夢を見た。




 夢だということは分かっているのだが、どうにも人は都合良く出来ていないらしい。・・・・・例えば、夢を見るのをやめて、さっさと目を覚まして現実に戻れるようなんかには。夢なんか、見ている余裕はないはずなんだけどな・・・・と、軽く苦笑いしながらウラキはその空間に立っていた。
『・・・・・・こんにちは、ええっと、』
 目の前に立っている人物がそう言う。
『俺はコウ・ウラキ。・・・・・こんにちは。君は?』
 そこは、不思議な色をした空間で、例えると・・・・・オーロラの中、のようだった。白ではない。だからと言って、真っ暗でもない。不思議な色の混ざり合った空間。・・・・・変な夢だな。ウラキは頭を振ってみた。・・・・・しかし目は覚めなかった。夢なのに。・・・・それは分かってるのに!
『ええっと、僕は・・・・・僕は******。』
 その空間に、ウラキと向かいあって立っているその相手はそう言って笑ったのだが、ウラキは何故かその名前を覚えることが出来なかった。ああ、今聞いたのに。今聞いたばかりなのに。俺、疲れているのかな。・・・・そうだな。疲れているのは確かだ、動きっぱなしだから。
『ああ・・・・うん、それで・・・・・・・・・・・・・誰?』
 例えば、バニング大尉と夢で会うのならとても納得出来るんだけどなあ・・・・などとウラキは思っていた。だって、大尉は死んでしまった。・・・・もう夢でしか会えない。しかし、ウラキの目の前に立っている人物は、何故かジオン軍の制服を着た、それも尉官ですらない、一兵卒の制服を着た、どうやら少年なのだった。・・・・・少年だろう、自分よりは年下に見えた。
『あの、ごめんなさい・・・・全然、僕、どうすればいいか分からなくて・・・・・』
 少年は物事をかいつまんで説明するのが苦手なようだった。そこで少し、顔を伏せる。・・・・・顔を。そこで、ウラキは驚いた。・・・・・なんて事だ!これが、夢なのは分かっている。自分は不思議な夢をみているものだ。しかし、その少年の顔が分からない、のである!!!・・・・・向かい合って見ているはずなのに、その顔がウラキにはきちんと認識出来ない。急に背中が寒くなった。・・・・・なんだよ。なんだ、コレ?
『・・・・・・どうすればいいか、って、何?』
 おかげで、少し上ずった返事になった。すると、そのウラキの返事を聞いて少年は笑った・・・・いや、顔が分からないのだから、表情も分かるはずはない、と思うのだが、笑ったのだけは何故かウラキにも分かったのだ。
『あの、それ・・・・・・・そのテディ・ベア・・・・・・・』
 少年は、そのジオンの軍服を着た少年は、そう言ってウラキの右手を指差した。・・・・・驚いた。夢だから確かに何をしていようと平気なのだが、確かにウラキは右手にテディ・ベアをぶら下げていた。自分でも気付かなかった。・・・・つくづく、変な夢だな!!
『・・・・これ?これが、どうかしたのか?』
 ウラキがテディ・ベアを持ち上げる。すると、少年は嬉しそうに、手を伸ばして・・・・・・・・少しだけ、そのテディ・ベアに触れた。
『うん、これ。・・・・・・・・・・僕のなんだ。』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、』
 ウラキはしばらく考え込んだ。・・・・・なんと答えたものか。いや、夢なのだが。




『・・・・・・・・・・・じゃあ、返そうか?』
















[ 手と手 ]














 そのウラキの返事を聞いて、少年は嬉しくなったらしかった。
『・・・・ううん。ううん、君が、持ってて。』
『え?・・・・俺が持ってていいんなら持ってるけど。』
 すると更に少年は嬉しそうな顔になった。いや、顔は良く分からないのだ。ぼやけたように認識出来ない、でも何故か喜んでいるのは分かる。そして、少年は思いきったようにこう言った。
「うん、君が持ってて。・・・・うらやましい、君大きくなれたんだね。僕、大きくなって結婚とかして、それで子供に大尉のこと話すはずだったから、もっと生きるつもりだったんだけど、だけどダメだったんだ。・・・・君、かわりに生きて。』
『・・・・・は?』
 さすがにウラキはそう答えた。少年の、話している意味がまったく分からなくなったからである。
『だから、かわりに生きて。・・・・・それ、もしいらないなら、僕じゃ無くて、大尉にあげて。』
 そうして、少年は向こうの空間を指差す。・・・・向こうったって何処だ。大体、大尉って誰だ。俺が知っている大尉なんてバニング大尉くらいだ。しかし、このジオンの制服を着た少年が、バニング大尉のことを言っているのだとは到底思えない。思わずウラキは転びそうになった、少年が指差したのは、足下の空間さえ曖昧になるような方向だった。ともかく振り仰いで素直に指差された方角をみた、なるほど、そこに何かが見える・・・・それは小さな、後ろ姿が。
『・・・・・誰、あれ?』
『頼んだからね。』
 それだけ言って、少年は急に踵を返すと、勝手に向こうに向かって歩き始めた・・・・ウラキは何故か焦った。・・・・まだ、なにか大変な事を聞いていないような!!
『ちょっと、まっ・・・・・!』
 ウラキは手を伸ばした。右手は、テディ・ベアを掴んだままだったので、左手を伸ばした。不可思議な空間の中で、その少年はもう半分消えかかっているように見えた・・・・・・・・と、その瞬間。




