もう、二度と、軍人なんて愛したりしない。











 ・・・・・・・・・そう思っていた。















Justify my LOVE















 その頃の私は、二階にあった軍人向けのショットバーでの仕事を辞めて、実家のあるこの最下層へ戻ってきたばかりだった。父親が経営する簡易食堂は、今まで勤めていたバーとは外観も内装もメニューも接客も雲泥の差だったが、私は傷ついていたし、軍需景気も急速に翳りつつあったので、ジャンク屋の親父ばかりが集うようなその店を、二年前飛び出して行ったはずのその店を、再び手伝いはじめた。上での暮らしは、その最後の日々を除けばとても楽しいものだった。



 宇宙世紀0079年1月3日、ジオン独立戦争が勃発したのだが、戦争をするには当然それなりの準備がいる。その数年前から月は特需に沸いていた。ジオン本国に対する経済制裁は続いていたから、よけいに月に流れ込むお金が多かったのかもしれない。最下層で一生を終えるには、私はまだ若かった。だいいち、年頃の女が働くような場所もここにはなかった。ごく当たり前のこととして、私は上の階で仕事を求めた。ショットバーの店員は、いきなり水商売に飛び込むほどの思い切りもない私の、それでも選んだものだった。

 休暇の合間に月を訪れるたくさんの軍人たち。彼らはとても気前がよかった。・・・それはそうだ。明日には死ぬかもしれないのに、お金を貯め込んで何になるだろう。酔客の相手に疲れることもあったが、おおむね態度は紳士的な人が多かった。まだ女というより娘に見える私をからかう男はたくさんいたけど、身体を売る女たちと同じには扱われなかった。どっちつかずの月は、戦争の中の平和を満喫していた。



 『中立』



 ・・・なんて都合のいい言葉。月とサイド6だけが、戦争の中で異質なものだった。そういう私自身も戦争はテレビやニュースで見るだけの、遠い場所の出来事として感じていた。そうしてちゃっかりとたくさんのチップを得、たくさんの男たちに可愛がられながら、時を過ごしていたのだ。



 やがて終戦を迎える前、私は激しい恋をしていた。彼しか見えなかった。彼だけが私のすべてだった。彼さえいれば何もいらない。

 でも、どれだけ私が夢中になろうとも、彼は行ってしまった。彼は軍人だった。だから行ってしまった。どういうこと?一番大切なものは愛じゃないの?愛してるのならどうして私を一人にするの?



 戦争が終わっても彼は帰ってこなかった。帰ってくると思っていたが、彼は帰ってこなかった。数ヶ月待って、・・・それから泣いて、私は最下層に戻った。





 (もう、二度と、軍人なんて愛したりしない)










 そんな私の前に、ある日一人の男が現われた。食堂の片隅に座る。何にしますか?なんて上品なことは言わない。父さんが、カウンターの奥で今日は鳥か牛のどっちかしかできねえよ、と叫ぶ。・・・鳥にしてくれ、彼は言った。・・・・・・あとビールも。

 背中を丸めて、鶏の足の焼いたのにポテトサラダとパンを添えたランチプレートをつつきながらビールを飲む。もみ上げから顎にかけて金色の無精髭が伸びている。皿の上に向けられた目は、しかしそこを見てはいない。死んだ魚みたいな目。どうしたんだろう?何かあったのかしら?それはその腕と関係があること?

 隠しようがないほどに、彼の左腕は肩の付け根から10cmほどを残してすっぱりと切られていた。戦争のせいだろうか?きっと軍人さんね。すごく逞しい身体をしているし・・・。

 元々この土地の出身である私は、いい歳の親父連中ならたいてい顔なじみだったが、知らない男だったので、つい考えてしまう。

 (・・・何やってんのよ。さぁ、仕事、仕事)

 そうだ、私は、こんな男のことを気にしてる場合じゃない。もう軍人と恋はしないって決めたのだ。・・・それからほぼ毎日、男はやってきた。家で料理をする習慣はないようだった。そして料理を作ってくれるような人もいないってこと。親や兄弟姉妹や奥さんや・・・恋人も。



 いつもどこか遠くを見ていた。ビールのお代わり?と勧めれば、ああ、と言うし、勧めなければ、1時間もいれば帰っていく。彼にとってここに来るのは、単なる作業みたいだった。だけど私は、毎日彼の顔を見て、毎日彼の近くを通るたび、彼のことが気になって仕方がなかった。

 少しずつ雑談が増え、笑顔が増え、彼の名前がわかった。ケリィ・レズナーと名乗った。私は・・・と言おうとしたら、知ってる、ラトーラだろ?と。

 (ドキッ)

 ううん、ダメダメ。名前を知ってくれてたからってなによ。毎日父さんが呼んでるもの、「ラトーラ、豆の残りはどこにあったかな。」「ラトーラ、明日までにチリペッパーを買ってきておいてくれ。」「ラトーラ、ラトーラ・・・。」



 彼は思ったより近くに住んでいた。駅や商店に向かう道とは違う方角だったので、私は気付いていなかった。彼の腕はやはり戦争で失ったもので、彼は・・・ジオンの軍人だった。腕が無くてもまだ軍人なのかしら?・・・私には重要なこと。だって軍人だったら、また私は置いていかれる。もうあんな思いをするのはイヤ。どうしたらはっきりわかるかな。戦争が終わってからジャンク屋の仕事についたらしい。じゃあ、もう軍人じゃないってことよね?

