誰が為に星は輝く。
「・・・コウ!待てったら、コウ!!」
チャック・キース16才は・・・連邦軍に占拠されたばかりの月面都市グラナダの軍港で、さっさと先を歩いていってしまう士官学校の同期生コウ・ウラキの背中を必死に追い掛けていた。
「コウ!やめとけよ、怒られるぜ絶対!コウったら!」
「おい、見ろよキース・・・あれ!!本物のゲルググだ・・・すごい、ジオン軍は大慌てでここを引き払ったんだなあ!すごい、
すごいよ・・・!!」
「人の話聞けよ!俺達がここに来た理由は、戦後処理の人手が足りないからで・・・コウ!!」
この軍港に、まだ年端もゆかない士官学校の生徒がいるのには理由がある。時は、0080.1月5日・・・。
ジオン公国と地球連邦政府の1年間に渡る戦いは、ようやっと終わりを告げたばかりで、終戦協定が結ばれてから実に一週間も経ってはいなかった。
この戦いで、ジオン、連邦両国とも非常に多くの人民を失った。それは、互いの国力の半数にのぼる数だった。当然、戦いには多くの若者が駆り出され・・・すべてが終わってみたら、その後片付けには更に若い人間が回るしかなかったと言う有り様だ。そこで、士官学校に入ってわずか3ヶ月と言うコウとキースも、宇宙に上がって来ていたのだった。
「コウ!そんな方には行けって教官は言ってないぞ!」
キースは、興味本意でどんどん港の奥深くに入っていってしまうコウの背中に、無駄とは知りつつそれでも呼び掛けた。宇宙に上がったのは、二人ともこれが初めてだった。確かに興味はキースにだってある。しかし、コウの無鉄砲さと来たらめちゃくちゃだ。こういうヤツだと知ってたいら、入学式で隣の席に座ったくらいで友だちになんかなりゃしなかったのに!!キースは、自分の不運を嘆いた。入学式の時に、自分の隣にちょこんと座っていたコウは、生っ粋の地球生まれの地球育ちの、ただのお坊っちゃんに見えたのだ・・・さらに言って良ければ、自分の言う通りに動きそうな、素直そうな、大人しそうな。
「コウ〜〜〜〜!!」
何度目になるか分からないその叫び声を上げて、キースは港の脇道に入っていってしまうコウを追い掛けた。・・・全く冗談じゃない!実際のコウは、とんでもない性格だった。一度言い出したら聞かない、一目散なヤツだったのだ。・・・俺は不幸だ。唐突にキースは、そんな事を思った。
軍港は、雑踏にまみれていた。引き上げて来た連邦軍の軍艦。項垂れて引かれてゆくジオンの捕虜達。壊れた戦艦と、モビルスーツと、それからそれに入り交じるかろうじて生き長らえた者たちの生の喜び。ここぞとばかりに油まみれで動き回る整備兵達・・・コウは、そんな中にぽっかりと、穴のあいたような空間を見つけた。・・・一つのドックに、見慣れないランチが置いてある。それは、何もかもから、忘れ去られたようにぽっかりと。
「あれ・・・。」
「コ・・うわ!」
急に立ち止まったコウの背中に、後ろから必死で追い掛けて来ていたキースがドンっ!とぶち当たる。月の軽い重力のせいで、キースは思いきり体勢を崩した。
「何だよ!急に!」
「キース、あれ・・・!!」
コウは、細い通路の行く手にあるランチを指差して言った。
「見た事無いランチだよな・・・連邦軍の船で、あんなランチを装備しているのなんて・・・ほんと見た事がないよ!!普通、グレーが基調だものな・・・形は確かに連邦軍のランチなんだけど・・・白いランチって、初めて見たよ・・・!!」
「お、おいコウ・・・怒られるぜ、きっと・・・戻ろう。」
その辺りの、あまりの静けさにキースは怯えて言った。しかし、コウは全くその台詞を聞いていないようだった。
「あれ・・・壊れてるよな。直した方がいいんじゃないのかな。あれも。」
「コウ・・・!!」
やはり、というべきかキースの台詞は全く無視してコウはそのランチに向かって進んでゆく。遠くから、ドックの喧噪が聞こえてくる。部品のぶつかりあう音。整備兵の怒鳴り声。・・・キースは頭を抱えた。月についたら、自分達は先輩士官の手伝いをただやれと言われていた。それを、その命令を無視してコウは軍港の中を興味に任せて歩き回っている。コウが、機械いじりが大好きなのは、ここ数カ月の友だち付き合いでキースも知っている。それにしたってだ・・・。こう、命令違反ばかり学生のうちからしていたら、軍人としての未来がないぞ!!キースは、そう叫びたくてしょうがなかった。
