次の日の朝、早急に地下を調べなければならない理由が出来た。
「明日……九月十九日の午前十時に、大尉に面会人が来る。」
「俺に? ……また何で。俺がここにいることを知っている人間だって少ないだろう。」
 一瞬、カイだろうかと思ったが考え直した。公式の手順を踏んで彼が面会に来ることなど有り得ない。おまけに、この間の邂逅から数日しか経っていない。カイが全力でネオ・ジオンを洗っているならば、おそらく今は宇宙だろう……とアムロは思った。
「我々の同業者だ。」
 ウスダはそれだけを言って、それ以上は何も説明が無かった。……諜報の同業者? 公安か、大統領補佐官でも乗り込んでくるのか。いや、軍人としての同業者という意味か?
 ともかくこれで、余計な人間がひとり増える前に地下を調べる決心がついた。



「暇そうだ。」
「実際暇だよ。」
 その日の昼過、まだ午後のミーティングの始まる前にアムロは本部に顔を出した。……中にはウスダはおらず、顔見知りはカムリだけだった。
「進んでいるのか。」
「それは微妙……見ているんだから知ってるだろう?」
 アムロは首を竦めながらズラリと並ぶ青白い監視カメラを差した。まあね、とカムリも呟いた。その監視カメラの並ぶ向こうの壁に、構造図で確認した通りの奥へと通じる扉があることをアムロは確認する。
「……暇だって言うなら……」
 すると驚いたことにカムリの方からアムロの後ろに回って、ベルトに突っ込んだM-71A1を指差した。
「……射撃に自信は?」
「生身じゃちょっとね……」
 アムロは苦笑いしてそう答えた。これは本当だ。残念ながら生身の射撃命中率よりモビルスーツを操っての射撃命中率の方が自分はやたら確率がいい。
「生で見てみたいんだけど。……この奥に保安要員の訓練用になっている射撃室があるんだ。やるか?」
「……ここに来る途中で、『武器には興味がない』って言って無かったか。」
 するとカムリは少しバツの悪そうな顔をした。
「だって、恥ずかしいだろう。……モビルスーツパイロットの適正検査は受けたんだ。だけど……」
「だけど?」
「ダメだった。……乗り物酔いする体質でね。」
 ウスダが居ないとそれなりにカムリは饒舌らしい。……こいつ、同い年くらいじゃないのかな。アムロはふとそう思った。カムリは本部に詰めている監視要員に声をかけると、奥の扉の電子錠を勝手に開けた。……更に、誰かを呼んで来い、と言っているらしい。
「マノスは四課で一番腕が立つんだ。……大尉と勝負が出来るとなったら、喜んで来ることだろう。」
 どうやら保安要員を一人呼んだらしかった。
「えー。呆れるほど下手でも笑うなよ?」
「謙遜し過ぎだ。」
 カムリと一緒にドアを越える瞬間に、解析用のユニットを電子錠の脇に張り付けた。……これで鍵にハッキング出来る。



 奥はなるほど、立派な射撃室になっていた。ブースが六つほども並び、なかなか立派だ。
「へぇ。」
「M-71A1でやるのか?」
「どうせ賭けるんだろ。」
 アムロは笑いながら答えた。
「持ち歩いておいて何だけど、この銃はダブルカラムで俺の手には大きいんだ。もう少し小さいのがあったら頼む。……競争は射撃命中率だけか?」
「……そうだな。」
「じゃあ、オートマティックにしてくれ。早撃ちも、って言われたらリボルバーをお願いしたところだけど。」
 カムリは口笛を吹きながら一丁の銃を持って来た。……G19だ。
「グロック19。……15発か。賭けには手頃だな。」
「どうしても、というならナバンもある。」
「そりゃ、シャアに渡してやってくれ。」
 ナバン62式、というのは旧ジオン軍の制式拳銃である。そんな話をしていた時にドアが開き、一人の大柄な黒スーツの男が顔をだした。……保安要員で、明らかに身辺警護の訓練を受けている軍人の身の動きだった。
「マノス。……彼はアムロ・レイ大尉だ。……大尉、彼はマノス。うちの課で一番の腕利きだ。」
「よろしく。」
「……光栄であります。」
 マノスは生真面目に敬礼をした。アムロは頷きながら、ヘッドセットを手に取った。射撃訓練を耳当て無しでやったらしばらく聴覚が飛んでしまう。
「どっちに賭けるんだ、カムリ。」
「……マノスに昼食二回。」
「セコいな。」
「ちなみに大尉の、モビルスーツでの射撃命中率は?」
 アムロはその問いには答えずに、耳当てを付けた。マノスもそうした。
「……ゴー!」
 的の上にあるライトが点灯する。……3、2、1。
 ダン、ダン、ダン……ッと両手で構えて勢い良く撃った。十発を超えるあたりから硝煙が立ちのぼり、視界が悪くなる。オートマチックは引き金を引き続けさえすれば弾は出続ける。……ダン、ダン、ダン……終わり!
「……どうだ!」
 アムロは撃ち終わった瞬間に耳当てを外してそう叫んだ。……的が終了を感知して手前まで流れてくる。
「……失礼、大尉。『生身じゃな』って……言ってなかった?」
「言った。……俺はモビルスーツだと射撃命中率が98.8パーセントなんだけど……」
 アムロはカムリに答えた。
「……生身だとそれが93パーセントにまで下がる。……見ろ、二つも外れてるぞ。」
 指差す的には、確かに二つだけ中心の円から外れた穴があった。しかし、それ以外は全て中央の円に命中。……命中である。
「……ずるい……そういう場合は、 生身の命中率を先に申告すべきだ!」
 カムリが言った。マノスの的には四つほど外れた穴があった。
 両方とも、大変優秀な結果ではあるのだ。……ただ、アムロの腕が尋常で無かっただけだ。マノスは大きな図体で、だが丁寧に頭を下げて、有り難うございました、と言った。
「ああ、『連邦の悪魔』ってこういうことか……!」
「昼食二回分ありがとう。」
 アムロは銃を自分で棚に戻しに行き、その時さらに奥に通じる扉の脇に電子錠解析用のユニットを張り付けた。
「……ずるい……」
「作戦だろ。」
 カムリはまだ愚痴っていたが、アムロはさっさと射撃室を出た。



 ……後は、自分の端末でこの二つの錠をハッキングすることが出来れば、更に奥にある「モビルスーツ格納庫」を確認することが出来る。今夜が勝負だ、と思った。











2006.07.19.




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