真夏の夜の夢










 古来から、学校と病院とホテルと神社仏閣教会には怪談がつきものである。なのでその全部の機能を兼ね備えた士官学校にその手の話が事欠かないのも当然といえば当然で・・・・・・・・・。










 0076年、夏。



 Liedergerne(リンダーゲルン)館の四階13号室に、幽霊が出るらしい。



 その話をアナベル・ガトーが耳にしたのは、ジオン第一士官学校三年生になろうかという夏のことだった。夏の休暇にあたるこの時期、いつもなら全寮制のこの学校に在籍する学生たちもそれぞれの自宅に戻って、家族や旧友と夏を過ごすはずであったが、この年の夏は違っていた。この夏に名前をつけるとしたら、きな臭い夏、とでも言おうか。・・・それは後からこの夏を振り返った時に思ったことではあるけれども、・・・そんな夏だった。

 前年、ジオン公国軍には教育機動大隊も発足しており、ガトーたち新三年生の卒業、本来なら来年の六月に迎えるはずの卒業任官式は早まるのではないかと噂されていた。なぜなら夏の休暇はそれまでニヶ月近くあったのにわずかニ週間に短縮され、代わりに学校で次期のカリキュラムをこなすはめになったからである。まだ士官学校に数を回せるほど余裕のなかったモビルスーツがたった一機だけ届いた夏、好奇心に目を輝かせそのMS05をみんなで取り囲んだ夏、冷たくそしてエンジンの火ひとつで熱くなるその感触に胸を躍らせた夏、・・・だが背後からひたひたと迫る開戦への足音に多くの期待と僅かな不安をない交ぜにした夏、そうあれはずいぶんときな臭い、そんな夏だった。



 ・・・そんな夏の幽霊は、休暇が短くなったからといって不貞腐れるわけにもいかない学生たちの、格好の話題(ネタ)だったのだ。



 寮は学年ごとに別れており、夏は引越しのシーズンでもある。一年生の寮から二年生の寮に、二年生の寮から三年生の寮に。アナベル・ガトーとケリィ・レズナーも先々週、Etwaskaltes(エトバスカルテス)館からGrunewald(グリューネバルト)館に引っ越してきたばかりだった。二度目の引越しだし荷物も少ないしで、一年を過ごしたかつての自室と同じに慣れるのに時間はかからなかったが。違いといえば、三人部屋から二人部屋に出世したことぐらいだ。もっともこれは三年生全員が、であり、ガトーとケリィが特別だったわけではない。ちなみに一年生に至っては六人部屋である。

 幽霊の噂はリンダーゲルンの元の住人である新二年生の間から徐々に広まっていった。一年生の入学は再来週。今は無人であるはずのそこに、夜間の見回りで窓に影らしきものが写るので部屋まで確認に行くと誰もいなかったとか、足音を追っていったらいるはずの場所にいなかったとか、か細い悲鳴ような男の声が聞こえてくるとか、それならと肝試しをしてみれば帰って来ない者が出てどうやら朝まで倒れていたらしいとかさらになんで倒れていたかもわからないとか、あげく0074年度生でその部屋に住んでいて卒業前に教官のイジメが原因で縊死した奴の幽霊らしいと実しやかに囁かれていた。

 そんな幽霊がいるならぜひ会いたいものだとか俺が退治してやろうだとか、当初、本気で怖がっている者など一人もおらず、・・・何せ元気で余計なパワーのあり余っている年頃の集団である、・・・だが一年生を迎える準備や掃除などを任されている二年生が、その部屋に入りたくない、その階に近寄りたくない、・・・寮に入るのもいやだ、と真剣に訴えるようになった時、アナベル・ガトーの登場となった。生徒たちの自主性を重んじるという方針の元に、寮の運営は生徒自身に任されており、グリューネバルト館の監督生代表であるガトーが、最上級生として必然的に三つの寮で一番エライ立場にいたわけである。