「あれ・・・」
「コ・・・」
またしても、コウが唐突に立ち止まったので、キースはつんのめった。しかし、キースにも今回はコウが立ち止まった理由が辛うじて分かった。・・・白いランチの脇に人がいる。正確には、白いランチの係留されている小さなドックの反対側のポートに。二人の人物が立っていたのだった。
「なんだろ・・・」
「しっ・・・!」
あけすけに、つっこんでゆこうとするコウを、今度はキースが押しとどめた。通路からドックに出る寸前に、なんとかコウを引きとめる。・・・男と女だ。ドックの中にいるのは!何かしら有るに違いない。キースの、俗っぽい感がそう言っていた。
「ちょっと見てようぜ!・・・こんなとこに入ってくのは野暮だよ!」
ひそひそ声でそういうと、コウの素直な黒髪をキースは押さえ付ける。コウは解せない顔をしながらも、キースに従った。・・・雑踏はあいかわらず遠くに聞こえ続けている。しかし、ドックの向こう側の男女の会話は、何とか身を潜めたコウとキースにも聞こえて来た。
「・・・私は行くわ。」
私服を着た、女の方が言った。若い女だ。コウやキースより、二つ三つしか年上には見えない。大きなバックを持って、今まさに、
軍艦を降りて何処かへ行こうとしているように見えた。
「・・・そうですか。」
男の返事が聞こえた。男は、背中を向けているので顔が見えない。連邦軍の・・・ただし、見慣れない明るいブルーの制服を着ている。しかし、聞こえた声が思ったより全然若かった事にキースは驚いた。コウも、ある程度驚いたようだ。コウときたら頭をキースに押さえ付けられているのにやっと気付いたようで、おもしろがってキースのグレーの頭を押さえ付けて来た。しかし、今はこんなところでふざけあっている場合じゃない。
「兄さんが、戦争の事は忘れろと言ったから。」
女は、かなりの美人だった・・・いや、かなりどころじゃない。凄まじく美人の部類に入るだろう。淡い金髪のボブカットで、意志の強そうなきつい眼差し。瞳の色も淡いブルー。どんな顔をして男が返事をしているのかコウ達からは見えなかったが、もう一回こう言う声だけは聞こえた。
「・・・そうですか。」
「止めないの。」
急に、女の方が少し苛立ってそう言った。表情は全く変えずに。
「僕は・・・僕には・・・」
男が、煮え切らない様子でそう言った。・・・それで終わりだった。凄まじく二人共が、疲れているようにコウとキースには見えた。
「僕には・・・・」
そう言って、うつむく男に女はもう振り返らなかった。荷物を持って出てゆく。
「・・・ド修羅場だぜ・・・」
しばらくの沈黙ののち、コウが掴んだままの頭を振ってキースが言った。
「うっひょー!あの二人、何があったんだ!?この戦争の最中にさぁ。気にならないか、コウ!」
しかし、コウの返事は全く朴念仁なこんな台詞であった。
「このランチ、壊れてるんだよ。直した方がいいよね。」
「あああああああああ!お前ってやつは、コウ!」
そんな二人のけたたましいやり取りに、ドックの向こう側にいた男もようやく気付いたようだった。うつむいたままだった顔を上げ、振り返る。その顔を見て、コウもキースもさすがに驚いた。・・・同い年くらいにしか見えないじゃないか!!背があまり高くないのは最初から分かっていた。先程まで脇に立っていた女性とあまり身長が変わらなかったからだ。・・・それにしたって!彼は、栗色の巻き毛と栗色の大きな瞳で二人を見た。だが、それだけだ。何も言わない。
これ幸いと、キースが止める間もなくコウは喜んで壊れたランチに飛びついていた。支給されていた工具を取り出し、ランチの壊れ具合を調べはじめる。
「あ・・・えっと・・・あの・・・」
キースが、一人で緊張してその振り返った男と向かい合っていた。いや。同い年くらいと言う事は、男の子、というべきか。しかし、その襟章には明らかに『少尉』を意味していた。・・・解せないが、この人は上官だ!
