「こいつがいいっていったのは、お前なんだぞ。」

 よっつの頃から今に至るまで、繰り返し聞かされてきた、父の言葉。

 だが、コウには全く覚えがなかったし、それどころか、生まれる前からずっと一緒にいたんじゃないかと錯覚さえしていた。



 「名前だってお前がつけたんだ。」

 そう言われてみれば、そんな気もする・・・

 小さな頃、好きだったケーキ。白いケーキより黒いケーキの方がチョコレートの味がして大好きだった。

 その黒ケーキから取った名前じゃなかったけ?



 今では、甘いものは苦手で、こうしてお茶の時間に冷たい緑茶を飲んでいても、ケーキどころか、饅頭だって食べない。

 でも、テーブルにつくコウの側に、そいつが控えているのは、12年前に初めてこの家にやって来た時と変わらない姿だ。

 そしてコウが飼い主の特権として、餌を与える姿も。



 「喉かわいた?ガトー。」

 『・・・あぁあぁあぁ。』















My Life with a Dog
まい らいふ うぃず あ どっぐ















 「犬」族は、愛玩用としても単なる労働力としても、長年「人」族に、飼われている。

 見た目は、ほとんど両族に差異は無いようだが、誰が見てもそれとわかる特徴が犬にはあった。

 犬にあって人にないもの、それは首の赤い印だ。わかりやすく言うなら、首をロープで絞めた時にできるような輪状の赤い痣が5cmほどの幅で首を取り巻いているのだ。

 飼い犬には、首輪を着けることが義務付けられていたが、金属やプラスチックや皮、金持ちの飼い主に至っては、宝石つきのチェーンさえ用いられる首輪の内には、さらに消すことのできない定めの首輪があるのだった。

 わざわざ人工の首輪を着けなくとも、剥がせない天然の印。



 12年前、まだ4歳だったコウが、夏祭りの会場から家に戻る道筋のペットショップの店頭で、10歳の「犬」を見つけたのは、単なる偶然だった。

 その10歳の犬が、とっくに人に買われる年齢を過ぎているのに、そこに繋がれていたのも偶然だった。

 だが、もっと若くてかわいいペットを勧める両親を哀願、つまりは泣き落とし、で説得して犬を家へと連れて帰ったのがコウであったことは、どうやら純然たる事実らしかった。



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シルバニア種 血統書付
オス10歳
予防接種・トイレ等躾済み
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 側の札には、こう書かれていたが、無論、4歳のコウに読めたものでは、ない。

 そいつは、オリに入れられる代わりに、客寄せ用として店先に立たされていた。首には太い鉄製の首輪が巻かれ、その先に続く鎖は、扉の脇の支柱に繋がっている。

 後に回された手も、鉄の環で拘束されていた。



 何が気に入ったのか、そいつの前から動こうとしないコウの姿と、その両親らしき人物、有り体に言えば金を出してくれる人の姿を確認すると、店長は思いっきり愛想笑いを浮べて、店の奥から近づいてきた。



 「いいでしょう。純潔種ですぜ。これでこの値段は、かなりのお買い得ですよ。」

 「・・・しかしなぁ、ちょっと育ちすぎてる。10歳とあるが、12歳には見えるな。」

 渋面を作ったまま、父親のバニングは言う。



 「物は、考えようです。明日からでも働かされますよ。この通り健康体ですし。」

 確かに、健康体という売り文句に間違いはなかったが、この犬が、2度も売却先から戻されてきた末に、こうして特価品として店頭に並んでいることは黙っておいた。

 「息子のペットだから、小さくてあまり育たない、豆柴とかにしようと思ってたんだが。」



 「パパー。ぼく、これがいいの。」

 両親の逡巡を見透かしたように、邪気のないコウの声が自分の意志を伝える。



 たしかにコウも、自分のペットを飼ってもいい年ではあったが、何せ相手は一生ものだ。もっと若くて物心をつく前の犬の方が、コウにとっていいのではと、なかなか決心がつかないバニングだった。



