一回だけマトモに顔を合わせた事がある。会話にもならない会話だった。そいつは言った。
『・・・・大尉がどこか知りませんか?』
『・・・・知らねぇなあ。』
自分は答えた。・・・・すると、そいつはしょんぼりと下を向いて、小さくおじぎをすると、とぼとぼと来たばかりの通路を歩いて戻っていった。・・・片手にテディ・ベアをぶら下げたまま。
・・・・本当は、自分はその時ガトーが何処にいるか知っていた。・・・・後ろ姿を見てから、めちゃくちゃに後悔した。・・・教えてやれば良かった。
・・・・教えてやれば良かった、自分が知っている、色々な事全部。・・・・・もう二度と出来なくなってしまったけど。
宇宙歴0083、11月3日。
その日、ケリィ・レズナーはたまたまフォン・ブラウンの街の最上層部に上がって来ていた。『上がって来て』いた・・・というのは、自分は普段フォン・ブラウンの最下層にある工場地帯に住んでいて、滅多に上には上がって来ないからだ。最下層の工場地帯、と言ってもその昔そこは宇宙港だった。この街が、クレーターの中に少しづつ作られはじめたその当初にはだ。・・・・ともかく、その日ケリィ・レズナーは最上層部の繁華街をたまたま歩いていて・・・・ケンカを目にした。・・・・・・・いや。
「・・・月だからって、連邦にしっぽを振ってる連中ばかりじゃねぇんだよ!」
ケンカ、というよりは、リンチか。高架の上を走り抜けるモノレールの音がうるさいその小さな空き地で、数人の男が1人の男を囲んでボコボコに殴りつけている。・・・・もっとも、自分には全く関係ない。会話からすると、殴られているのは連邦の軍人らしかった・・・が、それすらも興味が湧かない。
「・・・・・・・」
ケリィ・レズナーは、それを横目に見ながら、脇の道を通り過ぎた・・・・そうして、自分の目的通り小さな買い物をして、来た道を戻りかける。・・・と数歩もいかないところで、先ほどリンチをしてたらしい数人の男達とすれ違った。笑いながら、そいつらは夜の街に消えていく。
・・・・どうしても気になって、先程の空き地の脇で足が止まった。・・・金網の破れているところをくぐり抜けて、その先に抜けると、そこには1人の男がみっともなく伸びている。
「・・・・おい。」
声をかけてみるが、やはり聞こえないらしい。思った通りに連邦軍の軍人の様だった。制服を着ている。それも、襟章を見る限り、士官だ。
「・・・・・・・っ、かえ・・・・・」
男は、ケリィが近づいて来た事が分かっているのやら、分かっていないのやら、仰向けに伸びたまま、何故か脇を見て手を延ばそうとしていた。しかし、相当にブチのめされているのようで上手く行かない。
「・・・せ・・・・・・・・・・・」
何かを呟いていた言葉が急に途切れた。最後に一瞬、自分を見たような気もする。ともかく、いい加減その男に近づいてから、ケリィ・レズナーはやっと男が何を拾いたがっていたのか気付いた。
・・・・連邦軍のMSパイロット章だ。
「・・・・・」
小さく舌打ちしてから、その徽章(きしょう)を拾い、近くでその男をしみじみと見て、ケリィ・レズナーは初めてある事に気付いた。思わず、忘れかけていた名前が咽をついて自然に出る。・・・いや。これは、本名じゃ無かったな、そういえば?
