宇宙時間、九月二十五日、午前八時過ぎ。
「イチマルフタマルから本艦の主作戦室でミーティングを行う。」
「アイサー。」
「艦隊の作戦士官を全て集めろ。この艦の作戦士官は席を外しているのでかわりにケーラ・スゥ中尉が同席する。」
「アイサー。」
「議題は二つ。ネオジオンの動向の経過報告。それから別件で単独行動をとっているアムロ・レイ大尉に関する報告。以上だ。この内容を暗号コードC4で全艦に連絡。」
「アイサー。」
ブライトがオペレーターに指示を出している間、カイは艦橋の中をのんびりと歩き回っていた。
「……新造戦艦ってのは綺麗だねぇ……」
面白そうに壁を撫でたりしている。一方、オペレーター達は昨晩ロンデニオンから乗り込んで来た「民間人」が気になるらしく、少しそわそわしていた。……この人物は一体何だろう。何故艦長は、彼にここまで自由に行動させておくのだろう。
「壁に落書きしてもいいか。」
「何て書くんだ。」
「そりゃ……『カイ・シデン登場!』とか。」
「頭が悪いな。」
「はいはい。馬鹿で結構。」
「……時間まで部屋で休んでいろ。」
カイは首を竦めて艦橋を出て行った。……少し経ってからブライトが思い出したように呟いた。
「……そういえばあいつ、ホワイトベースの壁にも下らない悪戯書きをよくしてたよな。」
屋敷の裏庭に回って来た。裏庭と言っても周囲が全て大きな庭に囲まれているような造りなので、それなりに広大だ。同じような芝生が広がり、やがて森に消えている。
「……裏庭は、俺もあまりきちんと歩いたことがない。」
「そうか。」
手錠で繋がれて歩く二人は徐々に言葉数が少なくなっていった。……見張りの為に共に行動しているカムリには、さぞや張り合いが無かったことだろう。もう少しきちんと仕事をすればいいのに、と自分でも思った。例えば昨晩メディアに現れたシャアが本物で、あなたは偽物なのか、とか。……聞けば良いのだ。
だが、聞く気がしなかった。……暖かい手を繋ぎ合ったら。
言葉などまるで必要がない気がしたのだ。……まるで必要が無いと。
真実は、すべてこの温もりの中にあると。……人間には、体温があるのだと。
「……あれが温室だ。」
沈黙に耐えられなくなったようで、カムリが急に指差して言った。
「ああ。」
アムロは答えた。裏庭の中程に、なるほど大きな硝子張りの建物があった。
「……キューガーデンに似ているな。」
シャアが言った。アムロもちょうどそう思った。ロンドンにある王立キューガーデン。その十九世紀に造られた、史上最古の鉄筋製の温室に似ている。まるでミニチュアだ。
「薔薇園がある。」
カムリがそう答えた。そういえば屋敷に来たばかりの時にも薔薇園のことを言っていたな。アムロは思った。彼はガーデニングに興味があるのだろうか。
「屋敷もビクトリア風だしな。……徹底した趣味だ。」
「この季節に、この気温のチベットで薔薇か?」
シャアが聞いた。薔薇は夏中咲く。……だが確かに、戸外で咲くには遅すぎる季節だった。
「だから温室なんだ。」
三人は施錠されたその入口に辿り着く。カムリが鍵を取り出して、扉を開いた。
「……」
シャアとアムロが先に中に入った。……ああ、なんという事だろう。
「それではミーティングを始める。……これまでの経過報告をケーラから。」
「旗艦作戦士官代理のケーラ・スゥ中尉であります。宇宙時間の本日未明、午前三時ちょうどにサイド5、コロニー・ドルビー内から『シャア・アズナブル』を名乗る人物の声明が出されました。……画像を。」
ラー・カイラムの主作戦室にはブライト・ノア以下十数余名の艦隊士官が集まっていた。カイ・シデンも居たが、彼は椅子には座らず壁際に寄りかかって腕を組んでいる。
「これが98秒間流出した『シャア・アズナブル』の画像です。」
作戦室のメインモニターに、赤い衣装を着てカメラに向かって優々と話す『シャア』の画像がくり返し流れた。
「警察、公安、諜報の全てが情報操作を即展開。それ以降のこの画像の外部への流出はアングラ系ネットのみに限られていますが、テロリスト他派がこれに同調し、増長した行動を取るのは間違いのないことだと思われます。」
画面が情報操作の成功率を示すグラフに切り替わった。
「……声明の内容は『ネオ・ジオン』がきちんとした指揮系統を備えた軍部を確立したというもので、証言通りの武装艦隊がコロニー・ドルビー近海に出現しました。……以上です。」
ケーラが話し終わった。ブライトはとんとんとん、と何回か机に指を打ちつけた。
「……『建国宣言』が出されたのではないだけ、マシだと思うべきだ。……我々が対テロの為に創設された部隊だと言うことを考えると、この放送を阻止出来無かった事に関して第四軌道艦隊本部から嫌みの一つくらいは言われるだろうが、それでもまだマシと思うべきだ。」
皆が頷いた。ブライトは続けた。
「私は、これは単なる揺動で、本気で戦いを挑んで来ているわけでは無いと思う。意見のあるものは発言しろ。」
ラー・キエムの作戦士官が右手を上げた。
「大隊長の意見に概ねは賛成です。……しかし、『シャア・アズナブル』の登場に対してまったく何もしなかったとなれば、本部からの批難はより大きなものとなるでしょう。艦隊全て、とは言いませんが軽巡洋艦の一つくらいは向かわせるべきです。」
「承認する。」
ブライトはそう言って片手を振った。
「ラー・キエムはイチニーフタマルを持って現在の任務を解除。最大戦速でサイド5に迎え。後は任せる。」
「アイサー。」
ラー・キエムの作戦士官が答えた。
「『シャア・アズナブル』を名乗る人物の出現についての議題は以上。さて、次の議題だが……」
そのブライトの言葉を聞いて、カイがゆらり、と壁際から離れた。
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2006.08.01.
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