チャック・キース少尉があくびをしながらアルビオンの通路の一本を曲がると、その向こうの廊下では、コウ・ウラキ少尉が小さな窓から外を眺めているところであった。・・・・あああ。今日もやっと、訓練が終った。これから休息時間だ。
「・・・・コウ?何やってんだ、お前?」
 そう思いながら、キースはウラキに声をかけた・・・・ハッキリ言って、ウラキが必死に覗いているその窓はとても小さい。小さくて、四角くて、分厚い強化ガラスがはまっていて、まあ、景色を眺めるのにはあまり向いていないと言っても過言ではないだろう。外が見たければ、それ用の施設がこの大きな船にはあった。・・・今、その窓から見えるのは、非常に大した事のない風景のはずなのだが。だが、ウラキは何故かじっと、その窓を眺めているのだった。
「ああ、キースか?・・・なんだ、これから休みか?休息時間が重なるなんて、めずらしいな!」
 ウラキはキースに気付いて、ぱたぱたと手を振る・・・近くに来いと言うのだ。キースは、慣れない動作で持っていたハンドグリップを離すとウラキの元へ飛んでいった。・・・そう。
 大した風景は、見えないはずだ。・・・ここは宇宙だから。外に見えるのは、ただ一面の宇宙空間のはずである。真っ黒で、面白くもないだろう。それを、何をこんなにコウは必死になって外を見ているのだろう?・・・時は、0083.10月29日。ウラキ少尉とキース少尉の二人が乗る、ペガサス級強襲揚陸艦アルビオンが地球の重力圏を脱出して、既に4日程が経っていた。
「そんなに一所懸命に外を見たって、何も・・・・う、わああ!」
 そう言いながら、キースはバランスを崩してウラキの背中に突っ込んだ。・・・居住ブロックから離れたこの廊下には、重力は無い。共に地球生まれで地球育ちのウラキとキースの二人は、二人とも非常に無重力に慣れていなかった。
「何もって・・・・うわあああー・・・止まらないー!」
 突っ込まれたウラキも巻き込んで、二人はだんごになって通路を何メートルか流されていく・・・・そうして、曲り角の突き当たりで、壁に身体がぶち当たってやっと止まった。ほっとしたため息をつきながら、ウラキがキースに言う。
「確かに、何も無いんだけどさ・・・・ほら、あのさ。宇宙って、ほら、いつも夜だなあ・・・と思ってさ。キースは、そう思わないか?」
「・・・・・・・・・・・は?」
 そのウラキの台詞に、キースはたっぷり三十秒程考え込んだ。・・・・そして仕方がないのでもう一回言った。
「・・・は?何だって?」
「だから、宇宙って、いつも夜だなあって!」
 ・・・・・宇宙なんだから、いつも外が星空なのは当たり前だ。・・・そう思いつつも、キースはウラキの腕を引っ張ると、軽く頭を振りながらとある場所へと向かった。















(2)

















「まったく、お前ときたらさ・・・訓練にも出ずに、そんな下らない事考えてたのか!?」
 やはりアルビオンの通路を、しかし今度は片方の手でウラキの腕を掴んで突き進みながら、キースは言った。ウラキは、自分と同じ無重力戦闘訓練には出ていない。理由は、ウラキの乗機がガンダムだからである・・・ガンダムは、まだ宇宙用に換装されていないのだ。しかし、バニング大尉のジムを借りれば、ウラキも練習に出られないことは無いのだった。しかし、本人にはからっきしガンダム以外の機体に乗る気がないらしい。・・・ともかく、片方の手でハンドグリップは握っているものの、やはり殆ど無重力という状態はキースには行動しづらかった。時々よろけながら通路を進んで行く二人を、すれ違うアルビオンの他の乗り組み員達が、笑いながら面白そうに眺めている。
「下らないって言ってもさー・・・おい、キース、何処に行くんだよ?」
 ウラキはそんな事を言いつつも、おとなしくキースに引きずられて行く。キースは、そんなウラキはお構いなしで通路を進み続けた。










「宇宙がいつも夜ってさぁ・・・お前は、小学生かよ!あったりまえだろ、夜なのは!あのねー、地球で夜に見える、星空のただ中に今、俺達は居るんですー。分かってますか、ウラキくーん。」
 そのキースの口調に、ウラキは少し気を悪くしたようであった。
「わかってまーす、キースくーん。・・・だけどさ!だって、夜じゃ無いか!星空なんだから!」
「そんなこと言ってられるのは、今のうちだけだぞ・・・・ふっふっふ。」
 あれこれ話して、艦の中を移動しているうちに、二人は先程とは逆側の通路に出ていた。ここぞとばかりにキースが、コウの頭を掴んで窓を見せる。
「見ろ、コウ!・・・これでも『宇宙はいつも夜』なんて、言ってられるか!?」
 ・・・・キースが、ウラキに無理矢理見せた艦の反対側の窓からは今、ちょうど太陽が見えるのだった。・・・・その、宇宙空間で直接眺める太陽の眩しさに、ウラキは思わず目を細める。
「・・・・・あああ。大変だ・・・こっち側はいつも昼間だ!」
 そのウラキの台詞に、キースは思わず頭を抱えかける。・・・が、付き合いが長くてウラキの性格を熟知している分、なんとかしゃがみ込むのは思いとどまって、そして言った。
「大体、なんだって『宇宙はいつも夜』なんて事を考えだしたんだよ。・・・普通の人間はなあ、そんなことで悩まねーよ、コウ!」
 すると、ウラキはなんとも言えない不思議な顔をした。
「・・・・だってさ・・・・」
 グリップに掴まりつつ、ふよふよと不安定に浮きつつ、ウラキは答える。
「だってさ・・・・・寂しそうだったんだよ。」
「は?」
「寂しそうだったんだよ、ええと・・・・そう、こっちの方角かな?」
 それだけ言うと、今度はウラキがキースを引きずって、またしても二人は艦内を移動しはじめた。










