誰が為に星は輝く。
繋がる
「・・・あら、コウ!出かけるの、走ってはダメよ、お母さんの見える所にいなさいね!!」
洗濯物を干しながらそう叫ぶ母の声に、コウは「んー」という、返事なのかなんなのか良く分らない声をあげながら、だが走って庭を横切っていった・・・・時は0069.4月。
「・・・おかあさあん!ぼくこっちにいるー!」
「はいー。」
その頃のコウにはあまり友達がいなかった・・・というより、同年代の子供が、コウの住んでいる家の回りに全くいなかったのである。だから、その地球の旧ヨーロッパ地区と呼ばれる所にある一つの街で、5才のコウは毎日1人で自分の家の庭を探検しては過ごしていた・・・他にはやる事も無かったのだ。小学校にはこの夏が終って、6才になってからでないと入れないのであった。
「・・・よいしょっと。」
もっとも、コウはまったくそんな自分の生活に退屈してはいなかった。コウの家の庭は、コウが毎日探検してもしきれないくらいに十分に広かったし、コウ自身も小さかった。・・・それに、コウはまだ良く分かってはいなかったがコウの両親はそこそこに裕福であり、住んでいる所も一般には『高級住宅街』と呼ばれるような閑静な町並みだったのだ。大きな家があり、それより更に大きな庭がそれを取り囲み、そんな家々がまばらに並ぶ地区。また、コウは母親に怒られるので行ってみた事は無かったが、実はコウの家の右隣にある空家がこの住宅街の最も端にある家であり、その向こうにはとても大きな森が、遠くに連なる山まで延々と続いているのだった。・・・・つまり、探検を続けようと思えば隣の空家の庭も、更にその向こうの森も、ずーっと探検し続けられると言う事だ。
「きのうはこのき・・・・だから、きょうはこのき。」
しかし、目下コウが興味を持ってやっている事は、その森の探検ではなく『木登り』なのだった・・・コウは、上手く木に登れるようになりたかった・・・が、これがなかなか上手くいかない。母親が見える範囲の庭の木に、思いきり両手でしがみついては見るのだが、すぐにすとん、と転がり落ちてしまうのだ。
「コウー、もう少ししたらおやつにしますからねー。」
家のすぐ脇では、洗濯物を干し終えた母親が、そういって一回家の中に入ろうとしている。・・・「んー」と、コウはまた良く分らない返事をした。だがしかしその返事をしたせいで、コウはとたんにすとん、と木から転がり落ちる。
「・・・・よし。」
友達と遊ぶ訳では無いので、どうしてもコウは独り言の多い子供だった。
「・・・きょうはもうおしまい。・・・・おやつまで・・・どうしよう。」
コウは木登りを止める事にして立ち上がると、パンパン、と半ズボンについた砂を払って母親のいなくなった庭の広い芝生や、その脇にある温室、それからちょっとした木立を抜けて隣の空家へ続く細い道などを見渡す。・・・庭の芝生は、春の光を浴びて随分暖かそうに見えたが、どうもコウはその日に限って隣の空家に気が向いた。
「・・・・・さんぽ。」
小さくそう呟くと、コウは細い道を隣の家にむかって歩きだす・・・・が。
「・・・・・・!」
わずかな木立を抜けたコウは、隣の家の見渡せる場所まで出て驚いてしまって立ち止まった・・・・・・・大変だ!人だ!人がいる!!
「・・・・・おかぁさあん!たいへんだよ、おかあさん!」
慌てて来たばかりの道を引き返すと、コウはそうして母親を呼びながら自分の家の建物の中に転がり込んだ。・・・案の定、慌て過ぎて玄関のマットにつまづいて一回転んだ。コウが少しだけ覗いた隣の家には、誰かが荷物を運び込んでいるみたいに見えた・・・・・・つまり、引っ越しだ。誰かが住むんだ、あそこ!!
