(裏)誰が為に星は輝く。
「・・・失礼。」
アナベル・ガトー中尉は、生真面目に入り口の警備をしていた兵士にそう告げると、パーティー会場から外へと抜け出した。・・・こういう場所は、苦手だ。時は0079.1月20日、場所はサイド3の1バンチ、ズムシティーのザビ家公邸。・・・ただの廊下の空気。それが、ガトーには先程まで居た大広間の空気とはまるで違って非常に清(すが)しく感じられた。
5日ほど前、ジオン公国軍はルウムに於いて大勝利を納めた・・・連邦軍宇宙艦隊を、壊滅寸前にまで追い詰めたのだ。連邦軍の総司令官レビル将軍も捕虜として拘束され、それを祝しての戦勝パーティが、たった今この場所で行われていた。自分の後ろで閉められたばかりの豪奢な扉の向こうからは、さざめく人々のざわめきがまだ聞こえてきている。そこには、ジオン公国の貴族のほとんどと、華々しい功績を上げた将校達が招かれており、かく言うガトー中尉もその中の一人だった。
「・・・しかし、自分はやはりこういう場所は苦手だ。」
ガトーは、小さく呟いてみた。それから、会場を抜け出して来た理由でもあるその場所へと向かった・・・何の事はない。生理的欲求と言うやつだ。ほどなく、仕官用の化粧室を見つけると、彼はそこへ入った。
当然の用を足して、個室から出てくるまで彼はその化粧室に先客がいる事に気付かなかった。御丁寧な事に、洗面台は個々にスリ硝子で仕切られている。彼がその一つに向かって、蛇口をひねった時だった。・・・小さな物音が何処かから聞こえる。それから、嘔吐する声も。・・・誰かが居る?
「・・・」
ガトー中尉は、いぶかしく思いながらも他の洗面台をちらりと見遣った。二つほど向こうのスペースに、人陰が見える。その時また、全てを吐き戻す苦しそうな声が聞こえた。
「・・・貴君、」
ガトーは戸惑いつつも声をかけた。
「大丈夫か?」
そうして、その人物の元まで歩いていった・・・おせっかいかも知れないが。性格的に放ってはおけない。すると、声をかけられたその人物は口を濯ぐとゆっくりと後ろを振り返り・・・ガトーを見た。
「・・・何故、」
その人物はちらりとガトーを見ただけですぐに洗面台に向き直ると、皮肉っぽい口調でこう言った。
「何故人は、明らかに大丈夫でない人間に向かって『大丈夫か』と声をかけるのだろうな。」
ガトーは、戸惑っていた。・・・その将校の顔を全く見知らなかったからだ。いや。知らない人物ではないのかも知れない。苦しそうに少し額に汗を浮かべ、腹を抱えている鏡に写るその顔は女で無くても一度見たら忘れられないくらいに整っている。だが、やはり見覚えが無い・・・その人物は赤い軍服を着ていた。階級章は大尉だ。赤がパーソナルカラーの人物は知っている限り二人しか居ない。しかも、片方の人物はガトーも顔を知っているし、第一その人間は先程まで居たパーティ会場で人気者になっていたはずだ。とすると、この人物は・・・。
「・・・失礼しました、」
ガトーはその時やっと、予想を確信に変え得る大理石の洗面台の上に置かれた良く知るマスクに気付いた。
「失礼しました、シャア・アズナブル大尉。自分は・・・」
「知っている。」
ガトーがそこまで言いかけた時、その人物・・・シャアが、軽く遮った。
「ドズル中将の所で、何度か会っている。・・・アナベル・ガトー中尉だろう?」
「は・・・。で、大丈夫でありますか。」
そのガトーの言葉に、シャアは困ったような顔をして小さく笑った。
「見ての通り・・・大丈夫ではない。だが、貴公の世話になろうとも思わんよ。行ってくれたまえ。」
そう言われては、ガトーにもどうしようもない。彼は、シャア大尉の素顔を見た事がどれだけ珍しい事かも深く考えずに、入り口へと踵を返した・・・と、その時。
