+ 爪痕 +
「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
ドロワのMSデッキに固定されたゲルググ。
ハッチを開放して、新鮮な空気でコクピット内を満たす。
密閉された軍艦に特有の重く濃い匂いがするが、
ヘルメットを脱いで呼吸できることに比べれば、大したことではない。
宇宙(そら)もMSも、彼にとっては当たり前の世界で、
彼自身を構成する一部であるかのように馴染んでいる。
それでも、
・・・それでも、
生きて、生身で、空気を吸うこと・・・
たったそれだけのことが、至上の喜びであるかのように、感じる瞬間。
そんな瞬間が、確かに存在した。
「・・・・・・・・・ふぅ。」
さすがに、『アナベル・ガトー』といえども、心底疲労を感じていた。
丸一日以上も、戦い続けたのだ。
出撃、戦闘、帰還、補給とその間のわずかな休息。・・・そして、また出撃。
このサイクルを何度くりかえしたことだろう。
撃破した連邦軍のMSの数は、30機を超えたまでは覚えているが、あとは・・・・・・・・・
「こんな戦いが・・・」
(あっても、いいのか?)
連邦軍が大量のMSを注ぎ込んだ、このソロモンでの戦い。
量産型の白いMSは、
もしかしたら、ザクIIより高スペックな機体なのかもしれない。
だが、それを操るパイロットは、あきらかに未熟だった。
ジオンであるなら、・・・いや、開戦当初のジオン軍であるなら、
到底出撃できるようなレベルではない腕で、
彼の前に現われ、むざむざと撃破されていった。
(今は、我々とて、そう変わらぬか。・・・フッ。)
ドロワのMSパイロットにも、明らかに学徒動員兵が増えていた。
古参の見知った顔がひとつ・・・またひとつ消える度、
恐れと不安と、そして、未知のものへの憧れと期待を胸にやってくる若い顔。
そして、彼が鍛え上げてきた、
302哨戒中隊もまた、
この激戦で、4名の命を失っていた。
「ガトー大尉!!!」
「カリウス!・・・ご苦労だったな。」
ガトーの姿を見つけて、床を蹴って向かってくるカリウス伍長。
ガトーは隊長として、ねぎらってやる。
・・・だが、
「レズナー大尉が・・・大尉が・・・。」
カリウスは、それを伝えようとして、言葉に詰まった。
「ケリィが、どうかしたのか?」
眉を歪ませて、必死で訴えようとしているカリウスの表情に、
ガトーは只ならぬものを感じる。
ビグロが戦闘不能になってからは、ケリィは戦場に出ていないはずだ。
怪我をして治療中・・・だが、まさか?
重症とは、聞いてないぞ、とガトーは慌てて、コクピットを降りた。
「ケリィは・・・医務室に、いるのだな?」
「は・・・はい。そうです。」
ガトーが読み取ってくれたことに、少しホッとするカリウス。
だが、肝心なことをまだ言ってないのだ。
(どうしよう?)
だが、言葉が見つからない。
『ガトーには、絶対知らせるなよ。・・・この戦いが終るまでな。
もし、知らせやがったら、こっちの手でぶんなぐってやる。』
右手で拳を作り、苦しい息の下、そう言って倒れ込んだ、ケリィの姿。
・・・・・・・・・それを、どうやって、伝えたらいいのだろう・・・・・・・・・
「ケリィ。・・・入るぞ。」
とうとう、何も知らないまま、ガトーが病室のドアを開ける。
「どう・・・・・・・・・・・・・・・・・・?!」
「よう、ガトー。」
ガトーは絶句した。
これは、なんだ?!
左上腕の切断部に包帯を巻かれ、
傷が痛まないよう、固定器具に吊り下げられている、ケリィの姿。
「・・・ははっ、やられちまったよ、ガトー。」
初めてみる、すこし困ったような、
どこか・・・そうどこか、泣きそうな、
全然そう見えないのに、泣きそうな、
いや、涙を流してないだけで、泣いているような、
ケリィの顔。
お前なら、すぐ復帰できるさ。
とも、
片腕だって大丈夫さ。
とも、
言えない。
だって、ケリィのこの顔は、・・・・・・・・・くそっ!!!
「仇は取る。・・・絶対、取ってやる。」
「・・・頼んだぞ。・・・・・・・・・俺には、もう無理だからな。」
10分後。
(すまない・・・・・・・・・。)
ドロワの通路の壁にもたれて、宙を仰ぐアナベル・ガトーと、
(もう、我慢する必要も・・・ないか。)
医務室のベッド上で、右手を瞼に当てるケリィ・レズナーがいた。
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