 「中にも、かわいいのがいるわよ。見てみなさい、コウ。」

 やんわりと母のシルビアがコウを諭す。だが、

 「いや、これがいいのー。」



 コウはとうとう、そのシルバニア種の犬の前に座り込んだ。なかなか「はい」と言わない両親に対して抗議の涙が、薄っすらと目に浮かび始めている。

 どうしたものか、と相談する両親の足元で、ついにコウが泣き始めた。



 「うわ〜〜〜ん。これ・・・これが、ヒクッ・・・これが、あああ〜〜〜ん。ヒクッ。」

 しゃくりあげながらも、もとらない口で、言い続ける。

 その時だった。不意に犬がコウの方に顔を寄せたのは。



 あまり余裕のない鎖を精いっぱい伸ばすようにして、しゃがんだコウの顔にその顔を近づける。

 ペロリ、

 と、コウの顔中を濡らした大量の涙を、犬の舌が舐めた。



 『あぁあぁぁぁ。』

元気を出せと言ってるのかどうか、定かではないが、さらに、ペロペロペロと涙を舐め取っていく。

 「やーん。くすぐったいよぉ。ヒック・・・」



 その様子と、ここまで育ててきたコウが、一度言い出したら、なかなか引く子ではないことをよく知っている両親は、ようやく仕方ないという心境に達して、店主に言ったのだ。
 
「じゃあ、こいつを貰おうか。登録を頼むよ。」



 こうして、一家の一員となった犬は、幼い飼い主から、はなはだ甘ったるい「ガトー」という名前を、その日のうちに付けられ、側で日々を過ごすことになったのだった。

























 「おて!ガトー!」

 『あぁ。』

 ガトーの右手が自分よりはるかに低い位置にある、小さな手に重ねられる。

 「よーし、えらいよー。」



 新しいおもちゃを手に入れたのと同じ感覚で、コウは無邪気に持ち主としての権力を揮った。

 それに、2度も飼い主からペットショップに戻された過去を持つ割には、ガトーも素直にコウの命令に従っていた。不服従がその原因ではなかったのだろうか。



 「こんどは、おまわり!」

 『あぁあぁ。』

 コウの前で体をくるくると回してみせた。別に、コウの躾が行き届いている訳ではない。そこまではペットショップで基礎訓練を済ましているのが、一般的である。



 「犬」のガトーは、「人」のコウに問題なく、なついた。いや、正しくは、コウがガトーになついたと言うべきか。コウは何をするにも、ガトーの側を離れようとせず、一日中まとわりついているのだ。

 朝は、コウのベッドの下の隙間に敷かれたマットの上で目覚め、コウの顔を舐めて起こしてやる。ご飯も散歩も遊びもお風呂も一緒。夜を迎えると、「おやすみなさい、ガトー」というコウの声と共に、マットの上で丸くなって眠るのだった。

 例え、コウがやや乱暴にその毛を引っ張ろうが、背中に乗って「はしれ」と命令しようが、なんでもよく言うことを聞いていた。この小さな王様への不満はガトーには無いようだった。もっとも不満があるからといって、それを表す術も権利も持っていなかったが。



 父のバニングは、車の整備工場を営んでいる。小さな個人経営の工場なので、すぐには働き手としてのガトーを当てにしてはいない。おかげでコウは、じゃれ合ったり、追っかけ合ったりしながら、ガトーと一緒にいることを、多少渋々ではあるが、許されていた。





 ・・・・・・・・・この世界で「犬」を持たぬ「人」は、ほとんどいない。



 子供でさえ、物心をつく前に与えられるのが、普通である。中には赤ちゃん誕生と同時に、そのお祝いとして、友人知人から犬を贈られるケースも多々あった。



 工場や農場での労働力としての犬、ただ単に夫や妻や子供の変わりに愛玩される犬、犬の運命は飼い主次第で様々だ。

 犬を自然死なり事故なりで失ってしまうと、その寂しさに耐えかねて後を追う人間がいれば、気持ちを切り替えて、新しい犬を飼う者もいた。

 飼い主自身が、かなりの年の場合は、長年連れ添った犬を失うと、もう新しい犬を得ない方が普通だった。

 まるで、生涯ただ一人、いや一匹のパートナーであるかのように。



 こんな現状に対して、「犬が人間に寄って生活しているのではなく、人間の方が犬に支配されている」と訴える社会心理学者や、「このままでは、人間としての自我に損傷をきたすのではないか?犬のいない生活をはじめよう!」と主張する精神医学博士らもいたが、往々にして、それらの説は、無視されてきた。

