白いヤツ










 宇宙世紀0083年10月31日10:37、アナベル・ガトー少佐とガンダム試作2号機を載せたムサイ級巡洋艦ペール・ギュント、暗礁宙域内の繋留基地『茨の園』に帰還。



 多くの兵たちが、その姿かたちを意気揚揚と見つめていた。





「・・・どうだ、直りそうか?」

 アナベル・ガトーは、一番気になっていたことを率直に整備班長に聞いた。もっと早くに確かめたかったのだが、まずは帰還の報告を上官たるエギーユ・デラーズ中将に済ませてからでないと、格納庫に足を運べなかったのだ。



「ガトー少佐。・・・その物言いは失礼ですな。・・・・・・・・・何があろうと直してみせますよ。」

 ジオニック社上がりの整備班長は、にやりと笑ってそう言った。ガトーより一階級下の大尉待遇で給料をもらっている割に堂々と言い返せるのは、肝が座っているからか、それとも民間出身のせいか。



 「すまん。信頼はしている。・・・元はといえば私の不覚の為した事。これで計画が頓挫するなど、許せぬからな。」

 「なぁに、見た目はけっこうハデですが、冷却装置そのものに故障はありませんでした。冷却剤の輸送チューブが少し破損しただけで。」

 「そうか。・・・出撃日時は変えられん。間違いなく頼む。」

 さすがのガトーも少しほっとしたようだ。整備班長の目を見て、念押しするように、・・・だが僅かに笑みを浮かべる。2号機の専用シールドの下部には直径1メートル弱の穴が開いていた。それは、先だってのオーストラリアの海岸線での戦闘で、連邦のコウ・ウラキ少尉が乗ったガンダム試作1号機によって付けられた傷。

 専用シールドというだけの性能が、この分厚い盾にはあった。核弾頭を発射した際の熱と放射能を防ぐために、どうしてもこのシールドには正常に可動してもらわなければならなかったのである。ビームサーベルの一撃やマシンガンの弾を耐えるだけの性能では不充分なのだ。一発の核と心中する気ならば構わないが、当然ガトーにそんな気はない。



 「それより、ガンダムの操作性はどうですか?連邦用じゃ扱い辛いところがあるのでは?一緒に調整しますぜ。ペダルの遊びやスコープのぶれや・・・、」

 「それがな、特に問題は無い。・・・へんな癖が無いのだ。まぁ、産まれたての赤子と同じようなものだからな。」

 本当だった。ガンダム試作2号機は、これから地上での性能テストに臨む・・・ところを強奪され、再び宇宙へ戻ってきたのだ。



 「じゃぁ、こっちも検査中心で、期限まで磨き上げてみせますよ。」

 「・・・うむ。」










 同日12:30、整備班長はひとまず2号機をデッキに上げた。エギーユ・デラーズ中将の宣戦布告放送の為である。副長と二人、18.5mの白い巨体をしみじみと見る。





 『RX-78・・・ガンダム』



 彼らにとってそれは、特別な機体、だった。





 「・・・まさか、この手でガンダムを修理することになろうとは。」

 副長が唸るような声を出す。・・・気に入りませんな、と続けた。なんといってもガンダムは・・・、



 「そう言うな。・・・俺だってさんざん手をかけた機体を、いったい何機落とされたことか。」



 (連邦の、白い悪魔、に)



 ・・・・・・・・・なんといってもガンダムは、一年戦争の時の憎き敵だった。その頃は、名前さえ知らず、白い奴とか白い悪魔とか呼んでいた。



 「もちろん、『星の屑作戦』の為だ。・・・直しはしますがね。・・・しかし・・・・・・・・・」

 副長の言葉が止まる。白いモビルスーツを睨む。シールドを破損と聞いて、手に入れておいたマニュアルを隅から隅まで読んだ。やるべきことはやる。だからこその三年間だった。それでもこの胸中のもやもやしたものをどう現せばいいのか。



 一年戦争の末期、補給もままならず、時間もなく、満足にモビルスーツを整備してやることもできなかった。が、多くのパイロットが、勇んで出撃し、ためらうことなく出撃し、感謝の言葉を残して出撃し、・・・・・・・・・そして二度と戻ってこなかった。



 (命を懸けていった彼らに見合うだけのことを、俺はしてやれたのか?)



 格納庫のモビルスーツの定位置それぞれに空きが出る度、くり返した自問。・・・納得のいく答えはない。だから戦争が終わったはずの今も副長は『茨の園』にいる。



 「・・・だがな、最高の機体をこの目で見、この手で触れて、嬉しくも思っとるだろう?」

 「やれやれ。・・・・・・・・・班長には適いませんな。」

 一方、整備班長はちょっと変わり種だ。一年戦争の頃、彼はジオニック社のサラリーマンだった。モビルスーツ開発部に所属していた。開戦当初、圧倒的に優勢だったジオン軍。その力の一端をジオニック社が担っていた。モビルスーツ開発の仕事は、社の中でも花形である。予算は使い放題。進言をすれば通る。研究開発に没頭した日々。

 しかし、ある時期を境に、ジオンの力は弱まり連邦の逆襲が噂され始める。伝え聞いたところでは、たった一機のモビルスーツのせいだと言う。連邦の新型。ザクがドムがグフが次々に落とされたと。・・・そんなバカな。耳を疑った。



 0079年12月の終わり、整備班長は現場の声を拾うために、たまたまエギーユ・デラーズ大佐を艦長とするグワデンに乗っていた。・・・・・・・・・そして戦争は終結した。連邦の白い悪魔に対抗する、・・・いや、それを凌駕する新型モビルスーツは、もう必要ではなくなった。

 艦を降りる機会を待つ内に、ジオニック社はアハナイム・エレクトロニクス社に吸収合併されてしまう。負けた側はこんなものなのだと、つくづく思った。



 (・・・デラーズ大佐は艦隊を率いて、暗礁宙域に留まるだと!?)



 では、あきらめていないのだ。あの男は・・・。



 月経由でサイド3に帰ってもいいと言われた。ジオニック社にいた連中は、大半がそのままアナハイム・エレクトロニクス社に残ったようだ。帰れば普通に技師としての生活が送れるだろう。なんなら別の職に着いたっていい。だが・・・、



 (この手で新しいモビルスーツを開発して、いつの日かガンダムを倒す)



 そういう男の夢があってもいいじゃないか、と。



 ・・・・・・・・・葛藤は小さくは無かったが、結局、整備班長として『茨の園』に残る道を取った。MS-21Cドラッツェは、その第一歩だ。道のりははるか遠い、とは思うまい。懐事情が苦しい中、やっとで開発したオリジナルモビルスーツなのだから。これから始まればいい。










 宇宙世紀0083年10月31日10:37、アナベル・ガトー少佐とガンダム試作2号機を載せたムサイ級巡洋艦ペール・ギュント、暗礁宙域内の繋留基地『茨の園』に帰還。



 多くの兵たちが、その姿かたちを意気揚揚と見つめる中、班長と副長は憧れにも似た焦燥を抱えつつ『仕事』をこなしていく。





 ・・・・・・・・・星の屑は、もう間もなくである。















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