「……報道管制は。」
「コードC3で展開中。98%の確率で成果を上げています。」
「残りの2%は。」
「サイド5、コロニー・ドルビー内部のイントラネットだけが掌握出来ませんでした。このコロニー内から、ネオ・ジオンの電波ジャックが行われていると思われます。」
「他のセクトの反応は。」
「報道管制の成功により、先ほどの画像の流出は98秒間のみです。他のセクトからはまだ……」
「コードA1! サイド3のイントラネットに飛び火しました。」
「『自由コロニー同盟』のホームページにたった今、声明が上がりました。……『我々はシャア・アズナブルの行動をを支持する。』……以上です。」
「アンダーグラウンドは。」
「チャンネル2の掲示板に『あのシャアは本物か?』というスレッドが立ちました。他のローカルネットにも拡大中です。」
「声紋解析終了。……『シャア・アズナブル』の過去のデータバンクと照合中……クワトロ・バジーナのサンプルDと96%一致しました。」
「情報規制をコードC1に強化しろ。」
「止まりません。」
「……止めろ! これ以上の飛び火を、何としても食い止めろ!」
カムリはウスダが怒鳴っている姿を初めて見た。……九月二十五日、午前三時半過ぎ。地球、チベット。
「……国防省と、地上軍幕僚本部に回線を開け。警察と公安にも同時に協力を要請しろ。」
「……イエスサー。」
回線を開いた。
「……今回の不祥事の責任は全て自分に在ります。」
……カムリは、ウスダが謝っている姿も初めて見た。
時計が四回鳴った。……天井まで届くような大きな柱時計である。
「……寝室にこんなものを設えるのがそもそも間違っている。」
シャアはそう呟いた。……今夜は睡眠薬を飲まなかった。だから自分は朝まで起きていることだろう。
「さて……」
夜だというのに窓にはカーテンが引かれていない。月の光が差し込む中で、彼は静かに本を並べていた。
「……そろそろ始まったな。」
……彼は微笑んでいた。そして本を綺麗に並べ終えると満足そうに椅子に座った。
目の前の机の上に置かれた本には、それぞれこうタイトルが書かれている。
右が『タナク』。
真ん中が『オールドテスタメント』。
左が『ビブリアヘブライカ』。
「……迎えに来たぞ、シャア。」
「今日はまた、妙な時間に現れたな。」
次の日の朝一番に、アムロはシャアの部屋を訪れた。健康診断の為に訪れる医者と共に部屋に出向いたのだ。
「診察が済んだら庭に行こう。」
「……何の為に。」
「俺がそうしたいからだ。」
「……我が儘だな。」
医者が手際良く血圧を計り、簡単な内診を行う間、アムロは腕組みをして脇で待っていた。
「昨夜、実はいろいろあってね。……あなたは『偽物』の確率が高くなった。しかしDNA鑑定の結果が出るにはまだ一日ほどかかる。だからその間は俺の自由にさせてもらうことにした。」
「御苦労なことだ。……諦めてしまったほうが楽だろうにな。」
「もちろん四課の出した条件もある。……彼が一緒に行く。庭を案内してくれるそうだ。」
アムロはさっさと話を進めた。部屋には、医者と共にカムリも足を踏み入れていた。
「カムリ、彼がシャア。」
「……知っている。」
「シャア。彼はカムリだ。……乗り物酔いがひどいのでパイロットになることを諦めた男だ。」
その紹介はひどい、とカムリは苦笑いした。アムロは窓際にあるいつもの椅子と、その前に置かれた机を見る。そして、綺麗に並べられた三冊の本に気づいた。……昨日まではあそこにあんな本は無かった。
「済みました。」
「よし。」
医者がシャアから離れたので、アムロは自分の右腕を差出した。……シャアは一瞬躊躇ったが、肩を竦めて自分の左腕を差出した。……カムリがその両腕に手錠をかけた。
互いの利き腕を手錠で拘束する。……これが四課の出した条件だった。
「……」
アムロは黙って右の掌を向けた。
シャアはその上に左の手を乗せた。
手錠で結ばれた上にしっかりと手を握った。……そしてもう、離そうとすら思わなかった。
「……君に渡した本があっただろう。」
「本? ……ああ、『キリストの肉体としての教会堂』ってやつか。」
「読んだか?」
「目次で諦めた。……あなた、あれがキリスト教美術の入門書だ、とか言ってたな。」
「そうだ。……そう言った。だが、それより先に手渡さなければならない本があったことを忘れていた。」
「何だ。」
「……聖書、だ。」
まだ朝露の残る緑の広大な庭を、手を繋いで歩いた。……カムリが先導しているが、少し居心地が悪そうだ。緑の中では自分の赤毛か、それともシャアの金髪か。どちらが目立つのかアムロは聞いてみたかった。前庭を半周ばかりした頃、黙々と歩き続ける自分達に飽きて来たのか、それとも自分の職務を思い出したのか、カムリの方から話かけて来る。
「……そういえば大尉。自分はゲルググを倒したよ。」
「へえ、頑張ったな。……じゃ、秘密のコードを教えてやろうか。」
「コード?」
「何の話しだ。」
アムロの作ったシュミレーションソフトをカムリに渡した話である。しかし、シャアも興味を持ったようで話に乗って来た。
「カムリに俺が作った訓練生用のソフトをやったんだ。……一年戦争からグリプス戦役までのモビルスーツに順番に乗って、操作方法を学習して行く事が出来るソフトだ。」
「……それでゲルググ? 訓練になるのか。」
「そういうシステムなのでしょうがない。……本来はある程度のスコアでそれぞれの面をクリアすると、ボーナス・トラックに進む仕掛けになっている。」
「ボーナス・トラック?」
これは本当である。……だが、カムリはそんなスコアを叩き出せ無かったことだろう。
「……どっちがいい。俺が乗るRX-78-2か、シャアの乗るYMS-14と戦える。」
「……」
この質問に、カムリは真剣に悩んでいる様だった。三人は前庭を散策し終え、屋敷の裏側に回って来ていた。
「……YMS-14。」
よほど経ってからスーツ姿のカムリの背中がそう答えた。
「……見ろ、ここにも信者がいる。」
アムロはその返事に笑った。……なんて素直なんだ。世の中は、『シャア・アズナブル』を一目見たいヤツでいっぱいだ。
「……教義も、教祖すらいない偽りの宗教だというのにな。」
シャアも笑った。……緑の芝を踏み付けながら。
シャア・アズナブルとは一体なんなのか。……解釈だけが無数に繰り広げられそこに『真実』は存在せず、『虚構』が一人歩きしている。
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2006.07.31.
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