 もはや、犬のいない生活など、誰にも考えられなかったのだ。





 ・・・一人と一匹は、ずーっと毎日を一緒に過ごしていたのだが、翌年から年に2度ほど、離れ離れにされるようになった。



 それは、春のこと。コウがやっと5歳、ガトー11歳になった、うららかな季節。



 「おや?ガトー・・・」

 最初に変化に気づいたのは、バニングだった。朝の食卓を妻と息子と共に囲んでいたのだが、コウの足元で、四つん這いになって、丸いプラスチックのお皿から餌を食べているガトーの様子が、何かおかしい。すぐに、シルビアに目配せする。


 
「・・・あなた。」

 バニングが何を言いたいのか気づいたようだ。



 「意外と早かったな。」

 「体も大きいですしねぇ。」

 「やっぱり、もっと小さい奴を買うべきだったか?」

 「もう、今さら、仕方ないでしょ。それにガトーはイイ子ですよ。」

 「ふぅ・・・」

 コウを無視した会話が、夫婦の間で交わされた。だが、コウは意に介すことなく、かりかりベーコンをフォークで突っついている。



 「来い、ガトー。皿を持つんだ。」

 食事の途中だが、バニングは席を立つと、同じく食餌の途中のガトーにそう命令した。

 「なに〜?」

 口の端を、オムレツのケチャップで汚したまま、コウが父親を見て不思議そうな顔をする。



 「・・・今日からガトーは、しばらく納屋で寝起きさせる。」

 「なんでー?なんで、そんなことするのー?」

 急にそう言い出した父親に、コウは納得できない。



 「お前、またベッドでガトーを寝かせただろう?だからこれば罰だ。」

 それは半ば当てずっぽうだったが、当たっていた。

 定位置のベッドの下の薄いマットから、コウは時々自分のベットに上げてやっていた。昨日、確かに、ガトーの隣で眠ったのだ。ガトーと一緒だと、ふわふわと暖かくて、いい気持ちで眠れるから。



 「犬に、していいことと、悪いことがあるんだよ。ベッドに寝かせてはならんと、何度も言っただろう。」

 コウにもわかるように、やんわりと言う。

 「だったら、わるいのはぼくでしょ。ガトーじゃないもん!」

 それは正しいが、ここで引きさがる訳にはいかない。そもそも一緒にベッドで寝たから、という理由が方便に過ぎないのだ。



 「ダメだ。これはもう決めたからな。」

 こうなると、父親の強権でコウに告げた。

 ガトーの首輪から伸びた引き綱を持つと、食堂の扉を開けて、玄関へと歩いていく。納屋へ連れていくつもりなのだ。ガトーは両手でまだ餌の残っている皿を持つと、逆らうことなく後をついていった。



 「でも・・・でも・・・」

拙い抗議の声は、とうとう無視された。



 それから何度か、ガトーが納屋に繋がれたことがあったが、それは決まって春と秋の一週間位のことであった。



 初めてその原因の正確な単語を聞いたのは、ようやくコウが9歳になってからのこと。



 「ガトーは今、発情期だから、苦しいんだよ。」

 「ハツジョウキ?」

 聞いても当然、コウにはわからない。



 「・・・そういう病気なんだ。」

 「びょうきなら、ぼくがめんどうをみるよ!」

 「ならんぞ!お前に移るかもしれんからな。」

 「えーっ!!」



 犬とは一生付き合っていくのだ。年齢に応じて、真実と嘘を織り交ぜながら、生態を教えていかねばならなかった。もちろんそれは正しいやり方だったが、コウの好奇心とガトーへの愛情を計算したとき、バニングの答えは間違っていた。

 つまり、コウはなんとかして、納屋にいるガトーの元へ行こうとしたのである。



 いつもなら、とっくに眠っているはずの時間、閉じそうな目を必死にこすりながら起きていたコウは、静かにベッドを抜け出すと、階段を降り廊下をそーっと歩いて、玄関のドアノブをそれこそ細心の注意を払って音を立てずに回すと、家を出て5メートルばかり離れた納屋へと近づいていった。