「まあ、コウ・・・!だから、やたらに走っちゃダメだって・・・・・・・・え?お隣に?」
母親もそのコウの話に驚いたようであった。・・・しかし幸いな事には、コウが予定より早く庭の探検を切り上げたにも関わらず、おやつはもうきちんと用意してあったのである。そこで、コウはそれを食べながら、早くおとうさんにもこれを話さなきゃと、忘れないようにしなきゃと思った。コウはまだ子供だったので・・・きちんと物を覚えているのはすこし苦手だった。
「へえ、お隣に?・・・聞いて無かったなあ。」
その日家に帰って来た父親は、コウにひと袋のお土産をくれた・・・それは、なんだかキラキラと光るたくさんの硝子玉であった。
「あなた、ビー玉なんて女の子のおもちゃよ?」
母親が夕食の準備をしながらそう答えたが、父親は笑ってコウを抱き上げる。コウは、きちんと忘れないうちに、父親にお隣に人が来た事を伝える事が出来た。
「はは、今日空港の忘れ物の一斉処分があってな・・・それで、コウが喜びそうだから貰って来たんだ。」
実際、コウは一目見た時からその様々な色の硝子玉が、非常に気に入ってしまっていた。・・・星みたい。星みたいに綺麗だ、このきらきらひかる硝子玉。コウの父親は、これまたコウは良く知らなかったが、なにやら政府の関係の、宇宙港を管理する仕事についているのだった。それで、今日は役所の方では無く、空港の方に行って来たということなのだろう。
「コウ、あまり散らかしておかあさんに迷惑をかけるなよー。」
コウは「んー」と、またうなづいた。大変である。今日はお隣に人が来た上に、綺麗なものをたくさん貰ってしまったのである。・・・早く寝なきゃ。忘れないうちに。コウはそう思った。
そして、夕食を食べた後、おやすみのキスをしてもらってから、硝子玉の袋を手に握ったまま急いでベットに潜り込んだ。
次の日目が覚めて、御飯を食べると・・・コウはもちろんいそいで隣の家を見に行った。母親も一緒に帽子をかぶって庭に出たが、今日はハーブ園の手入れをする気らしかった。ハーブ園は、庭の温室の前にあるので、隣の家との境の木立とは少し離れている。
「気をつけるのよー。」
母親のそう言う声に、「んー」と返事をしつつ、コウはいつも通り走って庭を横切った。・・・そして、どきどきしながら木立を抜けた。
「・・・・・・・・・」
いた。昨日ちらっと見た時と同じに、隣の家には誰か人がいるように見えた。ドアも窓も開け放たれて、中に大人が数人見える。・・・と。
「!!!」
次の瞬間、コウは本当に驚いた。思わず、隠れようかと思った。何故なら、その家の中から小さな女の子が、コウとあまり年の変わらないような女の子が1人走り出て来たからである。その子は、淡い色のワンピースを着ていて・・・帽子はかぶっていなかったが、とんでもなく綺麗な金色の髪の毛をしていた。と、そのすぐ後から1人の大人の男の人が飛び出して来てその女の子にぼうしをかぶせる。二人は、少し話をして、どうやら男の人は家の中に戻るようにその女の子に言ったらしかったが、結局女の子は首を振って戻らなかった。そして、ゆっくりと庭を歩き始める。
「・・・・・・」
コウはどうしようか考えながらなんとなく固まってその光景を見ていた。・・・どうしよう。女の子は、ここまで来るだろうか。自分に気がつくだろうか。でも、本当に来ちゃったら、何を話せばいいんだろう。しかし、そんなコウの悩みとは裏腹に、女の子はその家の庭から見るとちょうど左の隅に当たる、コウのいる辺の木立がまさに気になったらしかった。そして、少し傾斜している芝生を下って来る。
「・・・・・・・あら。」
・・・そしてついに、その女の子はコウに気付いた。一瞬立ち止まるが、またすたすたと歩いて来る。
「・・・・こんにちは。」
その女の子は、近くで見るとコウより一つ二つ年上に見えた。一メートルくらいの距離まで歩いて来ると、もう一回立ち止まって、何故かスカートを持って綺麗なおじぎをしながらそう言う。
「・・・・・・・・こんにちは。」
