+ 前夜 +





「・・・とうとう、決戦ってわけか。」

「そういうことだ。」



ハンガーに固定された二機のリック・ドムを前にして、
302哨戒中隊のアナベル・ガトー大尉とケリィ・レズナー大尉が、
至極真面目な顔をしていた。

・・・ガトーの真面目な顔はいつものことだが、
ケリィまでこんなカタイ表情を見せているのは珍しい。



そこら中に漂うピリピリした空気。

地球の各基地を発した連邦艦隊の目標が、
この要塞ソロモンである(らしい)と、
ある者は噂で、ある者は情報として、それを知っていた。



そのソロモンを母港とする戦艦ドロワの中は、
戦いに備えて、MSの整備を怠るまいと、活気に満ち溢れている。

飛び交う指示と補給部品。
忙しなく動き回る整備兵に、直っちゃいないと怒鳴りつけるパイロット。



「本当なのか?連邦もMSを量産してるとか。」

「うむ。・・・だが、にわかに操縦技術が身につくものか。恐るるに足りん。」

定時の哨戒を終えたばかりの二人は、
ノーマルスーツ姿で、首の後のアタッチメント部分に、
ヘルメットを引っ掛けたまま外し、一息ついている。



「それより、ビグロはどうだ?」

「実戦レベルで乗りこなせそうだ。明日は・・・出るぞ。」

それは、これまでの302哨戒中隊の戦術が変わることを意味していた。



第二小隊を率いるケリィが前衛。

いつも無謀なほど、敵に突っ込んでいく。

そのケリィを含めた中隊全員のフォローが隊長であるガトーの役目だ。

第一小隊を巧みに操りながら、時には盾となり壁となって、
これまで中隊員の部下を一人も死なせずに戦いを越えてきた。



だが、恐らく・・・





ガトーは、汗でべとつく髪をうるさそうにかき上げた。

空調が完全に効いているはずなのに、
暑さが感じられるのは、気のせいか?

単に、いつもより多くの人間がこの狭い空間を動き回っている故の錯覚か?



「・・・生き延びろよ、ガトー。この戦いは、恐らく負ける。」

「・・・・・・・・・。」

ガトーは苦虫を噛み潰したような顔で、ケリィを見る。



『負け』

その、たった一言が、ケリィの口から出たのは、これがはじめてのことだ。

恐れと予感は、確かにガトーの胸にもあった。



・・・あったが、部下を預かる自分が、軽々しく口にすることもできない。



敗北の瞬間を、この目で見届けようとも、
敵が、敵だったものが存在する限り、自分は戦い続けるだろう。



(どう報えるというのだ?これまで私についてきた部下たちに。

・・・死なせてしまった部下達に。)





「まだ、負けると決まったわけではない。」

長い沈黙の後で、睨むような目と、対照的に柔らかい声音で、ガトーは言った。



「・・・そうだな。決まってない。」

決して同意できるはずのない、ガトーにそう言ってしまったことを、
少し後悔しながら、ケリィは答えた。

(隊長としてのガトーを支えるのが俺の役目だろう!

なあ、ケリィ・レズナーよ。)



ずっと、ずーっと、士官学校時代の初めての模擬戦から、
戦って、戦って、戦い抜いて、
二人で、難関を、死線を、乗り越えてきたのだ。





・・・・・・・・・ジオンが負ける日が、来るかもしれない。



その日、



ガトーが生き延びれば、ケリィも生き残るだろう。



ケリィが戦死すれば、ガトーも屍をさらすだろう。





「ガトー大尉!!!ミーティングの時間です!!!」

デッキの向こうから、カリウス伍長の呼び声がする。



「・・・行くか。」

「・・・行こう。」



二人は、

これまでと同じに肩を並べて、

来るべきその日へ向かっていく。



戦いの本能と抵抗の限りをつくすその日に向かって。














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