 納屋といっても整備工場に隣接する倉庫みたいなものだ。相当の広さがある。



 「ガトー、だいじょうぶかなぁ。」

 手には、昼の間にこっそり、母のシルビアが買い置きしている食料品の山から持ち出した桃缶が握られていた。コウが病気にかかった時に、いつも食べさせてもらっていたので、それと同じことをしようとしたのだ。



 納屋の扉には、鍵穴があった。いつもなら取っ手をつかんで引けば開くはずの扉が、今日はびくともしない。どうやらしっかり鍵をかけられているようだ。これでは、どうしようもなかった。

 コウは裏手へと回る。そこにはガラス窓があるはずだった。だが、コウの身長では中を窺えない。辺りを見渡して、転がっているバケツに気がつくと、それを運んできた。逆さに置いて、その上に乗っかると、ようやく納屋の中をのぞくことができた。



 薄い月明かりの射す中、そこにいるガトーのシルエットが何とか確認できる。

 「・・・ガトー。」

 目が慣れるにつれ、ガトーの上半身が起き上がっているのが見えた。どうやらまだ眠っていないらしい。お尻を床につけて、座っているようだ。



 ガラス窓に耳を押し付けると、ガトーの小さな声が聞こえてきた。

 『あぁあぁうぅ・・・』

 「犬」族に許された言葉は、それだけ。人間が辛うじて判別できる『あぁ』の音がはい、『うぅ』がいいえの意である。



 「くるしいの?」

 コウにはそうとしか見えない。



 ガトーの右手は、その足の間に置かれていた。この暗さの中でも、その手が何かを掴んでいるのがわかる。

 (???)

 コウは、はじめ、ガトーがおしっこをしようとしているのかと思った。それ以外に、そこを触る理由を知らなかったからだ。



 手は、かなりの速さで前後に動いていた。コウは窓を叩いてガトーに自分が来たことを知らせようと思っていたのだが、何だかそうしてはいけないような気がして、そのまま黙って見つめていた。



 ・・・やがて、ガトーは苦しげに顔を歪めたかと思うと、

 『うぅうぅうぅ・・・あぁあぁあぁ!!!』

 大きな、そして、どこか野生を感じさせる叫びを上げた。

 手で握った所からは、何かが勢いよく飛び出して、少し先に白っぽいシミを作ったが、さすがにそこまではコウには、確認できなかった。



 「あーっ?」

 ガトーの手がそこから離れる。コウはさらに驚きを重ねた。手の中にあったものは、普段コウが見慣れているものと、全然違っていたからだ。

 お風呂で、いやそもそも、犬は何も身に着けてないので、いつも全身をコウの視線に晒しているのだが、あきらかにそれの大きさも形も異なっている。



 「あれが、びょうきなの?」

 だがコウは、うまく言えないが、それが、触れてはいけない「秘密」みたいな気がして、そっとバケツの上から降りると桃缶を渡すのも忘れて、自分の部屋へ戻った。



 「ガトー・・・」

 ベッドに入って、なんとなく熱っぽい気がする頬を枕に押し付けると、眠ろうとしたが、なかなか寝付けない。今、見たばかりの光景が意図せずとも頭の中を漂っていた。それが、コウをドキドキさせていたのだ。



 「うーん。」

 寝返りを続けながら、それでもいつしか、コウは、眠りの中へ落ちていった。



 9歳の子供のことだ。いくら衝撃的でも、いつかは忘れる類の出来事だったかもしれない。だが、繰り返し、ガトーが「ハツジョウキ」という病気にかかるので、その度に、コウの記憶は新しいものになり、どうしても追い払うことができなかった。

























 「たっだいま!!」

 授業を終えて学校から帰ってくるコウが、家の玄関をくぐる前に、必ず寄る所があった。自宅に隣接して建つ自動車整備工場・・・つまり父親のバニングが切り盛りしている小さな会社、である。