 非科学的なものは信じない性(タチ)ではあるが、責任感も非常に強かったので、ガトーは自分の手で幽霊の正体を確かめるべきだと思った。



 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」とも言うしな。入寮式までに片付けねば、あの部屋をあてがわれる者が困るだろう。・・・その程度にガトーは考えていたのだ。



 初めは直球でとばかりに、一週間ほどガトーは問題の四階13号室に泊まり込んでみたが、幽霊らしい気配はまったくない。やはりただの噂ではないかと思ったが、噂が立つ以上何か理由があるとも考えられた。情報収集からやり直そう。・・・ガトーは、物事をうやむやにできない性格でもあったのである。噂の出所をたどって、幽霊を見たり聞いたりした相手を幾人か突き止めた。



 その一、シャア・アズナブル(二年生)の話。

 「あれは、・・・七月第三週の土曜日のことでした。私も二年の監督生ですから、リンダーゲルンの見回り担当しています。信じられないことにあの部屋の前で、ぞくっとするものを感じたのです。いえもちろん最初は気のせいだと思ったのですが、別に中をのぞくぐらい手間ではありませんから、ドアを開けてみると・・・、一瞬人影が確かに見えて、え?といぶかしんでる間に、目の前で消えたのです。・・・後になって、今のはいったい何だったんだ、と。・・・ドアノブを持ったままの手が震えてました。
 ・・・・・・・・・影?・・・はい、そうですね、少年の、・・・少なくとも私よりは小柄に見えました(・・・かわいかったかも)。」



 そのニ、ガルマ・ザビ(二年生)の話。

 「あの日僕は・・・えっと確か七月第四週の金曜日だったかな、リンダーゲルンの元の部屋に忘れ物をしてたことに気づいて取りに行ったら、廊下の奥の方から音がして。・・・誰かいるのだろうと思ったのだが、どうも話し声というよりは泣き声のように聞こえて。気になって13号室のドアを開くと、・・・思い出したくもない・・・な。部屋の真ん中で天井から白い布がぶらさがってて、声はそこから出てるみたいだった。怖くてバタンとドアを締めて、それからもう一度確かめようとドアを開くと、・・・今度は何もなかったんだ。
 ・・・・・・・・・忘れ物?・・・それはベッドの裏の、・・・(こほん)いや幽霊とは関係ない(・・・前髪をくるり)。」



 その三、ヴィッシュ・ドナヒュー(三年生)の話。

 「そうだよ、ガトー。俺はゲテモノと幽霊が苦手なんだ。なのにあんなものを見てしまうとはーーーっ!・・・すまん興奮した。そう七月終わりの週末、土曜だったか金曜だったか、ともかく俺はあの日、無性に絵が描きたくて・・・、ほら寮内だとすぐからかわれるしな。・・・それでこっそり誰もいないはずのリンダーゲルンで描こうと思ったのさ。二年生が来たら睨みを効かせばいい、と。それが・・・それが・・・、はあああぁぁぁ。ちょうど窓から光が射し込む部屋が13号室の辺で。たまたま選んだんだけど失敗だったぜ。白い服を着た少年が、真っ青な顔で立ってたんだよ。口から血を流してな。・・・なまじ一度見たものを頭に焼きつける天分があるからさ、俺(がっくり)。
 ・・・・・・・・・え、後ろに?、うわっ?!!!・・・って、このヤロー!(ぐりぐり)。」



 他、数名の証言を聞いてわかったことと言えば、目撃情報が七月半ば以降の週末に限られていることだった。

 (ふむ。それぞれが新しい寮に引っ越してからずっとか。・・・夏休みに前はあの部屋に住んでいた者もいたのだしな。)

 ・・・と思ったら部屋の数が余っているため、13号室は使われてなかったらしい。それでガトーも思い出した。自分が一年生の時もあの部屋は空室だったということを。

 (どういうことだ?)

