「……我々の手元には、真偽はともかく三つの『シャア・アズナブル』に関するDNAデータが存在した。一つは、故ジオン・ズム・ダイクンとの血縁関係を示す子ども時代の『キャスバル・レム・ダイクン』のデータ。」
 プロジェクターの画面は几帳面に、研究所から報告されたのであろうデータサンプルの画像へと切り替わった。螺旋の形状をしたナノレベルの人間の構造分子の画像である。
「これは、実を言うと今回拘束された人物とはまったくDNAが合致しなかった。……にもかかわらず、『ジオン・ズム・ダイクン』のデータと言われているものと比較すると、その血縁関係は確かなものだった。……つまり、この二名は確かに親子なのだが、親子分、揃って偽のデータを掴まされていた可能性が高い。」
 アムロはため息が出た。……何だって。シャアのDNAデータが幾つも、それも別々の状態で保存されていて連邦軍諜報課でもその真偽を確かめかねる、ということか? そもそも、今回のことが起きるまで、それらのデータを比較対象することすら無かったのか? そんな程度のものなのか、連邦軍の諜報課というものは。
「次に、ジオン軍籍時代の『シャア・アズナブル』のデータ。これは、入隊したときに一律に兵から採取されるものなので、信憑性は高い。軍票(ドック・タグ)に入念に埋め込まれるデータだ。……もちろん、データが本物だったら、という話にはなるが。実はこのジオン軍籍時代のデータが、今回拘束した男のデータと95パーセントの一致した。」
 画面がまた切り替わる。先ほどの、身長を示す横線の前で、カメラを見つめている額に傷のある男の画像に戻った。
「……最後に、『クワトロ・バジーナ』大尉と名乗っていた男のデータだ。連邦軍籍を名乗っていたので、我が軍のデータベースにその詳細な資料が残っていた。時代的にはこのデータが一番若い。しかし、このデータも全く今回拘束された人物のDNAとは別の螺旋を描いていた。」
「……で。結論から言うと、最終的な断定は出来なかったという訳ですね。」
 ブライトがひどく簡潔にそう結論付けた。諜報課の人間だという二人の男は、一様に苦々しい表情になった。
「……そのとおりだ。シャアかもしれない。……しかし、実はシャアではないかもしれない。そんな事実が分かっただけだ。」
「……それで。」
 ブライトがもう一回、淡々と事実を述べた。
「彼方達は我々ロンド・ベル隊の元にやってきて、一体何を、どうしたいのです。」
「………」
 諜報課から来たという、二人の男はしばらく口を聞かなかった。そして、互いに顔を見合わせていたが遂に思いきったようにこう言った。
「……『首実検』をしたい。」
 そんなことではないかと思ったよ、と言わんばかりにブライトは手渡されていた紙媒体の資料を音を立てて閉じた。
「……『首実検』をすることによって、何らかの結論が得られるとあなた方は考えている?」
「確かに、最終的な結論が出るかと言われると、それは分らない。ジオン軍時代のシャアとほぼ同一人物と断定出来たのなら、そのまま法廷に回してしまえば済むだろうと言いたいことも分る。……しかしだ。相手は『シャア・アズナブル』だ。」
 ウスダという男がソファに座ったまま身を乗り出して来た。
「……ジオン軍時代から影武者がいてもおかしくは無い、むしろキャスバルと呼ばれた子ども時代から影武者がいたかも……くらいに、思わないか?」
「思ったとしても、我々の立場からどうこう言える問題では無い。」
 法廷に回したければさっさと回して結論をつけてしまえばいいのだ。ブライトは突っぱねた。
「シャア・アズナブルを良く思わない連邦の官僚は多いことだろう。現に、親コロニー派の政治家以外は、軒並み彼を敵だと思っているに違い無い。……『納得する人間の多い結論』を、ここは選ばれるべきです。」
「……我々の、『首実験』をしたい、という要望は受け入れかねる、ということかな、」
「そうです。」
「……ところで本人は、」
 それらのやりとりを黙って聞いていたアムロだったが、ふと自分がこの場に無理矢理呼び出されたのだ、ということを思い出して口を挟んでみた。
「……本人は何と言っているんです。……拘束された本人ですが。」
「『自分はシャア・アズナブルだ』と言っている……細かな質問には答えないが。」
 ならば、自分もブライトと同意見だ、とアムロは思った。
「ロンド・ベル隊の存在意義を揺らがす大事件には間違い無いのだけれども、今さらブライトが地球に行ってシャア本人なのかどうか確かめる、という騒ぎでもないような気が、僕にはするな。」
 すると今度はブライトが変な顔でアムロを見た。
「何を言ってる。」
「え?」
 アムロもブライトを見た。……何だ。俺はどこか間違えたか?
「……このお二人がシャアの『首実検』の為に地球に来て欲しい……と言っているのは、アムロ……お前の方だぞ?」



 ……正直驚いた。












2006.07.03.




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