「・・・・・尉、ウラキ中尉!!聞こえますか、ウラキ中尉!!」




 触れかけた、手と手。・・・・少年の手と、自分の手。・・・・・遠くに見えた、小さな後ろ姿。




「ウラキ中尉!・・・・基本OSのセットアップは、今終了・・・・GP-03、『デンドロビウム』、起動します。」
 夢なのに。・・・・それは分かってるのに!
「・・・・・・・・・了解。失礼、ぼうっとしていました、モニタ確認、自軍認識コード読み込み完了、視界オールグリーン・・・・・」
 はじけるようにウラキは返事をした。急に我に返った。・・・・なんだよ、今の。・・・・夢なのに。それは分かってるのに!
『発進だ。・・・・・突破口を開け、ウラキ中尉!!』
 全ての必要事項を確認する時間も惜しいかのように、急にブリッジからそう叫ぶシナプス艦長の声が飛び込んでくる。・・・・言われなくても分かっている。・・・・分かっている!!行かなければ!
 宇宙歴0083、十一月十二日六時五分。
『デンドロビウム、出ます!』
 もう後が無い。・・・・・全長100メートルを超える巨大な機体の急発進する重力に、また意識をかっ攫われそうになりながら、ウラキは思った・・・・・夢なのに。それは、分かってるのに!!




 今のは何。・・・・・変な夢だった、不思議な夢だった、今のは何。・・・・・あれは誰?そうして、手をのばすとしつこく三号機にも載せ続けた、拾い物のテディ・ベアに手をやった。




 手と手が触れた。その時に、凄まじい勢いで流れ込んで来た。・・・・・・膨大な意識。意識の波。・・・・・そうだ、その通りだよ。ウラキは思った。名前も覚えられず、顔も良く分からなかった一兵卒の少年のかわりに。だって、流れ込んでしまったから。









 ・・・・・・人は何故戦うのですか。
 ・・・・・・戦争って何ですか。
 ・・・・・・人にとって、一番大事なものってなんですか。
 ・・・・・・僕は、ただ、
 ・・・・・・僕はただ。
 








「・・・・やめろよぉ!」
 ついにウラキは叫んだ。









 ・・・・・・僕はただ、









 ・・・・・・ガトー大尉の事が好きで好きで。









「そんなこと、俺に教えるなよ・・・・・!!」
 ウラキは反すうした。何度も何度も、人間の体力の限界に近いスピードで、宇宙を飛び続ける数時間の間、何度も。・・・・・・人は何故戦うのですか。・・・・・・戦争って何ですか。・・・・・・人にとって、一番大事なものってなんですか。・・・・・見えた!その時、やっと、心から欲した、間違いなくウラキにとっての敵が目視出来た。嫌だ、俺は戦う。・・・・・誰にも結論の出ないような事を、戦争の意味とか。・・・・・・そんなことを、




「・・・・アナベル・ガトー!!」
『コウ・ウラキ!!』




 俺に聞くなよ!・・・・託すなよ!!









 ・・・・・・人は何故戦うのですか。
 ・・・・・・戦争って何ですか。
 ・・・・・・人にとって、一番大事なものってなんですか。
 ・・・・・・僕は、ただ、
 ・・・・・・僕はただ。
 ・・・・・・ガトー大尉のことが好きで好きで。
 ・・・・・・僕は何故、









 ・・・・・・僕は何故死んだんですか?









 戦う、補給する・・・・また戦いに赴く。その途中で、ウラキは図らずもバニング大尉の仇をうった。・・・・最後に女は言っていた、存在しうる限り、戦場の中でもっとも自由に、本能に近く行動していた女だった、その女ですらこう言った。
『聞きな、私の自慢はねぇ・・・・・』
 衝撃、爆発、そして蒸発。・・・・・・デンドロビウムのビーム主砲に串刺しにされたことによる、本当に瞬時の蒸発。
『・・・・・・・・・・人生で一度も「ジーク・ジオン」と言わなかったことさ・・・・・!!』
 最後の方なんて、言葉にもならなかった、なのに聞こえてしまった。
 ・・・・・だから!









 ・・・・・・人は何故戦うのですか。
 ・・・・・・戦争って何ですか。
 ・・・・・・人にとって、一番大事なものってなんですか。
 ・・・・・・ねえ。
 ・・・・・・そうやって、人は捕われて、戦って。
 ・・・・・・狂気のなかで。
 ・・・・・・救われるってなに。
 ・・・・・・戦って、それで幸せだったの。
 ・・・・・・生きるってなに。
 ・・・・・・生きて、









 戦場の全てのことなど、俺は知りたくはない!・・・・ウラキは心から思った。そんな能力は無くていいから。コロニーに向いながらシートベルトに挟んだクマを見る。・・・・捨てれば良かった!初めてそう思った。









 ただ、目の前の『敵』と向かいあえればいい。・・・・・・・それで勘弁してくれないか、ええっと・・・・名前が分からない。そうだな、たとえば、『テディ』。・・・・・夢なのに。それは、分かってるのに!!









 アイランド・イーズ。・・・・・・阻止限界点を超えてしまったコロニーの中に、静かな敗北感と共に降り立ったコウは、ベルトを外し、コックピットを飛び出す前に・・・・・思い付いて、テディ・ベアを掴んだ。・・・・持ってゆこう。










 ・・・・・・ねえ、生きて、そうしてあの人の前に立って。・・・・僕のかわりに聞いて。その想いを伝えて。














 少年が消え去る直前、触れあった手と手。・・・・・何故だろう。おかげで、何かが大量に流れ込んだ、分からなかった顔が見えた気がした。・・・・・似ている、ように思った。・・・・・・自分と。・・・・・・・だから、分かった。吐き気がする。・・・・・分かった、伝えるから。テディ・ベアを抱えて制御室に向かう。・・・・・・・分かった、行くから。














 待っていろ、ガトー、今行くから。















『テディ』 手と手 終り。





















2002.05.17.










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