「・・・?」
ずるり、と人の屈み混むような音がしたので彼は振り返った。見ると、シャアが洗面台の脇に座り込んでいた。
「シャア大尉・・・!そんなに気分が悪いのなら、少し外ででも風にあたった方が・・・!!」
「・・・ああ。どうやらその方が良い様だ。」
飛んで戻ってきて自分を抱え起こしたガトーに、シャアは苦々しげにそう言った。ガトーより、シャアの方が一回りほど小さいのだ。・・・ガトーが大男だから、と言うこともあるのだが。
「どうされたのですか?お酒を飲み過ぎたのですか?」
「いや・・・いつもの事だ。気持ちが悪かったから吐いたのだ。それだけだ。」
全く、わけが分らない。そう思いつつも、シャアにもう一回口を濯がせると、ガトーは彼を抱えたまましかたなく庭へ続く開け放たれたフランス窓を目指した。・・・パーティ会場には戻らずに。
「・・・気持ちが悪い。」
肌寒いくらいに気温の設定された1月のコロニー内の、ザビ家公邸裏庭に二人は出てきていた。シャアは立っている気力も無いらしく、ガトーが腕を離すとすぐさま庭のベンチに座り込んだ。
「大丈夫ですか?何か薬を貰ってきましょうか。」
成りゆきだが、関わってしまったからには放っておくわけにもいくまい。シャアはベンチに座り込んだまま、ガトーの事など全く無視しているようにも見えた。うつむいた顔の脇で、淡すぎる金髪が揺れている。少しだけ風が吹いている。ガトーは、上を見上げた・・・密閉型のコロニーなので、上にも町並みの明かりが見え、それは星に見えない事もなかった。
「・・・いや、いい。薬で直るような吐き気ではないのだ、ガトー中尉。」
「は?」
「私は気持ちが悪くなるのだ・・・ザビ家の人間の顔を見ているとな。そういう病気なのだ。」
・・・とんでもない台詞を聞いた気がする。ガトーは、思わず辺りを見渡した。少し離れた屋敷の窓辺に、煌々とパーティ会場の明かりが見える。しかし、庭には人っ子一人居ないように思えた。
「それは一体どういう・・・穏便な台詞では有りませんな。」
「・・・貴公は、真面目な人間だな。」
とたんに、シャアが顔を上げると面白そうに笑った。そうして、初めてガトーの顔をマトモに見た。人種が同じ系統なのだろう、二人とも面白いくらい淡い瞳の色をしていたが・・・色がブルーの為、シャアの瞳の方が冷たそうに見えた。しかし、女みたいな顔の人間だったのだな、シャア・アズナブルと言う人は。ガトーは、淡々とそんな事を思った。そうして、顔は笑っているのに、そのシャアの目は全く笑っていない事に気付いた。
「冗談だ。そうだな、冗談ついでに言うならば、サイド3に戻って来たとたんにギレン総帥に呼び出され、散々苛められたあげくに、ドズル中将には今日のパーティの間中お供をしろと言われ、キシリア少将には個人的に話があると呼び出しを食らったら、貴公もうんざりする事だろう?」
「・・・言っている意味が分りません。」
それは全くそのとうりだった。何だ?シャア・アズナブルという人物は、ただのパイロットではないのか?彼の、華々しいまでの戦績ならガトーも知っているし、戦場ですれ違った時にも優秀なパイロットで指揮官だ、と思った。もっとも、ザビ家の末っ子のガルマ・ザビ大佐と士官学校で同期生だった事は噂話に聞いたことがある。個人的に仲が良いとも。もちろん、ガトー自身はそんな流言には全く興味が無いが、シャア・アズナブルの出世があまりに早いのはその事が原因では無いかというのが、一般的に叩かれる彼に対する陰口だったのだ。しかし、ガトーはそう思ってはいなかった。戦場で見かけたシャアが立派なパイロットだったのは確かだ・・・噂より自分の見た事の方が真実だろう。・・・ところが、違うのか?やはりこの人物は、コネで出世したのか?ザビ家の人々殆どと個人的に懇意になって?ガルマ大佐だけでなく?・・・それがガトーの、シャアの言葉を聞いて想像し得た事の全てであった。
