人には「ニュータイプだからより分りあえる」と思われている自分達が、実際には「多大な会話と腹のさぐり合いの果て」に相手を確かめあっている。
 ……これはとてもナンセンスで、悲劇めいた事実だと思った。
 チェスはアムロの惨敗に終わった。



 ブライトの対応は早かった。アムロからの連絡の後すぐに各部署に連絡を入れたらしい。三日後の九月二十三日早朝、アムロは騒々しい輸送機の音で目が覚めた。
「……起きているか。」
 ノックと共に扉が開く。顔を出したのはカムリだった。
「荷物が届いた。」
「……DNAか?」
「大尉宛の私的な荷物も一緒にあるらしい。」
 アムロはすぐに行く、と答えてベッドから起き上がった。……起き上がってから思った。……私的な荷物。私的な荷物?



 屋敷の前庭に出てみると、そこには地上軍の小型輸送機と医者のヘリが並んでいる。ローターの風にあおられながら、やや苛立った顔をして脇にウスダが立っていた。
「『大尉宛』で荷物が来ている。……だから、大尉の許可が無いと鑑定に回せない。爆発物の検査は既に済んでいる。」
 ……なるほどそういうことか。アムロはブライトの周到さに少し感動した。四課宛に荷物を送ったならば、こいつらは俺の存在など無視して勝手に荷物を開けたことだろう。しかし自分宛の、しかも小包というアナログな手段でそれが届いた為、四課には逆に手出しが出来なくなったのだ。
「ちょっと待っていてくれ、」
 アムロはその場で自分の名の書いてあるラー・カイラムからの小包を開けた。私物など送ってもらう約束はしていなかったから、一体何を詰め込んだのだろうと思った。
「……」
 小包を開けてアムロはまた唸った。……考えたな。中はほぼ二つに分かれていて、一つは対重力仕様の頑丈なスチールケースだった。この中に、『クワトロ・バジーナの遺言』が入っているのだろう。
「……こっちだ!」
 ケースを持ち上げてアムロは叫んだ。ローターの音がうるさかったからである。
「こっちがDNAだ! ……持って行ってくれ!」
 ウスダがそれを受け取ると、すぐに医者に渡した。……『シャア』の健康診断をする為だけにこの屋敷を毎朝訪れている『医者』の乗ったヘリコプターは、すぐにその場を飛び立った。
「……さてと。」
 羽根を回し続けていたヘリコプターが飛び去り、静かになった庭でアムロは残りの荷物を広げた。……そして、また感動することになった。中身は本当に下らないものばかりだった。少なくとも軍の輸送機を使って緊急に運ぶようなものではない。着慣れたパジャマ。食堂に置きっぱなしだったマグカップ。奇妙な寄せ書き(真ん中に『大好きなアムロ大尉へ。』と書いてある)。
「おいおい……」
 幾ら適当に荷物を詰めたからって、これはないんじゃないのか。寄せ書きが特にひどい。笑ってしまう。俺は卒業生か。アムロは懐かしいラー・カイラムのみんなを思い出した。思い出して、少し郷愁に浸りかけた時、最後に出て来たディスクが目に止まった。……そこには小さな字で、こう表書きしてあった。

 ”この方法なら諜報の連中も検閲出来ない。ナイスアイデアだろ。 カイ”

 カイ・シデンである。……確かにどんな情報を送ろうとしても、軍の回線を利用したら諜報に中身を検閲されてしまう危険性がある。では、カイは宇宙でネオ・ジオンについて調べ、ブライトの方に接触したのだ。……いや、この『小包作戦』自体がカイの入れ知恵か?
「どうした。」
 ウスダがディスクに気づいたようでそう声をかけてくる。……アムロは可能な限り冷静にこう答えた。
「問題ない。……早くDNA鑑定の結果が出ると良いな。」



 部屋に戻って自分の端末でさっそくディスクを開いた。……そこでアムロは、三度、感動することになる。
「……」
 カイからのディスクの中に入っていたのはネオ・ジオンのここ最近の動向、特に『シャア』と思われる人物が拘束されてから先の組織の動向だった。
「九月二日拘束……」
 組織内部の人間に詳細に事情を聞いた結果、シャア・アズナブル本人と確実に会ったと証言出来た人物の、答えた日付けが八月三十一日。
「……符合はする。」
 しかし一体この短期間で、カイはどこまで組織に近付いたのか。連邦の諜報も顔負けの凄腕である。
 九月十一日、サイド5で小規模な爆発テロ。使用爆薬はTNT(トリニトロトルエン)。……コロニーに風穴を開けるつもりだったのだろうか。これでは自爆と変わらない。
 九月十四日、サイド4で職質中の警察官に対する発砲事件。これはかなり小さな事件だ。
 九月十七日、サイド1宙域で断定は難しいがかつて彼らが仕掛けたと思われる時限爆弾式無人砲台による艦隊襲撃事件。
 ……最後のは、ラー・カイラムが引っ掛かった奴だな。アムロはコーヒーを入れ直して、先を読み進めた。
「シャア本人に会ったと証言する人間は八月以降居ないが、組織は活発に活動しているのでその不在を確証付けることも出来ない、か……」
 微妙な結論である。しかし、ネオ・ジオンに関してここまで調べてくれたことには感謝した。次のファイルを開くと、驚いたことに『諜報四課の素性』というファイルだった。
「……」
 凄い。頼んでもいないのに、カイはそこまで調べてくれたのか。アムロは本当に持つべきものは友達だな、と思った。
 諜報部は表向き、連邦地上軍に所属する特務部隊である。幕僚監部直轄ではないが、特に第三特務部隊はほぼ直轄に近い指揮系統にだと言える。その中でも更に四課は『ニュータイプ』が専門……というのはボギーに聞いた。その通りである。組織図を見ると課長がウスダ、他の文官はカムリと二名の本部付きオペレーターのみで、その他は地上軍特殊部隊から借りているボディーガード専門の要員なのだと分かった。更に全員の名前の脇に『コードネーム』と記されており、諜報部門ならではの不透明さが伺い知れた。ウスダは少佐、カムリは大尉、と階級も示されている。正し、これは『表向きは』ということだろう。
「なんだって? しかも……」
 カムリ……これは年がアムロと同じくらいに思える若い文官の方であるが、カムリの項には簡単な略歴が記されていたが、ウスダの方は真っ白だった。……つまり、過去が不明なのである。たった一行、「八十九年入隊、少佐」と書いてあるきりだった。
「……適当すぎる。」
 アムロはつい端末を放り出して、ベッドに横になった。……何故それほど出自の不明瞭な人物が、軍に入っていきなり課をまとめる立場になれる? ……ウスダは、そしてそのウスダの率いる四課は、行動も怪しいがそもそも成立自体に謎がありそうだ。……気をつけろよ、と耳元で囁くカイの声が聞こえたような気がした。
 最後の感動は、カイがついでに走り書きしたらしいディスクの中のテキストエディタを開いた時に現れた。……そこには、たった一行短く、こう書いてあった。

 ”そうそう。ボギーは現れたか? 彼は信頼出来る。”

「……先に言えよ。」
 アムロはため息をつきながら起き上がった。











2006.07.27.




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