 上手に聞き出せないまま、ある日の夜、彼が食堂に姿を見せなかった。店があらかた片付いた後で・・・、私はサンドイッチを詰めたバスケットを持って、彼の家を目指した。大胆なことを、という自覚はあったが、足は止まらなかった。窓に灯りが見えた。私がドアを叩くと、ごそごそと部屋の中に何かが動く気配がして、・・・少し経ってから彼が扉を開けた。途端に強い酒の匂い。それから身体の匂い。



 「ラトーラ・・・・・・・・・。」

 当然、彼は驚いた顔をしていた。今日来なかったから、なんだか心配になって、と告げながら、私は一歩を踏み出した。身体をドアの内側に入れたのだ。床に転がる酒瓶が目に入った。一本や二本じゃなかった。なんだ・・・酒を飲んでいたのね。心配していたのは、本当。私は少し裏切られたような気分になった。だから最初は・・・・・・・・・彼に対する意地悪だったのかもしれない。



 「心配して損しちゃったわ。」

 「あ・・・これは・・・」

 困惑。乱れた長い前髪をかきあげるようにしながら、空ろな目で私を見ている。そうね、私がこんなところまで来るなんて、どういうことか考えているでしょう?



 「倒れてたらどうしようって思ったの。」

 「悪かった。・・・しかしそう毎日行くとは限らないだろ。」

 「・・・これまでは毎日来てくれてたじゃない。そんなお客さんは、あなたぐらいよ。」

 「この通り、元気だ。・・・今はあんまり喋りたい気分じゃないんだ。すまないが帰ってくれ。」

 サンドイッチも見えてないんだわ、この人。・・・・・・・・・それでも軍人?・・・きっと下っ端ね。



 何かいやなことでもあったの?と、彼を見る。気にしてる風な目つきで。・・・関係ないだろう、段々と荒くなる声。



 「関係ないだなんて。・・・・・・・・・こんなに心配してるのに!」

 「・・・・・・・・・ラトーラ!?」

 私は持っていたバスケットを床に落とすと、彼の前に飛び出し、・・・彼の胸に抱きつく。・・・・・・・・・それはあきらかな誘惑、だった。彼は腕をまっすぐにしたまま、じっとしていた。ここに来る直前に首筋と手首に吹いた香水が彼の鼻腔をくすぐっているに違いない。柔らかな私の身体も。










 ごめんね、ケリィ。



 ・・・・・・・・・私、あなたが初めてじゃない。だからこんなこともできる。










 やがて彼の逞しい腕が私の肩を掴んで、私の身体を離そうとしたけど、私は抗った。彼に比べたら何分の一かに過ぎない力で。でも全力で。涙で潤んだ瞳で彼を見上げる。



 「・・・あなたが・・・好きなの。」

 「・・・ラトーラ。・・・・・・・・・・俺は・・・、」

 彼は言葉に詰まった。なんとかいい訳を考えているように見えた。たたみ掛けるように私は言う。



 「あなたを慰めてあげたい。」

 「俺は・・・君に好かれる資格はない。・・・だいいち、こんな身体だし・・・。」

 「そんなこと言ったら、片腕の人はみんな恋しちゃいけないことになるわ。・・・それでも好きなの。」

 情感を込めて、好きなの、と告げて、私は彼の頭に手を伸ばした。踵を上げてやっと届くぐらいに大きな彼。引き寄せるようにして私は唇を触れさせる。忘れていた酒の香りがもう一度。彼の匂いも。



 こうまでして、断れる男がいるだろうか。・・・もう随分、女なんて抱いてないんでしょう?



