灰とダイヤモンド
月に一度、ウォルフガング・ヴァール大尉の回りにわっと兵たちが群がる。・・・その光景も、もうだいぶ見慣れたものになった。
「今日は、何があるんだ?」
「おやぁ?チョコバーじゃねぇか。ジオン印だぜ。」
「よく手に入ったな。」
「・・・露店で売られてたんだ。・・・珍しいみやげものってところだろう。」
よこせよ。一個しか無いんだ。ひとりひとかけずつだぞ。そんな声を背後に聞きながら、ヴァールは闇市で仕入れてきたばかりの品を整理にかかる。食料品、衣料品、わずかな娯楽品に、・・・数は少ないが、今日はマシンガンの弾薬まで手に入った。ラッキーだな。
ジオン軍・アフリカ・キンバライド基地は、ダイヤモンド鉱山跡を利用して造られたものだ。そして未だに幾ばくかのダイヤモンドが取れる。それを金づるに、細々とこの地下基地を維持してきた。補充品の物々交換はヴァールの仕事だ。ダイヤモンドを手に町の業者と交渉し、時に値切り、必要なものを手に入れてくる。ヴァールが戻ると、兵たちは我先にと集ってくる。ヴァールが運んでくる外の香りが、兵たちを引き寄せるのだ。
なんやかやと文句を言いながら、それでも必要以上の量には決して手を出さず、楽しげに補給品を分けている男たちを尻目に、ヴァールの心は晴れなかった。今日の取引で、相手に言われたのだ。・・・これで最後にして欲しいと。
「そろそろ、こちらの身もヤバイんでね。」
「しかし、それでは・・・、」
「レートを今の倍にするか、他の業者に当たってくれ。」
ヴァールに即答はできなかった。・・・三年、・・・この灼熱の地で三年。・・・もともと掘り尽くした跡に過ぎなかった鉱山に、ごくわずかに残されたダイヤモンドは、めったに見つからなくなっていたのである。
(ビッター少将に、なんと言おうか。・・・・・・・・・いや、これぐらいのことでお心をわずらわせては。)
あの方の元でなければ、こうして三年も基地を維持することなどできなかった、とヴァールは思う。
ダイヤモンドを切り売りして手に入れる品には限りがあった。食べ物や衣服はまだしも、ザク用の弾薬なんかこの地まではほとんど流れてこない。ましてやMSのパーツなぞ、超希少品である。古くなった機体をバラしては補修用に回し、なんとか今も10機だけは可動状態にしてはいる。この10機を大切に飾ったまま、ここで朽ち果てるのか・・・。
哨戒任務を交代でこなしても、敗北した軍が緊張感を保つのは難しい。時々戦闘訓練を行なうが、タマひとつ無駄にできないのだ。ノイエン・ビッター少将の語る言葉だけが、彼等の因(よすが)だった。
『新しきジオンのために、・・・・・・・・・必ずや時は来る。』
だが、それでも脱走者は出る。今はヴァールだけが補給品の売買に当たっているが、一年前は違っていた。地上(ここ)では与えてやれぬ休暇の代わりに、何人かを交代で町にやっていた。その温情も、帰ってこない者が続いたため、打ち切りになったのだ。シャバの空気に触れて里心を催さぬ人間がいるだろうか・・・。ビッター少将は彼らを責めなかった。だからヴァールも彼らを責めないことにした。
(もう長くは、・・・・・・・・・無理、・・・だろうな。)
町と基地の現実を、ある意味もっとも見てしまっているヴァールは、そう実感していた。それでもここで諦めたくはなかった。まだ時は来ていない。それに我々には『HLV』も残されている。
たった一機のHLVだが、これさえあれば宇宙に帰れる。だから・・・、
(せめて、もう一花咲かせてからにしようぜ!)
・・・・・・・・・それが、残った男たち皆の唯一の願い。
宇宙世紀0083年10月23日13:15、ノイエン・ビッター少将は愛機のカスタムザクIIで出撃、アナベル・ガトー少佐とガンダム試作2号機を収容したHLVが宇宙に上がるまで見事、戦い抜く。
出撃に際し、副官ウォルフガング・ヴァール大尉に、『HLV打ち上げ成功後、降伏せよ』と命じて。
地上と宇宙を繋ぐ『HLV』を星の屑作戦の為に譲った今、他に言うべき言葉があっただろうか。
「・・・後は、頼む。」
「閣下っ!」
ビッター少将のその声は、悲愴感のかけらもなく、しごく落ちついた、いつも通りの、渋い声、だった。
(・・・・・・・・・ビッター閣下ーーっ!!!)
ヴァールは泣きたかった。だが泣かなかった。
(泣いてはならない。閣下を見送るまでは。・・・・・・・・・それが私の務めだ。)
アフリカの大地に転がったザクII。その人工の手は、戻ることのなかった宇宙へ向かって伸び・・・、それを見たヴァールは、本当に泣きたかった。
同日14:24分、ヴァール大尉は白旗を掲げる。キンバライド基地は三年もの反抗の時を終え、降伏した。
「閣下っ・・・・・・・・・。ビッター閣下ーーーぁぁぁっ!」
その夜、臨時に収監されたアルビオンの独房で、簡単な事情聴取の後、一人になったヴァールは泣いた。
「・・・・・・・・・これで、良かったんで・・・しょうか。」
誰はばかることなく泣いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・新しきジオンの為に。」
声を上げて泣いた。
「かっか・・・。」
結局、いくらヴァールが隠そうとも、基地の窮状をビッター少将が知らないはずはなかったのだ。
(不甲斐無い部下で、・・・すみませんでした。)
・・・・・・・・・尊敬する上官を偲んで、ヴァールはただただ・・・泣いた。
+ End +
戻る
Copyright (C) 2000-2002 Gatolove all rights reserved.