午後の面談が滞り無く終わり、夕食も自室で済ませ、普段なら腹筋と腕立て伏せをやってシャワーを浴びて眠るだけ……くらいの時間にもう一回本部に顔を出した。シャワーを浴びてからもう一回服を着たので少し変な気分である。
「……よ。」
「どうした?」
本部には運の良いことに、またカムリだけがいた。後は、昼間と同じ数人のオペレーターのような四課員だ。……そういえばウスダには午前中のミーティングの後会っていないな。彼は、出ているのかもしれなかった。
「ちょっと寝付かれなくてね。……ところで、これ。」
アムロはカムリの脇に寄ると、自分が端末を持って来たことを怪しまれないようにそこから一つのディスクを引き抜いた。もちろん、スロットは幾つもあり、本当に重要な物は他に入れている。
「なんだ?」
カムリがそれを受け取った。アムロは目の前の……警備用のシステムのディスクスロットを指差して軽く笑った。
「まあ、見てみろ、って。」
仕事のシステムを『私用』に使って良いはずはないのだが、カムリは好奇心に負けたらしい。他の四課員達も、暇な時間帯なので何ごとだ、と二人の後ろに集まって来た。
「……おっ、」
「シュミレーションだ。……俺が組んだソフトだ。」
……シャアの部屋を監視して居た画面が、一つ『モビルスーツの操縦シュミレーション画面』に切り替った。
「……『本物』だと酔うんだろ? だけどこれなら、ゲーム感覚で楽しめるよ。……やるよ。」
「本当か!?」
カムリはことの他喜んだ。……他のメンバー達もかなり暇を持て余していたらしく、「次やらせてくれよ!」などと無駄口を叩いている。……平和なことだな。アムロはさも思い付いたように呟いた。
「……そうだ。さっきも言ったのけど、カムリ、今日は妙に寝付かれないんだ。……ちょっと撃っていっちゃダメか?」
そう言いながら手で銃の形を作り、撃つ真似をする。……実に簡単に「ああいいよ」とカムリは答え射撃室への扉を開いてくれた。
……なんてことだ。ハッキングをするまでもなく第一のドアが開いた。
「テンキーで左右上下に移動出来るから。じゃ、楽しんで。」
アムロはそう言うと射撃室の中に滑り込んで内側からしっかりと鍵を閉めた。
「……」
カイが持って来た構造図が間違っていなければ、この奥に更に「モビルスーツ格納庫」がある。……地上では、庭の真下に位置する場所だ。アムロは監視カメラが無いことを確認すると、静かに奥の扉に向かった。……昼間に仕掛けたチップで暗号解析は済んでいるハズだ。
扉に寄ってチップを外すと、それを自分の端末に放り込みジャックを繋ぐ。……端末の画面を凄まじい早さで0と1が流れてゆく。……オールクリア、電子錠解除。アムロは扉の取っ手を押した。
シュン、というような空気圧の音と共に扉が開く。……警報は鳴らない。アムロは時計を確認し、慎重に奥を覗き込んだ。……暗い。
元から地下である上、使われない部屋のせいか、予備電源の非常灯しか点っていない。……ある程度の時間以上ドアが開いていたら、警報が鳴るのかもしれない。1ミリでも室内に入ったら警報が鳴るのかもしれない。ともかく、慎重に慎重を重ねて目を凝らした。
想像していたより広い室内に、二つのモビルスーツが立っているのが見えた。……ジェガンと、
「……アッシマー? ……また、なんでアッシマー。」
アッシマーは87年採用の可変式である。自分も戦った記憶がある。ジェガンは広く出回っている汎用型だからまだ分る。……しかし何故アッシマー。一個人が趣味で持って居るにしても、異様な機種に思えた。左手の壁に整備用らしいモニターと、それから地上に位置する庭への開閉機関らしきものが見える。
「……限界だな。」
もう一回時計を確認し、二分が経過したのを見てドアの取っ手をもう一回叩く。……扉が閉まった。三分を過ぎると殆どのオートロックの扉はどこかに警報が流れてしまう。……おそらく間に合ったハズだ。
「……さて。」
アムロは立ち上がると、電子錠から自分の端末のジャックを抜いた。あたりを見渡し、それにしても射撃室に来ておいて全く『撃たず』に出るのも怪しまれるのではないかと思った。
悩んだ挙げ句に、ベルトからM-71A1を抜いた。ブースの脇にかけられていた耳当てを取り、はめる。
「……3、2、1、ゴー!」
ダブルカラムのこの銃はやはり手に少し余るが、装弾数は十五発、昼間撃ったG16と一緒だ。
ダン、ダン、ダンッ!
……M-71の方が扱いやすかったな。アムロは少し思った。一年戦争の頃はリファインされる前で、M-71は装弾数は7+1発だった。シングルアクションだった。
ダン、ダン、ダンッ!
その銃は、グリプスの時、カツにあげてしまった。
シャアと撃ち合った銃だった。
的が流れて来た。……今度は全弾中央に命中していた。
「艦長。……こちらが公安と、それからコロニー所轄、及び諜報からの報告書です。」
「あぁ……」
その日、ブライトとケーラはサイド4、コロニー・デロンマで行われる合同捜査会議に参加していた。……連邦の所有する大きな議場は、沢山の捜査員と軍人で満ちている。
「……ブライト艦長じゃないか!」
資料を束ね、自分の席に向かう途中で親し気に誰かに話しかけられたのだが、ブライトにはそれが誰だか思い出せない。
「ああ……えぇと?」
「公安三課のスーベニア主任です。」
ケーラが慌ててブライトの耳元に舌打ちした。
「あぁ。お久しぶりです。」
「ははは、アムロ・レイ大尉が現場を離れているというウワサは本当ですね。……今日はまた、かわいらしいお嬢さんを連れていらっしゃる。」
あらどうも……とケーラは笑いながらもブライトの足を踏み付けた。
「……艦長! 会議ではいつもこんな調子ですか。」
「何故『アムロがいない』ということが皆に知られている?」
普段定期的に行われている捜査会議が、今回急遽前倒しして行われる事になった理由はこの数日あまりに反連邦テロが相次いだからだ。……もちろん全てのテロが『ネオ・ジオン』によるものかどうかは分らない。しかし、テロ対策で共通する部署の人間は、連邦の全てから集められていた。
「大尉は、ほら。目立ちますからね。……居なかったらすぐに分るのでしょう。」
「ああ。……赤毛だから?」
……呆れた! と思いつつケーラは続けた。
「ブライト艦長は、かなり若いうちに結婚なさってますよね。」
「それが何か?」
「……『女房役』がいないと、使い物にならない人って本当にいるのね……」
ケーラはブライトが聞き取れないくらいの声で呟いた。……早く帰って来てくれないかしら、大尉。……でないと私が疲れるわ。
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2006.07.20.
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