コウは、もう本当に困っていたがとりあえずそう答えた。何故なら、コウは大人の人にだってそんな風にきちんとおじぎをして挨拶をされた事が無かったし、その子の顔ときたら目も綺麗な青で、まったくお人形みたいで、頭が混乱してしまったからである。
「わたしは・・・・・・・・・ええっと、セイラ・・・と言います。あなたの名前は?おとなりにいるの?」
更に、何故かその女の子は片手を差し出しながらコウにそう言った・・・コウは、もう母親がいたら自分はその後ろに隠れるんじゃ無いかな、と思った。
「・・・そう。・・・・ぼくは・・・コウって・・・・なまえで・・・・」
コウがしどろもどろになりながらそこまで答えた時、隣の家の建物の方から『アルテイシア!』という声が聞こえて来た・・・・そこで、初めてコウは気付いた。ちょうど、隣の家からは、1人の男の子がすごい勢いで芝生を駆け降りて来る所だった。
「・・・・アルテイシア!1人で出歩いたらダメだと僕は言ったはずだ!」
「あら、にいさん・・・・でもラルはいいと言ったわ。・・・それに、ここはおうちの庭よ。」
その男の子は駆け降りてきたその勢いのまま、コウと女の子の間に割って入る。・・・・コウは、もうすでに何がなんだか分らずにぽかんとただ立っていた。
「ラルがいいと言っても僕がダメだと言ったらダメだ!」
「なによにいさん、怒ってばっかりね!わたしはこのおうち気に入ったわ、だって広くて綺麗だもの。このおうちにこんどみんなで住むんでしょう、もうひっこしはしなくていいんでしょう?・・・・お父様もすぐに来るんでしょう?」
後からやってきた男の子は、女の子より更に年上で・・・9才か、10才くらいにコウには見えた。それよりコウが驚いてしまったのは、その男の子が、最初にやってきた女の子と全く同じ顔をしていて、それでやっぱりお人形みたいに綺麗だったことである。だから、間違い無くこの二人は兄妹なのだろうな、と思った。すると、その女の子の言葉に男の子の方が言葉を詰まらせる。
「・・・・・・・っ、」
それから、コウの方を初めてちらり、と見た。
「・・・・ぼくは・・・コウってなまえで・・・・」
しかたがないので、コウは必死にもう一回そう言った。すると、男の子は女の子の腕をぐいっと掴むと、小さく怒ったようにこう言った。
「・・・・・・僕はエドワウ。・・・帰るぞ、アルテイシア!」
そして隣の家の二人の子供は、建物のほうにずんずん歩いて帰って行ってしまった。・・・・・コウは、まだしばらく呆然と立っていたが、やがて急に我に返って家に走って帰った。
その日の夕食の時、コウは父親と母親に身ぶり付きで聞いてみた。
「おんなのこが・・・・こうやって、」
コウはスカートを持つ真似をして深々とおじぎをする。
「あいさつするのは・・・ふつう?」
両親は、そのコウのしぐさが面白かったらしくて大笑いをした。あんまり笑われたのでコウが不機嫌になると、母親がそんなコウの頭を撫でながら言う。
「コウ、そんな挨拶をする素敵な女の子にあったの???・・・ああ、どこでそんなこと覚えて来たのかしら、面白いわね。そんな挨拶をするのはね・・・・コウ、『お姫様』くらいのものよ。」
残念ながらコウはお姫様には詳しく無かった。男の子なので、女の子の読むようなお姫様の出て来る絵本は読んでいなかったのである。
「ふうん・・・そうかぁ。」
じゃあ、あのセイラと言う子はお姫様だったのだ。コウは、そう納得して眠る事にした。その日も硝子玉の袋を持って。・・・・コウは、自分の家がそこそこ裕福な事や、父親の仕事の内容をよく知らないのと同じように、まったく知らなかったのである。
・・・・知らなかったのである・・・・数カ月前、0068の末に、サイド3でジオン・ズム・ダイクンという指導者がどうやら暗殺され、その後雲行きの怪しくなったその国からかつての指導者の2人の子供・・・・つまり、王子様が1人とお姫様が1人、何者かに連れ出され行方不明になって・・・全宇宙で騒がれていたことなど。まったく。
