・・・もう、名前も覚えていない。その顔も。背格好すらも、良くは。
・・・・黒っぽい髪の毛の色だったような気がする。
・・・背は低かったような気がする。
・・・少し、舌っ足らずの話し方をしたような気がする。
・・・・とにかく、本当に思い出せない。たった六日間の事だったのだ。・・・ただ、『テディ』と。
『テディ』とその少年が呼ばれていた事だけは覚えている。
クマのぬいぐるみと少年と戦争
[ 後編 ]
0079.12月30日。
その日ガトーは、中隊長を召集する非常点呼の合図で目を覚ました。・・・部屋を飛び出る。
「ガトー!」
部屋の近いケリィも、そう言って廊下に飛び出して来た所だった。・・・・しかし、小隊長には招集はかかっていない。
「・・・・行ってくる。・・・始まったのか?」
「使ったんじゃ無いのか。・・・あれだ。ほら、コロニー・レーザー。・・・・ソーラ・レイを。」
軍服の上着を適当にひっかけながら、一緒に中隊長のミーティングに出られる訳でも無いのにケリィが途中まで廊下をついて来た。
「・・・落ち着け、ケリィ。とにかく行ってくる。・・・すぐに飛び出さねばならんだろう。・・・待ってろ。」
「待っているとも。」
そう言いながらも、ケリィは落ち着かない。しばらく狭い廊下を右に左に移動してから・・・結局、最後に軍服のボタンを止めているガトーの後ろ頭をいつも通りポンっ、と殴った。
「・・・待っているとも!行って来い!」
・・・・思えば。
ケリィの『左手』で頭を叩いてもらうのも、ガトーにとってはこれが最後になった訳だった。
中隊長が召集された緊急ミーティングの無い様は、まさにケリィが予測した通りであった。・・・・コロニー・レーザーが、ア・バオア・クーの目前に集結しつつあった連邦軍主力部隊に対して使われた。・・・艦艇の半数以上は轟沈。攻めるなら今。・・・・現在休息中の全部隊はただちに宇宙へ上がれ、というものであった。
「・・・・ケリィ!」
ガトーが戻って来た時には、既にケリィは発令された全艦出撃命令にしたがって、着替え終りモビルスーツデッキに向かう所であった。
「ガトー!」
そう言って、ケリィは軽く片手を上げた。・・・・またな。そう言わんばかりに。そうして、自分のモビルアーマーに飲み込まれるように消えてゆく。
「・・・全員いるか!!」
そう言って、ガトーは集まった自分の小隊の面々を見渡した。・・・テディも、きちんとそこにいた。
「これから、我が隊も最終決戦に参加する!・・・遺言は書いたか!・・・覚悟はいいな!?」
全員が、しっかりと頷いた。・・・テディも。
「・・・・では、各自配置に就け!」
・・・ああ、テディは。この後に及んで、まだそんな事を考えている自分に、ガトーは軽く笑い出さずにはいられなかった。
テディは戦場に出したく無い。・・・・もう、どうしようも無いけれど。
大急ぎでノーマルスーツに着替えたガトーは、自分のMS-14Sに乗り込んで火を入れた。・・・まず小隊の連中が、それから哨戒任務に出ていなかった為でもあるのだが、後から遅れて自分達のような中隊が出撃する。
「・・・・302哨戒中隊、出る!」
ガトーがそれだけ言うと、8機のモビルスーツは一斉にドロワを飛び出した。・・・・外は既に嵐のような戦場だった。
0079.12月31日。
・・・・いつ、日付けが変わったのかも覚えていない。
「・・・・全員居るか!」
何度目になるか分からないその台詞を、ガトーはまたモニターに向かって叫んだ。
『居ます!』
『大尉!・・・・これは、一体いつになったら終るんですか・・・・・!!』
そんな中隊の仲間の言葉を、それでも活力にしてガトーは戦場を駆け抜け続けた。・・・・そうだ、仮にこれでジオンが負けるにしても。・・・出来るだけのことは。・・・出来るだけのことは、しておかねば・・・・!!!
