報告書様式第七
書類区分:特別演習に関する報告書
主務官庁:連邦中央国防省

サイド1宙域に於ける地球連邦宇宙軍第四軌道艦隊ロンド・ベル隊の演習報告書

ウィリアム・ワイアー少将 殿

                      報告年月日:  0091.09.15.    
                      報 告 者:  アムロ・レイ 大尉

下記のとおり報告いたします。

1 自分は0091.09.08に行われたサイド1、コロニー・アヴェテヴェラ近海での地球連邦宇宙軍
第四軌道艦隊所属、ロンド・ベル隊(以下ロンドベルと呼称)の指揮権をケーラ・スゥ中尉に全権委譲した。
2 結果、ケーラ・スゥ中尉の元行われたロンドベルの演習報告を添えて提出する。
3 報告者はケーラ・スゥ中尉となる。
 結果今回の演習ではモビルスーツ隊の動きに対して、艦隊の援護射撃がやや遅い様に思われるが、
艦隊総司令であるラー・カイラム艦長、ブライト・ノア大佐がこの演習時、自分と一緒に所用で席を
外していたことを憂慮されたく思う。
5 「所用」とは地球連邦地上軍第三特務部隊所属諜報部第四課の訪問である。

以上。



 三日ほどが経った。こう言って良ければ生活は単調で、後退していないかわりに進展してもいなかった。
「……君に、この本をお勧めするよ。」
 この男が本物のシャアなのかはともかく、俺はずいぶんこの男に詳しくなったな、とアムロは思う。当初は激情に駆られ、二人でいることを耐えられないほどに苦痛に感じたこともあったがだんだんと会話を交わすことに慣れて来たのだと思う。……二人の間の距離感、というものが変わって来たと感じる。もっとも、部屋中に諜報四課のカメラやマイクが仕掛けられているのだろうから厳密に『二人だけの関係』等というものはこの部屋には存在しなかったが。
「……『キリストの肉体としての教会堂』……面白いのか、これ。」
 そろそろ何かの動きがあってもよい頃なのに、と思う。この男を確保した九月二日から今日で二週間だ。……連邦にも、ネオジオンの側にも、何か動きがあっていい。アムロ自身は『アクセスキー』を使ってカイに接触を試みていたが、まだ彼はこの屋敷に現れていなかった。ひょっとしたらここまで強固な軍の警備の支配下にある屋敷には、さすがの彼でももぐり込めないのかもしれなかった。
「別に面白くはないが、君が持って来た本の中では一番『簡単』だった。……君にも理解出来ることだろう、それはキリスト教美術の入門書だ。」
「………」
 アムロは黙ってその小さな本を受け取った。……文庫、というのだろうか。本当に小さなサイズの本だった。しかし皮張りの表紙には、やはり綺麗に金の箔でタイトルが押してある。……扉を開くと見返しに、蔵書票が貼ってあった。この屋敷の主人は几帳面な性格であったらしい。
「『文庫:アD0856』……『ヴィンセントへ。愛を込めて、マリア・リルヘより。0043.07.06.』」
「懐古趣味で敢えて紙媒体の本を古書店から大量に購入していたのではなければ、この寝室の主はヴィンセントという名前だったらしいな。」
「……分かった、今日は『宗教』の話をしよう。」
 アムロは紙に、大きく『レリジョン』と書いた。
「……神を信じているか?」
「まさか。……だが、恐れてもいない。つまり愚鈍な民衆のように終末思想に踊らされ、世界の終わりをイマジネイションして怯えることもない。私にとっての宗教は『学問』として頭に記憶されている。噛み砕き、理解したものの勝利だ。不可解な現象に私は怯えたりはしない。」
 またこの調子だ。……アムロは幾つかの単語を紙に書き留めながら先を続けた。この人物……シャア・アズナブルかもしれないこの人物の語り口調はいつも微妙に人間を見下しているように思える。それは、まるで自分が人間では無いかのような口調だった。根気良く話を続けてアムロはその特性に気づき深く考えさせられた。
「……横柄だな。いつそんな勉強をしたんだ。」
「君は神を信じているか?」
「いや。……ナンセンスだと思う。宇宙に出て人類は多くの、新しいものを知った。その代表が、あなたの父が唱えた……コントリズム、エレズム等だ。広い空間で自由になる己の意識を知った。」
「厳密には父はどれ一つ正式に唱えてなどなどいない。」
 彼はジオン・ズム・ダイクンを『父』と呼称した……アムロは書き留めた。音声が拾われていることなど分かっているが、自分の中のけじめのような問題である。
「コントリズムについてどう思う。」
 アムロは確信に近いと思われる事を聞いてみた。……シャア・アズナブルとシャア・アズナブルでない人間では、まったく返事が違うのではないかと思われる質問だ。
「父が言い出した。……コロニーを自立させ、対連邦としてまとめる。宇宙の民としての回帰を促す。それがコントリズムという思想だ。」
「……ジオン公国についてどう思う。」
「ザビ家が支配した私欲的利権を追い求めた国家だ。」
「それは、コントリズムがそもそも……つまり、ジオン・ズム・ダイクン大統領がそもそも追い求めた物とはあまりに違う?」
「その通りだ。……エレズムについての質問は。」
「では、エレズムについて聞こう。」
 アムロは新しい紙を用意した。……そしてエレズム、と大きく書いた。
「地球を大事なものとして考える思想だ。」
「そのくらいは俺にも分るよ。……地球は類い稀なる生命の宝庫である。たかが人類の独断と偏見で、汚していいようなものではない。だから、大事にとっておこう。……これがエレズムだな?」
「そうだ。」
 窓辺で急にシャアが立ち上がった。……アムロは何ごとだろうと思った。彼はアムロの間近まで歩いてくると……息のかかるような間近に、後ろから頭を下げて耳元でこう言った。
「……よく理解しているな?」
「……あなたに馬鹿にされたくはないからな。」
 『シャア』は黙った。……その息が肩口あたりにかかって、アムロは少し妙な気持ちになった。しかし『シャア』は動かない。……よほど経ってから、彼はため息と共に身体を起こしてこう言った。
「……君が『心地よい』存在に変貌するだなんて、そんなことは一生無いかのように思われるよ。」
「……それは全く俺も同感だ。」
 ……たかが髪だけ、髪だけが触れていた右側に、痺れのようなものが残った。



 夕方の定期メールで演習の報告書を送った。ミノフスキー粒子の状態が良く、宇宙とわずかだけ会話も出来た。
「メールだから直筆のサインが出来ないんだけど、ケーラ。」
『はい。』
「そのままブライトに回してくれ。……ブライトのサインがあれば、上には提出出来る。分かったか?」
『はい、大尉! ……少し痩せた?』
 そんなに鮮明な画像が届いているとも思えない。アムロは少し笑った。
「……そんなことはないよ。それじゃお休み。」
 ……出来るなら今すぐ帰りたいくらい辛かった。だが出来ない。……それでは何も解決しない。












2006.07.12




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