「分らなくて結構。・・・貴公には縁も無かろうよ。」
シャアは、またしても面白そうに・・・だが、皮肉にも取れるくらいの様子で笑った。そうして、少し気分が良くなったらしくベンチから立ち上がった。
「そうだな・・・貴公のような心の綺麗な人物と話せるのは自分も幸せだ。せっかくだから少しつき合ってくれるか。」
そう言うと、シャアは庭の奥を目指して歩き始める。・・・どう言う意味だ。ガトーはそう思ったが、歩き出したシャアの歩調がまだふらついているように見えたし、仮にもシャア『大尉』は階級が上であったので、彼はその言葉に従って後をついていってみる事にした。と、急に思い出したようにシャアが振り返って何かを探す仕種をする。
「これですか。」
シャアのマスクは、ガトーが彼を外へ運び出した時についでに持ってきていたのだが、それを差し出すとシャアは頷いた。
「そうか・・・全く忘れているとは、これはおかしい。・・・ありがとう中尉。」
そうして受け取ると、それを手に持ってまたしてもシャアは笑った。・・・何がそんなにおかしいと言うのだろう。そう思いつつ、ガトーはふとあまり興味もないので忘れていた軍内のもう一つの流言を思い出した。
「・・・そう言えば、うわさの火傷の痕はないのですね。」
「火傷?ああ、私の顔にか?うん・・・そうだな、大火傷だったと皆には言ってくれたまえ。」
シャアはそんな話には全く興味もないようで、だがマスクは付けないまま手に持って歩いていった。
ふらふらと、軽やかな、だがよろめくような足取りで赤い彗星が目の前を歩いてゆく。
「・・・ここだ。」
シャアが立ち止まったのは、庭の片隅の低いサンザシの垣根の脇だった。何がここだと言うのだろう。すると、まったくすり抜ける余裕などないかと思われたその茂みを、器用にシャアが抜けていった。そうして向こう側に立って、ふり返るとガトーを呼ぶ。
「何をしている。早く貴公も来たまえ。」
「・・・は・・・」
驚いた事に、ガトーがその同じ場所に行くとわずかながら茂みの間に通り道のような跡がついていた。ここは、元から抜け道だったのだ。・・・何故、シャア・アズナブルはこんな庭の片隅の事を良く知っている?
「ガトー中尉、君には世話になったから、面白い話をしやろう・・・」
そんなガトーの気持ちを知ってか知らずか、シャアは前をマスクを軽く振り回しながら歩きつつ、話しはじめた。
「昔話だ。あるところに一人の少年がいて、妹と父と三人で仲良く平和に暮らしていた・・・」
話ながらも、どんどんシャアは庭の奥へと入ってゆく。常緑樹のヒイラギの緑。まるで森のようなこの広大な庭の、木々の間の細い小道。丈の低い潅木。知らない人間なら間違いなく迷子になるであろうそんな中を、シャアは綺麗に抜けていった。
「ところが、悪い悪魔が来て、その家族の父親を食べてしまった。兄と妹は・・・とても遠くに逃げた。」
「・・・ロマンチストですね、シャア大尉は。」
対応に困ったガトーがそう言うと、やはりまたシャアは低く笑った。
「まあ、聞きたまえ中尉。ここからが面白いんだ。」
そのとき、二人はポッカリと広がった森の中の広場のような庭の一角に出た。ざああ、と風が木立の上を抜けてゆく。
「逃げた兄と妹は、泣きながら暮らした・・・しかし、大きくなった兄は思ったのだよ、今なら悪魔が倒せるかも知れないと。そうして、兄は戻って来た。自分の生まれたところへな。」