『・・・・うわあっ、大尉!』
その時、新人の一人・・・テディでは無い新人の一人が思いきり流れ弾を食らって、バランスを失い流されかけるのをガトーは目の隅で捕らえた。
「!!」
が、後から後から、連邦のモビルスーツが飛びかかってくる。その勢いに、被弾した部下の機体を見失いそうで、ガトーは焦った。・・・思わず鬼のように、邪魔をする連邦の連中を切り払って、その友軍機の元に急ぐ。
「・・・・・大丈夫か!」
その機体は、爆発する程の被害は被っていなかった・・・しかし、戦闘をこれ以上続けるのは無理だろう。
「・・・・よし、全員に告ぐ。一旦、補給の為ドロワに帰還!!!」
『・・・分かりました!』
もう、一日以上こうしてコクピットに座り続けなのでは?・・・はっきり言って、これでは本来の戦闘能力すら出せない。パイロットの疲労もピークの筈だ。本来、これだけ長い戦闘を行うのなら、軍全体を幾つかに分けて、順に送りだすべきなのでは?
・・・しかし、それだけの余力が今のジオン軍に無い事も、ガトーには良く分かっていた。・・・本当に連邦軍は、どこにこれだけの兵が残っていたという勢いで、人海戦術のようにモビルスーツをぶつけてくる。・・・・いや。兵を残しておいた訳では無いのか。
・・・・これが、国力の差というものか。ともかく、ガトーは自分も機の方向を変えると、ドロワに向かった。
流れ弾を食らった一人の新人のMS-09Rは、なんとかガトーの機に引っ張ってもらってドロワの格納庫まで戻って来ていたが、二度と動きそうにないのは誰の目にも明らかだった。・・・いや、修理をすればまだ使えるのだろう。しかし、如何せんそんな時間は今のジオン軍の何処にも無い。
「・・・・よし。お前はテディのMS-09Rを借りろ。・・・・テディ!お前は留守番だ!」
パイロットは無傷な事を知り、とっさにガトーは判断を下してそう叫んだ・・・・さすがに、元からの中隊メンバーがため息をついた。
「・・・・大尉。・・・大尉は、テディに甘過ぎます。」
姑くの沈黙の後、やはり血気盛んなカリウスが皆を代表するようにそう言った。・・・・そんな事は分かっている。ガトーは思った。
「・・・私の決定に文句があるのか?・・・貴様らは、最後まで国の為に戦いたく無いのか。・・・・テディは、この中で一番、その能力があるまい。・・・機が足りんのだ。仕方があるまい!」
・・・・詭弁だ。ガトーは思った。我ながら、なんと言う詭弁だ!!!・・・・私はただ、もうテディを戦場に行かせたく無いだけだ。この事態にかこつけて、そうしてしまおうとしている。中隊全員の中に、不思議な沈黙が流れた。・・・・テディは、相変わらず訳が分からないと言った様子でガトーと他のメンバーを見上げていた。・・・外では、今も戦闘が続いている。薄い空気の有るドロワのモビルズーツ・デッキにも、鈍い爆音が届き続けていた。・・・誰かが、思いきったように飲料水の入ったボトルを潰す。
「・・・・・分かりましたよ。」
・・・長い沈黙の後に、遂に隊で一番古株の兵士がそう言った時、隊の中でガトーの決定に逆らおうと思うものは居なくなっていた。・・・・そうだな、この先自分達がどうなろうとも。
・・・・テディは。テディだけは、生き延びさせてやろうじゃ無いか。
「あの・・・・・・」