その次の日も、コウは迷った挙げ句に、隣の家との境の木立の端まで歩いて来てしまっていた・・・・コウは、もう自分が木登りが出来るようになりたくて必死だったことなど、全然忘れていた。それより面白い事を見つけてしまったからである。
「・・・・・・あ。」
隣の家との境目の木立を抜けると、驚いた事に昨日の兄妹が、今日は先に芝生に座り込んでいる。そうして、なんとなく見えたのだがその二人を、建物の方からどうやら数人の大人が、見守っているらしかった。
「あら、こんにちわ、コウ。・・・いっしょに遊ぶ?」
昨日セイラと名乗った・・・女の子の方が木立から出て来たコウに気付いてそう言った。男の子の方は、芝生に寝っ転がって足を組み、空を見上げている。彼はコウがやって来ても、何も言わなかった。
「・・・・・」
コウは考え込んだが、結局頷いた。そして、初めて隣の家の庭に入った。・・・この二人は、僕より大きく見えるけど学校とか行かなくていいのかな。コウは少しそう思った。
「今、かんむりを作ってるの。コウにも一つあげるわ。兄さんの分はもうできるところよ。」
見ると、セイラは器用にシロツメクサでかんむりを編んでいた。・・・コウは、女の子と言うのはこんな器用な事ができるのかと少し感心した。
「・・・・冠なんかいらなかった。」
すると、急に空を見上げて寝転がっていた兄の方がそう呟く。・・・確か、エドワウという名前だった。
「なにいってるの、兄さん。ほら、もう出来たわ。」
「僕はいらないよ、アルテイシア。」
セイラが頭の上に載せようとしたそのシロツメクサの冠を、兄は振払う。・・・コウは、そこで非常に混乱している自分に気付いた。
「・・・ひどいわ、キャスバル兄さん!!!なんでこのところ、そんなにひどいことばかりいうの!前はそんな兄さんじゃなかったわ!」
「アルアテイシアは何も分かっていないんだ!」
兄が飛び起き、二人がひどい大げんかになりそうなところで、下を向いてセイラの隣に座り込んだままだったコウは顔をあげた。そして、思いきって叫んでみた。
「・・・・・・あのっ!」
「・・・・え?」
「・・・・なあに、コウ?」
案の定、二人は急に我に返ったようで驚いてコウを見る。・・・同じ顔をしてお人形みたいに綺麗な人に、いっぺんに見つめられてコウは死にそうになったが、せっかくなので思った事を言ってみた。
「・・・・・なまえが・・・・ふたつある、どっち?・・・どっちも?かみさまのなまえ?」
神様の名前、というのは、コウは洗礼名の事をいいたかったのである。しかし、二人の兄妹は少し顔を見合わせると・・・コウに向かってこういった。
「・・・ええとね、わたし、この間まではアルテイシアという名前だったのよ。兄さんはキャスバルという名前だったの。でも、今度セイラという名前になったの。ラルがそうしろと言うのよ。でも、こっちも気に入っているわ、だって綺麗な・・・」
「セイラ!余計な事を言うな!」
兄の方がまた、少しイライラした様子でそう叫んだ。・・・恐いなあ。コウは思った。いつも、この人は怒ってばかりいる。
「なによ、兄さん!いいわ、このかんむりは、兄さんじゃ無くてコウにあげるわ!」
そう言うと、セイラも怒ってコウの頭にシロツメクサの冠を無理矢理載せた。・・・コウは困ってしまった。人に物を貰ってはいけないと、いつも母親はいっているし、大体自分はセイラに何もあげて無い。
「・・・・・・じゃ、これ・・・・」
その時、コウはポケットに突っ込んだままだった手に、何かが触れるのを感じた・・・そして、思い出した。家を出る時に、硝子玉を、いくつかポケットに入れて来ていたのである。
「・・・まあ、ありがとう!」
セイラはそういって、コウの手渡した硝子玉を受け取った。兄は、面白く無さそうな顔をしたが、それ以上何も言わずに、ぷいっと建物の方に戻って行ってしまった。
それから、コウとセイラはしばらく陽射しの暖かい芝生の上で話をした・・・コウは、硝子玉は星に似ていて綺麗だと思うということなんかを、一生懸命にセイラに伝えようとした・・・が、セイラは結局最後に『コウはあまりお話がじょうずじゃないのね。』と言って笑ったので、コウはなんだかとても恥ずかしくなった。そうして自分は、女の子と話すのはちょっと苦手だな、と思った。
