+ 親友1 +
「ふ・・・・・・・・・。」
オフィスとして使っている、マンションの一部屋で、
アナベル・ガトーは知らず知らず、溜息をついていた。
金曜日の午後。
五日間、見続けた文字の山。
慣れないデスクワーク。
ガトーといえども、溜息のひとつくらい許されて良いだろう。
・・・そこへ1枚の紙。
苦情処理担当から回されてきたものだ。
・・・・・・・・・以上のように、
マンションの共用部分での喧騒・占有・破壊等、
他の住民が非常に迷惑を被っており、
当方では、最初の約束のように、
彼の氏をお預かりすることが、できません。
ケリィ・レズナーの即日退居を求めます。
「ふぅぅぅ・・・・・・・・・ケリィ。」
ガトーの溜息はさらに大きくなった。
「一杯どうかと、思って来たのだが、・・・その必要はないな。」
仕事を終えたガトーがケリィのマンションを訪ねると、
問題の男は、汚れて皺だらけになった服を着て、ベッドの上に横になっていた。
すぐ側に、バーボンの空瓶が転がっている。
「・・・・・・・・・なんだ?」
背を向けたまま、思いっきり不機嫌そうに話すケリィの声。
ガトーは構わずベッドの端に腰掛けると、ケリィの背中を見つめた。
「・・・少々、頼み事もあったのだが、そのザマではな。」
「ふん・・・・・・・・・ああ、このザマではな。」
こちらを振り返ろうともせず、ガトーの言葉尻を捕らえる。
「ケリィ。・・・いつまでそうしているつもりだ?」
「・・・・・・・・・。」
ストレートに聞かれると、じゃあいついつまでとは、答えられない。
「いくら酒を飲んでも、その腕は戻らんぞ!」
カーッ!
「おまえに、言われなくても、わかってる!!!」
ケリィは上半身を起こすと、
右手の拳をガトーの頬めがけて突き出した。
ガトーは目を閉じた。黙って受けようというのか。
「・・・あっ?!」
その時、ケリィの身体がグラリと揺れて、拳は目標の手前でそれた。
回り過ぎたアルコールせいで、身体を支えることもできなかったのだ。
「・・・ううう。」
そのまま、ベッドに伏せたケリィの口から、小さな嗚咽がこぼれてくる。
「・・・畜生、畜生!、畜生!!」
「・・・ケリィ。」
ガトーは、この上もなく優しい声で、
ケリィの名を呼ぶと、その背中に手をあてた。
ガトーが触れた場所から、暖かいものが伝わってきた。
・・・ような気がして、ケリィの目頭が熱くなる。
・・・おまえも、わかってるんだろう、こんな事をしてても、何にもならないと・・・
「明日、一緒に来て欲しい所があるのだが。」
ケリィが落ちついたのを見計らって、ガトーが言った。
「今日は、私もここに泊まるから。」
くしゃくしゃの服が掛けられたソファーを今日の寝床と決めたガトーが、
ざっとそれらを片した後で、身体を横たえた。
「・・・ジャージャージャー。」
「・・・・・・・・・?」
真夜中過ぎ、洗面所の方から、水音が響いてくる。
ケリィが眠っているはずのベッドを見ると、カバーがぺたんとしている。
・・・どうやら、ケリィが洗面所にいるらしい。
気分でも悪いのか?
そう思ったガトーが立ちあがって、明りの漏れる洗面所のドアへと歩いていく。
『・・・ジャージャージャー。』
ケリィの手には酒瓶が握られていた。
・・・むろん、飲んでいるのではない。
捨てているのだ。
一本、また一本と、買い溜めされていた酒が次々に排水口へと吸い込まれていく。
「・・・・・・・・・ケリィ。」
それで、いいんだ。なぁ、ケリィ。
ケリィの背中に向かって、ガトーは黙ってうなずくと、再びソファに横になった。
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