 ペガサス級の戦艦と言うのはそれなりに広い。ウラキが、キースをひきずって辿り着いたのは、今度は艦のもっとも後方にある通路であった。
「見ろって!キース!」
 そう言って、今度はウラキがキースに窓の外を覗かせる。キースは、しかたなしにぶつぶつ呟きながらその窓を覗き込んだ・・・・と。















 ・・・・そこには、地球があった。















 モニターなどでいつも見ていた地球とは違う。モニターには、当たり前だが枠がある。・・・限度があるのである。しかし、今キースが顔を力いっぱい近付けて覗き込んでいる風景には、『枠』がなかった。
 ・・・・たった一つ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」
 一面の、暗闇の中に。見渡す限りの暗闇の中に、ただ地球だけが浮かんでいる。それは確かに、ウラキの言う通りに「寂しそうな」光景であった。背景の暗闇には果てなど無い。とにかく一面の真っ暗やみだ。・・・その中に、ぽっかりと浮かぶ地球。
 ・・・・一体。何の、神様の間違いで、この星はこんなところに作られてしまったのだろう。だって、何も無い。周りに、何も無い。本当に見渡す限りの暗闇しか無い。・・・多分、ウラキ風に言うとそれは『夜』だ。・・・宇宙はめちゃくちゃいつも『夜』、だ。
「・・・・大変だ。」
 そのあまりの光景に、思わずキースも呟いた。
「・・・・ひとりぼっちだ。」
「・・・な?だろ?・・・・『宇宙はいつも夜』・・・・だろ?」
 そのキースの台詞に、ウラキは戸惑うでもなく、まったく真面目に返事をした。・・・・ああ。キースは思った。俺は、こういうコウの性格は大好きだな。・・・・ほんとに好きだな。でもさ。
「・・・・でもさあ、コウ。・・・宇宙はいつも夜かもしれないけどさ。」










 コウ・ウラキという人間は、きっと地球が大好きで。その姿を見ると感動してしまって。・・・そうして、舌っ足らずに、『宇宙はいつも夜』とか言ってしまう人間なのだろうけど。
「・・・でもさあ、コウ。・・・・夜ってのは、いつか必ず夜明けが来るから、だから、夜なんだよ。」
 キースは必死に言葉を考えて、それだけを言った。・・・・それが精一杯だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん、」










 が、コウ・ウラキという人間は、それだけで十分な人間であった。
「ああ、うん。・・・・・そっか!・・・・夜明けが来るのかあ・・・・そうか、ありがとうキース、僕忘れてた、そんなこと!」
 そう言うと、ウラキは嬉しそうにキースに向かってにっこり笑った。
「そうかあ、『夜明け』は必ず来るのかあ・・・・んじゃ、今は、宇宙はいつも夜だけど、きっと大丈夫だよなー・・・・」
 そのウラキの言葉を聞いた瞬間キースは思った。















  ああ、俺達は真っ暗やみの夜の中を、夜明けを信じて走ってゆく、ただの子供だ、と。















 本当は、ガトーを追い掛けている不安とか。本当にいつかこの戦いは終るのか、とか。そう言う事を考えなきゃならない事は分かっていたが、それでも思った。・・・・地球が好きで。ただ、それを守りたくて。そうして走ってゆく、俺達はただの子供だ。本当に弱くて。大した事も出来なくて。立派な台詞も吐けず。・・・だけど。ただ必死に駆けてゆく。・・・そう言う子供だ。・・・そうだ、不安なんだ。ガトーに追いつけるのか。こうしてただ宇宙を眺めているだけで。いつか追いつけるのか。・・・だが、そんな直接的な事は言わずに、ただ『宇宙はいつも夜』というそれだけの単語で、その自分の訳のワカラナイ不安を、表現したウラキは天才かもしれないとキースは少しだけ思った。・・・悔しいから、そんな事は言わなかったが。










「あー・・・お前、まだ休息時間かもしれないけど、僕は勤務の時間だよ!」
 唐突にウラキがそう言って、キースは急に現実に引き戻された。見ると、ウラキはさっさと格納庫に向かうところであった。
「勤務ったって・・・お前、ガンダムは宇宙に出れないじゃん!」
「だからー、シュミレーション!」
「そんな事言ってる暇があったらバニング大尉のジム借りて、無重力戦闘の訓練すればいいのに・・・・!」
 そう叫ぶキースの言葉を、ウラキは背中で聞いているのかどうかも分からなかった。










 そうだ、宇宙はいつも夜だろう。・・・・だけど、きっと夜明けは来るだろう。・・・そうして、自分達は必死に走るだろう。










 キースは遠ざかるウラキの後ろ姿を見ながら、そんな事を思った。・・・これから何があろうとも、きっと、夜明けは来るだろうと。・・・そう考えるのが、俺達風だ。連邦風、っていうか。
 ウラキの後ろ姿は、通路の角をまがってもう見えなくなっていた。・・・キースは、ゆっくりと自分も踵を返した。・・・そうだ、夜明けはきっと来る。















 ・・・アルビオンは、そんな思いをのせて、暗礁宙域に向けて航海を続けていた。



















『アルビオンの少年』2、おわり。










2000.11.03.





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