ノイエン・ビッター少将は、静かな人であった。










 キンバライトのダイヤモンド鉱山跡にある、そのジオン残党軍基地に辿り着いた時、ガトーはそのほとんどの兵士にひどく熱狂的に出迎えられた。そうしてその後で、基地司令のビッターの指令室に通されたのである。










 だから余計に、ビッターが静かな人に見えたのかもしれない。・・・静かで、だが力強くて、落ち着きのある。
「・・・・星の屑の成功を祈って。」
 ただそれだけを言って、ビッターはガトーの為に開けたシャンパンのグラスを上げた。
「新しきジオンの為に。」
 ガトーもそう答えてグラスを上げた。・・・・ドライゼと言う人も、確かに軍人らしい人だった。すこし厭世間のある。斜に構えた風情のある。そうして三年の間を、海で生抜いた体力のある。だがしかし、このビッターと言う人は、更にそれに輪をかけて『軍人らしい』人なのだった。この人も、潜伏していたのだ・・・・三年の間。この、キンバライトの地下基地で。これだけの数の人間を、そうしてある日いきなり、どうすればいいか敗戦で分からなくなり、行き場の無くなった人間を、ずっとまとめあげて過ごすと言うのは、どれだけ大変な事だったろう。そう思ったので、ガトーは素直に言った。
「・・・・三年の間、よくこの地下基地を維持なさいました。」
 すると、ビッターはこう答えた。
「多くの部下を失ってしまった・・・・」
 それが第一声であった。その先にも、会話は続いたのだが、ガトーはその一言がひっかかって、実はあまりよく続きを聞いてはいなかった。










 写真があった。ビッターの部屋には、壁に無数の写真が。・・・・おそらく、一年戦争の最中から今までの、この基地で過ごした兵士達の写真なのだろう。中には、もうこの世に居ないものもいるに違いない。それを見た瞬間、ガトーはそれから目が離せなくなっていた。そうして、いつも思う事をまた思った。










 ・・・・・何故負けたのだろう。こんなにも、たくさんの立派な軍人がいながら、何故ジオンは負けたのだろう?・・・テディは死んだのだろう?
















[ 写真 ]

















「・・・・大いに役立てたまえ、少佐。HLVの最後の一機を、温存しておいた甲斐があったというものだ。」
 ビッターのそう言う言葉に、ガトーはふと我に帰った。・・・・そうだ。自分は、そのHLVを宇宙に脱出するのに使わせてもらおうと、この基地までやってきたのだった。・・・だがしかし、U-801の中でのドライゼとの会話で、地球に残った残党軍の人々の本心を少し垣間見てしまった気がしていたガトーは、思わず自分のその行動に『のこのこ』という表現をつけたくなった。・・・そうだ、のこのこと、だ。のこのことHLVを貰いに来てしまったというのが正しい。そのHLVがあれば、この基地の人々とて幾ばくかは、宇宙に戻ろうと思えば戻れたのである。だからこそ、ビッターも『温存』と言っているのだった。
「・・・閣下・・・!これほどまでにしていただきながら、我が軍の動きをお話する事が出来ず・・・!」
 心苦しくなったガトーがつい思いを込めて言ってしまった言葉を軽く遮るように、ビッターはこう言い放った。
「それが作戦と言うものだ。」
 ガトーにはそれが、『気に病むほどのことではない』と聞こえた。・・・・ああ、この人は。










 本当に落ち着いた、静かな人だ。










「後は回収艦隊のポイントにHLVが到達出来る様、わずかな打ち上げまでの時間を待つだけだ。・・・敵に気取られんよう、息をひそめてな。」
 息をひそめて。・・・・そう、息をひそめて。それこそが、ビッターにとってのこの三年間の全てだったのだろう。
「閣下・・・!」
「全ては新しきジオンの為に。」
 ・・・・新しき?










 自分は、知りたかったのだ。・・・何故ジオンは負けたのか。負けなければならなかったのか。ただその気持ちの悪い、自分の中のもやもやとするモノを解決する為に、こうしてもう一回連邦と戦う事を選んだのだ。・・・・理想であるとか。信念であるとか。そういうものは自分を立たせる為の、単なる道具でしか、最終的には無いかもしれないのだ。・・・だが、この人はそれを知らない。そう言う事全てが、ガトーには心苦しかった。言ってしまいたい。自分はそんな、大層なものではないと。
「・・・このHLV打ち上げ成功こそが、この基地最大の功績になるかもしれん。」
 HLVを見上げながらそういうビッターに、だがガトーは言葉が出なかった。・・・こんなにも、立派な。立派な軍人をさておいて、自分がこのまま星の屑を背に宇宙に1人で戻っていいのだろうか。










