My Life with a Dog
まい らいふ うぃず あ どっぐ















 「・・・なあ、キース」

 いつも通りの日常。いつも通りの雑談。

 「ん?」

 「その・・・犬とさ、最後までやっちゃう奴もいるの・・・かな。」

 できるだけ、さり気なさを装って、コウは訊いた。だって、もしも、バレたら・・・・・・・・・考えたくもない。



 「おまえ、何言ってんだよぉ。・・・へぇぇ、興味あんの?」

 「・・・いや、この間のカケオチの話が、可笑しかったんで。」

 「あ、あれかぁ・・・だよな。」

 自分の犬とカケオチした40男の話をしたことを思い出す、キース。ついでだとばかり、

 「いるらしいぜ、犬とやってる奴。いや〜すげぇよな!信じられねー。」

 ほんとは、そこまで知りもしなかったが、どうせコウはもっと疎いのだ。おもしろがって、話を盛り上げる。



 「・・・いるんだ、やっぱり。」

 「なあ、気もちワリイ。」

 キースは、どことなく考えてる風のコウに気づかず、変だよなー、とか、何してんだか、とか周りに言っている。



 それだけは、越えられない一線・・・だろうとコウは思っていた。だが、越えている人間が、居るのだ。



 (僕がガトーと・・・)

 「フゥ・・・」

 溜息だけが、大きくなる。



 だが、午後の授業が、とりあえずは、コウの思いを遮った。





 まさに、蜜月・・・だった。

 毎夜、ガトーに抱かれて眠り、毎朝、ガトーの舌に起こされる。どこかイケナイことをしているという思いが、少年の心に抵抗しがたい魅力を与えていた。

 もともと、身体の内に精があり余っている年齢だ。厭きることを知らなくて当然かもしれない。

 他の人には、絶対見つかってはならないという、背徳の味付けが、彼らを一層結びつけてしまったのだ。





 ・・・しかし、またやってきた、この季節が、コウとガトーに、どんなものを持たらしたのだろうか。





 そう、秋の発情期は、突然やってきた。毎年と同じに。



 その日、寝る前の儀式をしようとした時、コウはガトーの身体の異変に気づいた。・・・あれっ?もうそんな時期か。

 ガトーのものが、宙を向いて大きく膨らんでいる。



 「・・・やっぱり、大きいなぁ。」

 半年前には、そんな風に思わなかったが、何せ、あの時と今とでは、事情が違う。こんなイタズラをする仲では、なかったのだ。



 「恋人でもないのにな。」

 そう言ってしまう。



 ガトーは、僕の・・・

 僕の・・・

 ・・・何なんだろう?ペット?



 ペット・・・って、僕とガトーと、どこが違うのかなぁ?



 小さい頃から、時々思う疑問だったが、学校の答えも父の答えも、一緒だった。

 「それは、犬だから。」

 「犬だから、人と違うんだ。」



 正しい答えかもしれない、だが、何一つ、子供らしい素朴な疑問に答えてはいない。



 たしかに、言葉は喋れない。首にアザもある。発情期は年に2回だ。でも、身体だって僕と同じ。猫や鳥に比べたら、何の違いもない気がする。



 「うううぅぅぅ。」

 コウがぼんやりと考えている間に、ガトーの方は、辛抱できなくなっていた。だからこそ発情期なのだ。自分の手でモノを握り締め、動かそうとする。



 「ごめん、ごめん、ガトー。苦しい?・・・父さんもケチだからなぁ。お前にお嫁さんをもらってやれればいいんだけど。」

 コンテスト等で優勝して、種犬として価値があるとか、大規模な工場や農場を営んでいて働き手が幾ら居てもかまわないというような場合には、メスと一緒に飼われることもあったが、多くは、ガトーのように発情期を一匹で過ごし、自分自身で始末するしかなかった。