困ったように、皆を見上げ続けているテディの頭を、中隊のメンバーの一人がぽんっ、と叩いた。・・・それから、他のメンバーも次々にテディの頭を叩きながら、短い補給の休みを終え、自分のモビルスーツに戻ってゆく。
「あの・・・・・・」
もう1回そう言ったテディに、さっきまでテディのものだった機に乗り換える事になった兵士から、コクピットからとりだしたテディ・ベアが投げてよこされた。・・・テディが受け取るには、少し高い位置へ放り出されすぎたそれを、ガトーは拾ってやった。
「・・・・ではな。」
それだけ言うと、ガトーも身を翻して自分のモビルスーツに乗り込む。・・・その姿を、テディはどうしようもなくデッキで1人見送っていた。・・・ああ、ノーマルスーツすら似合わんな、この少年は。コクピットに取り付いて最後に最後にもう1回振り返った時、ガトーはふとそんな事を思った。
「・・・・あのっ・・・・気をつけてください、みんな!早く帰って来てね!」
テディが、そう力一杯叫んでいるのがかろうじて聞こえた。・・・・が、その声は次の瞬間には発進するモビルスーツの起動音と、デッキに響き渡るエマージェンシーコールにかき消された。
「・・・・・大尉・・・・・」
ガトー達が再び飛び立った後も、テディはしばらくそのままデッキに立ち続けたが、やがてこの嵐の様なデッキに突っ立っているのはひどく邪魔だとようやく気付いた。
「ええっと・・・・留守番、留守番・・・・・」
そう呟きながらテディ・ベアを抱えて、テディは自室に向かって歩き始める。・・・きちんとエアのある場所へ出たのでヘルメットをはずした。それから、半無重力の中を、相変わらずとぼとぼした歩調で歩いてゆく。・・・が、今回は誰もテディを見ても声もかけなければ、笑いもしなかった。
・・・・そんな余裕は、もはやジオン軍の何処にも残ってはいなかった。
「・・・・・ええい!」
いつ果てるでも無い戦闘が、ア・バオア・クー宙域では続く。・・・・今は?今は何時だ?ガトーはうっすらとそう思った。
『・・・・ガトー!』
と、懐かしい声がモニターに飛び込んで来る。
「・・・ケリィか?・・・生きていたか!」
『もちろんだ!』
これだけ戦場が広がった中で、たとえ同じフィールドにいるとしても見知った顔と出会うのは難しい。・・・ケリィに最後に会ったのが、まるで三年も前の事の様にガトーは感じていた。
「どうだ、調子は!」
『良く無いな!・・・今日一日で、あっという間に撃破記録三桁のトップエースになっちまったぞ、俺は!』
そんなふざけたケリィの口調に、思わずガトーは苦笑いをした。・・・そうだな、今日一日で・・・・自分もどれだけ敵を斬った事か。
「お前の小隊は皆無事か!?」
また、飛び込んで来た連邦のモビルスーツを軽く薙ぎ払いながら、ガトーは妙なハイテンションに襲われて思わずそう言った。・・・ああ、今ならきっと、どんな無茶も出来るな。三年でも戦い続けられる。それくらいの、それは心の昂りだった。
『良く無いな!・・・もう、俺の小隊は俺しか残っちゃいない!・・・・みんなやられた!』
・・・・そうなのか。ガトーは心が昂ったまま、そのケリィの台詞を聞いていた。・・・やられたのか。お前の隊はお前を残して、全て。
「そうか。」
それだけ・・・それだけしか答えなかったガトーに、今度はケリィの方が聞いて来た。
『・・・・そういや、テディは。』
「何だ?」
MS-14Sの、ヒート・ナギナタの一振り。・・・目の前の敵が火球になって行くのを見ながら、ガトーは返事をする。