その日の夕食の時、コウの父親は面白がってカメラを持ち出して来た・・・コウが頭にシロツメクサの冠を載せて帰って来たからである。
「となりに引っ越して来たのは、女の子だったんだな。」
「ええ、でも、まだ挨拶には来ていただいてないのよ・・・おかしいわね、真隣よ、うちは。」
母親がそう言い、父親は少し難しい顔をしたが、それから声を低くして二人が会話を始めてしまったので、コウには何を話しているのかよく分らなかった。ともかく、コウは頭にシロツメクサの冠を載せたまま夕食を食べた・・・父親と母親はまだ話を続けていたが、その時急に母親がまさか!と叫んだのでコウは何ごとだろうびっくりする。そしてスプーンを置いた。
「そんなことはないでしょう、ここはただの住宅街よ、そんな凄い人は住まないわ。」
「しかし・・・多分、あの宇宙港の入国記録がその偽名では無いかと言う事で、地球政府は隠したがっているし、サイド3は公開を要請するし、まあ大変だ。」
「・・・ごちそうさま。」
コウには、両親の話はよく分らなかった・・・その上眠くなって来たので、コウはそのことを伝えようとそう言う。すると、母親があらあらごめんなさいね、と言いながら、コウを抱き上げた。
「・・・コウ、おとなりのお嬢さんはなんていう名前なの?お嬢さんだけなの?」
母親にそう聞かれて、コウは正直に返事をした。
「・・・ううん、お兄さんもいる。・・・セイラとエドワウというんだって。」
その日も、コウは硝子玉の袋を握って眠った。硝子玉は、セイラが喜んでくれたので明日はもっと持って行こうと思った。冠は、母親が冠ってねむっちゃだめよ、というのでしかたなく子供部屋のドアノブにひっかけた。
両親は、その晩夜遅くまで話し込んでいた様だった。
次の日、コウは隣の家に向かう途中の木立の途中で、驚いた事に声をかけられた。
「・・・おい。」
「!!!!」
コウが本当に驚いて上を見あげると、その木の上に、エドワウが登って自分を見下ろしていた。
「今日もうちに来るのか?」
エドワウがそう言うので、コウはしかたなく頷いた。・・・だって、硝子玉の袋も、持って来てしまったのである。
「・・・そう。」
言いながら、エドワウはざっ、と木から器用に飛び下りて来た。・・・コウは思わず、その姿に見愡れた。・・・いいな。この人、木に登れるんだ!そこで、コウは言った。
「・・・きにのぼれるの、いいね。」
「お前登れないのか?」
エドワウはつまらなそうにそう言った。コウは仕方が無いので、もう一回正直に頷いた。すると、エドワウは自分が飛び下りた木を指差してこう言った。
「このくらいの木ならすぐに登れるようになる。・・・登れないのは、もっと大きくて、ウロがある木とかだ。そうすると、枝が下の方には全然ついていないんだよ。僕も、その木に登りたかったんだけど、ダメだった。前の家にあったんだ、そういう木。」
「・・・・・・・」
コウは分かったような、分らなかったような感じだったが、とりあえず頷いた。そして聞いた。
「まえのいえ、もっとおおきいきがあったって、おおきかったんだ。」
すると、エドワウは変な顔をしてコウを見た。
「あったよ。・・・だって、あの国で一番大きかったから。」
「・・・すごい。」
コウは感動してそう言った。・・・国で一番大きい!それはきっと、想像も出来ないけれどすごくとても大きいってことだろう。エドワウは、そんなコウをまだ変な顔をしてみていたが、やがて言った。
「・・・ちぇ、お前全然悪いやつじゃ無さそう。・・・来いよ、昨日面白いもの見つけた。セイラは今日は家でなんかお菓子作るってさ、教えてもらうって言ってた。だからこないぞ。」
それだけ言うと、エドワウはどんどん木立の中を歩いて行ってしまう。エドワウが歩いて行く所は、道では無かったが、コウは慌ててその後を追いかけた・・・だって、この人について行ったら、木登りの方法を教えてもらえるかもしれない!!