 「すぐ納屋に・・・」

 そこまで言ってから、ふと思った。



 ・・・いつもやってるのになぁ 。ちょっとは、お礼しても。

 ・・・・・・・・・うーん、まあ、僕のと同じようなものだし・・・・・・・・・



 「おいで、ガトー。たぶん、こっちの方が気もちいいよ。」

 ベッドに上げて、向かい合って横になり、そっと手を伸ばす。コウは、日に焼けたその手で、ガトーの膨らんだモノを握ると、そっと前後に動かし始めた。



 「堅いなぁ・・・何だか、変な感じ。」

 「・・・わっ、ビクビクしてる。」

 「どのくらいで、イクかな?」

 さぞ、滑稽だろうなぁと、どこかで冷静に思いながら、一生懸命こすってやる。それに喋ってないと何だか落ち着かない。



 「あぁあぁあぁ・・・うぅうぅうぅ・・・」

 ガトーの息がだんだん荒くなってくる。頬には赤みが増して、体温が上がってるみたいだ。



 「・・・もうちょっと、かな・・・」

 「ああああああぁぁぁ・・・」



 ほんと、大きい。・・・何か、悔しいけど、身体が全然違うもんなぁ。



 ビュッっと、先から白い液体が飛んだ。残念ながら、実を結ばなかった種だ。添い寝状態のコウのお腹の辺りまで、飛び散って、ぬちゃっとした感触がする。



 「・・・ガトー、出す前に言えよ〜・・・って、ムリか、はぁ。」

 やはり、自分の以外は、気もちいいものではない。手を解いて、ベッド脇のティッシュケースから、紙を取り出し、キレイに拭き取る。



 「全然、縮んでないや。」

 あらためて、ガトーのものを見て、つくづく思う。発情期・・・って、やっぱり人と違うよ。

 満足していない、ガトーは、また自分の手で、慰めようとしていた。



 ・・・やっぱり、疲れるなぁ。付き合いきれないか。



 「今度は、僕の番。」

 勝手にそう言うと、身体を起こして、ベッドに上に足を投げ出して座った。ガトーの首を押さえて、いつもみたいに、自分のものを咥えさせようとする。ガトーは、手を動かしながらも、コウのものを口に含んで、舐め始めた。

 「なんか・・・エッチだー、これ。」

 目の前の、我ながら、淫靡な光景に、コウは隠し様もなく興奮していた。





 ・・・・やってあげたんだがから、入れてみても、いい・・・かな。

 人と犬のどこが違うのかと考えていたはずなのに、ガトーを自分の従属物だとしか思っていないことに、コウは気づかない。好奇心とただの欲望がない混ぜになって、コウは越えてはいけない一線だったはずのラインを消そうとしていた。



 手で、ガトーの手足を誘導して、四つん這いにさせる。



 「いっちゃえ。」

 と、踏ん切りをつけるために、わざわざ声に出す。すでに、在らぬ興奮で沸点が近い自分のものを、ガトーの後ろに押し当てた。

 その時、

 「ああああああ!!!」(コワイ)

 ガトーが、ベッドの上から、飛ぶように、逃げた。部屋の隅まで走り、コウの方を向き直る。



 「・・・ガトー」

 初めて、コウに逆らったのだ。かぁぁっ・・・と頭に血が上ってしまう。

 「戻って来い!!」

 直前で逃げられた悔しさと、これからするはずだった事の恥ずかしさに、コウは珍しいほど怒った口調でガトーに命令した。



 「来るんだ!!ガトー!!!」

 「うううぅぅぅ・・・」(コワイ)

 その時、ガトーは、戦っていたのだ。子犬の頃の記憶と。





 「あぁ・・・」(イヤダ)



 イヤダ・・・

 コワイ・・・

 タスケテ・・・



 ガトーが子犬の頃、2度貰われていきながら、2度ペットショップに戻された理由。

 一人目と二人目の飼い主は、ガトーをただ、セックスの相手として、買っていったのだ。



 人が犬と、交わることは、常識では、禁じられていたが、社会的には、ある程度許されていた。

 子供に酒を公然と飲ませれば、非難される、だが、実際には晩酌のついでにビールを分けてやっている大人も珍しくない。それと同しレベルで、確かに存在していた。



 だが、子犬となると話が違ってくる。人にとって、犬が無くてはならないものである以上、守ろうとする慣習もあったのだ。傷つけて、病院送りにでもしようものなら、犬を飼う権利がしばらく停止される。それは、犬族虐待防止法、に明文化されていた。

 だが、非常な飼い主は、ガトーに無理やり相手をさせようとし、ガトーはまだ小さな身体で必死で抵抗した。いや、子犬だったからこそ、恐れ多くも、人族に逆らえたのだ。結果、飼い主もガトーも痛手を覆い、その傷が治りかけて誰にも咎められないだろうと思われた頃、ペットショップに返されたのだ。もっと従順な子犬と交換するために。



