「シャアに会わせてくれる気になったか?」
「……どうして先に、カイの知り合いだと言わなかった。」
「言ったら信じたか?」
 夕暮れが近付く中、アムロとボギーは庭と木立を仕切る柵に寄りかかって話をしていた。
「……そりゃ信じ無かったさ。」
「だからだよ。」
 ボギーは煙草の箱の底を軽く叩きながら笑った。
「あいつと知り合ったのは、二年前だ。……星三号事件を覚えているか?」
「……ああ。」
 良く覚えている。89年の末に起こったテロ事件である。……そして初めて、『新興:ネオ・ジオン』というセクトが歴史の表舞台に現れた事件でもあった。
 87年のグリプス戦役、88年のネオ・ジオン抗争と軍部は混乱を極めたが、それがやっと落ち着き始めた頃だった。軍は再編され蘇ったが、テロ事件の発生件数は反対に増えていった。大きな力を持った軍部に対する、民衆の不安と不満を代弁するかのように。
「あれには諜報も大騒ぎになってな。……何しろ、基地を一つ占拠されたとなったら大失態だ。どうして事前に察知出来なかったのか、ってな。」
 先にも説明したが、今対地球テロ活動を行っている組織は大きく三つに分かれている。『自由コロニー同盟』、『反地球連合』、そして『新興:ネオ・ジオン』の三つである。前記の二つは比較的小規模なテロを断続的に起こしているだけだが、『新興:ネオ・ジオン』は違った。
「……未だにそのままのはずだ。」
「その通りだよ。」
 星三号、というのはサイド5宙域にあった小さな前衛基地の名前である。アステロイドベルトから引っ張って来た隕石を利用して作られたもので、主に爆薬の保管業務に使われていた。そして『新興:ネオ・ジオン』は89年の十二月六日にこの基地を襲撃、占拠したのである。……実を言うと、今もって連邦軍はこの基地を奪還出来ていない。この基地に保管されていたのが機動兵器では無く、爆薬類だったのがその理由だ。最新式のモビルスーツを奪われたのならば、軍部ももう少し本腰を入れたことだろう。しかし奪われたのはカーリットやペンスリットやヘキソーゲンが合わせて数百キロだった。だから連邦軍は、取り戻そうともしなかった。
「カイはその軍部の対応に怒り狂っていてな。……酒場で会ったんだが、ありゃあ面白かったよ。『モビルスーツじゃなくたって人は殺せるんだ。なのに爆薬を奪われただけじゃ連邦軍は何もしないのか!』……ってな。それで、まあ、一杯ひっかけてダーツの勝負をして友達になったんだがな。」
「……」
 カイの判断はおそらく正しい。この厳重な警備の屋敷に、カイ本人が何度も出向くことは難しい。だから彼は連邦軍の、それも諜報部のIDを持って居るボギーに後を任せたのだ。
「……あんたが『超常現象』専門って言ってたのだけ、まだひっかかるんだが。」
 保安要員が一人、アムロとボギーの方へ歩み寄って来た。……不自然にならない程度に離れ、歩きながら二人は会話を続ける。
「いや、それは本当だ。だから訂正出来ねぇな。……簡単に言うと『閑職』だ。窓際族ってとこさ。……だが、ロンド・ベル隊だって軍のお荷物だろう?」
「似たようなもんか。」
「ああ。」
 アムロはため息をついた。……そうだな。お互い威張れる立場じゃ無い。
「……何か必要なものは。」
 ボギーが立ち止まり、アムロに向かってそう聞いてきた。ちょうど『シャア』の部屋の真正面あたりだった。
「……過酸化アセトンを300グラム。」
 アムロは答えた。ボギーはヒュウッ、と口笛を吹いた。
「景気がイイな。……さぞや爆発が見物だぜ。」
 これ以上会話を続ける気にならなかった。……アムロはまっすぐに屋敷の玄関に向かった。



 宇宙から連絡が入ったのはその日の深夜だった。アムロは寝端を叩き起こされた。
「……大尉。艦隊から連絡だ。」
「……すぐ行く。」
 簡単に身支度を整え、銃をベルトに差し本部に急ぐ。……深夜三時だというのに、本部は色めき立っていた。
「……俺だ。どうした?」
『アムロか? 宇宙ネットのチャンネル32に繋げ。……ネオ・ジオンが動いたぞ。』
 モニターの向こうのブライトは、それだけ言って通信を切った。……何だって? そんな内容、伝言でだって済むじゃ無いか。アムロは眠い目を擦りながら脇にいる四課員に声をかけた。
「チャンネル32。」
 四課員はすぐにモニターを切り替えた。……アムロは目が覚めた。……なんて事だろう。
『……ので、おそらく近日中には彼らと合い見舞えることになるだろう……』
 モニターの向こうには『シャア』が居た。見たことも無い衣装で、大仰にインタビューに答えている。
「武力行使があった訳ではありません。……彼は単純に、武闘派セクト『ネオ・ジオン』のアピールの為にメディアに出現したと思われます。」
「サイド5政府より入電! 『シャア・アズナブル』がメディアで語ったのと同規模の武装勢力がコロニー・ドルビー周辺に出現した、との報告です。」
「状況解析を続けろ。……あれは本物か?」
「二日前にサイド5、コロニー・アラムで起こったテロについて言及しました。現時点に於ける判断では、録画の可能性は低いです。リアルタイム・ジャックです。」
「声紋解析。」
「実行中、現在43パーセント。」
「……」
 アムロは黙って、スタジオに切り替わったモニターのニュース画面を見つめ続けていた。……今チャンネル32でコメントを発表した『シャア・アズナブル』が本物ならば、この屋敷に幽閉されているシャアが『偽物』である可能性は飛躍的に跳ね上がる。
「……大尉。」
 真後ろから声がした。……抑揚の少ない、死んだ魚のような声。……ウスダだ。
「……どう思う。」
 抽象的な質問だ、と思った。
「……許可が必要だ。」
「どんな許可だ。」
 アムロは観念して、後ろを振り返った。
「……この屋敷にいる『シャア』と、俺が一緒に庭を散策する許可だ。……このままでは一ヶ月ほどのあんたたちの努力が、全て徒労に終わる。……それでもいいのか。」
 この脅しはそれなりに利いたらしい。
「……分かった。我々は様々な情報を集めて大尉からの報告も合わせて待つ。……好きにしたまえ。」
 朝一で、シャアを迎えに行って庭を歩こうと思った。











2006.07.28.




HOME