第二夜










 古来から、学校と病院とホテルと神社仏閣教会には怪談がつきものである。なのでその全部の機能を兼ね備えた士官学校にその手の話が事欠かないのも当然といえば当然で・・・・・・・・・。










 0080年、夏。



 『一年生諸君に告ぐ。本日23:00(フタサンマルマル)時、楡林荘前に集合せよ。』



 その張り紙をコウ・ウラキが目にしたのは、地球連邦軍ナイメーヘン士官学校への正式入学を控えた基礎訓練期間15日目の夏の盛りだった。基礎訓練というのは、入学後のカリキュラムに付いていけるよう、教官ではなく上級生たちの指導で行なわれる筋力トレーニングを主体とした事前メニューである。夏前までジュニアハイスクールの生徒に過ぎなかった少年たちが、士官候補生として求められる厳しい課程に耐えるには、まだまだ役不足だからだ。・・・それと同時に団体生活に慣れさせるための期間でもあった。軍隊とはとかく制約の多いところである。甘っちょろい考えで、少年少女らしい夢や憧れだけで、やっていけるものではない。

 映画で見たような鬼軍曹役の三年生たちが、言葉も態度もあからさまにして正真正銘のひよっこたちをいじめ抜く。主目的の身体的トレーニングの他に、起床5分で食堂に集合する訓練とか、メシを10分で平らげる訓練とか、制服を『きちんと』着る訓練とか、一糸乱れず整列する訓練とか、・・・もちろんモビルスーツにいきなり乗せてもらえるはずはないとわかってはいたけれども、こんな日々が続けば、永久にそんな時は来ないんじゃないかとさえ思えてくる。

 約一ヶ月の基礎訓練を終えて正式に入学する時には、最初にここに集った人間のうちおよそ一割が消えていると聞く。だがその方がむしろ不名誉ではないのだ。中途で退学するよりも、今ここで新たな道を選ばせてやることこそ慈悲。9月になれば、さらに厳しい毎日が待っているのだから。



 「『一年生諸君に告ぐ。本日23:00時、楡林荘前に集合せよ。』だって。」
 「・・・えー?」
 「ちっ。」
 「やってられっかー!!!」
 「勘弁してくれよ・・・。」

 夕食に現われた一年生の口から、学生食堂前の廊下に張られた告文を前に、悲悲こもごもの叫びが上がる。

 7月の終わり、少々浮かれ気分でやってきて、狭い寮に押し込まれ、まずいメシを食い、時に嘔吐し、擦り傷切り傷をたくさん作り、へとへとになるまで身体を酷使し、共同部屋に戻るなりシャワーを浴びるより早くベッドにキスする毎日だったコウ・ウラキにとっても、15日目のこの日ははじめての休み(インターバル)で・・・、

 「夜間訓練は、初めてだなぁ。・・・顔を真黒に塗るのかな(ドキドキ)。」

 ・・・あらら、まだまだ元気なようで。



 コウはともかく、ひよっこ仲間たちは、

 (ここに来たのは、間違ってた。)
 (だいたい戦争は終わったんだ。・・・今からエースパイロットになるチャンスはあるんだろうか?)
 (ごめん、父さん母さん。・・・俺、俺もう・・・・・・・・・)

 自問自答が繰り返される、・・・ギブアップするなら今だ。・・・まだ間に合う、と。



 ・・・・・・・・・地球連邦とジオン共和国の間に終戦協定が結ばれてから七ヶ月半後の、そんな夏の盛りだった。



 (23:00集合か。・・・何時に寝れるんだろう?・・・明日も7:20から訓練だから、6:50には起きないと朝食が・・・。)

 二年生の寮である楡林荘に向かいながら、コウはそんなことを考えていた。・・・ところで夜遅い集合がかけられたのには、ちゃんと理由がある。欧州の夏は、なかなか暮れない。北極に近いところほどそれが顕著で夜が来ない地域もある。ナイメーヘンの夏の日の入りは、21:00を過ぎた頃だ。暗闇を狙うには、23:00で妥当だし、暗闇でないと、肝だめしには相応しくない。・・・え?



 ・・・・・・・・・そう、今日の集合は上級生による『新入生歓迎肝だめし大会』のためだったのだ!!!



 地獄を味あわせてくれる上級生も、かつては一年生で・・・、だからこそ知っていた。彼らの心うちも。悩みも苦しみも逡巡も。

 ただレースから脱落させるためだけに無茶を強いているわけではない。自分達の後に続くものとして、ちゃんと士官候補生の道を歩み出して欲しいのだ。初めての休み、明日からまた厳しい訓練が続くと思うと、今夜黙って消える奴も少なくない。落とすべき奴は落とす。だが拾うべきものは拾ってやる。・・・初めての休みの日に催される肝だめしは、ナイメーヘン士官学校の伝統行事なのだ。一年生への余興、それでいて、あえて鬼になる自分達のためのちょっとした息抜き。

