青三号弾。・・・・・ジオン軍の、出撃を知らせる信号弾のうちのひとつだ、その意味は、









 --------- 我ガ軍ノ命運、コノ一戦ニ有リ。
















[ ノスタルジック ]
















 士官学校時代の教官が、耳が痛くなるほどこう言ったのを思い出す。
『お前ら、映画とか見てな・・・・・』
 かいつまんで言うとこういうことであった。映画などで、それは格好良く宇宙空間での戦闘シーンが描かれる。SF、などと呼ばれるジャンルの映画でだ。爆発、効果音、また爆発、盛り上がるBGM、爆発、爆発、ピンチに陥る主人公、手に汗握りスピード感溢れるシーンの連続!!!
『・・・・・なんてのは、実はみんな嘘だ。』
 なるほど、確かにその通りであった。・・・・・音、というのは空気が無いと聞こえない。それは、空気の振動によって生まれるものだからだ。もちろん、モビルスーツのコックピットには空気があるし、乗り込むパイロットは生命維持装置付きのノーマルスーツを着込んでいるから、まったく何も聞こえないワケではないのだが。
 静か、だった。
 宇宙空間の戦闘というのは、モビルスーツのコックピットで眺めると驚くほど静かなものなのである。爆発は見える。その光も。大きな爆発、小さな爆発、確かに目には見えている、しかしモビルスーツの外部集音マイクには、ほとんど何も聞こえて来ない。場所が遠いから、というのではない。マイクなど、宇宙戦用のモビルスーツに付けてもなんの意味もないんじゃないのか?ガトーは初めての宇宙戦闘訓練で真空に浮かんだ時にそう思った。非常に鈍く、何かが伝わっては来るものの、それは映画で見たような、それこそ耳を劈く(つんざく)爆発音などでは無かった。
 静か、だった。
 静かなその空間の中に、ガトーはまた光を見ていた。・・・・・・・ああ。音が無くて、光が溢れて。こういう。









 こういう空間は、やけに・・・・やけに『懐かしい』ものだな。何故か、そう思った。









 例えば、人には様々な思い出というものがある・・・・・ついさっき、自分がわがままを言ってグラードルに撃たせた信号弾、などがそれだ。ガトーは、その信号弾に思い出があった、その色、その輝きをうけながら何度もソロモンから出撃した記憶が。
 ・・・・・・時は、0083.十一月十日、午後二時三十一分。
 今、目の前に、その要塞はあった。・・・・ソロモンが。コンペイトウと名前を変えて、そうしてもう二度と戻れぬ場所となって。ガトーはゆっくりとバズーカを構えた。最終セイフティを解除。・・・・・・・・・何故戻れなくなったのだ。そう思う。何故戻れなくなったのだあの場所へ。あの、馴染んだ要塞へ、また国へ。・・・・・・そうして、何故テディは死んだのだ。その疑問を抱えたまま、いや、その疑問それだけが、これまでの自分を動かして来た。この一発を放ったら、間違い無く自分は史上最大の人殺しになる。そんなことは分かっているが、答えの出ない自分の人生というものがある。




「・・・・・・再びジオンの理想を掲げる為に、」




(そうなのか?)




「星の屑成就の為に、」




(それで、)




「・・・・・・・・・・ソロモンよ!」




(本当に、)




「・・・・・・・・・私は帰って来た!」




(私は気が済むのか?・・・・・・・・・・・・・・・・・・どう思う、テディ?)




 ・・・・・光は放たれた。









『・・・・・・・・っ、何が・・・・・何が戦略核だよ、戦術核じゃないか・・・・・戦術核じゃないか、これじゃあ!ウソだろう、なあ、ウソだろ、コウ・・・・・・・・!!』
 もう随分と引き離してしまったはずなのだが、ベイトの指示通り後ろから自分を追いかけて来ているキースのそんな声が、通信回線から聞こえてくる。・・・・・待たないぞ、そんな余裕無いから!そもそもガンダムとジムキャノンでは足の早さが違い過ぎる。そしてその、足が早いが故に押し寄せる、重力の波に押しつぶされそうになりつつ、顔をゆがめてウラキは思った・・・・間に合わなかった。・・・・・・間に合わなかった、間に合わなかった!!!ただの残骸と化してしまった地球連邦軍宇宙艦隊の脇をすりぬけ、そうして目的のコンペイトウの真裏に出る。まだ、このあたりにいるはずだ。・・・・・・・二号機はどこだ!!と、その時、センサーに、一機のモビルスーツがひっかかる。
「・・・・・・が、」
 いた。・・・・・見つけた、二号機!・・・・この距離では当たらないだろうなと思いつつも、それでもライフルを構える、そして撃った。・・・・・一発、二発、三発!!
「・・・・ガトーー!!!」
 全て外れた。・・・・・・・・・・くっそぉおおお!これまでよりひときわ強くペダルを踏み込み、ウラキは暗礁宙域の中に飛び込む。・・・・・・早く行かないと、また逃げられてしまうじゃないか!!!二号機に向けて。・・・・ただ、二号機に向けて!!ウラキは凄まじい勢いで、落ちて行った。
 