 幽霊の出没日を部屋に飾ってあるカレンダーに赤丸で囲っていたガトーは、もうひとつだけ気づいた。

 (・・・おや?、この日、ケリィが外泊してたな。・・・この日も、・・・この日もだ。・・・だからといって、ケリィに関係があるはずも、・・・ん?そういえば、この週末、ケリィは部屋にいたはずだ。)

 そして幽霊は現われなかった。ガトーが泊まり込んだ夜のことだ。だいたい、度々の外泊が許されるはずもなかったが、それは同室のガトーが見逃してやっていたのである。・・・授業に差し支えるようなことは一度もなかったし、そういうことができるケリィを自分とは違う者としてどこか認めていたから。



 手がかりは少ない。打てる手は打つべきである。探偵ごっこは趣味ではないが、とことんやり尽くすのもまたガトーであった。



 「どうも今回の幽霊騒ぎはただのデマだろう。みんな退屈してるだけだ。一年生が入ってくれば自然と収まる。」
 「・・・だろうさ。」
 「それまで立ち入り禁止にしておこう。入寮式の後、最初にすることは、掃除になりそうだが。」
 「ははっ。それもけっこうだ。びしびし監督してやらんとなー。」

 ガトーとケリィの間でそんな会話が交わされた週の金曜日、ガトーは自室で夜を迎えることにしたが、案の定ケリィが「ちょっと出かけてくらぁ。」と言って片目をつぶった。ちょっと、と言っても朝まで帰ってきたことがない。さも、女のトコロへの雰囲気をにおわすケリィを、ガトーはいつも通り苦笑を浮かべて見送るだけだった。



 ・・・夜中過ぎ、ガトーは意を決して部屋を出た。リンダーゲルンに近づくと13号室から遠い裏口へ、こっそりと音を立てないよう靴も履き替えて。

 ドアをそっと開ける。後ろ手に静かに静かに閉める。廊下を歩いて階段下に。一段、二段、と上がっていく。二階、・・・まだまだ、三階、・・・ゆっくりと、四階、・・・音を殺して。また廊下、・・・突き当りを左に、それからまた左、・・・その端っこ。・・・よし!

 ガトーはドアの前で聞き耳を立てる。音はしない。・・・・・・・・・ノックは必要ない。突入だ!!!



 (んんん???)



 ガトーの前には、みんなが見たであろう、白い服を着た黒い髪の少年らしき姿があった。声もした。赤いものも見えた。・・・だが、ガトーは幽霊を信じてないし、怖がりでもないし、冷静な目と冷静な耳と冷静な口を持っていたので言った。



 「そこにいるのは誰だ?」



 ・・・・・・・・・しーーーん・・・・・・・・・。

 臆することなく部屋に入ると、白いものに手を伸ばす。・・・が、何も掴むことなくすり抜けていく。

 (・・・部屋の造りは一緒のはずだ。)

 リンダーゲルンでの生活を思い出して、ガトーはスイッチを探す。ぱちっ。・・・明りが着いた。もう少年の姿はない。だが声だけは聞こえる。・・・少年がいたあたりの床上に金属っぽい箱があり、声はそこから聞こえてくる。・・・3Dビジョンの投影機だ、間違いなく。

 がたんっ!

 投影機を手に取ろうとしたガトーも不意の音に少しだけ驚いた。ベットが六台入るだけのスペースがあるこの部屋に、一台だけ残されたシンプルなベッド。その上にいたのは・・・・・・・・・、