「・・・このランチは。」
ふわり、と軽い重力の元でその男はコウのところに飛んでくると言った。・・・キースと目が合ったのだが、それは全く無視していた。
「直さなくていいんだよ。・・・母艦が沈んだから。」
「でも、すごいランチですよ!見た事がない!!あ・・・これ、ひょっとして『ホワイト・ベース』のランチだったのかな!!ペガサス級の!!」
興奮してランチをいじり続けるコウに、その男は疲れた微笑みを向けた。
「・・・そうだよ、良く分かるね。」
「すごい!ペガサス級のランチなんて初めて見たよ!!」
直さなくていい、という男の台詞は全く無視して、コウはそのランチをいじり続ける。男はその様子をしばらくジッと見ていたが、やがてコウの脇に座り込んだ。
「・・・本当に直さなくていいのに。」
「でも、勿体無いでしょう!ちょっと直せば使えるのに!!」
「・・・機械いじるの、好きなのか?」
「ええ!・・・あなたもですか?」
キースは呆れ果てて、その有り様を見ていた。きっとコウのことだ。隣に座る男の襟章が少尉だなんて事は万が一にも気付いてないだろう。
「スパナありますか?もうちょっと大きいやつ。」
恐ろしい事に、上官であるその男に向かってコウが聞いた。キースは頭を抱えた。・・・だめだ。本当に何も分かってねーな、コウのヤツ・・・!!
「うん、ある。」
しかし、キースの不安とは裏腹に、その明るい制服を着た男はコウに向かって素直にスパナを差し出した。まるで機械いじりが好きな友だちと話している、ただそれだけ、と言わんばかりに。
「あ・・・。」
差し出されたそのスパナを、コウは受け取り損ねた。スパナが、軽い回転を描いて月の重力の中落ちてゆく。男とコウは二人共がそのスパナを落下から防ごうと両方が手を延ばした。・・・そして。そして二人の指は軽く触れあった。
・・・・その時。・・・その瞬間。
「・・・・・・・・・君は。」
・・・男の表情が変わった。しかし、コウは何も感じなかったようだ。無邪気に取りこぼしたスパナを受け止められた事を喜んで、男の方を向いた。
「・・・君は・・・・これから・・・。」
「え?何?」
コウは、その真っ黒で、まっすぐな瞳を、男の方へと向けた。男はただ・・・静かに見つめ返した。その茶色の瞳で。
「・・・諦めちゃダメだ。」
「え?」
「・・・諦めちゃダメだ、最後まで。」
その時、唐突に他のドックの雑踏が大きくなったようにキースには感じられた。その有り様を見つめていたキースには。そうして実際、どやどやと連邦軍の制服を着た少尉よりも更に上の階級の人々が、大挙してドックの入り口に現れた。
「・・・レイ少尉!!アムロ・レイ少尉!ここにいたんですな!もう、あなたを迎える船が第七係留港に到着していますよ!」
それは、まさに嘘っぽく脂ぎった・・・連邦の士官達に他ならなかった。
「・・・僕は・・・!」
その男達に迎えられると言うよりは、拉致されるに変わらない勢いで連れ去られるその瞬間まで、その男・・・アムロ・レイはコウに向かって叫んでいた。
「僕は・・・君は・・・!!君は諦めちゃダメだ、最後まで・・・・!!!」
自分より大きな人々に連れ去られ、彼はドックの反対側のドアに消えてゆく。・・・それでお終いだった。
「・・・ちょっと待て。」
彼・・・アムロ・レイが連れ去られ、信じられないほどの静寂ののち、事の重大さに気付いたキースは、コウに向かって一応語りかけた。
「・・・アムロ・レイ曹長の事なら知ってる。・・・ニュータイプだ。ホワイト・ベースの。」
「・・・これ、ホワイト・ベースのランチだって。」
かなり呑気に、コウが答えた。
「・・・今の人が、アムロ・レイだったんだよな?」
