世界は、綺麗に、
……終焉を迎えることが出来るのか?
「……彼らは、大したことを話はしませんでしたよ。」
地下の本部に戻ったカムリは第一声、そう報告した。
「聞いていた。」
ウスダはモニターから目を話さずに答えた。
「……」
画面には、主寝室に戻ったシャアとアムロの画像が映っていた。九月二十五日、午後三時。
「何か食べ物を持って行った方が良く在りませんか。彼らは朝から何も食べていません。」
もう手錠は解かれていた。そして、青白い画面の中で二人はいつもの窓辺の椅子に座ったところだった。
「……ほだされたか。」
「は?」
カムリはウスダの発言の意味が良く分らなかった。
「そんなに気になるのなら、後でお前が何か持って行ってやれ。ずっと一緒に居たいというのならそうさせてやれ。……午後六時から緊急のミーティングを行う。その旨だけ大尉に伝えろ。」
「イエスサー。」
ウスダは本部を出て行った。……残されたカムリはため息を付きながら、モニターの前の椅子に座った。窓辺の椅子に座ったまま、あの二人は動こうとしない。
『……になるか?』
小さく何かを話している声が聞こえてくる。……二十四時間監視ももう飽きた。飽きたな。……だってまるで。
カムリはアムロから貰ったシュミレーションソフトを立ち上げた。
……まるで言葉の足りない、引き裂かれた恋人同士の様なんだ。カムリはそこまで考えて、センチメンタルな自分の発想に少し笑った。
「……気になるか?」
寝室の窓辺には、朝のままに三冊の本が置かれたままだった。脇に座ったアムロがそれを見つめていると、シャアが聞く。
「ああ、気になる。」
アムロは素直に答えた。……明日の朝、『クワトロ・バジーナの遺言』のDNA鑑定結果が届いたらこの生活も終わる。こうしてこの部屋で対話を続ける事も無くなるのだ。きっと今回が最後だろう。
「では、話してやらないこともない。」
シャアは綺麗な所作で立ち上がった。そして窓辺に向かい、三冊の本の置かれたテーブルの向こうに逆光で立った。
「……何度も言ったが、私は『シャア・アズナブル』という存在に食傷気味だ。……世界は無駄に多くの『シャア・アズナブル』で満ちている。」
俯いた彼は、右端にある本の表紙を撫でた。……そこには『タナク』と書いてあった。
「世界の仕組みを、君に説明してあげよう。」
「世界の仕組み?」
シャアが『タナク』を手に取った。……アムロはもうメモを取ろうとは思わなかった。
「この書物は『タナク』と呼ばれる。ユダヤ教の教典だよ。……この屋敷はこの手の説明に向いていたな。聖書考古学者だなんて、恐ろしい職業がこの世には在ったものだ。」
「……もう少し分りやすく話せ。」
しかし彼は軽く笑っただけで次の本を手に取った。
「これは『オールドテスタメント』。プロテスタントの教典だ。」
「……」
ついに三冊目を手に取った。
「……そうしてこれが『ビブリアヘブライカ』。……ラテン語だ、カソリックの教典。」
夕日だ。……何かを語ろうとしているシャアの背中の向こうに、窓から大きな夕日が見えた。
「……分るか?」
「分らない。」
アムロは即答した。……シャアは三冊の本を今度は積み上げた。そして長い指先でそれを叩く。
「同じ本なのだよ。」
「……なんだって?」
「タイトルが違うだけだ。……この三冊の本は、全て同じ……」
眩しい。……アムロは目を細めた。
「……『旧約聖書』だ。」
「……ったく世話の焼けるガンダム乗りが居たもんだぜ……」
庭の隅、柵を越えた森の中で、ボギーは銅線を切っていた。パチン、パチンという音が周囲に響き渡る。監視カメラの視界からは確実に外れているが、庭には保安要員がうろうろしている。安心は出来無かった。
「……信用して貰えたのは有り難いが……爆薬を調達させた挙げ句に……それを仕掛けて更に格納庫の外鍵まで外せとは……」
愚痴を言っている割には手際が良かった。人の良さそうな中年男の外見からは想像もつかない素早さで、過酸化アセトンを爆弾に仕上げてゆく。
朝、シャアの面談に向かうアムロと廊下ですれ違った。……医者と一緒だった。実は、その医者の乗って来たヘリで、ボギーが調達した過酸化アセトンも届いていた。もちろんそうとは分らないように。
「……人使いが荒いよな……」
すれ違った瞬間にアムロから小さな紙を手渡された。……そこには、庭の隅に爆薬を仕掛け、更に地下格納庫の外鍵を外せ、と書いてあった。無茶苦茶だ。……大体俺が四課にチクるとは思わなかったのか。
「実際、四課は好きじゃねぇから、やってやるけどよ……」
……セットが済んだ。過酸化アセトンはかなり派手な爆発を起こす有機過酸化物だ。この爆薬が使用された歴史上最も有名な事件はロンドン同時多発テロだろう。
「……コウ・ウラキだってここまで人任せじゃなかったぜ。……やれやれ!」
ボギーは辺りを見回しながら慎重に立ち上がった。……もう午後三時を回っている。ただの散歩に見えるよう、トレンチコートをひるがえして庭に出た。
前庭の中央あたりまで歩いて来て、煙草に火をつける。肌寒くなって来たな。トレンチコートの襟を少し立てる。それから、ボギーは殆ど吸ってもいない煙草を芝に吐き出した。吐き出しておいて、思い付いたように吸い殻の上に屈んだ。……まあ、やっぱ拾わなきゃな、と思ったかのように。
そこに、地下格納庫の外鍵があった。物理的な鍵だ。どれだけ内部のシステムにハッキングをしかけても、この鍵が開いていないと扉は開かない。
吸い殻を拾うように見せ掛けて、鍵を外した。……ガチャリ、と鍵らしい音がした。
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2006.08.03.
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