「テディが何だ?」
『いや、まだ生きてるのか?』
その言葉を聞いた時、ガトーは妙に笑いが込み上げてくるのを感じた。・・・ああ、戦闘の真っ最中だと言うのに、友人と会話を交わしているというだけでも、普段の自分からは想像もつかない事なのだが。
「そりゃあ、生きているだろう・・・・ドロワに置いて来た。」
『・・・何だと?』
そう答えたケリィのモビルアーマーが、以外に近くに居る事にガトーはその時やっと気付いた。
「ドロワに置いて来た。・・・私の部下を死なせはせん。・・・・誰一人な。」
すると、意外な事にケリィはこんな事を即答した。
『・・・・テディは死ぬぞ。』
閃光、閃光、また閃光。・・・・目も眩むような戦場。そのまっただ中で。
「・・・・死にはせん。・・・ドロワに居るのだぞ!?あの、不沈の空母に!!!」
その時、初めてガトーは自分の昂りと、自分の発する言葉が一致したのを感じた・・・思いきり叫ぶ。そして、斬り続ける。
「何故、そのテディが死ぬ!・・・・死にはせん!」
『いや、死ぬ!』
ケリィのその台詞に、ガトーはケリィが気が狂ったのでは無いかと思った。・・・自分の部下を失ったせいで。
「死にはせん!・・・死なせはせん!!!誰一人!!私は、今まで部下を誰1人死なせて来なかったのだぞ!?・・・ソロモンでもだ!!」
『それでもヤツは死ぬ!・・・・ここは戦場だぞ!!??分かってるのか、落ち着けガトー!・・・頼む!!』
そんなガトーに、何故かケリィは悲鳴に近い声を上げる。
『・・・そんな事を言っていてはお前が死ぬぞ!・・・いいか、テディは死ぬ!他の人間だって死んでしまうかもしれない。・・・戦争とは、そう言うことだ!お前は、テディを特別扱いしている場合じゃなかった!いつ誰が死んでもおかしく無い事実を認めるべきだったんだ、正気に戻れ・・・ガトー!』
「・・・・何を言う、私は正気だ!!」
ガトーがそう言った次の瞬間、もう目の前と言える程近くに寄って来ていたケリィのモビルアーマーに、小さな爆発が起こるのをガトーは見た。・・・何だって?・・・・被弾したのか!?
『・・・・くっそ・・・・!』
「ケリィ!」
どうやら、通信回線は生きているらしい。慌てて呼び掛けるガトーに、ケリィはこんな返事をしてよこした。
『・・・・まずい。何処がやられたか、デカブツすぎて分かりゃあしないぜ・・・・』
「ケリィ!ケリィ、ケリィ、大丈夫なのか!!??」
ガトーは、思わず自分の隊の指揮を執る事も忘れてケリィの機の脇に寄った。・・・コックピットに近いな。が、爆発はしなそうだ。
『お前が部下から目を離してどうする。・・・・左手が動かねぇな。いや、デカブツのじゃない、俺のだ。・・・ひしゃげて潰されたぜ・・・・戦線を離脱する。上に報告を頼むぞ?』
それだけ言うと、ケリィは機を横に流して第一線から引いてゆく。・・・ああ、第一線も何も。もう、ジオン軍は押されまくりだ。まさか、要塞の内部まで敵は取り付いてはいまいな?何処もかしこも第一線だろうに。
『・・・・これが、「仲間が死ぬかもしれない」ってことだ。・・・いいか、落ち着けよ、ガトー。』
最後に届いた音声の後も、ガトーはあまりの事にしばらくそのケリィのモビルアーマーの引いて行った先を見つめ続けた。・・・爆発の閃光は起こらなかった。・・・・大丈夫なのか?