 ・・・・いつぞやの男か!ガトーは思い出した。そうだ、なんだか自分を苛立たせた男がいた、オーストラリアで。・・・・・・テディに似ていて!なのに生きていて、成長していて、何も分からない風でモビルスーツに乗っていて!!
『・・・・・・聞こえるか、ガトー!!聞けよ、くそっ、582だ!』
 男は相変らず中途半端な有り様で叫んでいた、そうして言葉だけは威勢が良かった。・・・・・・ガトーは思わず返事をしてしまっていた。・・・・・・・・憎しみと愛は似ている、とても良く似ている。大量の感情が相手に向かって吹き出すから。多分この男の目には今自分が、今生最大の仇、くらいの勢いに映っているに違い無い。
「・・・・・よかろう、聞いてやる!」
 そんな、器も小さい。・・・・器も小さい人間と会話を交わしている自分に面白くなりながらもガトーは戦い続けた。
『・・・・・・・・満足だろうな!』
 満足?・・・・・どうかな。そう思いつつも、鍔競り合いが続く。
「私は義によって立っている!」
 答える自分も自分だな、と思う。光、光、そして機体に伝わる激震。・・・・・音と違ってこれは素直に乗っている人間を襲う。
「・・・・・怨恨、復讐、憎悪!・・・・そんなものだけで、戦いを支える者に、」
 光!
「・・・・・私は倒せん!」









 例えば、この男がテディに似た印象のまだ年若い青年であることを自分は知っている。そうして、自分が分かりやすくなどけして無く、本当はただの思い悩む魂だと知っている。・・・・・・・・怨恨、復讐、憎悪。言った端から、全てが自分に跳ね返ってきた、何が義だ、そんなに公明正大な人間がこの世になどいるものか!・・・・私にも怨恨はあった、復讐の魂も、そして憎悪も!!ひょっとしたら、それだけの生き物かもしれない、何故テディは死んだのか!そんな理由で生きている生き物、
「・・・・・っ!!!」
 泣きわめくような一号機と二号機、二機の最後が訪れて、そうしてガトーは二号機のコックピットを飛び出した・・・・モビルスーツが稼動する、その根源である推進剤を、敵を倒す為に使うとは!この、目の前の男にはテディには無かった気転とファイトだけはあった、ああ、それだけは分かった・・・・・だが、それだけだ!!!
『・・・・・・・!?』
 あからさまにコックピットハッチを開いて、飛び出そうとしたその男は驚いた・・・・・・目の前についさっきまで戦っていた相手がいるのだ。それは、驚くだろう。しかし、二機のガンダムは抱き合ったまま、今炎に包まれようとしている、それくらいの状況には気付かないか。コックピットを飛び出したら相手のコックピットの目の前だ。思わず薄く笑ってしまった。
「・・・・・・貴様、」
 ガトーはそう言いながら手を伸ばす・・・・・宇宙空間は存外に静かだ、宇宙空間は空気が無いから、音を伝えるにはこの方法しかない。ガトーは相手のヘルメットを掴むと、無理矢理自分のヘルメットと触れさせる為にそれを近付けた。
「ウラキとか言ったな?」
 相手の体が震えるのが分かる。・・・・・・・・どうしよう、といった顔で自分を見つめて、ただ固まっていた。・・・・ああ、そんなに。子供かなにかのように、急に固まって動かなくなるな、さっきまであんなに威勢良く叫んでいたじゃないか。・・・・・と、そこでガトーはあるものに気付く。その相手は、コックピットハッチを開いて飛び出してきた相手は、おそらくコックピットに載せていた大事なものだったのだろう・・・・・・片手に、信じられないものを掴んでいた。














 ・・・・・・・・・・・一体の、テディベア、である。














(クライマックス。)














「・・・・・・・・・・・・ウラキとか言ったな。・・・・・・・・・・・二度と、」
 ガトーは思わず唸った。・・・・・・・何故。・・・・・・・・・何故!!!!!









二度と忘れん!!!









 かっ攫って理由を聞きたい気分はやまやまだったが、それはやめておいた。相手に援軍が・・・・一機のモビルスーツが近寄りつつあるのが見えたからだ。・・・・・何故クマを持っている。・・・・・何故。何の必要があって!!しかし、援軍が来ているのは自分も同じであった。迎えに来たカリウスのリックドムの手のひらに飛び移りながらガトーは思う。・・・・・そうか。この空気の無い、無音の宇宙に広がる光の花。・・・・・・それが懐かしいわけではない、そもそも、『懐かしい風景が無音なもの』なのだ。









 例えば、人には様々な思い出というものがある・・・・・子供の頃の、色彩すら薄れかけた記憶。それは小さな、庭の片隅の出来事だったりして、曖昧に覚えてはいるもののそれに音声はない。ただただ、幼き日の庭が、光に溢れてそこにあるばかりだ。









 ・・・・・・・・とてもとても懐かしい世界。









 二体のガンダムが抱き合ったまま炎に包まれてゆくという、前代未聞の光景をカリウスのドムの手のひらに乗って眺めながら、何故かその広がる光をガトーは静かに見ていた。・・・・・知っている、のではない。こんな光景は見たことがない。だがその光が。・・・・無音の世界に光の溢れる光景が。・・・・・・・・懐かしい。そうか、では宇宙戦というものは、自分にとっては過去の記憶がごとく、ノスタルジックな光景だったのだ。それは、子供の頃の記憶の奥底にある・・・・・・・・なんだ。思い出せん。ひときわ大きな爆発が襲ってきて、とっさに目を閉じたガトーのまぶたの裏に、それは映った。









 ・・・・・・・・・・・・・・テディだ。・・・・・ついさっき、目の前に現れた震える敵と寸部違わぬテディベアを片手にぶら下げて、彼は静かに微笑んでいる。









 なんだ、お前、どうして、









 ・・・・・・・・・・・・・・こんなところにいる?・・・・・・・こんな私の記憶の奥底に。















『テディ』 ノスタルジック 終り。





















2002.05.14.










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