エドワウとコウが歩いて来た所は、二軒の家のちょうど裏手に有る、森の入り口あたりだった。驚いた事に、そこには小さな河が流れていた。コウは、生まれてからずっと今の家に住んでいたのに、ここにそんなものがあるなんて知らなかった。
「・・・・すごいー・・・・」
コウはそう言いながら、水の中に手を突っ込んでみる。水は思ったより冷たかった。まだ4月で、雪解けの水が流れ込む時季だからだろうか。
「前の家にも、河はさすがに無かった。」
川べりの少し大きな、ひらべったい石の上に座り込みながら、エドワウがそう言った・・・そして、黙り込んでしまった。コウはといえば、エドワウとそこに一緒に来た事も忘れて、思わず水を覗き込むのに必死になった。さらさらさら。水はずうっとながれている。ずうっとずっと流れている。たいした深さのないその河は、底が透けて見えて、おまけに小さな魚も時々見えたりしたものだから、眺めているだけで十分コウには楽しめた。・・・・・長い事眺め続けてから、急にコウはエドワウの事を思い出した。・・・・そこで言った。
「きれいだねー・・・」
だが、返事が無い。エドワウがいないと、家に戻れない・・・・コウがそう思って、不安になって振り返ると・・・・・驚いた。
「・・・・・・・あの、」
エドワウが泣いていた。あまりに静かだったので、コウは全然気がつかなかった。
「あの・・・エドワウ、」
声をかけてから、とたんに見てはいけないものを見てしまったような気になる。すると、エドワウも我に返ったようだった・・・そして、同じように自分が泣いていた事に気付いて驚いたらしい。彼は、慌てて顔を拭った。
「・・・・何だよ。」
エドワウがあまりに恐い声でそう言ったので、コウはどうしようかと思った。それで、思わずこう答えてしまった。
「・・・だれにもいわないよ。」
「なんだよ、それ・・・・」
そう答えるエドワウは笑っていたのだが、何故かまたするすると涙が目からこぼれはじめる。・・・ああ大変。コウは思った。涙を流すお人形みたいに綺麗な人なんて、5才でなくてもどうしたらいいのか分らない代物である。
「・・・・たいへんだ、かなしいの?」
エドワウに駆け寄ると、コウは聞いた。すると、もう涙を拭うのを諦めてしまって、エドワウはこう答えた。
「別に。・・・分らないな。」
「どこかいたい?」
「さあ・・・」
「・・・じゃ、どうしてないてるんだろう?」
「・・・・無くしてしまったからだと思う。」
コウの最後の質問にだけ、エドワウは答えた。
「なくした?」
コウがもう一回聞く。すると、エドワウはもうちょっと詳しくこう言った。
「そうだ、無くした。・・・何もかも。綺麗なものを、たくさんたくさん。・・・みんな無くなってしまったからだと思う。」
・・・・さらさらさら。さっきまで、全く気にならなかった河の音が、やけに大きく、耳に聞こえてうるさいなあ、とコウは思った。・・・それから、少し考えて・・・・急に思い出した。
「なくしたものはぜんぶでいくつ?」
コウは聞いた。すると、エドワウはまだ涙を流したまま首を振った。
「分らない。」
コウはエドワウの手を取ると、家から持って来ていた硝子玉の袋から、小さな硝子玉を3つ取り出してその手のひらに載せた。
「・・・これくらい?」
「・・・これは何?」
今度は、逆にエドワウがコウにそう聞いてきた。コウは、少し首をひねってから答えた。
「・・・・・なくなってしまったきれいなもののかわり。・・・なくなったなら、あげる。ぼくたくさんもってるから。」
・・・・・エドワウは遂に、声をあげて泣き出した。あわてて、コウはいくつもいくつも、もうエドワウの手のひらに乗るだけの硝子玉を急いでその手の上にのせた。・・・美しいものを。美しいものを。
「ほしみたいにきれいでしょう?」
コウは必死にそう言った。エドワウが、どうしても泣き止まないからである。すると、エドワウはこう答えた。
「いや、星の方が綺麗だ。・・・星の方が綺麗なんだ。でも、もう星の中には戻れない。」
「・・・・・・」
そう言われては、コウにはもう答えようがなかった。・・・・いや、でも。きっと同じくらい綺麗だよ、この硝子玉と星は。