『・・・大尉、四時方向に敵の大部隊です!・・・・くっそ、後から後から・・・・!!』
恥ずかしい事に、そう脇まで来て呼びかけたカリウスの言葉にガトーはやっと正気に戻った。・・・いや、正気に戻ると言うのがどういう事なのかを知った。
ドロワの居住区に有る自分の部屋で、他の人間はもう誰も居ないその部屋で、テディは膝を抱えてベットの上に座っていた。・・・鈍く響く爆音。時々来る振動。
「・・・・・ああ。」
ついに、テディはたまらなくなってその小さな部屋の、小さな窓に飛びついた。・・・光が。戦闘の光が幾つも幾つも瞬いて見える。
「・・・・大尉・・・・・・」
手からぶら下げていたテディ・ベアを腕にしっかり抱え直してその窓辺に立ったテディは、その時急に『行かなきゃ』という声が頭の中に響くのを感じた。
・・・・行かなきゃ。・・・そうだよ、大尉のところに行かなきゃ。・・・僕、302哨戒中隊のメンバーだもの。
何故そんな事を思ったのかなんて知らない。・・・少なくとも、『ここに残れ』と言ったガトーの命令に背く事にはなるのだが、テディはふわり、と部屋を飛び出した。テディ・ベアを抱えて。・・・あれからもう、何時間経った?・・・大尉の所まで行けるだろうか。通路を移動し、デッキに向かう。通路は、いつの間にやらたくさんの傷兵で溢れ返っていた。・・・・モビルスーツ・デッキに到着。テディは、着たままだったノーマルスーツのヘルメットのバイザーを下ろすと、キャット・ウォークから下を覗き込む。302哨戒中隊の割り当てであるそのデッキは、数時間前の比でなく混乱しきっていた。
「・・・・ええっと・・・・・」
壊れきって、辛うじて辿り着いたらしいモビルスーツの残骸。コクピットから引っ張り出されたものの、もう手遅れだったパイロットの死体。細々とした工具。・・・そんなものが、一面にただよう中を、テディはふらふらと泳いで行く・・・・あそこに、なんとか動きそうなMSー09Rがある。
「ええっと・・・みんな、すぐ行くよ。」
そう呟きながら、コクピットに飛び込んだテディは、自分のシートベルトにテディ・ベアを挟んでシートにしっかり座ると、そのモビルスーツに火を入れた。
「・・・・ほら、動く。・・・な?ジュディ。・・・・これで行けるよ、大尉のところへ。」
そう呟きながら、一機のリック・ドムが戦場に飛び出して行ったのに、ドックにいた人間は誰1人気付かなかった。
戦闘は狂気の様相を呈して来ていた。
「・・・小賢しい・・・・!」
もはや、中隊が中隊としてのフォーメーションをとれるような状況では既に無くなっていた。・・・そんな事をしていては死ぬ。・・・皆は。私の部下達は、生きているのか?まるで終わりのない様子で、地獄絵図は繰り広げられ続ける。
「・・・ええい!皆無事か!?」
『・・・生きてます!』
おそらく隊の中ではもっとも体力のあるカリウスの、そう叫ぶ声がなんとか回線を通じて返って来た。
「そうか・・・ならばいい・・・・・・」
・・・・負けるのに。・・・これだけ戦っても、きっとジオンは負けるのに。・・・・何のために。
・・・・何のために、我々は戦い続けて居るのだ。
「・・・行くぞ!もうひと踏ん張りだ!」
何がもうひと踏ん張りなのか自分でも分からなかったが、ガトーはそう叫ぶと皆を連れてまた戦いのもっとも激しい箇所に向かって突っ込んで行った。
「・・・・だめだ・・・・」
何故か、さっきからテディはガトーの心を非常に近くに感じていた。
「だめです、大尉・・・そっち、危ないです・・・・・・・大尉が死んじゃうよ!」
何故かは本当に分からないが、そんな思いに駆られテディは戦場の中をゆらゆらと抜けてゆく。・・・大体、今ガトーが戦場のどのフィールドに居るのかも、本来テディには分からない筈であった・・・が、何故か分かる。それは、確信に近く。
「・・・・だめだったら・・・・ああ、ジュディ、急がなきゃ!行くよ!」
もはや説明しようのない力に曵かれて、テディはガトーの元に突き進み続けた。・・・戦っているわけでも無いのに、まったく流れ弾に当る事も無く、戦場をすり抜け、器用に。
「・・・・リスホフ!」
最初に通信が途切れたのは六日前に配属されたばかりのリスホフであった。・・・ガトーは、頭を掻きむしりたい衝動に駆られた。・・・ええい。リスホフは、無事なのか、それとも死んだのか?
『大尉、右っ・・・・・!』
リスホフの生死にガトーが非常に神経を集中していた時、カリウスがそう叫ぶ悲鳴に近い声が聞こえた。・・・何だって?気がついた時には、既に遅すぎた。・・・右側になんだって?