 開け放たれた正面入口のシャッターの内からは、機械油や汗の混ざった、幼い頃から慣れ親しんだ匂いが漂ってくる。



 『あぁあぁあぁ!!!』

 中から、犬一匹の嬉しそうな声が聞こえてきた。

 「おうっ。」

 車の下にもぐり込んで、六角レンチを回しているバニングの方は、ちらりとコウを見ただけで、すぐ続きに取りかかる。

 コウは、そんな姿を確認してから後に家へ戻るのが、習慣になっていた。



 犬のガトーが、バニングの整備工場を手伝うようになったのは、コウが中学生になってからのことである。



 ・・・その頃、母親のシルビアが家を出て行った。



 「なんで?!なんで出て行っちゃうの?」

 「ごめんね、コウ。お父さんと仲良く・・・して。」

 「お・・・かあさ・・・ん。」

 コウの悲しい叫びにも留まることなく。



 ちょうど多感な時期にさしかかっていたコウは、父にも母にも、その理由を上手く問いただすことが出来ず、母を失った寂しさをガトーで埋め合わせたのも無理からぬことだろう。

 中学生といえば、生意気ざかりで、かっこつけや恥ずかしさから、一度「犬離れ」を起こす子供が多かったが、逆にコウはガトーにべったりになってしまったのだ。

 寝ても覚めても「ガトー、ガトー」ばかり言うコウを心配したバニングが、二人を少しは引き離した方がいいと考え、ガトーも成犬に達していたこともあって、自分の経営する工場の仕事に就かせたのである。



 犬族の手先は、とても器用だが、その一方で、思考力は人間よりはるかに劣るとされていたので、単調な仕事にのみ従事している。工場や農場・牧場では、不平を何ひとつ言わない、ありがたい最高級の働き手だった。



 今もガトーは、先輩犬のエイパー、これはバニングに長年飼われているのだが、そのエイパーと共に、黙々と青いボディーカラーの吹き付け作業をしている。



 バニングの苦心あってか、それともガトーと離れたがらなかったのは、単に一時的なものだったのか、高校生になったコウは、ガトーと日がな一日過ごさなくても、落ち着いていられるようになった。

 中学生の頃は、学校が終わると飛ぶように家へ帰ってきたのだが、最近では、友達と遊びに行って、帰りが夜遅くなることもある。



 犬の面倒をみるのは、飼い主として当然の責務であるが、それも度が過ぎると、困りものだ。ようやく最近になって、バニングはコウの態度にそんなに気をもまなくても、済むようになったのだった。

 こうして工場をのぞいて、ホっとしてから家に帰るぐらいは、まあ許してやろうというわけである。



 だが、今日のコウの様子は、いつもと少し違っていた。そしてそのことに、バニングもガトーも気づかなかった。コウは、ただいまの挨拶をすませると、そそくさと俯きがちに家へと戻ったのだ。



 ・・・ガトーと目が合った瞬間、なんだか、恥ずかしかったから。

 学校で、友人のキースから、すごいことを聞かされてきたから。





 「なあ、コウ。おもしろい話を聞いたんだけど。」

 昼休みに、校舎の窓枠に寄っ掛かりながら、男同士で集まって話す、くだらない話のひとつ。



 「・・・なんでも、犬とカケオチした男ってのが、居るらしーぜー」

 「カケオチ・・・って?」

 すぐには、意味が掴めなくて、コウは怪訝な顔でキースを見る。



 「カケオチといえば、カケオチさ。ほら手に手を取って・・・」

 キースが、ふざけて大げさに表現すると、

 「それぐらい、知ってるよ。」

 遮るようにコウが言う。「カケオチ」なら知っている。ピンとこなかったのは「犬と」ってところだ。



 「それがさー。40歳すぎても独身の男がいてさ、心配した親が、お見合で無理やり結婚させようとしたんだって。そしたら、結婚式の当日にカケオチしたってさ。それも自分の犬とだぜ。」

