0079.11.12.






 ・・・・・・・・・今になって思い出す。・・・その左手のぬくもりを。















 アナベル・ガトーがケリィ・レズナーと久しぶりに再会したのは、宇宙要塞ソロモンが完成した0079年5月17日のことだ。

 士官学校を卒業して以来、同じ宇宙攻撃軍に配属になりながら、なかなか会う機会が無かった。休暇ひとつ取るにも兵士の都合に軍が合わせるはずもない。式典などで、ちらと姿を見かけたことはあったが、その声を聞いたのはおよそ2年ぶり。



 「・・・よぉ。」

 と肩を叩かれて振り返る前から、声の主がケリィだとわかっていた。



 時が数年、巻き戻るかのように錯覚する。・・・寮の生活。教室での雑談。グランドの汗。端から見ればひどく窮屈に思えるらしい士官学校という場所にも、青春の日々はあった。



 倒れ込んで寝たベッド。疲れた時のケリィの大きなイビキ。水の出が悪いシャワー。・・・おふざけのくらべっこ。

 高圧的な教官にくそ生意気な生徒。一番体力のない奴を皆でかばった実技試験。

 まずい食事。トチノキに挟まれた小道を歩いて教会へ。

 創立記念日の慣れないダンスともっと慣れない女の子。芝のじゅうたん。中隊対抗のサッカー。

 首席卒業のメダル。制帽が宙に高く舞う。囃す声、声、声。



 ・・・共に学んだ男の死に誰もが泣いた夜。



 怒りも悲しみも喜びも苦しみも憤りも楽しみも涙も夢も、そこに確かにあったのだ。





 「久しぶりだな。・・・噂は届いてるぞ。」

 「・・・どうせ、酔っ払って上官を殴ったとか、そういう類だろう?」

 「で、殴ったのか?」

 「・・・・・・・・・ふん。」

 抱き合うわけでも、飛びつくわけでもなく、あからさまに嬉しそうな顔もみせず、それでも二人ともが喜んでいる。





 ソロモンに配備されたドロワが、ガトーとケリィの母艦となり、以降はちょくちょく顔を合わせるようになった。










 ・・・・・・・・・・0079年11月12日。



 ドロワ内、MSデッキの一画にあるオープンスペースのブリーフィングルームで、アナベル・ガトーとケリィ・レズナーは確認作業を進めていた。整備班の立てる喧騒や振動も伝わってくるが、二人で話すには、何の支障もない。・・・時には、話さずとも通じていることがあるぐらいなのだから。

 地球上では、『オデッサ作戦』が終了し、ミリタリーバランスが一気に連邦側に傾いていたが、それはまだトップクラスの将官の間の極秘事項となっていた。

 大尉にすぎないガトーやケリィが、知る由もなかったが、旗色の悪さ、は、肌で感じ始めていた。戦場に立つ者の本能で。



 「・・・それでは、戦力バランスが悪いな。カリウスには、バックスが向いていると思うが。」

 「案外あれで、猪突ぎみなとこもあるぜ。思いきってフォワードを任せてみたらどうだ。」

 「うーむ。」

 細かい改修を繰り返して、一機ごとに微妙に異なるスペックを示す06Fや06Rとパイロットとの相性を考えながら、中隊の戦力を練り直す。

 中隊長としての責任を当然のごとく果たすガトーの側には、必ずケリィがいた。・・・本来なら、ケリィも中隊長を勤められる腕を持ちながら、時々上官といざこざを起こしつつ、今の地位に留まる努力(そう呼べるならば)をしていた。

 それが、ケリィの選んだ戦い、ケリィの選んだ生だ。










 ・・・・・・・・・・ケリィの左腕が無くなってから、ガトーは度々思い出した。

 いつも、自分の肩に添えられていた手のぬくもりを。

 その優しさに甘えていたことを。





 (私はケリィに何かしてやれたのか・・・)










 戻らない左腕の、あるはずもない重みを、彼も負っていく。





 ・・・・・・・・・その絆と共に。





















(2001.11.13)

絵:和泉鉄様











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