 肝だめしには二年生の寮全体が使われる。なかなか盛大な企画である。趣向を凝らして一年生を怖がらせる役は二年生が、その姿を見て楽しむのは三年生の特権だ。明日の起床時間が早いのは、二、三年生も同じなのだが、わずか一、二年の差でこうも、というぐらいにゲンキである。・・・それだけこれからの訓練が厳しく辛くいもので、それをこなしてきた連中は格が違うということなのだが、ほんとのひよっこどもの頭にはそんなことは浮かばない。上級生の血色の良い面を見てげっそりするだけだ。



 整列!の一声で、ざわざわと楡林荘前のスペースに集っていた一年生たちの背筋が伸びきれいに列を作る。

 「諸君、ご苦労である。今日のミッションは『楡林荘三階の指定部屋まで行き、蝋燭に火を灯して帰れ。』以上だ。・・・リタイアした者にはペナルティが待ってるからな(にやり)。」

 二年寮長の言葉に、コウたちは声も出せない。ただ瞳の中に疑問符を写しただけである。

 ・・・火の着いた蝋燭を手に、楡林荘の東西の端の部屋に行き、窓際に置いてある蝋燭に火を灯せというのだ。人数が多いので、正面玄関から東の部屋に向かうものと裏口から西の部屋に向かうもののグループに二分された。火が着くと窓辺に炎が揺らいで外からでも部屋に(無事)着いたかどうかわかる仕組らしい。携行する蝋燭の火が燃え尽きるまでに行って帰って来ないと失格とも告げられた。

 どういう訓練なんだ?といぶかしんだひよっこの群れ、だが不幸にも一番手の生徒の『ぎゃーーーぁぁぁっ!』という悲鳴が、何度も何度も悲鳴が、聞こえてきた時、今までで一番恐ろしい訓練なのかもしれない、と待つ身を怯えさせたのだった。



 ひよっこその一、チャック・キースの場合。

 「こっ、こっ、こっ・・・、怖かったーーーっ!むかしホラーハウスで兄貴に置き去りにされたことがあって・・・。ほんとにだめなんだよ、あれ。鏡の中にヘンな顔した俺が写ってて・・・。途中で引き返しちゃったぜ。まさかこんな・・・肝だめし・・・なんて(がくっ)。」



 ひよっこそのニ、の場合。

 「俺ホラーマニアなんだけど、今日『スクリーム・エピソード13』を見たばっかりで。・・・あのムンクみたいなマスクを見た時には、ストーリィと同じに映画っぽいと油断させてほんとに殺されるのかと思ったよ。・・・必死で逃げたらこんどは、フェイスガードを被ったやつがチェーンソーを持ってて・・・、ウィーーーンと音がした時は、まじでだめかと。階段を五段飛ばしぐらいで降りてきたから、足首をひねったけど、気づかなかったぐらい・・・。先輩にもマニアがいるのかな(・・・いたらいいな)。」



 フレディー役(二年生)、の場合。

 「なにせ、やり遂げる奴が多くても、こっちの企画不足だって三年生に怒られるし、・・・色々大変だったっすよ、これでも。・・・訓練の合間寝る暇も惜しんで、みんなでセットを作ったりね。・・・・・・・・・実は、フレディーよりジェイソンがやりたかったのに、副寮長に取られて(・・・あとでこの格好で脅してみようっと)。」



 コウ・ウラキは日付も変わった頃にやっと番が来て、種火用の蝋燭から自分の蝋燭に火を着け、西ルートのため裏口から楡林荘に入った。二年生の暮らす場所に足を踏み入れるのは、これが初めてだった。さんざん悲鳴を聞かされた後だし、無事に帰ってきた同級生はおめでとうと取り囲む二年生に即座に連れ去られていたので、中の様子はさっぱりわからず、少なからずびびっていた。

 (大丈夫、大丈夫、この地図の通りなら、・・・目をつぶってたって行ける。)

 「怖くないったら怖くない〜♪・・・ちっともぜんぜん怖くない〜♪」

 ・・・・・・・・・調子のはずれた歌を小声で歌いながら歩き出す。まっくらだ。途端、

 (むにゅっ。)

 「うわっ!」

 何か冷たいモノが顔に当たる。天井から水入りのコンドームがいくつか垂れ下がっているだけなのだが、夜目にはひどく気持ち悪い。走って奥へ通りぬけようとして、

 「痛ぇーーーっ!」

 二階へ繋がる階段につまづいてスネを打つ。・・・手でさすりながら、ひょこひょこと階段を昇った。二階、・・・つづいて三階への階段、は上がれない。二階の廊下をひとつ向こうの階段まで歩かされる。当然その途中には・・・、

 (どきっ。)

 なんだ・・・脅かすなよ、と心中呟いたのは、何か動くものが見えたと思ったら、大きな鏡に写った自分の姿だったからだ。だが、よくよく見れば、・・・鏡に写る影の後ろに、・・・・・・・・・他にも何か・・・、真っ青で口から血を流した長い髪の・・・、

 (ごくり。)

 と、唾を飲んで、勇気を出して後ろを振り向くと・・・そこには誰もいない。また前を見る。鏡には誰か写ってる。ニマーっと口の端が上がった。

 「わーーーあああーーーっ!」

 それでもコウは、鏡の脇を通ってさらに奥へと進んでいった。ばたーん、どたーん、とハデな音。聞こえてくる悲鳴。黒い帽子に鉄の爪の男や、ヘンな顔したコドモの人形が喋ったり、手術台に寝かされた人のお腹からぐにゅとした物が出てきたり、・・・その度に、ぎゃっ!とか、わっ!!とか叫びながら、それでもコウは進んだ。進んでいった。

 (この部屋のはず・・・、よしっ!)

