている保安要員を部屋に運び込む。
「……何故彼らのジャケットを羽織らなきゃならないんだ。」
シャアがそう聞いてきた。……アムロは時計を確認した。そうして二人は、シャアの部屋の扉の前にサブマシンガンを抱えて立つ。
「……十二時になれば分る。」
アムロはそれだけ答えた。……あと三十秒。
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2006.08.18.
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