どう近寄って来たものかも分からないが、何故か機を向け直したガトーのすぐ脇に、懐に、連邦軍のRGM-79GMが飛び込んで来ていた。・・・偶然だろう。ここまで来れたのは。
が、そのサーベルは間違い無く自分の機を切り裂く為に目の前に構えられている。その姿を、ガトーはやけに冷静に見つめた。・・・・防御が間に合わん。・・・・やられる。
・・・・やられるのか?・・・・私は。
更にその次の瞬間、信じられない事が起こった。その連邦軍のジムと、ガトーのゲルググの間に、何かが・・・・正確に言うと、武器一つ持たない壊れ掛けのリック・ドムが、何も考えない風で飛び込んで来たのだった。・・・・何だって?
一瞬、その連邦軍のジムはひるむ。・・・その隙に、近くに居たカリウスのリック・ドムが、そのバズーカを後ろからジムに打ち込むのをガトーはただ呆然と見ていた。・・・が、バズーカでやられる直前に、ジムもサーベルをふり下ろし、その飛び込んで来たぼろぼろのリック・ドムの方を叩き斬る。
ーーーーーーーーーーーーージムの爆発に巻き込まれ、胴からまっぷたつに斬られたリック・ドムがつられて四散し、爆発するそのかけらの中に、何故かガトーははっきりと見た。
・・・・・・はっきりと見た。かつてモビルスーツであった物体の残骸にまぎれて、宇宙の彼方に吹き飛ばされてゆく小さな小さなテディ・ベアを。
「う・・・ぉおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!」
負けるのに。・・・ジオンは、負けるのに!・・・その時になって初めて、ガトーの心の中に妙な達観では無く、凄まじい『潔(いさぎ)の悪さ』が生まれた。そうだ、この戦いは負ける。そのことについて、冷静に判断する精神は、もはや必要では無いようにガトーは思った。・・・・負ける。・・・だが、しかし、何故ジオンは負けねばならなかったのだ!・・・こうまでして、あんな小さな子供でさえも戦場に出して、そうまでして戦ったのに!!
「・・・っ、ふざけるなぁっ!」
もはや、鬼神のように怒り狂ったガトーを、誰にも止められはしないと見ていた誰もが思った。・・・あのリック・ドムにはテディが乗っていた。・・・・見たわけでもないのにガトーはそう思った。自分が見たのは、宇宙の彼方に飛んでゆくテディ・ベアだけだ。しかし、絶対にテディが乗っていた。
・・・・何故だ!ドロワに残して来たはずなのに!
『大尉っ、撤退命令が・・・・』
がむしゃらに敵を切り続けるガトー機の通信回線に、しかしそう言うカリウスの声が飛び込んで来る。・・・・戻るだと?どこへ?
『この海域から撤退せよとの命令が、先程出されました・・・・大尉!』
・・・負ける。そうだ、負ける。・・・何故だ。
何故、ジオンは負けねばならなかったのだ!・・・・このまま終っては。・・・このまま終っては、この戦場の何もかもを連邦軍に分からせる事も出来ないままなのでは無いかと思った。・・・・そうか。
・・・・・・その為の『理由』として、『ジオンの理想』はあったのか!