 とうとうコウは目的の部屋に着いて、ドアノブに手をかけた。その瞬間、ブィィィーーーンというチェーンソーの音とぎゃーーーという声が聞こえた。だがコウは潔いほどの勢いでドアを開けて、・・・そうでないと開けられなかったのかもしれないが、部屋の中に飛び込んだ。



 (!!!!!!!!!)



 目の前に、右腕と右足が切断され切り口から血をぽたぽたと流している男の姿があった。白っぽいシャツと濃い青のジーンズがまだらに赤く染まっている。蝋燭の炎に照らし出されたその姿に、

 「だ・・・大丈夫ですか?・・・今すぐ止血しますから。・・・ああ、っていってもまだ習ってもないんだけど。縛ればいいんだよな。縛れば。・・・ぬの・・・布ぉっ・・・!」
 「・・・ぷっ。」

 ここで、大概の者は回れ右して逃げていくか、固まってしまうかだ。しかしコウの真摯な対応に、やられ役の男は思わず吹き出した。

 (?)

 今、この緊迫した場面に不釣合いなその音に、コウの動きが止まる。

 「あの・・・、」

 男をのぞき込む視線が、あまりに素直で・・・、男はこらえきれず、ははははははっ、と声をあげて笑った。

 「いやぁ、すまんすまん。・・・おまえ、なかなか肝がすわってるぞ。」
 「あの・・・・・・・・・、」

 男は、二年生に借り出されて、こうして脅かし役を務めていることをコウに告白した。士官学校の雑役夫をしているという。みるみるコウの顔が赤くなる。握りしめた手が奮えている。・・・・・・・・・訓練だと思ってガマンしてたのに、肝だめしだってーーー?!!!

 「ひどいっ!・・・そんな格好でダマすなんてっ!!!」

 それでもよくできた扮装だと、男の右腕に伸ばした左手が空を切る。・・・見せかけではない。たしかに右腕は切断されているのだ。

 もう一度、コウが驚く場面。

 「一年戦争でな、・・・ザクが壊した建物の塊に半身を潰されたんじゃよ。」

 ・・・・・・・・・男は、この学校の卒業生でもあった。



 これも、おまえらが進む道なんだぞ。・・・これもまた、現実なんだ。・・・そんな意味が込められていたのかもしれない。



 コウはその部屋の奥のドアを通り抜けほんとのゴールに着いて、窓際の蝋燭に火を着けた。「おおおーーーっ!」という歓声が外から上がったが、コウの耳には届かない。さっきの部屋に戻ると片手片足の男は消えていた。・・・ふっと目の前を何かが横切っていく。

 (・・・軍服?・・・・・・・・・あれはジオンの?!)

 また誰かが化けているのだろう、と頭のどこかで声がしていたが、身体は止まらない。こいつらがあのおじさんの腕を・・・足を・・・っ!!!

 「わああああっ!!!」

 コウは体当たりした。・・・・・・・・・が、すぅーーーっと、霞でしかなかったのごとくすり抜けて、床にごとんと伏す。

 「はぁはぁはぁ・・・。」

 (う・・・痛てて。・・・・・・・・・立体映像だったのか。)



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・銀糸の髪を揺らめかせ消えていったジオンの男。










 ちなみに、罰(ペナルティ)は腕立て100回でもグランド10周でもなく、楡林荘で隠し撮りされた写真であった。恐怖に大口を開けたもの、涙を浮かべたもの、必死で目を閉じ顔を歪めたもの。・・・学生食堂前の廊下に実物大に引き伸ばされたそれが貼り出され、くすくす笑いや心無い批評と共にみんなが通り過ぎていくのに、肝無し男たちはしばし耐えねばならなかった。



 ・・・・・・・・・コウ・ウラキは、こんな夏をのり越えて、じき九月の正式入学を迎えることとなる。










 古来から、学校と病院とホテルと神社仏閣教会には怪談がつきものである。なのでその全部の機能を兼ね備えた士官学校にその手の話が事欠かないのも当然といえば当然で、・・・・・・・・・それは、もう一夜の夢。





 三年後の嵐を誰が思おう。今はまだ、・・・・・・・・・0080年の夏の盛りである。















+ END +










戻る















+-+ ウラの話 +-+



いちおー、お約束で連邦編も。

私が書くとジオン連邦問わず、士官学校時代はみんなバカになってる(・・・と気づいた/笑)。

・・・・・・・・・ちなみに、一年生の寮は柊木荘で、三年生の寮は、樫森荘です(笑)。

管理人@がとーらぶ(2002.08.01)











Copyright (C) 1999-2002 Gatolove all rights reserved.