思想を語り、革命を論じている時には嘘っぽい『偽物』に見える。
 それなのに、何でも無い時には『本物』に見える。
 ……『シャア・アズナブル』とは一体『なんなのか』?
 終わりの無い坂道を、当て所も無く登り続けているような気がした。



 三日に一度の半休の午後であったので、アムロは自分の部屋で本を読んでいた。『キリストの肉体としての教会堂』……それは数日前にシャアに渡された本だ。
「……くそ、」
 本当につまらなかった。良くもこんな本が、この世に存在するものだと思う。
 屋敷の中と、それから周囲の庭はずいぶんと自由に歩き回る事が出来るようになっていた。保安要員は相変わらず銃を抱えてあちこちに立っていたが、皆がアムロに慣れたのである。……アムロ自身も慣れた。まるで自分もシャアと一緒に、軟禁されているようなこの状態に。
 最初、二階の図書室に寄っては本を持ち出し、それをシャアのところへ運んでゆくアムロを彼らは面白そうに眺めていた。しかし、それもほどなく興味の対象では無くなった。
 ……皆がいつ終わるのかも分らないこの生活に飽きはじめている。
 アムロは思った。宇宙での襲撃事件に関しての情報分析で忙しいとやらで、諜報課の連中には朝から会っていない。ごろり、とベットの上で寝返りをうった。



「休息中のところを悪いんだが、」
 しばらくうとうとしていたら、部屋のドアをノックしてカムリが顔を覗かせた。
「昨日の襲撃に関して、大体の情報が出そろった。……大尉にも来てもらって、これからの方針を決めたい。」
「……分かった。」
「地下本部の方だ。」
 それだけ言うとカムリは部屋を出て行く。アムロは靴に足を突っ込んだ。部屋を出てすぐ脇にある階段を降りてドアを開くと、真正面に無数の監視カメラの映像が見える。この部屋は、そのモニターのせいなのか、いつも青白く曇って見えた。
「……揃ったな。ではミーティングを始める。最初に、昨日のサイド1宙域でのロンド・ベル隊に対する攻撃についての詳細をカムリから。」
 部屋にはウスダとカムリ、それから保安要員が何人かと、本部に詰めている諜報課員がもう何人かが集まっていた。
「昨日、宇宙時間の九月十七日午後三時十二分、サイド1、コロニー・クスコウ周辺でアムロ・レイ大尉の所属本隊であるロンド・ベル隊が攻撃を受けた。詳細は以下の通りだ。場所はコロニー・クスコウ南南東二万三千、旧コロニー・サハリン所在地。敵はその残骸に展開。敵主体はコロニーの残骸、見た目は固定要塞。主砲は一万ミリのガイア級メガビームキャノン、及び、周囲に複数の400ミリAI搭載稼動式アサルトレーザー、320ミリ自走式キャノン砲、180ミリ機関砲。……1515、モビルスーツ隊にてこれを哨戒するも敵砲撃にて友軍一機が破損。ロンド・ベル隊はモビルスーツ隊を撤収。……1520、距離六千まで接近し、旗艦ラー・カイラム主砲にてこれを撃破、撃沈。……我々の話し合うべき事は、これがこちらの件と関わりがあるのかどうかと言うことだ。」
「……と、言うのも。」
 ウスダが後を次いだ。
「現在我々は『シャア・アズナブル』と目される人物を確保しており、本人かどうかの確認の為アムロ・レイ大尉による尋問が行われているのは皆も知っての通りだ。」
 あれが尋問と言えるならな、とアムロは少し肩を落とした。
「……そこへ来てこの襲撃だ。……これが、明らかにネオジオン勢力による『工作』ということになれば話は逆に早い。」
 ウスダは部屋の奥にある無数の画面の一つを示した。
「この屋敷にいる『シャア・アズナブル』が本物で、それを奪還するための揺動作戦を起こした、という可能性がまず一つ。」
「……シャアはこの屋敷にいる、っていうのに宇宙で揺動作戦なんか起こして何になるんだ。」
 アムロがつい呆れて、発言の許可も得ないままにそう呟くとウスダがちらり、とこちらを見た。……彼は能面のように冷たい面構えをしている。おでこは禿げ上がっている。笑っているところを見たことが無い。
「あちらは、確保された『シャア』がどこにいるか、などということは知らないはずだ。」
 冷静にそう答えられた。
「……ああそうでしたね、極秘でこの屋敷に移送されたのでしたっけね。」
 ついついアムロの返事も慇懃になった。
「次の可能性。全くの『事故』で、今回の襲撃が発生した、という可能性が一つ。」
「事故だって!?」
 アムロは本当に頭に来てウスダに掴み掛かってしまった。それを慌ててカムリが止める。
「……可能性が全くない訳では無い。……分析したが、使用された兵器は全てグリプス戦役以前のものだった。……あれは、ロンド・ベル隊を狙ったトラップでは無く、それ以前に仕掛けられた罠だった可能性も……」
「可能性などどうでもいい! ……その事態に対応しなければならないのは宇宙にいる兵だ! ここでその情報を分析しているだけの、あんたたちの方が頭がどうかしてる!」
「……それが諜報の仕事だ。」
 ウスダはアムロの腕を振り払った。
「……続いて第三の可能性だが、今回仕掛けられていたトラップは、砲台という古典的な武器ながら、かなりの攻撃力を持っており、その事態を打開するのに一番必要なのはアムロ・レイ大尉のような『特殊能力』を持つ人物だった。ここからある結論が見出せる。……つまり、今回の事態は、『シャア・アズナブルである可能性を持つ人物が捕まり、その真実を確かめる為にアムロ・レイ大尉にロンド・ベル隊と別行動をとらせる』……それが目的だったのではないかという可能性だ。」
 ……可能性なんかもうどうでもいい。
 アムロはつくづくこの場に居ることに苦痛を覚えた。



 思想を語り、革命を論じている時には嘘めいて『偽物』に見える。
 それなのに、何でも無い時には『本物』に見える。
 ……それは、ここにいる、ただ単純な人間、諜報課、の連中でも同じだ。
 それじゃあ、何なのか。
 人、って、なんなのか。
 それでもなにかを『主張』している時しか、人なんて人に見えないもんじゃないか。
 それじゃあ、何なのか。
 人、って、なんなのか。



 終わりの無い坂道を、当て所も無く登り続けているような気がした。











2006.07.15.




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