 無論、ペット屋のおやじは知っていた。飼い主とガトーの間に何があったのかを。かなり我の強いこの犬にが、できれば大人ではなく、子供に飼われて欲しい、と願い、そしてコウが飼い主となった日、密かに喜んだのだ。これでもう、返されることは、無いだろうと。



 壁際で震えるガトーの胸には、無理やり引き裂こうとした、あの痛みが、大きな身体がのしかかって、手足の自由を奪った、あの恐怖が、甦っていた。



 「ガトー!!!」

 コウはガトーが彼に逆らったという信じられない事実のみに気を取られて、ガトーを思いやるには至らなかった。ベッドから降りると、ガトーのそばまで行き、その手を掴んで、引っ張る。



 「伏せだ、伏せろよ!」

 子供の頃みたいに、ただ命令するためだけに命令する。

 「うううぅぅぅ・・・・・・・・・」

 ガトーは少しずつ、その大きな身体を折り曲げて、床に伏せた。怒りに任せたコウが、どうしても言うことを聞かせようと、ガトーの背中に覆い被さった、その時、



 「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「イテっ!・・・うわぁ!!」

 急に立ち上がったガトーは、その背からコウを振り落とした。それだけでなく、無様に床に転がったコウを逆に押さえ込む。



 「どいて!重いだろー!」

 だが、ガトーは、動かなかった。それどころか、両手首をその力強い腕で握り、身体全体で、身動きを取れなくする。



 「痛いって、ガトー!」

 かっこ悪いことに、コウは上半身にシャツを着ただけだ。下はさっき、ガトーに舐めさせるために脱いでしまっていた。むき出しの下半身にガトーの尖ったものが当たる。気持ち悪い・・・



 それでも、コウはガトーが何をしようとしているのか、気づいていなかった。発情期のガトーは紛れもなく、本能で行動していた。興奮とかすかな恐怖が、全身を支配し、目の前の獲物に襲い掛かることで、全てを満たそうとしていたのだ。



 「のけったら!!僕の言うことが聞け・・・うわあああ!!!」

 あまりのことに、頭の中が一瞬まっしろになり、少しづつ思考力を取り戻していく。



 ・・・ガトーが・・・入ってる?ウソッ・・・



 だが、痛い、確かに、痛い、お尻の辺りが。それも序の口だったのだ。さらにメリメリと音を立ててるのではないかと思うほど、強引に何かが突き進んでくる。



 「痛い・・・痛い・・・やめろーっ!!」

 痛みで、さらに現実を取り戻したコウは、必死でもがいたが、体格でも力でも圧倒的にガトーに負けていた。



 「助け・・・て、うう・・・」

 ・・・情けなくなってくる。



 コウにとって、永遠の苦行とも思われる時間が、静かに、だが熱く、過ぎていく・・・

























 ・・・最悪の気分だった。



 「くそっ!」

 ガトーに無理やり襲われたから、だけではない。自分の方こそが、行おうとしていたことを、逆にされてしまったこと。それが、ある意味、非情な暴力に過ぎないこと。

 そして何より、ガトーに挿入され未知の刺激を受け続けるうちに、自分まで達してしまったことが、コウを深く傷つけていた。



 子孫を残すために、季節ごとに起こる発情期なのだ。 コウにとって不運なことに、ガトーは一度や二度では、萎えることを知らなかった。最初の頃は、濡れたような感触を体内で感じ取っていたが、終いにはそれも判らなくなってしまった。・・・ガトーは何度、達ったのだろうか。



 必死の抵抗は、長くは続かなかった。男である自分が、男に・・・この場合はオスだが、無理やり性器を挿入されたという事実は、恐ろしいくらいに、無力感を抱かせた。

 ・・・本当に情けなかったのだ。



 それなのに今、ガトーは足元で、静かに眠っている。ようやく満たされた性欲の後に、やっとのことで睡眠を貪っていた。だが、まだ一日が過ぎただけだ。目覚めれば、再び相手を必要とするだろう。コウであれ、自分の手であれ。今度こそ納屋に繋いでおかないと・・・



 「イタ、タ・・・」

 もう、明け方だ。なんとか床から起きあがった。



 (・・・シャワー、浴びなきゃ。)

