「……ブライトはあれで良いんだよ。人に良く相談する上司、というのはそれはそれで下が付いてくるものだ。話を聞いてくれるということだからね。」
『でも……!』
 昨日のテロ対策会議の報告書をアムロは朝の定時連絡で受け取った。
『あ、艦長が替われって。』
「そうしてくれ。」
 今朝は通信の状態が良い。艦が近いのか、ミノフスキー粒子が薄いのかのどちらかだ。
『……アーガマ時代には『女房役』なんて居なかった。』
 少しむすっとしたブライトの顔が画面に映った。
「驚いたな、本当にそう思っているのか? アーガマ時代にはシャアが『女房役』だったのだろう。俺は詳しくは知らないが。」
 ブライトは少し考え込んだ風になった。……アムロの方は、『アーガマ』という単語で一瞬何かを思い出しかけた。……が、思い出せない。
『……そうだな。そう言われるとそうかもしれん。』
「認めることだ、自分は部下に恵まれているとね。」
 アムロはそこで笑って通信を切った。



 受け取ったテロ対策会議の報告書はとりあえず自室に置き、四課のミーティングの行われる小部屋へと向かった。今日……九月二十日は、朝に面会人が来ると聞いていた。それも自分に、だ。
 屋敷の廊下を奥に向かって歩いていると、妙な人物に出くわした。……なんと言うかそれ以外に表現しようがない。
「……よ。」
 男だった。それも妙にくたびれている。諜報四課の人間ではないのは分かった。彼らは一様に暗い色のスーツを身にまとっているが、この男はだぶだぶのベージュのトレンチコート姿だ。おまけに良く見ると、手にはソフト帽を持っている。……古い、白黒フィルムのギャング映画に出て来そうな出で立ち。そんな男がビクトリア様式の屋敷の廊下のど真ん中に立っていた。
「……」
 自分が声を掛けられたようなのだが返事をし損ねた。
「……あんたがアムロ・レイか?」
 年は五十に手がかかろうかという顔だちで、妙にニヤニヤと笑っていた。……五十年代の映画を見ているんじゃないか。一瞬そう思えて来た。
「……そうだ。」
「俺はボギー。ボギーと呼んでくれ。フルネールはハンフリー・ボガード。」
 中年男はそういうと嬉しそうに手を差出した。……アムロは困った。本名の訳が無い。
「……なんだ。もう会ってたのか。」
 その時ちょうどミーティングの行われる小部屋の扉が開き、ウスダが顔を出したのでアムロはほっとした……ウスダののっぺりとした顔を見てほっとしたのなど初めてだ。
「大尉、彼はボギー。……諜報三課のハンフリー・ボガード大佐だ。……まあ中に入ったらどうだ。」
 ……また諜報か! アムロは少し舌打ちをしながら、とりあえず小部屋に入った。



 お決まりの定時ミーティングを行って、後はボギーとアムロが残された。シャアとの面談の時間まではまだ三十分ほどある。
「まあ、何だ。……俺は呼ばれても居ないわけだが、ちょっと気になることがあってな。それでこんなチベットくんだりまで来たわけだ。偉いのにさ。」
 大佐という階級は確かに凄い。そして、そう見えないところも実に凄い、とアムロは思った。
「……ハンフリー・ボガードはコードネームですよね?」
「ばぁか、本名を名乗る『諜報』の人間なんているもんか。」
 ひどく口が悪い。……中年男は妙に人懐っこく、笑うと目尻に深い皺が出来た。
「……で、自分に何か用が。」
「用って言うか、だな……」
 ボギーは面白そうに顎を摩った。そこには無精髭が生えていた。
「俺の『課』は、口を突っ込むのが専門なんだ。」
「……自分は艦隊にしか所属した事が無く、諜報の事は良く分らないのですが。」
 アムロが答えるとボギーは面白そうな顔になった。
「へえ。……じゃあ教えてやるよ、連邦軍の諜報課は四つに分かれている。一課が外事。二課が内事。……で、ここにいる辛気くさい連中が四課だ。」
「……四課の専門は?」
 何故そこで自分の部署である三課を飛ばす、とは思ったものの先を促した。
「ニュータイプだ。どうだ、驚いたか。」
 いや別に驚かない。そんなことだろうとは思った。
「だから『シャア』が拘束されたら四課、なのか。……で、あなたの三課は。」
 やっと話が本題に入りそうだ。
「あぁ。……ちょっと説明しづらいんだが……『超常現象』専門、だ。」
 ……今すぐ帰ってくれないものだろうかと思った。
「……あのですね。」
「まあ聞け。……俺は、諜報の合同会議で『今「シャア・アズナブル」らしい人物が拘束され、尋問を受けている』って聞いてな。しかも、聞いたらアムロ・レイまで担ぎ出して真偽を確かめて居るって言うじゃねぇか。こりゃ、一つまとめて顔を拝んでおかなきゃな、と思ったわけだ。」
「……じゃあ、用件はもう済んだわけですね。俺の顔は見たわけだ。」
「ばぁか、シャアの顔をまだ見ちゃいねぇよ。」
 連邦軍はよほど予算が残っているのか。……この人物は何故こんなに勝手な行動を赦されているのか。幾ら同じ諜報だからと言って、こんなに適当でいいのか。
「……シャアと面会は出来ないかと思いますよ。」
「もちろん、ウスダの野郎に断られた。……あいつはちょっと病気なんだ。辛気くさいだろ。」
 妙に陽気なあんたも病気だ、と言ってやりたかったがやめておいた。
「……あいつは『ニュータイプ』が嫌いでな。……だから、四課を希望したんだ。」
 ……それは初耳だ、と思った。おかげで身を乗り出してしまった。なんだって?
「もう少し詳しく。」
「おおっと! これ以上は今は話せないな。……ま、あんたの気が変わって、こっそり『シャア』に会わせてくれる、とでも言うなら話は別だ。」
 それだけ言うと、ニヤついた顔のままボギーは椅子を鳴らして席を立ってしまった。……慌ててアムロも立ち上がる。
「……どういう意味だ。」
「ともかく俺は、『シャア』に会えるまでここに居座るぜ。……よろしくな。」
 先に小部屋を出ようとするボギーを、引き止めたものかどうかアムロは悩んだ。……しかし結局止めておいた。……分らないことが多すぎる中年男だ。
「……俺は、これで『ガンダム乗り』に会うのは二人目なんだが……」
 すると、戸口でボギーがこちらを振り返って面白そうにこう言った。
「……いいな、アンタも。『ガンダム乗り』ってのはみんなそんな瞳をしてんのか? ……いい瞳だ。」
 ……他のガンダム乗り、って誰だ。……また謎が増えた。











2006.07.21.




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