「・・・・・・・・・・・・・・・『テディ』・・・・・・・?」
そいつは実際、ケリィ・レズナーが昔知っていた『テディ』という人物によく似ていた。・・・いや。姿形がそう似ているわけでは無い。もちろん、年も。確か、『テディ』は16才だったはずだ。髪の色も、テディは漆黒では無かった。声も。顔だちも。良く見ればなにもかも違う。・・・だがしかし、それでもどこか似ているような気がした。
・・・何というか、印象が。
「・・・・・・・・・・・・・・・・、」
少し考え込んでから、ケリィ・レズナーはその男に片方の腕を回すと(というか、ケリィには腕は片方しか無かったのだ。)背中にそいつを担ぎ上げた。
・・・そうして、自分の家への家路を急ぐ。・・・・こいつは、自分にとって、目の前に現れた『どうしようもない軍人』の・・・・・・・・。
確かに『ふたりめ』だ。・・・・拾って帰ろう。
[ ふたりめ ]
「自分は・・・・コウ・ウラキと言います。」
次の日の朝、目が覚めたその男はそんな事をいったが、まあケリィにはやはりどうでもいいことだった・・・目が覚めたんならさっさと帰れ。それがケリィの望みの全てだったからだ。それでもケリィは一応聞いてみた。
「・・・貴様、脱走兵か?」
「え?」
すると目の前の男は妙な反応をした・・・・・ああ、知っている。ケリィは思った。そうだ。このテンポだ。このテンポで・・・、
「いえあの、僕は・・・・自分の乗っていた、モビルスーツが、壊されて、それで・・・・」
この返事だ。イキナリぶん殴ってやっても良かったが、とりあえず我慢した。それでも叫ばずにはいられなかった。
「・・・・・やめちまえ!」
男・・・・ウラキとか言ったが、そいつはきょとんとした顔で、相変わらずケリィを見ている。
「やめちまえ、モビルスーツの一機や二機を壊されて、それで家出だと?・・・・・・・なんだ、貴様は子供か!」
思い出す限り、記憶の中にあるテディは『子供』であった。・・・・十六歳の。しかし、それと似たようなテンポで、間抜けな返事を、もっと年かさに見えるこの男に言われるのがより一層腹が立つ!ケリィは思った。大体、こいつ年は幾つだ。職業軍人なんだろうから、ともかく学徒動員だったはずのテディよりは年上のはずだ。・・・・そうか、東洋系なのか。東洋系の年なんか分かりゃしねェ。すると、それでもその男が口答えしてきた。
「・・・・でもっ、それは特別な機体で・・・・!」
「特別もクソもねぇ!」
たった今現在の、有事でもなんでも無い時の、実に資源力を抱負に持つその連邦軍らしい発言にケリィはキレた。
「撃たれれば壊れる。・・・・撃たれれば死ぬ!どんな機体でも、どんな人間でも同じだ!」
・・・・・さすがに、その言葉の意味はウラキにも分かったらしい。ガトーの居場所を教えてやらなかった時のテディと全く同じ素振りで、しょんぼりと頭を下げた。・・・・ああ、全く!ケリィは頭を掻きむしりたくなった、俺は今度は言ってやっただろう、本当のことを伝えただろう、なのに何故三年前と同じように俺の方が後悔したくなるような反応を返す!・・・・・やっぱり、こんなモン拾うんじゃ無かった。ケリィは思った。なんでこんなやつばっかりが、出来損ないの軍人になって、自分の前に現れるかな!この手の人間は皆同じだ、分かっていないことは美徳ではない、だが本人には悪意もないのだ。・・・・・出て行かないか!そう思った。
「・・・・・・あれ、」
と、その時頭の中で二人目の馬鹿について悩んでいたケリィの耳に、そんなウラキの声が響く。
「・・・・・すごい、何でこんなものが・・・・・!」
見ると、ウラキはケリィが考え事をしている隙に、会話を交わしていた工場の奥にあった修理しかけのモビルアーマーに気付いたらしく、それに走り寄っていた。
「貴様!」
さすがに、ケリィは叫んだ。そして慌てて追い掛けると、ウラキを突き飛ばす。
「小僧、これに近付くな・・・・・これは飛べないポンコツだ!廃棄された役立たずで、俺が趣味でいじっている!・・・・・それだけのモノだ、二度と近付くな!」
突き飛ばされたウラキは、相変わらず意味の分からないと言った風情のぽかん、とした顔をしていた・・・・・しかし、そのテディと良く面影の似た男の中に、テディには無かった何か、を感じてケリィは戸惑った。・・・・もっと見たい、と顔が言っている。・・・・ああ、この男は機械が好きなのか。モビルスーツが、機動兵器が、単純に。