 たったそれだけのことを、やっとのことで思いつく。下半身がベトベトだった。・・・一人と一匹の体液で。



 「・・・・・・うっ。」

 立ち上がった途端に、体内から溢れ出たものが、太腿の間を伝い落ちる。言い知れぬ屈辱感。自然と、目の端に涙がにじんだ。



 ・・・何から、考えたらいいのか、わからない。



 それが、正直なところだった。かっこ悪くて、親父に頼ることもできない。自分だってガトーに、させていたのだ、あんなことを。



 パウダールームの扉を開けて中に入った。左側の壁に掛けられた鏡に自分の姿が映る。髪は寝起きよりグシャグシャだし、どこかにぶつけたような痣が身体に何ヶ所か付いていた。



 「くっそっー!!!」

 腹立たしさをぶつける術もなく、奥のシャワーブースへ進む。



 『・・・ザーザーッ・・・』

 温めになるように、蛇口をひねって調節する。頭の上から、たっぷりと降ってくる湯で全身を濡らした。身体から力を抜くと、まだまだ中からガトーの残した液体が溢れ出てくる。

 ボディソープを思いっきり泡立てて、身体に撫でつけてた。



 『ゴシゴシ・・・』

 何、やってんだろ。

 『ゴシゴシゴシ・・・・・・』

 ガトーが、こんなことをするなんて。

 『ゴシゴシゴシゴシ・・・・・・・・・』

 セックスできるなんて思わないだろう、普通。

 『ゴシゴシゴシゴシゴシ・・・・・・・・・・・・』

 セックス・・・なのかな、やっぱり。



 ・・・その時、

 『ガタッ!!』



 物音に、コウは後ろを振り返った。

 「ガトー?」

 白いシャワーカーテンに大きな影が映る。



 真っ先に感じたのは、恐怖、だった。

 思わず、シャワーブースの奥の壁に張り付いた。しかし、1メートル四方もない小さな空間では、たいして逃げようがない。



 「あぁあぁあぁ・・・」

 カーテンが開いて、ガトーが姿を現した。コウは反射的に、ガトーの脚の間をちらりと見る。

 ・・・それは、まだ交尾が可能な状態でなかった。だからといって、怖さが消えた訳ではない。



 「あぁ。」

 ガトーの白い右足が、洗い場に入る。



 「来るなーーー!!」

 コウは叫んだ。だか、ガトーは狭いブースに乗り込んでくる。



 (・・・また!!!)

 と、コウは思った。また、あの行為が繰り返されるのかと。前面に手を伸ばして、ガトーが近づくのを阻止しようとする。しかし、ガトーは全く構うことなく、コウの前に立った。大きな身体で。



 『ペロッ』

 えっ・・・?



 『ペロペロペロ・・・』

 何・・・?