そう言いながら、シャアは一本の木に手をかけたところだった。私も背が伸びたはずだが、などとつぶやきながら、木の幹にあるウロを探ろうとしている。しかし、まだ少し身長が足りないらしかった。見ていられなくなり、ガトーは後ろから手をのばした。
「・・・このウロですか?」
「ああ・・・すまないな、中尉。何か入ってないか?」
この人は気狂いか?・・・ガトーは少なからずそう思いはじめていた。
「あるか?あるはずなんだ。」
「・・・・これですか。」
驚いた事に、その木のウロにはちいさな古びたゴムボールが一つ、入っていた。泥とほこりにまみれたそれをガトーが取り出すと、シャアは嬉しそうに頷いた。
「・・・それだ!やはりな、まだあった。」
そうしてゴムボールを受け取ると、何度か足下に落としついてみる。・・・まだ、そのボールは跳ねた。
「・・・何故ここに、そんなものが有る事を知っていたのですか?」
「私が隠したからさ。最後の日にな。」
「・・・・」
ガトーは、精一杯の想像を張り巡らせた。そして言った。
「・・・大尉は、ガルマ大佐と幼馴染みでらっしゃるのですか。小さい頃、こちらの庭で遊ばれた事でも?」
その台詞に、シャアは一瞬動きを止めた。それから、思いきり空に向かってボールを投げ上げた。・・・飛んでゆくボールが、そうして放物線を描いてもう一回この森に落ちてくる。その間、そのボールが落ちてくるまでの間中、シャアは不思議な表情でガトーを見つめ続けた。
「・・・そういう事にしておけ。」
ボールが落下し、草むらを転がり、二人が来たのとは反対側の森の中に消えていってからシャアはゆっくりとそう言った。
「そういう事にしておけ。ガトー中尉、君は恐ろしく清冽な人間だな。貴公の発想は美しすぎて私にはとてもついてゆけそうに無い。」
「・・・さっきの兄と妹の話には続きがあるのだよ。」
よほど経ってから、シャアが小さくそう呟いた。正直、ガトーはほっとした。シャアが、身動き一つしなければ口も聞かなくなってしまい、為す術も無く庭の中に立ち尽くす状況が続いていたからだ。
「・・・兄は、実際戻って来た。今なら悪魔が倒せるのでは無いかと思ってな。・・・顔を隠して。何とかして悪魔の懐に飛び込もうと、ありとあらゆる手段を使ってな。」
「−−−・・・」
その時初めて、ガトーは背筋に嫌な寒気を覚えた。・・・1月の気温に調整されたコロニ−内の温度が肌寒かったからでは無い。目の前の人物が気狂いの様に話し続ける物語と、その人物自身ががようやっと重なったからだ。・・・そうすると、ただ吹いている風の音までがまるで違って聞こえた。
「・・・そうだ、ありとあらゆる手段を使った。顔を隠して?・・・大笑いだな、そんな子供地味た方法が、お話のようにうまく行くものか。バレたさ、あっという間にな。その素性も、目的も。・・・するとどうなるか知っているか?今度は、脅されるのだ、力の無い方が。ただ組み敷かれ、持ちゴマとして使われるだけの弱者になるのだ。いや、それ以下かもな。そうなったらただのペットみたいなものだ。言われればなんでも言う事を聞くだけの。」
「・・・・」
「・・・分るか、私は順番に呼び出される。ザビ家の人間に。だから、奴らの顔を見ると吐き気がするんだ。・・・どいつもこいつも最悪だ。」
ガトーは、返事のしようが無くてただ立っていた。分るかだと?・・・分るものか!出会った時、この人は吐いていたな。何故か?・・・想像も出来ないが、したく無いのも事実だ。全くおぼろげにだが、何となくは分る。彼は吐きたかったのだろう。気持ちが悪くて。『ありとあらゆる手段』の中にそういう行為が含まれていたであろう事くらいはガトーにも分かった。そんな出世の仕方や、取り入り方も確かにあるだろう。こんな顔の人だ。そう持っていく事に苦労は無かったのかもしれない。・・・だが!