・・・その後も随分泣き続け、しばらくたってから、エドワウはやっと泣き止んだ。その頃にはエドワウの手のひらにはたくさんの硝子玉がのって、コウが持っている残りは、たったの2つになってしまっていた。エドワウはそれを見て、少しバツの悪そうな顔をしてから・・・自分の貰った分の硝子玉と、コウの持っていた分の硝子玉を全部まとめて川辺の土の上に並べると、綺麗に同じ数だけの2つに分け直した。そして言った。
「僕は、これだけ貰う。・・・ありがとう。」
「うん。」
コウがそう答えた時、風に乗ってコウの母親が、コウを呼ぶ声が聞こえて来た・・・・いつもいる程度の、自分の目の届く範囲にコウがいなかったので、
心配になったのだろう。コウは、いつもとおり「んー」、と返事をすると、慌てて立ち上がった。
「・・・お前、親に呼ばれて返事をする時は『はい』って答えた方がいいぞ。」
家の方に戻ってゆこうとするコウに、エドワウはそういった。・・・彼は、自分の服のポケットというポケットに、硝子玉をつめようとしている所だった。なぜなら、エドワウはコウのように袋を持っていなかったからである。
「・・・・はい。」
コウは答えた。すると、エドワウは続けてこう言った。
「あと、明日家に遊びに来いよ・・・セイラが今日作ったお菓子があるはずだから。」
「はい。」
コウはもう一回そう言った。・・・そして、手を振ると、母親の声のする方へ一目散に走り出した。
・・・・だが、コウがセイラの作ったお菓子を食べることは無かった。・・・・来た時と同じくらい唐突に、隣の家の二人の兄妹はいなくなったからである。コウは、初めのうちはその二人の事を覚えていたのだが、やがて綺麗に忘れてしまった。コウはまだ子供なので、きちんと物を覚えている事が出来なかったのだ。大体、5才くらいの時に一週間ほどいただけの隣人の事など、きちんと覚えていられる子供はそうはいない。・・・その後、隣の家に誰かが住むことも無いままに季節は流れ、コウの硝子玉は少しずつ数が減っていった。・・・・1つ無くし。また1つ無くして。そのかわり、コウは木登りが出来るようになったり、本物の星と硝子玉の区別がつくようになっていった。そしてついに、コウはその硝子玉のことも、全く忘れてしまった。・・・ただ、星のように。星のように輝くその硝子玉が綺麗で好きだったと言う記憶だけが、コウの心の奥底に残った。
--------それから、約10年。0078.10月。
コウは自分の家で、目の前の机に置かれた『進路希望調査票』という紙を見つめて考え込んでいた・・・中学校卒業まで後一年も無い。卒業したら、自分は一体どうしよう。とりあえず、ふでばこに手を伸ばす・・・・季節は肌寒くなりかけの頃で、二階にあるコウの部屋からは葉を落としつつある広葉樹の木立の向こうの、隣の空家の様子が良く見えた。
「・・・・・う、わっと。」
と、シャーペンを取ろうとしたコウは、間違ってふでばこをひっくり返してしまう。慌てて部屋中に転がってしまったふでばこの中身を拾い集めようとして、その為に床に膝をついたコウは面白いものをベットの下に見つけた・・・・硝子玉だ。そういえば、昔父親が何かの折に硝子玉をひと袋、お土産に持って来てくれた事があったような気がする。思わずコウはそれを拾いあげると、手のひらに乗せてみた。・・・・埃を払うと、それはまるで星空の星ようにあっという間に輝きを取り戻した。
「・・・・ああ。そうだ。」
そこで、コウは急に一つの進路を思い付いた。・・・硝子玉を手に乗せて、それをぼんやり見ていたら、曖昧だった自分の中の将来の希望が、急に形になって来たのである。そこで、いそいで机に引き返すと、しっかりと『進路希望調査票』の第一志望の欄にこう書き込んでみた・・・・『地球連邦軍ナイメーヘン士官学校宇宙軍士官養成科』。何故ナイメーヘンかというと、今住んでいる所からそこが一番近かったからだ。・・・そうだ。宇宙。・・・・そして星。
硝子玉は、まるで星のようにきらきらと輝いていて、そしてその星の中に行ってみたいというのが・・・・・自分の夢だったんだとコウは思った。しかし、自分がその中に行けるのなら、もう硝子玉はいらないだろう・・・そうだ。
コウは部屋の窓をあけると、隣の空家に向かってその硝子玉を放り投げた。・・・・そうだ、硝子玉はもういらない。本物の宇宙が、もうすぐ手の届く目の前の現実になる。
場所は変わる事、サイド3、ジオン公国宇宙要塞ソロモン。同じく、0078.10月。