 思わず目をぎゅーっと閉じて、ガトーから逃げようとしていたコウは、すぐにはそれが何か、わからなかった。



 ・・・・・・・・・舌だ。

 ガトーの生暖かい舌がコウの顔を舐めている。



 「あぁあぁあぁ」・・・ペロペロペロ・・・

 その感触は、コウの記憶を刺激した。昔、毎日のように、ガトーとじゃれ合っていた。一日を遊び暮らし、ひたすら無邪気で楽しかった、あの頃。



 「・・・ガトー」

 懐かしい、何か。

 そう、ただ、それだけで、シアワセだった頃も、確かにあったのに・・・



 「・・・ガトー・・・」

 『・・・ペロリ。』


 ガトーの舌先が、しょっぱさを感じる。コウの瞳から、涙がこぼれていた。今度は、屈辱の涙ではなくて、おそらく・・・



 僕が、見つけたガトー。

 ずっと、一緒に暮らしてきたガトー。

 嬉しい時も、悲しい時も、怒った時も、いつも傍らにいたガトー。



 なのにいつの間にか、自分の都合でしか、見ていなかったガトー。

 ・・・僕の、ガトー。



 「ごめん、ごめんよ・・・ガトー。」

 「・・・あぁ・・・」

 「ガトーだって、僕があんなことしなければ、襲ったりしなかったよな。・・・そうだろ?」

 「・・・うぅ・・・」

 「ごめん・・・・・・・・・」

 悔恨の涙が、後から後から溢れ出て止まらなかった。ガトーに舐められるやいなや、それは溢れてくるのだった。



 「ガトォー・・・」

 怖さは、もう、どこにもない。コウはガトーの胸に顔を埋めて泣いた。





 ・・・数分後、

 「うぅうぅうぅ・・・」

 ガトーの唸りに違う響きが混ざっていた。・・・そろそろだ。

 「・・・ああ、ガトー。ごめんよ。・・・もう襲われたくないよ。すぐ連れていくから。」

 急に、感傷を打ち切られたコウは泣き笑いしながら、シャワーブースから出る。ガトーの身体が完全に覚醒したらしい。同じ誤ちを繰り返さないために、コウはガトーを納屋へ連れていった。





 朝の食卓で、コウはバニングと顔を合わせるのが、何となく恥ずかしかった。が、今まで朝食を摂らなかったことがない以上、もし抜いたりしたら、その方が父親の気を引きそうだったので、仕方なく、テーブルについていた。



 「ガトーは、どうした?」

 居るはずの場所に居ないガトーのことをバニングが訊いたのは、当たり前だろう。

 「発情期が来たから、納屋へ繋いだんだ。」

 たぶん、そう訊かれるだろうと思っていたコウは、そっけなく答えた。

 「そうか・・・」

 (声は冷静だったよな、ヘンに思われてないよな・・・)



 母が出て行ってから、いたってシンプルになった朝食のメニュー。牛乳掛けシリアルをつつきながら、コウは尋ねた。

 「父さん、ガトーにお嫁さんを貰ってやれない?」

 「・・・うちは、もう一匹飼えるほど、余裕はないな。」

 「でも、可哀想だよ、やっぱり。」

 ガトーのため、自分のために頼んでみる。

 「仕方ないだろ。それに女手が無いから、世話も難しい。」

 「ダメかぁ・・・」

 こうきっぱりと拒否されては、コウも引き下がるしかない。確かにここには、メスを飼える人間がいないのだ。



 「・・・父さん、どうして犬は、あんななの?何でも命令を聞いて。僕だったら、絶対、そんなことないけど。・・・犬と人って、あんまり違いが無い気がするのに。」

 ガトーとの一件で、コウはまたその疑問を、考えずにいられなくなった。

 「何言ってるんだ、コウ。全然違うさ。あの首の跡を見てるだろ?それに喋りもせんし。」

 「でも人間だって、喋れない人も居るし、大きな痣のある人だって居るよ。」

 いささかムキになって、言う。シリアルのかけらが、口の中から飛び出して食べかけの皿の向こうに落ちた。



 「・・・コウ、ガトーは大事にしないといかん。だが同時にきちんとわきまえないといかんぞ。犬は犬なんだからな。」

 「う、うん。」

 「それに、口に物を入れたまま話してもいかん。」

 「・・・はい。」



 いつも、求めている答えが、わかりそうでわからない疑問。学校へ行く前にガトーにも餌を持っていかなきゃと思いながら、コウは自分の朝食を終えた。

























 「もう、終わってるといいけど・・・」

 ガトーが発情期になって、一週間が過ぎた。その間、納屋の中で、孤独な慰めに終始している。そうかといって、それ以外に全く何もしない訳ではない。餌も食べるし、排泄もする。その世話はすべて、コウの役目だった。もっとも小学生までは、そんなガトーの姿を見せないようにバニングが面倒をみていたのだが、中学生になった時に、初めて納屋に入ることを許された。もちろん性教育を兼ねて。



 チラッと、ガトーの足の間を見る。

 「まだ、か。」

 残念ながら、ガトーの興奮状態は治まっていなかった。



 「はい、晩ごはんだぞ。」

 納屋の一隅に金属の鎖で繋がれたガトーの、口がやっと届く範囲に置かれた平たい皿に、コウが餌を移そうとする。その屈みこんだコウの背中にガトーが乗っかろうとした。いわゆるマウント・ポジション、だ。だが、鎖が伸びきってしまい、何とか手が背中にかかる程度にしか届かない。

 その手は、乱暴に背中を叩くでもなく、この間と違って、力でどうこうする訳でもない。本能で、コウの身体に『乗ろうとして』いるのだろう。『乗れる』ことをガトーに知らしめてしまった、コウの責任でもある。



