高い空と遠く山を背後に抱いた基地と焼け爛れた土地とそこに突き刺さったコロニーの破片。
・・・・・・・・・それは醜い光景のはずなのに、なぜか懐かしく思う。
(ああ、・・・そうだ。トリントン基地を初めて見た時と似てるんだ)
士官学校を卒業して初の任地。オランダからブリスベーンまで飛行機に乗って。空港からはバスに揺られ。・・・やっと着いたあげく見た、落下したコロニーのある風景。・・・あれからまだ一年も経っていないのに三年や五年は過ぎたような感覚。
そこでコウはあらためて気付かされる。
(あの一ヶ月が特別だったんだ。・・・10月13日に始まった、あの一ヶ月だけが)
廃墟の鳩
ずっと怒っていた。0083年11月23日の軍事裁判法廷。・・・いや、その前から、目を開けるともうそこに薄緑のモビルアーマーがいなかった時から、・・・・・・・・・いや、そのもっと前、ソーラ・システムIIの光が膨らむ瞬間から、連邦の・・・つまり味方の側から強烈な光を浴びせかけられてから。
あの光のせいで見失ったものは、永遠に取り戻せない。
ずっと怒っていた。懲役一年の判決を受けて、軍刑務所に収監された。最初は独房入りだった。四方の灰色の壁だけを見つめる一日。話そうにも相手はなく、孤独と不安を掻き立てられ神経が参っていく。人恋しさに従順になったところで、再訓練キャンプに送られる・・・はずだった。だがコウは独房の中で怒りを忘れず、それでも規定の日数が過ぎ、キャンプ行きとなった。
コウが話したい人間は、ひとり、あの男だけ。
ずっと怒っていた。キャンプ初日、担当軍曹と目が合ったら、睨んだと決めつけられ殴られた。・・・そんなだから、ここに送られてくるんだ!おまえらは豚だ!ただの豚だ!!だが役に立つ豚になるまで、ここを出ることを許さん!!!・・・ベルナルド・モンシア中尉の暴言なんかお上品だったんだな。・・・口汚く罵られる毎日。朝晩復唱する軍の憲章。そのご立派な内容。
・・・嘘だこんな。・・・・・・・・・本当ならあの時最後まで戦えた、はず。
怒ってたから、悲しんだり悩んだり悔やんだりせずに済んだ。そして翌0084年3月10日、『コロニー落下の真相とガンダム開発計画、共に公式記録より抹消』というまったくクソみたいな理由で、コウの罪状は消滅した。なのにその決定から解放まで一ヶ月近くもかかりやがった。・・・な、Shitだろ。
軍刑務所を出る際、わずかな私物を受け取った。アルビオンのMS部隊章が付いたままの軍服とNo.5のヘルメット。門扉の前ではあの軍曹が見送ってくれた。『もう二度とここへは来るなよ。・・・コウ・ウラキ少尉殿。』なんと敬礼付きでだ。
街へ向かう車の中、膝の上に載せたヘルメットに手を当てる。丸い感触。表面は傷だらけ。トリントン基地で渡されたこのヘルメット。キースが4番でコウが5番・・・なのは、もらった時にはもう決められていた。先輩ディック・アレン中尉が2番で、ラバン・カークス少尉が3番だったからだ。両耳横のマーキングだけは、自分で選んだ。・・・なんの変哲もない『K』のイニシャルにしてしまったが。
バニング大尉が0番、アレン中尉が2番、カークス少尉が3番、・・・・・・・・・MS格納庫に隣接されたパイロット用のロッカーには、いつも五つの赤いヘルメットが仲良く並んでいた。それがコウの見慣れた風景だった。でももう・・・二度と見ることはないのだ。
ヘルメットを撫でた。ざらざらの。怒ってたままならよかった。・・・ざらざら。・・・・・・・・・だがこの胸にはぽっかり開いた空洞が。
(大尉)
バニングとアレンとカークスの顔が浮かんで、コウはあの日以来、初めて泣いた。誰の死もゆっくり悲しむ暇さえない日々だった。・・・ざらざらざら。右上の傷は、ザクIIのコクピットに座ろうとして足を滑らせた時に、ヘルメットが分厚い装甲にがつんと当たってできた。カークス先輩に大笑いされたな。・・・・・・・・・ざらざらざらざらざら。
ヘルメットの上に落ちる透明な涙。
ずっと怒ったままでいたかった。そしたらこんなに混乱しなかっただろう。何が悪くて何が良いのか。・・・わからない。たった一ヶ月の間に、あまりにもたくさんの事がありすぎて。これまで生きてきた19年が吹き飛んで、まっさらで、支えにもならなくて。
戦いは人を短期間で激的に変える、という。
何を信じればいい?砂上の楼閣。崩れる時は一瞬で。見たものすべて本当か嘘か。そんなことを考えないといけないのか。
アレン中尉もカークス少尉も死んだが、コウは生きている。
(なんで)
バニング大尉は亡くなったが、コウは生きている。
(ここに)
シナプス艦長は処刑されたが、コウは生きている。
(こうして)
ガトーは逝ってしまったが、俺は生きている!
(俺だけが!!!)
釈放を伝えられた日、コウは一通の転属願いを書いた。北米・オークリーベース。そこはコウが止められなかったコロニーが落ちた地に一番近い連邦の基地。
釈放が伝えられた日、あっけにとられて、怒りが消えて、何をしたらいいかわからなかった。この胸の空洞を埋めるには・・・、そうだ、コウはまだ見てもいないのだ。コロニーの落ちた地を。
(行こう。・・・そして知ろう)
この目で見る。この体で感じる。この心で受けとめる。起こったことすべてを。真正面から。ちゃんと。
宇宙世紀0084年4月8日、コウ・ウラキ少尉、オークリー基地に赴任。
(バサッ)
コロニーの残骸を見つめていたコウの背後で聞こえた音。振り返る。ゆらゆらと揺れる枯れ果てた麦の穂。見渡すように上げた視線が捕らえたのは、一羽の鳩。
落穂をあさっていたのだろうか。こんな焦げたカラカラの麦の。
鳩は飛ぶ。
その真白い羽根が青い空に高く吸い込まれていく。
青い空の先は宇宙だ。
宇宙には追いかけて追いかけて追いつけなかったガトーの魂が今も。
握りしめた麦が手の中でもろく崩れていく。
『・・・・・・・・・ガトー。』
コウは生きていく。コロニーの落ちたこの場所で。
ここから始めることを、他の誰でもないコウ自身が選んだ。
(クッ、クックー)
遠くで鳩の鳴く声。・・・だがいつまでも空だけを見てはいられない。
(俺は生きていく)
トリントン基地に着いた日、バニング大尉とアレン中尉とカークス少尉から手荒い歓迎を受けた。わざとスプリングの硬いザクIIに乗せられ吐くまでシゴかれ、夜は夜でやっぱり吐くまでビールを飲まされた。
このオークリーでは誰が迎えてくれるだろう。
・・・・・・・・・これからどれほどの出会いと別れが待っているだろう。
戦いは人を短期間で激的に変える、という。・・・だが変わらなかったひたむきさでコウは生きていく。
まっすぐ。前を向いて。
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