『そうしてどうなったのか? ティターンズに属したニュータイプ候補のウスダがどうなったか、って話しだよな。……奴は惨敗した。奴は「ニュータイプ」としての訓練を受け、部隊に編入され、機体をティターンズから与えられ、ダカールに出征した。……アレだよ。シャアの演説が行われたアレだ。どうなったかなんて、お前らの方が良く知っているだろう。』
『……シャアが演説し、外のティターンズはカラバと共闘のカミーユが足留めしていた。』
『その通りだ。』
カイは身ぶり手ぶり付きでさも大袈裟に語った。
『カミーユ・ビダンが、シャア・アズナブルの演説の為に敵を迎撃していた。……その時に、何の印象も無く落とされた敵の中の一機がウスダだ。』
『……ニュータイプの戦いには関わることすら出来なかった?』
『カミーユ・ビダンは別格だがな。……ともかく、ダカールで奴は徹底的な敗北を味わった。奴が本当にニュータイプだったのかどうか、真実は分らない。が、これだけは確かだ。……奴はニュータイプに恨みを抱くようになった。そして遂には、新たなる課を設立させてまでニュータイプの拘束に執念を燃やすようになった……』
そこでカイは一息ついた。
『……そういう、「ニュータイプの出来損ない」だ。』
『激しい逆恨みだな。』
ブライトが眉をしかめた。
『ああ。……しかし重要なのは、そんなパラノイアの手中に今、シャア・アズナブル、アムロ・レイの両名が居ると言うことだ。』
『ウスダにしてみれば……大本命に辿り着いた、というところだろうな。』
『その通りだ。』
大概、歴史などと言うものはいつも気狂いが作る。
「……一つ確認しておきたい。」
「何だ。」
地急降下ポイントに向けて軌道上の周回を続けているラー・カイラムの艦橋に、カイが入って来た。
「取り戻すのはアムロだけでいいのか?」
「ああ。」
ブライトは艦長席から立ち上がり、カイの脇まで歩いていった。ブリッジ要員に話を聞かれるのもどうかと思ったのである。近寄って来たブライトにカイは声を低くしてもう一回聞いた。
「……シャアはいいんだな?」
「お前、無駄口を叩いているヒマがあったら現役のパイロットから降下時のGに耐える方法でも聞いておいた方がいいぞ。」
「無駄口じゃ無いだろ。……重要な事だ。」
「……クワトロ・バジーナ大尉は良き友だった。だが、どちらかしか取り戻せないとしたら……」
そこでブライトは僅かに言葉を切った。
「……アムロだ。」
「分かった。」
カイは首を竦めて艦橋を出て行く。……そして擦れ違い様に、ブライトの肩を軽く叩いた。
「肩が凝ってるぜ、艦長さん。」
「降下時のGで泣くなよ。」
「……泣かねぇよ。」
「……大尉。六時から緊急のミーティングを行う。」
主寝室に入って来たカムリが控えめにそう言った。
「……」
アムロはゆっくりと、シャアの身体に回していた腕をほどいた。……何をするわけでもなく、小一時間ほどもただ窓辺に立っていた。
「……分かった。今、行く。」
ただ抱き合って立っていた。
「……じゃあな。」
「……ああ。」
身体を離す瞬間に小さく言うと、シャアからも短い返事が返って来た。……互いの瞳を見た。自分は今苛立った顔をしている事だろう。何もしなければこれで最後なのだ。
「さようなら、アムロ。……もう会うこともないだろう。」
なのに、冷静なシャアに怒っていた。アムロはその言葉には何も答えず、踵を返して部屋を出た。
……いいや、何もせずに終わらせたりはするものか。
ミーティングは主寝室脇の小部屋では無く、珍しく地下の本部で行われた。
「……これまでの経過をカムリから。」
この台詞も何回聞いたことだろう。本部には四課のほぼ全員が揃っていて、ボギーの姿も奥に見えた。
「DNA解析の結果が出るのは明朝、午前六時。……こちらも相当せっついたが、これ以上は無理という医療部の報告だ。」
「その結果を持って、我々としては結論を出したい。……昨日の電波ジャックを見る限りではこの屋敷に拘束されている『シャア・アズナブル』は偽物だ。偽物と言う確率が、あの放送で格段に上がった、というべきか。そしてDNA鑑定の結果がこれまた合わなければ……もう彼を『シャア・アズナブル』として扱う意味は無い。」
「……」
アムロは黙って話を聞いていた。
「アムロ・レイ大尉においてはその任務を終了。艦隊に戻ってもらうことになるだろう。その後、『シャア』はラサの陸軍旅団本部に移送予定。……が、まあ、大尉には関係無い。即日宇宙に帰ってもらって構わない。」
「……結局、大した役にも立てなくて済まなかったな。」
出来るだけ簡潔に真実を述べた。すると、ウスダが面白いくらい慇懃に答えた。
「別に。……『クワトロ・バジーナの遺言』というDNAサンプルを思い付いたのは大尉だ。それに、『シャア』との会話もあますところなく興味深かった。……ラブストーリーに発展しなかったのは残念だが。」
「……っ、」
アムロはついウスダに殴り掛かりそうになった。……結局なんだ。シャアとあれだけの会話をしておいて、満足させたのはこいつの覗き見趣味だけ、ということか?