 「ダメだよ。ガトー」

 あの一件が、全く甦らないといっては、ウソになる。だが、今はもう、ガトーに対する恐怖は無かった。優しく諭すように言うと、その手が届かない位置まで離れる。ようやく、餌をつつき始めたガトーの様子をコウは側で見つめていた。心の中には、言葉として形を取らない、色んな思いが渦巻いている。

 この一週間、コウは放課後、学校の図書館で、犬族に関する本を読み漁っていた。友人のキースに相談できるような事でもないし、家に帰っても、ガトーと遊べない。それに、父親とガトーについてあれこれ話すのを、避けたい気分もあった。



 兄弟のように育ち、でも全く異なる立場に置かれた、犬族のガトー。



 ・・・その『差』に、系統立てた、証が欲しかった。

 姿形は、大して差が無いのに、人と何かが異なってしまった、犬。

 こんなにも似ているのに、人間の思うままに扱われるだけのペット。

 なのに、犬、無しでは、寂しさに震えてしまう人族。



 「うぅうぅうぅ・・・」

 「ん?」

 餌を食べ終えた、ガトーがこちらを見る。その鳴声がなんとなく悲しげに聞こえるのは、コウの感傷だろうか。



 「うううぅぅぅ!!!」

 ガチャガチャと鎖を揺らしながら、少しでもコウに近づこうとする。だが当然、丈夫な鎖がその長さ以上に、伸びることはない。



 「ガトー、あれは特別だったんだよ。」

 ある部分は今なお鮮明で、ある部分は忘却してしまった、あの行為。



 「あぁあぁあぁ〜〜〜」

 叫びながら、必死でコウに何か訴えている。その姿は哀れにしか見えなかった。もっと言葉が通じればいいのに・・・



 「ガトー・・・」

 コウは右手を、ガトーの頬に伸ばし、そっとさすってやる。ガトーは、嬉しそうにその手を舐め返した。



 「・・・・・・・・・」

 キス。コウが、ガトーに、だ。



 とても、悲しそうだったから。・・・・同情のキス。昔、母親がしてくれたような。



 嫌悪感は、湧かなかった。子供の頃から、食べたふりをした苦手なニンジンのかけらを、口移しでこっそりやったり、食べかけのクッキーを口に咥えたまま、分けたりしてきたのだ。



 「あぁあぁあぁ・・・」

 「・・・もう一回、かけ合ってみようかな。お前にお嫁さんが貰えるように。」

 コウは本心から、ガトーに言った。せめてそれぐらいガトーにしてやりたい。大好きなガトーに・・・



 『ざざざっ!』

 少しずつ、ガトーに近寄ってしまったのだろう。コウはとうとう、身体を押し倒されてしまった。



 「ダメダメ、ガトーってば。」

 ひっくり返ったコウが、ガトーの身体を上に見ながら、横に避けようとした。



 「・・・ん。」

 今度は、ガトーの方が、キスを迫った。もっとも、キスと呼べるほど洗練された感じでもない。口と口がひっつき合った、が正解に近い。



 (何でも、覚えちゃうんだなぁ。)