 「わー。ちょっ・・・、えっ?それって、犬はオスじゃないの?」

 「そりゃあ、男が飼ってたんだから、オスに決まってるさ!」

 「・・・ひどい話だなぁ。」

 他人事ながら、こうなると花嫁が可哀想に思えてくる。犬に彼氏を取られたって?それもオス犬に?冗談だろ。



 「それで、結局どうなったんだ。そいつと犬は?」

 「なんでも、同じような奴らが、隠れ住んでるとこがあって、そこへ逃げたって。」

 「へー。初めて聞いたなぁ。」

 犬と人間が一緒に?まさか・・・やはり冗談にしか聞こえない。



 「ず−っと西の果てにある、楽園とかなんとか・・・。」

 キースの話は続いた。

 「俺は、東の果てだって聞いたぞ。」

 そばで聞いていた別の小年が口を挟む。



 「けどさ・・・、」

 キースは、思わせぶりに、目を見開いた。これからが本当のおもしろい話だと匂わせるために。

 「もっとおもしろいのは、何で、そいつが犬とカケオチしたかっていうと・・・、」

 そこで言葉を切って、コウの反応に備える。

  「・・・?」

  「すっごいアレが、気持ちイイからなんだって。」

 威張ったように、キースが言った。

 「アレって?」

 「Hに決まってるだろー。」

 「H?」

 年頃らしく、こういう話も友達とするが、コウはどちらかといえばオクテの少年だった。ピンとこなくてもしょうがない。



 「・・・息子をさぁ、犬にしゃぶらせるとすっげー気持ちいいってさ。」

 「えぇ?」

 「女なんか目じゃないってゆーくらい。」

 (しゃぶる・・・って、えええっ???)

 おもしろいくらいに、遅れてコウは驚いた。そんなことする奴がいるのか?



 「まあ。気持ち悪い話だよなー。俺は彼女がいるからいいけどさー。」

 「彼女」は、たぶん、キースの見得に決まっているだろうが、コウは言い返さずにいてやった。それにそんなことより、今聞いた話の衝撃に頭の中がぐるぐる回って、ジョークとして突っ込んでやるのを忘れていたからでもあった。





 キースの話は、単なるヨタ話・・・のはずだった。が、家に帰って、こうしてガトーの顔を見ると、

 (すっげーイイらしい。)

 が、一体どういう風にいいのか、ちょっと気になってくる。そして、そんなことを考えている自分に、つい赤面してしまうのだった。



 彼女イナイ歴16年のコウがする想像なんて貧困なものだ。だが、夕飯の時も、お風呂の時も、ガトーを見るたび、想像してしまう。



 ガトーの口が、「息子」を咥えて舐める姿を。



 コウだって、オクテと言っても、純真無垢な子供ではない。思春期の少年として正常な発達はしている。

 ・・・つまりは、「手悪さ」ぐらいは、知ってるしやってもいるということだ。発情期のガトーと同じに。



 「はあ・・・。」

 風呂上りに、自分の部屋で、ガトーの長い銀髪を梳いてやりながら、コウは大きな溜息をついた。ばかばかしいけど気になる。もしも、ガトーにしゃぶらせてみたら・・・

 「ゴクッ。」

 喉が乾いて、生唾を飲んだ。そんな、こと、できない・・・よ。



 ガトーの髪の輝きがコウは好きだ。手入れが大変だから、短く切ろうという父に反対して「僕がブラッシングするから」と説き伏せて、腰まで伸ばさせてやっている。

 ブラシを当てながら背後から肩越しに、ガトーの下っ腹をなんとなく見てみると、ソレはいつも通り、ヘタレたままだ。発情期でないから、当然だが。

 一方、自分のモノはといえば、さっきからの在らぬ考えで、勃ちぎみになっていた。ヤバイ・・・



 「さっ、もういいよ。ガトー。おやすみ。」

 ブラッシングを終えると、まだいつもより少し早い時間だが、とりあえずベッドに入った。眠ってさっさと忘れてしまいたかったのだ。キースの戯言を。



 ガトーは、長らくコウのベットの真下で眠ってきたのだが、そこが窮屈なほど大きく成長してしまった。今ではベッドの脇の床で丸くなって眠っている。

 必然と、横になったコウの視線の先に、ガトーの裸体が見える。こっちを向いたガトーの口が、うっすら半開きになっていて、コウは眠るどころかますます頭が冴えてきた。あの口に・・・だめだったら!。