キースは、その呑気な口調はとりあえず差し置いて、自分の興奮をコウに伝えた。
「・・・スパナを渡してくれたよ。」
コウは言った。
「良く分からないけど、このランチは直すべきだよ・・・モノがいいもの。ほとんど壊れてない。」
キースは頭を抱えた。
「コウ・・・ほんと退屈しないよ、お前といると。」
時は過ぎる事、3年。0083.11月、11日。
シャア・アズナブルは・・・少なくともその時点ではまだそう呼ばれていたその人は、旧ジオン残党の隠れ家であるアクシズで、ふいに何かを感じた。・・・ここ数カ月、ずっと考え続けて来た事がある。
「・・・ハマーン。」
彼は、あやしていたミネバ・ザビ・・・それは、ザビ家の唯一の生き残りであった・・・から離れると、彼を父とも慕っている少女の名を呼んだ。
「・・・なんだ。私に何か用か、シャア?私はこれからグワンザンに行くのだが。」
ハマーンは、すぐ脇の物陰から現れた。
「私は、地球圏へ戻る。」
「・・・・。」
ハマーンは、答えなかった。
「私は地球圏へ戻る。・・・いいな。」
ハマーンは、やはり答えなかった。・・・烈火のごとく、唐突にミネバが泣き始めた。まだ、三才だった。
「今・・・」
北米シャイアン基地で、アムロ・レイ中尉は呟いた。
「今、越えた。・・・・落ちる。」
「え?」
近くにいたメイドが言葉を返した。しかし、その時にはアムロはすでに窓際で1人空を見上げていた。メイドは頭を振ると、部屋から出た。
一応『避難命令が出ているんですよ』と付け足して。
「・・・最後まで・・・。」
アムロ・レイは呟き続けた。
「諦めるな・・・!!」
「シモン!!時間は!?」
「時間・・・!?・・・あ、後四分!!」
シナプス艦長の叫び声に対して、シモン軍曹の戸惑った声がアルビオンのブリッジに響いた。
「後・・・五十秒!」
「後三十秒・・・」
シーマ・ガラハウは薄く微笑んだ。
「・・・・阻止限界点を、越えた・・・。」
コウ・ウラキは、呆然と呟やいた。
「戦闘中止・・・ばぁかな!」
アナベル・ガトーは叫んだ。次の瞬間、コウ・ウラキは失速するコロニーに向かって特攻をかけていた。
・・・・最後まで諦めるな。
3年前、グラナダで出会った、あの年端も行かぬ将校の言った、そのままに。最後まで、諦めずに。しかし、コウ自身は、その将校との出合いをもはやよく覚えては居なかった。彼は、ただ自分の思うままに行動したのだ。しかし、コロニーは地球へと確かに落着した。
時代が、動く。それは誰にも、止めようがなかった。しかし、その中でなけなしの自分の力を振り絞った人々はいつの時代にも、確かに居たのだ。・・・コウは、自分の敗北の末に初めて知るだろう。あの時少し触れあっただけの同い年の少年が、何故あれだけ疲れ果てていたかを。
「うおおおおおおおおおお!」
ガンダムに乗り、特攻をかけるコウは、もはや何が目的で今自分がここにいるのかさえ分かっていなかった。ただ、月が美しかった。
地球と、その回りを回り続ける月が、面白いほど。何のために。どうしてこんなに、今日も星は美しいのだろう。
宇宙世紀、0083.12.04。ジャミトフ・ハイマンは、ティターンズの成立をダカールで宣言した。もう、誰にも時の流れは止められなかった。
月はその時も、確かに地球の遥か上空で、輝いて居たのだが。
星々が見守る中での、男達の運命の行方は、それだけは、まだ見えては居なかった。シャア・アズナブルがクワトロ・バジーナとして、アムロ・レイがモビルスーツのパイロットとして蘇るのには、まだそれなりの時間がかかる。
ただ星は。星だけは輝いていた。いつの時も、その有り様を見つめ続けていた・・・・。
誰が為に星は輝く。終わり
2000.01.28.