 さらに、ベーコンの味がする・・・ああ、離させないと・・・と考えてる間に、

 「コウ!!!」

 納屋中に響きわたる大声に、コウもガトーもビクッとなって、動きが止まってしまう。



 「何やってるんだ、おまえら!!」

 ・・・バニングだった。怒りを露にし足音も荒く、納屋の入口から、二人の所まで近づいてくる。



 「どうも、ここんとこ、様子がおかしいと思ったら、おまえ、ガトーと寝たんじゃないだろうな?!」

 あまりにストレートな質問に、その意味を飲みこむまで、コウの反応が少し遅れた。鼓動を速める心臓に静まれと命令しながら、ガトーの身体の下から這い出て、答える。



 「・・・そ、そんなことしないよ。」

 「じゃあ、この様はなんだ!!!」

 「これは、その・・・」

 どうも、コウの旗色が悪い。



 『がしっ!』

 ・・・スキンシップだ、とコウが答える前に、ガトーの顔に拳が飛んだ。バニングの拳だ。



 「ガトー!!」

 『がしっ!!がしっ!!!』

 驚くコウの目の前で、さらに2発。逃げることができないガトーの口の端から、血が滲んだ。



 「やめて、父さん!」

 「うぅうぅうぅ!!!」

 いくら躾をされているといっても、さすがにガトーが唸り声を上げた。これほどの、あからさま暴力を受けたのは、この家に貰われてきて以降、初めてのことだったのだ。



 「人と犬は違うんだってことを、ちゃんとわからせてやらんとならんぞ!それが犬のためでもあるんだ!!」

 「違うんだ、父さん。悪いのは、僕で・・・」

 どうにか、弁解しようとする。



 「そうだ!だから、これはお前の分だ!!」

 『がしっ!がしっ!!がしっ!!!』

 追い討ちをかけるように、さらに3発も拳を叩き込んだ。



 「うぅうぅうぅ・・・・・・・・・」

 今度は吠え返すどころではない。ガトーはその場にうずくまってしまった。



 「ひどいよ、父さん!」

 「わかったら、こんなことは2度としてはならん!」

 かなりの力を込めたのだろう。自分の右手を左手で擦りながら、バニングが告げる。



 「悪いは僕だって言ったろー、だって、だって・・・」

 だが、どうしてもそれ以上、言葉が続かなかった。自分の思いをどう伝えればいいのか、気持ちが空回りする。



 「ガトーは、売るぞ。」

 「ちょっ、待って?!」

 なぜ、そこまでされるのか、コウにはわからない。



 「もうちょっと分別があると思ったんだが。甘やかしすぎたな。」

 ・・・コウにも、ガトーにも、だ。



 「だって、そんな・・・横暴だよ!!」

 「いや、ガトーがここにいれば、結局は同じことだ。どうもお前は、犬とべったりしすぎている。少し、離れる必要があるな!」

 バニングの言葉に、震えながら抗議するコウに、無情にも言った。



 「もっと大人になったら、また飼えばいい。」

 「ひどいよ!父さんなんか、父さんなんか・・・」

 たしかに、自分はガトーをそうしか扱えないかもしれない。その程度の自覚はコウにもあった。が、他にどうできたというんだろう。小さい頃から、そばにいたのは、ガトーだけだった。・・・父よりも、母よりも・・・



 「父さんは勝手だ!!僕のことなんか、ずーっとほったらかしで、ガトーに面倒をみさせてたくせに!!」

 「コウ、何を!」

 「父さんが浮気したから母さんが出て行ったんだろう?!」

 激情が、母が家を出た日以来、どうしても言えなかった言葉を、コウの口から飛び出させた。



 「僕と一緒にいてくれたのは、ガトーだ!父さんでも母さんでもない!父さんは仕事だといっては、出かけてばかりいたし、母さんは、母さんで、僕のことを省みもせずに、泣いてばかりで。僕は・・・ガトーがいなかったら、本当にひとりぼっちだったよ!!」

 「コウ・・・」

 「僕がガトーを大切に思って、それのどこが悪いんだ?」



 『ばしーっ!』

 「ああっ!」

 ・・・またも、バニングの手が飛んだ。ただし、ガトーにではなく、コウの頬に。・・・くっそー!



 『ガツッ!』

 コウも初めて父親から殴られた痛みに、我を忘れて、殴り返した。



 ・・・ふらっ!・・・



 スローモーションの映像を見ているみたいに、バニングの身体がゆっくりと倒れていく。まさか、あの大きな父親がこんなに簡単に、やられてしまうほど、自分が成長していたことに、驚いている間に、ガタッと音を立てて、バニングが倒れ込んだ。


 「あ・・・・・・・・・」

 声が出ない。今、見ているものは、何だ?

 目の前に大きなシミが拡がっていく。赤い、赤い・・・



 ・・・・・・・・・血だ。



 どうやら、倒れた先には、尖った金属片が落ちていたらしい。もともとがらくたがあちこちに置いてある納屋だ。



 「父さん!!」

 ようやくかけ寄って、バニングを抱き起こす。頭の下に入れた右手にべったりと赤い血がついた。尋常な量では、ない。



 「どうしよう・・・あ、救急車!」

 隣接する整備工場まで、走っていき、電話をかけた。



 「救急車をすぐに!事故なんです。えっと、ここは・・・・・・・・・」

 半泣きなりながら、必要事項を伝える。





 「父さん・・・」

 電話を終えたコウが、がっくりと沈んで、戻って来た。もう一度バニングの側に座り込む。しばらく離れていたことで、逆に落ち着きを取り戻したようだった。手を握って脈を取る。・・・・・・・・・無い!・・・・・・・・・無い!!・・・・・・・・・無い!!!