 舌をからめる深いキスを何度も重ねながら、私は喘ぎとため息の混ざった声で、彼の耳に囁く。



 「・・・・・・・・・ほんとに慰めてあげたいの、ケリィ。」



 彼はひとつだけの腕を私のお尻の下に回して半ば抱き上げるような形で、ベッドまで連れていった。きれいなシーツじゃなかった。部屋中、彼の匂いでいっぱいだった。だけど私は、満足だった。片腕で身体を支える彼が、痛々しく見えたけど、私は満足だった。彼は激しく情熱的に、私を愛してくれた。厚い胸板の上に顔を乗せる、その感触が懐かしくて、私は満足していた。





 彼の身体の下で押しつぶされそうになりながら、彼の愛撫を受ける。私の右手は宙を漂いやがて彼の左腕の傷口にたどり着く。指先でそこを何度も撫でていると、彼が問う。やっぱり気になるか?と。

 「ううん、・・・つい触っちゃうだけ。」










 ごめんね、ケリィ。



 だってこれは大切な保険なんだもの。この腕ではもうモビルスーツに乗れないでしょう?軍人なんてできないでしょう?彼に同情する顔を見せながら、彼の傷を喜んでいる私。でも絶対ナイショ。



 彼に抱かれる度、私はそこに触れて何度も何度も確かめる。そして安心する。










 でも彼と過ごす時間が増える度、私の不安は募っていった。彼は倉庫に一機の壊れたモビルアーマーを隠していた。ジャンク屋としての仕事の合間に、それを修理していることを知った。どうして?軍に帰りたいの?直ったらどうなるの?・・・彼はいや、もうこいつは直せないよ、と言った。言いながら、修理を止めなかった。私は朝と昼のごはんを用意して彼の家へ行き、夜は彼が家へ食べに来た。これだけの時間を一緒に過ごしながら、不安が広がっていく。

 どう、美味しいでしょう?こんなに料理だって上手だし、身の回りの世話だってこまめにしてあげる。一緒に住んでもいいわよ。・・・彼はうん、と言わなかった。



 彼はまだあきらめてはいない。・・・いいえ、引き止めてみせる。絶対、彼をいかせないわ。彼しか見えなかった。彼だけが私のすべてだった。彼さえいれば何もいらない。

 彼の不自由さを補うように、彼の上で身体を動かす。少女のような顔をして、娼婦のように彼を愛する。・・・ラトーラ。彼のつぶやき。ね、感じるでしょう?気持ちいいでしょう?・・・幸せでしょう?










 0083年11月2日の深夜、彼が一人の男を連れて帰ってきた。連邦軍の制服を着ていた。・・・私はイヤな予感がした。代わりにその日は彼に抱かれることもなく、明日の朝食を二人分頼まれて、自宅に戻った。その少し前から彼の様子がおかしかった。私と付き合いだしてから、ジャンク屋の仕事に精を出している風な時が増えていたけど、・・・最近また考え込んでいることが多かった。あとで、・・・・・・・・彼の遺品を整理していてから知ったのだが、彼の親友から彼宛てにビデオディスクが届いていたのだった。それは戦いの誘いだった。非人道的な、でも彼が待ち侘びていた、戦いの誘い、だった。それを見た彼は、当然、仕事に身が入らなくなっていたのだ。



 たった二日で、彼は変わった。私が心で、身体で、彼に与え続けていたものは、なんだったのだろう。まったく無意味なものだったと?

 生き生きとしていく彼の姿を、私は虚しく見るだけで、何も・・・・・・・・・できることはなかった。





 『ラトーラ、わかってくれ。俺の戦争はまだ・・・、』

 私に別れを告げてくれるだけ、前の男よりマシなんだろうけど、だからって許せると?



 「ケリィ。・・・・・・・・・私が妊娠してるって言ったら?」

 「・・・ラトーラ、・・・・・・まさか?」

 驚きのあまり、立ち尽くす彼。



 「お腹にあなたの赤ちゃんがいるのよ。・・・それでも行くの?」










 ごめんね、ケリィ。



 私はあなたが思ってるような女じゃない。だからこんなウソだって言える。・・・言えるのよ。






 ・・・・・・・・・けど結局、ウソをつき通すことは、できなかった。










 0083年11月4日21:18、炎と煙を吹き上げるヴァル・ヴァロ・・・彼が一生懸命直そうとしていた、あのモビルアーマーが壊れていく瞬間を、何千万もの人々が、テレビ画面の中の他人事としてそれを見ていた。



 ・・・・・・・・・私だけが、違っていた。

 あの中に、私が愛した人が乗っていた。彼の名前はケリィ・レズナー。大きな身体で、・・・上手に生きれない人だった。戦争が終わり、享楽の中、彼だけがまだ戦おうとしていた。知ってる?みんな知ってるの?彼がしようとしたこと、彼が何を求め、何を探していたか。



 こんなに、こんなに、愛したのに、彼は私を残して戦いに行った。・・・私にもわからない。何故?











 今度こそ、もう、決して、軍人なんて愛したりしない。・・・・・・・・・軍人なんて。










 やがて誰もがあの赤いモビルアーマーのことなんて、忘れてしまうだろう。・・・そして彼のことも。



 (私だけは、忘れない)










 ケリィ・レズナーの生命を賭した輝きが、いつもの星空に戻るまで、私はただテレビの向こうを見つめていた。















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