 このままでは、いつまでたっても眠れそうにない。

 ・・・コウは、心を決めると、起き上がってベットの端に腰掛けた。もちろんガトーの方を向いて。



 パジャマ代わりの綿ジャージのズボンをずらすと、トランクスの窓から中のモノを取り出す。それは、すでにかなりの角度で、勃ちあがっていた。

 コウの気配に、ガトーもむくりと半身を起こす。



 「ガトー。・・・こっちに来い。」

 四つん這いのまま、ガトーが近寄ってくる。その高さだとちょうどコウの腰にガトーの頭が並ぶ。コウはその頭を左手で押さえると、右手で自分のモノを持って、ガトーの口に押し当てた。



 「わあっ!」

 ガトーの唇が触れただけで、ピリピリと電流が走ったように感じる。自分の手とは違う、未知の感触。



 「あああっ!!」

 ガトーの舌が、ソレを舐め始めた。何のことはない。ガトーにとっては、コウの顔を舐めるのと同じに、ペロペロと舌を動かしているだけだ。

 だが、手でやるより、何倍も気持ちよく感じて、あっという間にパンパンに大きくなる。



 「ほんとに、すご、い、や。」

 『あぁあぁあぁ・・・』

 コウが喜んでいるのが、わかるのだろう。ガトーは、喉の奥を鳴らしながら、ずっとソレを舐め続けた。ペロペロ、ペロペロ・・・



 ・・・思いきって、唇の少し開いた隙間に、ソレをねじ込んでみる。

 「すごっ。・・・くうっ!」

 口全体でガトーがしゃぶりついた。これは本能なのだろうか、噛みつくこともなく、その唇と舌でコウの息子に信じられないほどの快感をもたらす。



 「ほんと、気持ち、いいじゃん・・・もう、イキそう。」

 あっという間に頂上に達してしまいそうになった。早くこの熱を外に出したくて、コウは自分から腰を動かし、暖かくて柔らかい、ガトーの口を味わう。



 「うううっ!出るっ!!」

 とうとう、コウはガトーの口の中で、今まで最も早く発射してしまった。

 『うぅうぅ。』

 ガトーの方は、突然、喉の奥にぶち当たった液体に驚いたようだが、自然とそれをゴクリと飲み干した。





 「はー。すごかった」

 終わってみれば、やはり気恥ずかしさと後ろめたさに心が重くなる。

 (絶対キースには、言えない、な。)

 だが、下からコウを見上げているガトーの表情は、いつもと変わりない。あんなことをした後なのに、コウを見つめる瞳に悪意のかけらも感じられないのだ。安心したコウは、昔みたいに、ガトーと一緒に寝てみたくなった。何年ぶりだろうか。



 「おいで、ガトー。」

 ベットの中から、手招きする。

 『あぁ。』

 コウの意図が、すぐにわかったのだろう。ガトーはすべりこむようにコウの脇に陣取った。久しぶりにガトーの身体に手を回してみると、なんだかゴツゴツしていて、抱き心地は悪くなっている。だが、その暖かさは少しも変わっていないようで・・・



 「おやすみ・・・」

 さっきまでの激情がウソのように、ガトーに抱かれて、コウはようやく夜の眠りについた。





 ・・・翌朝。

 「・・・・・・・・?」

 なんだか、変な感触がする。



 「うわっ!!!」

 びっくりして、いっぺんに目が覚めた。ガトーだ。ガトーがコウのパンツからはみ出したモノを懸命に舐めているのだ。そうすれば、御主人様が喜ぶことを、覚えてしまったに違いない。



 ガトーの熱心さに、軽い朝立ちが、本気状態になっていく。

 コウは、まずいと思いながらも、それを止めさせなかった。だって・・・気もちいいじゃないか。



 (もしかして・・・みんなも、してるのか?)

 その疑問は、湧き上がって当然だ。だが、とりあえずは、これだ。

 このガトーの舌で、昨夜と同じに、達してしまいそうだった。















+ To be continued +










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+-+ ウラの話 +-+



再アップで身もココロも軽く、前後編に収めました。
・・・まずは、いい所まで(笑)。

書き始めた時には、レプリカントと人間の禁断の恋、みたいなのを目指していたのですが・・・

管理人@がとーらぶ(2000.06.26〜2000.07.04)











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