 「あ、あああ、あー・・・」

 殺した・・・・・・・・・僕が。

 事実が岩のような重さでコウにのしかかってくる。殺してしまったのだ。父親を。憤怒のあまり。



 「うぅうぅうぅ・・・」

 「ガトー!!!」

 ガトーの鳴き声に、そこにガトーが居ることを思いだし、コウはすがりついた。ガトー・・・ガトー・・・僕・・・



 「うぅ・・・」

 「ダメだ・・・もう。」

 ・・・未来が、何も、見えなくなってしまった。刑務所?それから・・・?



 「おまえとも、お別れだ・・・」

 「うぅうぅうぅ・・・・・・・・・」

 コウを胸に抱えたまま、ガトーの舌が舐めまわす。コウの顔を。ペロペロ、ペロペロ・・・



 その時、ふとコウの目線がガトーの首に止まった。首の鎖。



 ・・・・・・・・・どうせ、お別れなんだ。はずしてやろう。



 コウは、数字のキーを合わせて、鎖をはずしてやる。鎖の下に鮮やかな赤い環が現れた。生まれついて身に刻まれた終生消えぬ、犬の印。



 首を絞められたみたい、だな・・・



 痣をじっと見つめながら、絶望に囚われたコウは、ある行動に出た。



 「ガトー・・・」

 その手を導いて、自分の首を握らせ、自らの手も上に重ねる。じわり、と、手に力を込めさせた。



 「うっ・・・」

 コウの真似をするガトーが、おもしろいほど素直に手を絞めていく。ギュッ・・・ギュッ・・・



 「ううっ!」

 ゲホッ!ゲホッ!!

 ・・・事切れるまでは続かなかった。苦しさに耐えかねたコウが、手をはがしたのだ。



 「ガトー・・・ガトー・・・」

 混乱したままガトーに抱きついて、涙をこぼす。



 ・・・ハッ?!

 遠くでサイレンの音が響きはじめた。もうすぐ救急車がここへ来るだろう。そしたら・・・そしたら、自分は警察に捕まり、ガトーとも離れ離れになる。そんなのは・・・

 「イヤだ!!!」



 コウは急いで、自分の部屋に戻った。汚れた服を着替えて、お金を持って・・・それから?



 「・・・!」

 その時、ベッド脇の小さな鏡に写った自分の姿に、コウは愕然とした。首に赤い痣がついている。その姿は、まるでガトーを模したようだ。



 「・・・犬、族。」

 小さく呟くと、コウは部屋を飛び出した。サイレンがかなり大きくなっている。急がなければ。



 「父さん、ごめん・・・僕、やっぱりガトーと離れたくない。父さんの言った通りだ。」


















































 ・・・なんだ迷い犬か?



 首輪は、無いな。



 おまえらも、飼い主に苛められたのか?こっちはひどいなぁ、顔中痣だらけた。



 ・・・まあ、いい。うちは農場だから、働き手はいくらいてもかまわんぞ・・・来るか?



 「あぁ。」

 「あぁ。」



 よしよし、イイ子だ。



 こっちは・・・純潔種かな。シルバニアっぽいが。



 うーん、こっちは雑種だろうなぁ。黒毛で、黄肌ね。










 (裸、にも、慣れる日がくるんだろうか?)





 (キースが言ってた楽園って、ほんとに在るんだろうか?)





 西へ向ってひたすら逃げた二匹にとって、だが、しばらくはここが、ひと時の楽園になりそうだった。





 ・・・おまえと一緒、だから。










 ・・・・・・・・・もっと考えてみよう。犬族のこと。人族のこと。・・・僕のしたこと。





 それから、僕とガトーの未来のことを。















+ END +










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+-+ ウラの話 +-+



どんな感じだったでしょうか・・・(汗)。
冒険しつつも、がんばって書いたつもりだったのですが、
今、自分で読み返せないのです(本当)。

ガトー犬のイラストをいただいたりして、
かなりインパクトがあったみたいです・・・。
いつかパラダイス編を書いて、リベンジしたいと思ってます(苦笑)。

管理人@がとーらぶ(2002.07.27〜2000.08.05)











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