「・・・貴方はそれで、一体どうしたかったのですか。」
そう言ったガトーの顔には、明らかに侮蔑と軽蔑の色があっただろう。言いながら、自分でも思った。こっちまで吐き気のしそうな話だ。
「・・・さあな。」
シャアは、俯いたままだった顔をその時やっと上げた。・・・笑っていた。
「今となっては、私にも分らんのだよ。・・・ガトー中尉。」
名前を呼ばれるのも気持ちが悪い。ガトーはそう思った。・・・この人は。
「それで貴方は、本気で戦えるのか?・・・この戦いを。ジオンの為に!」
シャアは、見るともなく辺りを見渡した。その金髪が風に揺れ、淡すぎる瞳は宙を彷徨った。
「・・・ここはな。」
彼は、全く絞り出すような声で最後にこう言った。
「・・・ジオン・ズム・ダイクンの公邸だったのだ、中尉。」
また、吹きすさぶ風。・・・気候の管理はどうなっている。ガトーはコロニーの天気にケチを付けたくなっていた。シャアは続けた。
「・・・十二年前まで、ここには父と兄と妹が住んでいた。」
「・・・シャア!シャア、居るんだろう?全く君はパーティが嫌いだな・・・」
その時、風に乗って庭の遠くの方からそう叫ぶ声が聞こえて来た。・・・この声なら私も知っている。
「・・・ザビ家の最後の一人のお出ましだ・・・」
シャアはそう呟くと、立ち尽くすガトーの前ですばやくマスクを被った。
「ガルマは変わってる。自分以外の人間の前で、私が素顔をさらすと怒るのだ。どう思う?」
しかし、その言葉にガトーは答える気は無かった。もう一言も口を聞きたくも無いと思っていた。シャアは、軽く首を竦めると、身を翻した。
「・・・シャア大尉!」
もう口も聞きたく無いと思っていたのに、シャアの後ろ姿を見た瞬間、ガトーは叫んでいた。・・・何故だ。何故私はこの人を呼び止めた。・・・彼は、何をやらかすか分らない。この栄光の戦いの最中に。・・・だが、ここで私がこの人を殺したからと言って、誰が信じるだろう。・・・最も上層部の人間が、彼に他の使い道を見つけて、それを黙認していると言うのに。
「・・・私は、貴方が嫌いだ。」
やっとの思いで、ガトーが発した言葉はその一言だけであった。すると、シャアは面白そうに振り返ると、表情など分らないマスクをつけた顔でそれでも笑いながらこう言った。
「偶然だな、中尉。・・・私も今、そう言おうと思っていた。・・・私も君が嫌いだ。」
そうして、軽く手を振りながら森の中に消えていった。
「・・・そう言ってもらった方が、君の気が軽かろう。ありがとう、介抱してくれて。」
それで、お終いだった。
この二人の全く性質の違う男達が、巡り会う事は二度と無かった。・・・もう二度と。
十一ヶ月後。
「馬鹿な、あのドロワが?」
グワデンからの再出撃をデラーズに止められたガトーの脳裏を、何故か一瞬シャア・アズナブルの事がよぎった。・・・いや、しかし。仮に彼が、一人の人間としての復讐を遂げたとしても、この戦局全てがヤツに左右されたなどと言う事はあるまい。
「ならん。今は耐えるのだ。生きてこそ得る事の出来る真の勝利の日まで。」
デラーズの言葉を、ガトーは真摯に受け取った。・・・そうだ。自分はあんな人間とは違う。・・・あんな、自分の行く末すら見出せなかった男とは!
「その日まで、私の命、大佐にお預けします。」
真の勝利。その言葉だけを、ガトーは信じた。
自分の乗る艦とは、別方向に去ってゆくグワデンを、シャアは見つめた。
「・・・そうか。そういえば、あの男は最後まで私の事を他言しなかったな・・・」
そう呟くシャアに、近くにいた兵士が恐る恐る声をかけた。
「・・・シャア大佐。・・・何故笑っておられるのです。・・・撤退だと言うのに。」
するとシャアは、なんとも言えない口調でこう返した。
「私は笑っているか?」
そうして、天を仰ぐと続けた。
「・・・清々しいものを見たからだ。・・・だが、そのせいで彼は死ぬだろう。」
「は?」
シャアはもう、何も答えなかった。・・・ただ暫くしてから、悔しそうにドンッ、とガラスを叩く音だけが、ブリッジに響き渡った。
全く違う煌きをもって、だが男達は星の中に消えていった。・・・数年後の話だ。
2000.03.10.
このお話のガトーさんはがとーらぶ姉様へ、シャアはアマナさんへ捧げます。
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