「・・・・・少佐。」
「はい。」
 ガトーがHLVに乗る為ノーマルスーツに着替え、ビッターに最後の挨拶をする為そのもとに向かった時、ビッターは何故か面白そうに後ろに手を隠していた。
そしてこう言う。
「・・・・あまり、気に病まない事だな。少佐はまだ若い。・・・・色々な事を思いつめてはいかん。そうして、何より諦めてはいかん。少佐が宇宙に戻るのをためらうようなことがあれば、何の為にこれからこの基地の人間が戦うのか分からなくなる。・・・これはな。」
 そこまで言うと、ビッターはガトーの手のひらに何かをのせた。・・・・・それはダイヤモンドだった。・・・とても大きな。この基地はダイヤモンド鉱山跡であるから、おそらく昔ここで掘り出されたものなのだろう。
「これを、この基地の人間全てだと思って宇宙に持って帰りなさい。・・・この基地でかつて死んだ人間と。それから、これから少佐の為に頑張る人間全てだと思って。・・・・それをもって帰れるのだから、宇宙に堂々戻ればいいのだよ。」










 ノイエン・ビッター少将は、静かな人であった。
 とても静かな。落ち着いた。
 ・・・そうして思慮深い、力強い。










「バール大尉。・・・私が出撃した後は、大尉がこの基地の責任者だ。」
 モビルスーツを係留してある基地内の岩むき出しの格納庫のようなところで、ビッターは基地に居残るバールと話をしていた。通信用のイヤホンと、グローブだけを手にはめる。・・・それ以上の装備は、もうこの基地には残っていなかった。
「は・・・それが何か?」
「HLV打ち上げ成功後、降伏せよ。」
「え?・・・・・・・・閣下!」
 ビッターの言葉に、バールは心から驚いたようであった。・・・そうだ。三年間、ずっと降伏するなと言い続けて来たのはこの私だ。思わず笑い出しそうになりながらも、ビッターは続けた。
「この戦いでモビルスーツを失えば、この基地の役割も終る。分かるな?」
「我々はまだ戦えます!」
 なおも、バールは納得しようとしない。・・・しかし、ビッターは静かに首をふった。
「兵達はこの三年間・・・良く戦った。我々の志は『星の屑作戦』に受け継がれる。」
「ガトー少佐に・・・ですか。」
「後を頼む。」
 もう、それだけ言うとビッターは自分のザクに向かって行ってしまった。
「閣下・・・!」
 バール大尉は、思わず格納庫の下のフロアで、今正にHLVに乗り込もうとするガトーを見つめずにはいられなかった。・・・・ガトーもこちらを見ていた。だが、交わされた会話の内容は、もちろん聞こえなかったことだろう。










 ノイエン・ビッター少将は、静かな人であった。
 静かな人で。
 ・・・・そうして、ガトーのHLVでの宇宙への脱出の時間稼ぎをする為に、アフリカの大地で死んだ。















 ガトーはHLVの中で、補助エンジンが切り離される振動を感じながら、手のひらに握ったダイヤモンドを見つめていた。・・・これは。地球に居た、全てのジオンの兵士の代わりだ。















 自分の艦隊に回収され、茨の園に戻ってから、ガトーは自室の小さな荷物箱をひっくり返してみた。・・・・写真を探す為に。ガトーの荷物の中に写真というのは、面白いほどわずかしか無かった。それはそうだ。一年戦争で最後に自分の母艦であったドロワは、荷物をのせたまま沈んでいるし、サイド3にはもちろん一度も戻っていない。・・・アルバムなどという過去がそもそも無いのだった。
「・・・・・・・あった・・・・・・」
 だがしかし、その数枚しかない写真の中に、目的のそれを見つけ、ガトーは思わずため息をつく。写真の中央に写っている人物では無い。・・・後ろの方に。後ろの方に、小さく、ぼやけて写っている人物。黒髪で。向こうを向いていて。・・・手に変な、茶色い物体を持っている。・・・・その人物の写真を、ガトーは探していたのだった。ビッターの部屋で壁一面の写真を見た瞬間から。










 ガトーは無言で、その写真とダイヤモンドをベットの枕元に置いた。・・・・そうして自分はなんと多くのモノを背負ってしまったのだろうと。










 そう思った。




















『テディ』 写真 終り。




















2000.10.27.










HOME