人が真に会話で分りあえるのだとしたら、歴史はこれほどまでに血塗られてはいない。
シャアの気力の低下も、ウスダとの対立もそれなりに問題だったがアムロは部屋に戻ると、気を取り直してテロ対策会議の資料に目を通すことにした。ベッドに座り、プリントアウトしたレジュメを手に取る。
『第四十五回 定期合同連絡会議』……今朝メールで受け取った資料の表書きは至ってシンプルなものだった。通常は二週に一回のペースで、合同のテロ対策会議が開かれている。今回は少し前倒しされていた。合同、とは政府、警察、軍全てが一同に会する、という意味だ。
テロは無数に起こっていた。小さいレベルのテロであればその鎮圧は警察の仕事になるし、武装蜂起くらいの規模になればそれは軍の仕事となる。同じ連邦内のことではあるが、指揮系統が違うと連絡不行届きが起こりかねない。だから、横の繋がりを密にする為に『定期合同連絡会議』行われている。レジュメの表紙には、いつも通りに三つの題目が並んでいた。1.警察及び公安部署からの報告。2.軍本部からの報告。3.総括。……おや。そこでアムロは思った。今回は一番下に『緊急動議』という項目がある。
『テロ活動』については、ある程度説明しておかなければならないだろう。しかし、ジオン独立戦争前から話し始めるとあまりに長い話になるのでここはグリプス戦役以降の勢力図だけを説明することにする。
地球圏が『連邦』という単一行政機関に終息されてから早一世紀近くになる。宇宙世紀、という年号が連邦の成立と同い年である。多くのものを乗り越え、行政として一つになった『連邦』だったが、問題もまた多かった。地球とコロニー(植民地)の間に生まれたさざ波は、最初は小さかったが仕舞いにはとてつも無い大きなうねりとなった。この結果が幾つかの争乱や戦争だ。
それでも人々は諦めなかった。『連邦』として有ることを。つまり単一の国家であることを。そんな中でグリプス戦役は起こった。……『内紛』である。
たとえどれだけ国として一つであっても、内紛は起こる。突出した軍部であるティターンズの台頭、それに対抗する通常軍を主としたエゥーゴの結成、更に後から現れた木星圏で起死回生を狙っていたジオンの残党軍であるネオ・ジオン、これらを合わせて戦場は三つ巴となった。これが、大雑把なグリプス戦役の略図である。
問題はグリプス戦役がどうあったか、ではない。……その結果、「人々が何を思ったか」である。
人々は考え始めた、『自由』と『自治』についてもう一度。……連邦の中に暮らしながら。
その結果、グリプス戦役以前と以降では、テロの発生率が十倍に跳ね上がった。連邦であることを望まない人々がそれだけ増えたということだ。グリプス戦役はU.C.0087からU.C.0088に渡る争乱であるが、U.C.0089の暴動、及びテロ発生件数は103件、これは三日に一度は何処かのコロニーでなんらかの衝突があったことを示している。
不満はそれほどまでにあったのだ。
面白いのは、それらの行動を起こしたほぼ全ての団体が「シャア・アズナブル」の名を語っている点である。「シャア・アズナブルの思想に於いて」「シャア・アズナブルを規範に」……グリプス戦役に於いて「シャア・アズナブル」の名が語られたのはただ一瞬、ダカールでクワトロ・バジーナ大尉が、『自分はシャア・アズナブルでありジオンの子だ』と言った瞬間だけだ。
しかし人々はその一瞬に熱狂した。……カリスマ、と言わざるを得ない。かつて、ジオン独立戦争と呼ばれる戦争があった。「連邦」に思いきり反目を示す戦いが存在した。その孤高に人々は酔った。そしてその名を語るものが続出したのである。
グリプス戦役以降のテロ集団は主に三つに分派する。第一派が『自由コロニー同盟』、第二派が『反地球連合』、そして第三波が『新興:ネオ・ジオン』である。……どれもがそれぞれに反体制、反地球のテロ活動を行った。そして問題なのは、第三波である『新興:ネオ・ジオン』である。
グリプス戦役に於けるクワトロ・バジーナ大尉、すなわちシャア・アズナブルの最終経歴は『生死不明』だ。
旗艦であるアーガマの最終作戦行動『メールシュトローム作戦』に参加した彼は、ゼダンの門付近で消息を断った。生きているかもしれない。本当に死んだのかも知れない。……しかし、カリスマとしての彼が、つまり真実以上の彼の方が歴史に勝った。ジオンの子は確かにアーガマには戻らなかった。だが歴史は続いた。クワトロ・バジーナの歴史では無く、伝説的人物としての「シャア」の歴史、がだ。……シャア・アズナブルは生きている。そう言って反地球のテロ活動を起こす人々があとからあとから止まなくなった。『新興:ネオ・ジオン』の活動はU.C.0090からと、反地球勢力としては遅いくらいだ。しかしその遅さが、連邦政府から見ると妙に真実味があった。
そして今、である。U.C.0091現在、『新興:ネオ・ジオン』こそが「シャア」の率いている本当の団体ではないか……というのが、連邦上層部の大方の意見の一致を見るところだった。彼は、メールシュトロームで死んではいなかったのではないか。いつ、このテロリストが国家宣言をするのか。大規模な武装蜂起に移るのか。……自身が本物のシャア・アズナブルだと認めるのか。
『緊急動議』という題目を、アムロはもう一回きちんと読み直した……『新興:ネオ・ジオン』の動きが、ここ二週間で妙に跳ね上がっている。なので、至急対策を講じるべき……とレジュメは締めくくっていた。それは、この屋敷に居る「シャア・アズナブル」の捕われた日付けと、妙な一致を示している。……アーガマに乗っていた「クワトロ・バジーナ」が、テロリズムの象徴としての「シャア・アズナブル」に変貌するまで。……アーガマ。……アーガマ?
……アーガマ?
アムロは脳天を突き抜けるような直感に襲われた。……そうだ、アーガマ。……アーガマだ! 資料を放り出し、地下の本部に向かう。
「……艦隊に繋いでくれ。」
本部に飛込んだアムロが、よほど危機迫っていたらしい、オペレーターは黙って頷くとすぐにラー・カイラムを呼び出した。
「……ブライト!」
『……なんだ。』
宇宙が答えた。アムロは息せき切ってこう言った。
「……ひとつ聞きたいんだが、『アーガマ』は沈んでないよな?」
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2006.07.24.
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