明け方だった。










『・・・・こんな戦術レベルの戦いの最中に、何をっ・・・・・!』
「貴様も将校だろう!・・・ただの兵でないのなら、大局的に物を見ろ!」
 あまりの相手の幼さに、ガトーは怒りを覚えずにはいられなかった。それで、思わず説教のように敵を諭してしまった。・・・・ああ。通信回線が繋がってしまう連邦軍のモビルスーツに自分も乗っていると言う事は、こういう時に不便だ。もし自分がジオンのモビルスーツに乗っていたならば、こんなことにはならない。会話など出来ないのだから、瞬時に容赦無く叩き斬ることが出来ただろう。すると、その将校は・・・名前は一応知っていた、ウラキという・・・ともかくその将校は、更に信じられない言葉を返した。
「大局的に物を見ろ!」
『・・・・・は、はい。』
 ガトーは思わず言葉に詰まった。・・・・返事をする奴があるか!!!仮にも敵の言葉に!!!
「・・・・・私は敵だぞ!!!!?」
 次の瞬間、ガトーは会話を続けるのすら嫌になってその場からとび去った。・・・・そうだ、私は敵だ。そうしてここは戦場なのだぞ!!??










 時は0083.10月14日、午前5時を少し回ったところ。・・・・ガンダム試作二号機を奪い、トリントン基地から脱出したアナベル・ガトーとその部下達は、オーストラリア大陸東端の海岸線に向かって急いでいた。・・・・途中、コムサイで直接宇宙に脱出しようとしたが、トリントンからの追撃軍にそれは打破された。・・・・・追撃軍と言うか。何の事は無い、ガトーが情けをかけて倒さないでおいたあのへっぴり腰のガンダム試作一号機に、である。










 まったくふざけている!・・・・何故この私が、あんな新米に二度も阻止されねばならんのだ!!・・・・ガトーは思った。そうして、コムサイで宇宙に脱出出来なかった時の為に、用意しておいたユーコンが待つはずの海岸へ移動しはじめた・・・・・思わずガトーは空を見上げた。あまりに頭に来ていたからである。









 ・・・・夜が明けるな。空が、白んで、星が。










 ・・・・星が見えなくなる。太陽の光で。
















[ ほしのかけら ]



















 当初、まったく計画は順調であった・・・・このガンダム試作二号機、つまりGP-02Aを核弾頭ごと奪う作戦は、成功させねば『星の屑作戦』の根幹にかかわる問題である。海岸へ向いながらガトーは思った・・・・いいや!別に今も作戦は失敗してはいない!現に、こうして自分は奪った二号機に乗っている。










 なのに、何故自分がこんなに苛立っているのか、ガトーには分からなかった・・・・・いや。理解しないようにしようと努力していたと言うべきだろう。夜は明けかけ、付近には霧がただよい、空を見上げても大したものは見えなかったが、だがしかしガトーは空を見上げた・・・・・時々、凄まじく明るい星が霧の晴れ間から見える。明け方だと言うのに、それでも輝く星。・・・・あれが、『南十字星』だろうか。・・・・ああ、宇宙に早く戻らなければ。
『ガトー少佐!』
 その時重モビルスーツのザメルに乗るアダムスキーから通信が入って、ガトーは急に現実に引き戻された。
「・・・来たか!」
『行って下さい!』
 その言葉に、だがガトーはさすがに躊躇する。すると、アダムスキーは続けて言った。
『どうせこのデカブツは、回収艇には積めやしませんぜ!』
「・・・・・すまん!」
 それだけ言うと、ガトーは海岸に急ぐ。・・・・と。
『・・・・・・ガトォォオオオオオオオオオーーっっ!』
 威勢の言い叫び声が無理矢理回線に割り込んで来た。・・・・・またガンダム一号機だ。その機体は、なんとザメルを踏み台にして自分に向かって一直線に飛んで来た。・・・・・まったく!










 自分が苛立っている理由は分かっている。・・・・この男が。この、何も分かっていない連邦の士官が、だがしかし何故か自分が死なせた部下に似ているからだ。・・・・テディに。ア・バオア・クーで死んだテディに、その、姿形が、印象が!!










『何故二号機を盗んだぁ!』
「もう貴様に語る舌など持たん!・・・・戦う意味さえ解さぬ男に!!」
 サーベルを抜き、打ち合いながらガトーは叫んだ。・・・・ええい、何故こんな奴の相手をしなければならない!?こんな奴に行動を阻まれねばならない!?それは、本心であった。・・・・戦っている理由も分からないようなこんな男と、自分が戦ってやる必要は無い!・・・・貴様は、いったい何処が違うと言うのだ!?・・・・ただ、命ぜられたからそこに居ただけのテディと、戦いになぞまったく向いていなかった人間と。・・・・戦争が終ってからのこのこ軍人になったこの男は、戦う理由ないはずだ。そして、見当違いの場所にいるのだ、なんの意味も無く、ただ!・・・・・・それではテディと同じでは無いか!!
『・・・・っ、それでも・・・・!』
 しかし。次に回線から聞こえて来た言葉は、少しガトーには意外なものであった。
『・・・それでも僕は、連邦の士官だあぁっ!』
 ・・・・意外な言葉だったが、瞬時にガトーはこう切り替えした。
「・・・それは一人前の男の台詞だ!!!」
 −−−−−そうだ。










 分けも分からず、ただここにいるだけの。・・・・こいつはそんな人間だ、そんな奴と会話をしなければならない事すら腹が立つ!しかし、少しこんなことも思った。
 ・・・もし、テディに。テディに、この男くらいの意味も無い、だが威勢の良さががあったならば、死なずに済んだのではないかと。そうではないのか?
 バチン、と大きな音を立て、二機のガンダムが弾きあっていたビームサーベルが離れる。その隙にガトーは機を翻し、ユーコンが飛ばして来た回収艇にとび移りるとこう叫んだ。
「・・・・覚えておけ!ジオンの中興を阻むものは、いつか必ず私に葬り去られるということを!!」










 ・・・思い出すだろう。この男に会う度に、面ざしの良く似た、だが性格は全く似てはいないテディのことを、自分は思い出してしまうのだろう。そして、苛立つのだ。
 こいつは、テディのように死にはしないのか?・・・絶対に死なないのか?・・・・自分を追いかけてくるのか?全てを失ったあの日の自分が、復讐を遂げるまでは死ぬものかと誓い、そうしてこの三年間生き抜いて来たように、いさぎの悪い執念を抱いて?










 ・・・・・・・・・・・・追いかけてくるのか、私を?















 夜は明けきった。















 ・・・・・星は見えなくなった。太陽の光で。















 ガンダム試作一号機のコクピット・ハッチを開いて外に出て来たコウ・ウラキは、ガトーが消えた朝霧の向こうの海を、なんとも言えない顔で見つめた。
 ・・・・・・悔しい。全く相手にもされなかった。










 ・・・・・悔しい。















 ・・・・星は見えなくなった。太陽の光で。















 だがその瞬間コウの心の中に、小さなほしのかけらが宿った。・・・・怒りという。復讐という。目標という。・・・・そうして、『戦いたい』というほしのかけらが。















 次の日、コウは『ガンダム試作二号機奪還作戦』に正式に志願した。



















『テディ』 ほしのかけら 終り。




















2000.10.19.










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