「おい。」
そこに口を挟んだのはボギーだった。彼の顔からは珍しくにやけた笑いが消えており、モニターを指差していた。
「なんかさっきから通信が来てるぞ。出なくていいのかよ。」
「オペレーター。」
「イエスサー。……確認しました、ブライト・ノア艦長のコードです。回線988。」
『……ブライト・ノア大佐である。……アムロはいるか?』
少しミノフスキー粒子が濃い様だが、砂荒らしの向こうにブライトの顔が見えた。……アムロはつい泣きそうになった。
「俺だ。……何かあったか?」
『いや、何もない。……取込み中ならまた後で連絡するが。』
「別に大丈夫だ。」
軽くウスダの方を見る。……ミーティングを中座しても問題は無いようだった。
『実は、大したことじゃないんだ。だが、思い出してな。この間の報告書だが……』
報告書? アムロは思った。報告書と言ったら、例の総合演習のあれか?
「……ひょっとして小言か?」
『その通りだ。』
アムロは軽く肩を竦めた。その様子を見て、ウスダが四課員に解散の合図を出す。本来本部に詰めている数人を残してメンバーが散会していった。
「……お手柔らかにどうぞ。」
モニターに向かってそう言った。ブライトは、表情一つ変えずに続けた。
『……27ページ目だが。あれは何だ。』
27ページ目。そこでアムロは気がついた。……この間の報告書は27ページも無かったのである。
「……どこがマズかった?」
『五行目だ。……宇宙の状況に全く即していない。』
「五行目? ……ああ、あれね。確かにちょっと感情的ではあったけど……」
『ちょっとどころじゃないぞ。「強制的な降下」とはどういうことだ!』
ブライトを良く知るアムロからしてみれば、多少大袈裟にブライトが怒鳴った。……何だよ。そんなに怒鳴らなくったって、意味ぐらい通じるぞ。
「……こっちにはこっちの事情がある。」
『悪いが私が勝手に書き換えた。……こちらにもこちらの都合がある。』
……本気か。アムロは少し焦った。本部内に残る四課員を見渡したが、誰も二人の会話には注視していない。
『これで最終決定だ。第四軌道艦隊指令部には修正したものを提出する。』
「分かった。……が、まあ、明日には……ケリが付きそうだ。だから残りの小言は、帰ってから聞くよ。」
『そうか。』
それで通信は途切れた。……アムロはモニターから身体を離し、お疲れさん、とオペレーターに声を掛けて部屋を出た。
ブライトのメッセージを解読するとこうなる。
<27日の午前五時に地球降下作戦を行う。>
部屋を出たすぐの場所にボギーが居た。よお、と片手を上げて何故か煙草の箱を差出して来る。
「イライラしてんじゃねぇの? ……ま、こういう時は一服するのが一番だぜ。」
「……いらない。」
そう答えたのだがボギーはしつこく煙草の箱を差出す。地下から玄関ホールに通じる廊下まで上がって来たところで、アムロは箱から一本だけ差出された煙草の意味にやっと気づいた。
「……やっぱ貰う。」
「ああ、そうしとけ。」
ボギーはニヤニヤしながら去っていった。……ウスダも無気味だが、ボギーもかなり食えない相手だ。そんな二人の様子を、四課の保安要員が軽機関銃を抱えて見ていた。
アムロは自室に戻ると、すぐに煙草を『広げた』。……巻紙の内側には一言『準備は整った!』と書いてあった。
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2006.08.09.
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