 「・・・ケリィ。」
 「・・・・・・・・・やれやれ、見つかっちまったか。」
 「説明、していただけるな。」

 こういう言い方をするガトーは冷静に怒っているのだ。ケリィは肩をすくめてベッドから足を降ろすと、座ったまま話しだした。



 「つまりだな、・・・リンダーゲルン館四階13号室は伝統的に『風紀委員の部屋』なんだよ。」
 「・・・説明、になってないが。」

 13号室は、風紀委員(三年生に限る)の隠れた部室だったのだ。自主性を重んじる寮生活に置いて、人望と成績で選ばれる監督生とは別に、寮内パワーゲームに勝った男たちが務める風紀委員。・・・要するに、影の仕切り屋なわけだ。一年生、ニ年生では到底逆らえない先輩たち、規律を乱し過ぎた場合に鉄拳制裁もあれば、逆に守ってもらえることもある。大勢の少年が暮らす中で、たしかに必要な存在であったのかもしれない。・・・そんな立場になら特権もある、と代々勝手に13号室を使ってきたのだ。酒もタバコもエロ本も隠してある。・・・女を連れ込んだ奴もいるとかいないとか。



 「しかし、これまで幽霊の噂なんか聞かなかったぞ。」
 「それは俺が・・・・・・・・・、その・・・、やり過ぎたんだよ。」

 ケリィはその上さらに、風紀委員長である自分だけの部屋にしようと画策したというのだ!他の風紀委員たちに当然ナイショで、幽霊騒動を企てたらしい。

 「こっそり遊べる部屋が欲しかっただけさ。女をいい声で哭かしても、免疫のない一年生なら、恨めしそうな声に聞こえるだろう、なーんてな。」
 「・・・呆れて怒る気にもなれん。」
 「俺も・・・ここまでうまくいくとは思ってなかったぜ。・・・おまえじゃなかったら、騙し通せたかもな。」



 ちっ、とケリィが言ったので、もう卒業まで外泊は認めないぞ、で手打ちにする。終わってみればあっけなかったが、立ち入り禁止は新入生を迎える日まで続けておくことにしたガトーだった。・・・もちろんただ一人の親友の名誉のために。





 (・・・ほんとは、おまえと二人で眠る夜が耐えられなくて、とここで言ったら、)



 休暇の後、三人部屋から二人部屋に移った。夜ごとケリィの目には、純粋で無垢で光の中を往くガトーがまぶしく見えた。平日はそれでも訓練で疲れ果てて部屋に戻ってくる。・・・だが週末、無防備なガトーの姿は、その羽を千切りたいと、ケリィの心を攻めたてて・・・、だから逃げ場が欲しかったのだ。あと一年、・・・卒業まで耐えられるだろうか、と。



 (言ったら、一生許してくれないかもしれんな。・・・そうであってこそ、ガトーだ。)



 ・・・・・・・・・影ながら守る、ケリィがそんな自分を楽しめるようになるのは、もう少し大人になってからのことだ。









 「ところで、聞いてみるんだが、・・・全然怖くなかったのか?・・・ユーレイ。」
 「ああ・・・。いるはずもないと思ってたからな。・・・あんな黒髪の少年の映像ぐらいで。」

 黒髪の東洋系の少年が、白い服を着てこっちを見ていた。怖くはなかった。・・・むしろどこか懐かしい、ような。



 (・・・?・・・俺が写したのは、金髪色白の美少年風だったんだが。・・・・・・・・・まぁ、いいか。)










 古来から、学校と病院とホテルと神社仏閣教会には怪談がつきものである。なのでその全部の機能を兼ね備えた士官学校にその手の話が事欠かないのも当然といえば当然で、・・・・・・・・・それは一夜の夢。





 ずいぶんときな臭い、・・・それでもそんなバカをやってられる、0076年の夏のことであった。















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私は推理小説を推理しながら読むことができない人間なので、
なぞとき小説なんぞ書けるはずもなく。
・・・いや、そんな予定は最初からなかったんですが(笑)。

寮の名前はこーらぶ様に考えてもらいました〜。アリガトウ!
学生・寮モノはなんかこーさん!って感じなのです(笑)。

でもって、私の耳が大変悪いため、一部寮の名前が変わってます。
・・・・・・・・・笑ってくれ(笑)。

管理人@がとーらぶ(2002.07.27)











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