艦長室のドアの前に立つ警備兵に、自分の名前を告げてIDを見せた。警備兵が照会するまでもなく「入れ」という返事が中から返って来た。
「アムロ・レイ大尉です。」
 ……応接間になっている入口の部屋に、客人らしいスーツ姿の男が二人いた。一人はソファーに座り、もう一人は必要な時にはプロジェクターとなる窓際に立っている。
「座ってくれ。」
 ブライトは奥のソファーに座って、難しそうな顔をしていた。
「彼が来たので、もう一回最初から状況報告を。」
 そういえば演習の準備をしている最中に、政府の人間が使うような小型ランチが接舷していたな、とアムロは思い出す。少なくとも目の前の二人は軍属には見えなかった。
「……諜報四課のウスダです。」
「同じくカムリです。」
 かなり適当な自己紹介を、暗い色のスーツを着た二人の男達がする。……アムロは軽く会釈をしながら、空いている方のソファに座った。……外れたな、と思う。軍属は軍属だった。だがまあ諜報の人間というなら軍人らしく見えなくても納得はゆく。
「……これは、一週間ほど前の九月二日にサイド5のコロニー・リコッテの宇宙港で撮影された映像です。」
 それ以上なんの会話もなく、男達は仕事の話に入った。ぱっぱっ、と窓に投影される画像が切り替わってゆく。それは、一人の男を撮影した、監視カメラの画像であるらしかった。
「あまり画質が良く無いが、監視カメラと言うものは隠し撮りというその性質上、この程度のものだと理解していただきたい。」
 窓辺で画像を切り替えていた人物では無く、ソファに座ったウスダ、と名乗った男の方がアムロにそう言う。アムロは黙って頷いた。
「さて、この男だが、」
 ぱっ、とまた画面が切り替わった。左上からのズームアップ。何回か画面を砂荒らしが覆い、問題の画像を解析にかけてクリアにしてゆく行程が見てとれた。
「所持していたパスポートに偽造の疑いがあった為、出国ゲートのすぐ先で身柄を拘束された。」
 画面には一人の男の画像が写されていた。金髪で、身の丈のそれなりに大きい、鼻筋の通った男である。カジュアルなジャケットを羽織っていて、一見観光客か何かのように見える。しかしサングラスをかけていたので顔の詳細までは分らなかった。手荷物は一つも無かった。
「何故我々がこのゲートで網を張っていたのか、というと、その前日……つまり九月一日だな、この日に大規模な爆弾テロがこのコロニーで起きていたからだ。場所は中央噴水広場、このコロニーは御存知だとは思うが『水の都』をイメージした観光コロニーであるので、大きな噴水のあるこの広場が標的となった。次の画像へ。」
 画面が切り替わる。コロニー・リコッテが水の都とは知らなかったな、とアムロはふと思った。プライベートで出向いたこともない。
「使用された爆薬はC4。犯行声明は爆発の五分後に、『自由コロニー同盟とその真理の枝の分子達』という団体から、コロニー同士を繋ぐイントラネット上で出されている。事実かどうかは解析中だ。」
 コンポジションC4……プラスチック爆弾のことである。
「テロリスト御用達の爆弾だが、使った場所も上手かった。この日、コロニー・リコッテでは『ヴェネツィア祭』なる祭が行われていた。広場にはかなりの人々がいた。死者39名、負傷者106名、行方不明2名。……この行方不明の二名は両方子どもだ。跡形も無く吹き飛んだ可能性もある。」
 アムロは眉根を寄せた。
「……それで。そのテロリストと俺達に、なんの関係が。」
 ウスダという諜報の人間はそこで初めて気が付いた、というように肩をすくめた。
「……失礼。少し話が横道に逸れてしまっていたようだ。さて、テロ直後から宇宙港に網を張っていた我々は、翌日パスポートの出所の怪しい、この男を拘束した……というところまでは先に話した通りだ。容疑は『爆弾テロ実行犯の疑い』というものだった。しかし、それでは納まらない事情が出て来た。……次の画像を。」
 また画面が切り替わる。……それは、拘束された後の男を撮影したものであった。均一に並ぶ横線の前で、サングラスを外した男が自分の名の書かれたボードを抱え、カメラに向かっている。
「……」
 アムロは思わず息を飲んだ。
「……分るだろうか。……そうだ、似ている。」
 拘束されたのであろうその男は、画面の中からまっすぐな瞳でその場にいる人間達を見下ろしていた。……見下ろしていた。そうだ、似ている。男の額には、左上から右下へ引っ掻いたような傷跡があった。……似ている。シャア・アズナブルに似ているのである。手に持ったボードには『ジョン・スミス』というあまりに適当な名前が書かれていた。
「我々は、この男を即刻軟禁。極非理の内に地球、キリマンジャロに降ろしそこからチベット周辺にある軍施設へと輸送した。」
「……」
「それが、一昨日、九月四日の出来事だ。以降、彼は拘束され我々の尋問を受けている訳だが、今一つ確証へと繋がる事実を掴めずにいる。……いや、尋問は日夜行われているし、彼を『シャア・アズナブル』と断定するには十分以上の証言を得ている。しかし、それでも何故我々が『彼がシャア・アズナブルである』と断言出来ずにいるのかといえば、」
 こんなことってあるのか。……と、アムロは思った。シャアが、パスポート偽造の疑いがあるから捕まって、そしてたった今、どこかで尋問をうけているとか。
「……幾つかの方法で彼が『本物』である証拠を裏付けようとしたのだが、それが出来ない。」
「意味が分らない。」
 アムロは自分の意見を口にした。
「DNA鑑定は。」
「もちろんやった。」
 カムリ、という名前であっただろう、プロジェクターの脇に立った男が答えた。
「拘束の直後に本人の同意を得て毛髪を提供してもらった。こちらの手元にある『シャア・アズナブル』の資料と突き合わせたが、結論は『95パーセントの確率において本人』……100パーセントではない。」
「……それだけ確率が高ければ間違いないんじゃないのか。」
 ウスダが首を振った。
「……DNA鑑定は時間がかかる上に、不確かこの上ない。我々が持っていたデータも、逆にデータの方がねつ造されたものであるという可能性も否めない。」
「……もう少し詳しく。」
 そこで、ブライトが初めて口を挟んだ。












2006.07.02.




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