「・・・撤退だと?」
しばらく経ってから、やっと機を動かす事を止め、そう呟いた自分の声がやけに冷静だった事に、ガトーは自分で驚いた。
『・・・発信は、グワデンからであります。』
「グワデン。・・・ということは、デラーズ大佐か。」
・・・・そうか。
・・・・そのための『理想』か。・・・・なんと、生きやすい人生の理由だろう。
数分後、降り立ったグワデンで、ガトーはドロワが沈んだ事を知った。・・・・ああ、では何か。・・・たとえ、あのままテディがドロワに居たとしても、どっちみち助かりはしなかったのか。
・・・・帰る・・・・帰る場所すら、国すら失うとは、こういう事だったのか。ガトーはあの時飛び込んで来たリック・ドムには、テディが乗っていたと信じて疑っていなかったが、それでもさすがに空しさを覚えた。・・・・・・そうして、初めて心から泣いた。部下を失った悲しみに。
ケリィは生き残ったものの左腕を失い、結局302哨戒中隊で生き残ったのも、ガトーとカリウスだけだった。・・・・こうして、一年戦争は終った。
・・・・三年後。0083.10月13日。
『・・・・ここから、出すわけにはいかない!』
ガトーの目前には今、ガンダム試作一号機が舞い降りて来た所だった。・・・・場所はオーストラリア。連邦軍、トリントン基地。
「ほう?・・・・こしゃくな、見のがしてやったものを。・・・・一号機まで失いたいのか?」
ガトーは、妙に冷めて低く笑ったまま、その声をモニターから聞いた。・・・今、ガトーが乗っているのは連邦軍から奪取したガンダム試作二号機である。・・・だから、回線は通じているわけだった。
『逃がすものかっ、ここから!』
そう言っている相手のパイロットの声は、聞くからに幼く、新米である事はどう考えても明らかだった。・・・思わず、ガトーは映像回線のスイッチもオンにする。・・・・モニターには小さなウィンドウが開いて、目の前に立ちはだかる一号機だけでなく、そのコクピットに座る男の姿もその画面に映し出された。
・・・・その瞬間。
・・・もう、名前も覚えていない。その顔も。背格好すらも、良くは。
・・・・黒っぽい髪の毛の色だったような気がする。
・・・背は低かったような気がする。
・・・少し、舌っ足らずの話し方をしたような気がする。
・・・・とにかく、本当に思い出せない。たった六日間の事だったのだ。・・・ただ、『テディ』と。
『テディ』とその少年が呼ばれていた事だけは覚えている。
「・・・・おい、貴様。」
しばらくの沈黙の後、ガトーが発した声には自分でもそうと分かるくらいに凄まじい殺気と敵意が込められていた。・・・ガトーは、そんな自分に驚いた。モニターの中で、その一号機のパイロットがビクっと肩を竦めるのが見える。・・・・実際には、もう良く覚えていないのだから、こんな顔では無かったのかもしれなかった。・・・しかし。
「・・・・死にたくなくば、そこを、どけぃ!」
しかし、何故かガトーには、記憶の中のテディとその新米のパイロットの顔が重なり、もはや別人の顔には見えなくなっていた。
・・・・テディは。
『う、うわぁぁぁぁ!?』
不器用にその男がサーベルを構える。ガトーは、それを薙ぎ払った。・・・・テディは!
テディは、死んだのだぞ!?たった十六歳で、まだいくらも生きていられたのに、あの戦場で、ア・バオア・クーで死んだのだ。・・・なのに、何故貴様は生きている。生きて、元気にモビルスーツになぞ乗っている!死にさえしなければ、今頃テディもこの男と同じくらいの年の筈だった。・・・・それなのに、何故・・・・・・!
・・・・何故、貴様は生きていて、生きて、大きくなれて、テディは十六歳のまま死んだのだ・・・・!
ガトーには、毛頭この碌に戦い方も知らないような男を殺す気は無かった。・・・他から割り込んで来た回線で、その男の名前を知ったガトーは、バルカン砲を食らわせて一号機の足を掬うとこう言い捨てる。
「ウラキ少尉。・・・私の相手をするには、君はまだ、未熟!」
・・・ああそうか。何故テディが死んで、あの男は生きているのか。
・・・・これが戦争に負けると言うことなのか。そうなのか。そう思いながら、ガトーは回線を切ると倒れた一号機を残して宙に舞い上がった。
・・・・そうだ、負けた。ジオンは負けたのだ。・・・しかし、ただでは終らん!・・・・死んで行った者達の。
死んで行った者達の無念をはらす為に。・・・そうして、自分が生きてゆく理由を見つける為に。・・・・その為に、『理想』がある。
・・・もう、名前も覚えていない。その顔も。背格好すらも、良くは。
・・・・黒っぽい髪の毛の色だったような気がする。
・・・背は低かったような気がする。
・・・少し、舌っ足らずの話し方をしたような気がする。
・・・・とにかく、本当に思い出せない。たった六日間の事だったのだ。・・・ただ、『テディ』と。
『テディ』とその少年が呼ばれていた事だけは覚えている。
0083.10月13日。
・・・・こうして、ジオン残党軍による、星の屑作戦は始まった。
『テディ』終り。
2000.09.09.
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