例えば、俺はもちろんテディの好きなことや、興味のあることなんて何も知らなかった。・・・・ア・バオア・クーでそんなことを知る必要も無かった。あの、たった数日間で。だから、ただガトーが、友人であるガトーがその少年のペースに巻き込まれて、引っ張ってゆかれることだけを危惧した。
後ろ姿を見て後悔した。ひどくひどく後悔した。・・・・・・教えてやりゃあ良かった。ひっぱたいてでも。見捨てずに。・・・・戦争屋の俺の知っていること全部。
自分の艦にも戻れない軟弱モノのくせに、ウラキは結局凄まじいファイトを見せた・・・・機械に対して、だ。
「貴様!勝手に何やってやがる・・・・!!」
しかしウラキはケリィのモビルアーマーに、異様な執着を示してそれから離れなかった。必要な修理部品のリストを見せてくる。
「これだけあれば、直るんですけど・・・・・」
逃げなのだろうな、とケリィは思った。そうだ、これは逃げ、なのだ。こいつには今本当に行く場所がない。モビルスーツを壊してしまって、そんなことがショックで立ち直れないような男がだ。艦に戻れるわけがない。だから、好きなことに逃げている。それは負け犬のすることだ。ケリィはそれを説明しようと思った。・・・・・説明しようと思ってから、自分も同じように負け犬だということに気付いた。・・・・・無理だ。説明出来っこねぇ、そんなこと。
「・・・・・集めてきてやる。」
「やってみます。・・・・直ります、多分。」
好きにすりゃあいい。・・・・ついに、そんな気分になった。
例えば、テディが今、目の前に居たとする。・・・・・そうしたら俺は、ガトーの居場所を教えなかったりとか、そんないじわるはしない。もちろんガトーにも、『テディは死ぬぞ』なんて言いはしない。・・・・そんなことはしないんだ。・・・・・代わりに、
『・・・・・聞こえますか、ケリィさん!ウラキです!・・・・・・・どうしてこんな戦いを!』
・・・・・・・代わりに、意味を。
『ケリィさん、僕は・・・・・あなたとは戦いたくない!』
戦いの意味を。・・・・・目の前の敵を倒す、という意味を。何故戦争をやめられらないのか、なんてそんな意味を。テディに。・・・・教えてやりたかった、そうして何でもいいから生き残れよ、と、ああ、だがなんて事だ!・・・・俺は今、後悔していない。
『ケリィさん・・・・・!脱出して・・・・・!!』
・・・・・・・・・・・・・二人目には、きちんと伝えられたから。
後悔していないんだ・・・・教えてやれば良かった、自分が知っている、色々な事全部。それをふたりめ、に。テディに教えられなかった分をふたりめ、に。なあ、俺はテディのあまりに悲愴なその有り様にとまどった、だから持て余した、テディは死ぬぞ、なんて言ってお前を怒らせた、だけど二人目にはぶん殴って何かを教えることが出来たんだ。・・・・・ぶん殴れた分だけ、二人目の方が見込みはあったってことかもしれない。同じ出来損ないの軍人には変わり無いんだが、こいつはやるのかも知れないと・・・・きっと生き残るんじゃないかと。・・・・・そんな風に思った。そんな風に思った俺を、笑うか、ガトー?俺は、ここで、おサラバで、たどり着けなかったけれど・・・・・・多分お前のところに。
この二人目は辿り着くんじゃないかと思うぜ。
もちろんコウ・ウラキはケリィがガトーと知り合いだなどとは知らなかった。
「・・・・・・・・ケリィさん・・・・・・・っ!」
爆発を見た。・・・・今朝方、たった今朝方まで自分が一緒に直していた、モビルアーマーが炎の塊と化してゆくのを。・・・・ああ!ウラキは首を振った、あぁ!敵を、目の前の敵を倒さねばならないとは、そうか、つまりこういうことであったのか!!!
逃れられない現実を知った。戦争と言う大義名分の元、良く知った人物であっても目の前に立ちはだかったら殺さねばならない戦争の現実を。敵は選べない。・・・・・そういう意味だったのか。それでも艦は進む。・・・・・・痛いほど良く知った。ふたりめ、は何かを学び、そして、
ケリィの予想通りにガトーの前に立つ。
『テディ』 ふたりめ 終り。
2002.05.02.
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