+ 海 +





うみはひろいな おおきいな

つきがのぼるし ひがしずむ





・・・それは、優しい声。

他に誰もいないという状況でなければ、
目の前にいる男が歌っていると、到底、信じられなかっただろう。





「少佐・・・何の歌ですか?」

ボブ中尉が、不思議そうな顔で聞く。



「歌?・・・ああ、歌ってたんだな、私は。」

どうやら、本人も気づいてなかったらしい。



「子供の頃に、母が歌い聞かせてくれたのだが・・・ふと、思い出してな。」

それは、地球の海のせい。





荒い波が作る白い泡も、岩の間を跳ね上がる飛沫も、果てのない水平線も、何もかも。

・・・生まれて初めて見た。





うみはひろいな おおきいな

つきがのぼるし ひがしずむ





「歌の意味は、わからなかった。
・・・私は宇宙生まれの宇宙育ちだからな。」

「はあ。」

思い出話をする男に、中尉は相づちをうつ。

珍しい、と思いながら。



「大きくなってからは、もちろん本や映像で、
『海』というものを、理解はしたが、それは形だけのことだ。

・・・こうして実際に海を見て、ああ・・・こういうことだったのか、と。」

「少佐は、ロマンチストですねぇ。」

返答に困ったボブ中尉が、選んだ言葉はそれだった。





「んん?・・・ははは、私としたことが、つまらぬ話をしたな。」

「い、いえ!そんなことは、ありませんが。」

中尉は、ただただ恐縮する。





男は、シドニーの海岸線を前にして、月が上る様を見たいと思った。

日が沈んでいくのを眺めたいと思った。



どうしてそれが、地球にだけ許された光景なのかと思った。





「少佐!レーダーの端に光点が写りました。
ザメルにお戻りください!!」

ペガサス級の通過予定時刻まで、あと15分。

アダムスキー少尉が崖の向こう側から叫ぶ。



「・・・わかった。」

男は、足早に戻っていく。



・・・大きな海を背にして。





うみはひろいな おおきいな

つきがのぼるし ひがしずむ














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