「止まらずに全体進めー!後がつまっているんだからなー!!」
士官学校を卒業し、ソロモン勤務を拝命されたシャア・アズナブルは、ちょうどその頃同じようにソロモン勤務を命ぜられた同期の人間達と共に引っ越しの真っ最中であった・・・狭いソロモンの軍港の、その一つのドックに集中した士官学校を出たての新米軍人達は、ごった返したその入り口から、それぞれに支給された部屋へとじわじわ進んでゆく。
「・・・?」
その時、そんな人込みの中にいるシャアのちょうど足下あたりで、カツーンと良く響く音がした・・・・何だろう?少しシャアは思ったが、これだけの群衆の中では立ち止まれたものではない。いや、実際人員整理をしている人間も立ち止まるなと言っている。そこで、あまり考えもせずに歩みを進めた・・・・自分はなにか落としたのだろうか。・・・・何か大事なものを?しかし、そんなたいした荷物は持って来てはいない。・・・いや。そもそも、自分には大事に思うべき荷物など初めから無かった。そうだ、何も無かった。・・・自分は、もう失うだけの物を全て失った。ただ、あるのは・・・・・目の前に広がった、これから自分が生きるべき宇宙だけだ。その戦場だけだ。・・・そうだ。
星の輝く宇宙は、今・・・・・目の前にあった。
「やっと落ち着いたねぇ・・・。」
自分よりは二期か三期下の軍人達が上陸し、ついさっきまでごった返していたソロモン内のそのドックから抜けた通路で、ケリィ・レズナーはそう独りごちると隣に立っていたアナベル・ガトーに持っていたコーラの瓶を差し出した。
「いや、私はいらない・・・・・おや、あれは何だ。」
通常の勤務の上に、上陸して来る新人達の人員整理に駆り出され、疲れ果てていた二人は今自室に戻る所であった・・・ただでも、今年は新人の数が普通ではない。もうすぐ戦争になるというのは本当なのだろう。でなければ、一気にこんなにも兵士がこの要塞に増員されることはあるまい。
「どうした?」
ケリィの見ている前で、通路にかがみ込んだガトーは、なにやら小さなものを拾い上げたところだった。
「これは・・・・・」
ガトーはそれをケリィの目の前にかざしてみせるとこう言う。
「・・・・硝子玉だな。・・・・ビー玉だ。」
(繋がる、)
「そりゃ・・・見れば分るが、だがよ・・・なんでそんなものがここに有るんだ?」
ケリィは、ガトーがいらないと断った分のコーラの瓶も、王冠をこじ開けて飲みながらそう答えた。二人は随分居住区の方に歩いて来ていた。
「さあ、そんなことは知らん。・・・が、ビー玉と言えば面白い話があるぞ。」
「なんだ?」
ガトーが急にそんな事をいうので、二人はそれぞれの部屋に向かう直前の通路の分かれ道で立ち止まる。
「ふむ・・・・私がまだ小さかった頃にな、地球に行く父親に、何故かお土産にビー玉をねだった事があるのだ。」
さも面白そうに、ガトーはそう話し始めた・・・こんな風に自分の事を話すガトーと言うのも珍しい。
「へぇ?・・・そりゃまたなんで。ビー玉なんて女の子のおもちゃじゃないか。」
「まあ聞け。ともかく、私の父はしかしまったくお土産のビー玉のことなんぞ忘れていたらしくてな・・・挙げ句の果てに、『買うのは買ったのだが、空港に忘れて来た』と言い訳したんだ。・・・子供心にショックだったので、良く覚えている。」
「・・・それの何処が面白い話だ?」
ケリィはコーラを飲み終えると、通路の脇にあったダストシュートにそれを放り込んでガトーに聞いた。すると、ガトーはこう答えた。
「そりゃ、私がビー玉の欲しかった理由がだ。・・・・聞いて驚けよ。その頃好きだった女の子がビー玉を集めていてな。それで、地球産のビー玉なら珍しいだろうから、プレゼントしたら喜ばれるのでは無いかと言う、そう言う理由だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
ケリィは思わず固まった。そして、しばらくたってから、やっとこう言った。
「・・・・・・・・・・それ・・・・もちろん冗談だよな?ガトー。」
すると、ガトーは真顔でこう答えた。
「冗談だ。」
・・・・・・何処まで本当で何処まで嘘なのだか分かったものでは無い。しかし、ケリィがこのやろう、と思ってガトーの頭を軽く叩きかけた瞬間・・・ガトーの手のひらにあった硝子玉が、その手からこぼれ落ちて通路の床に落ちた。・・・どこかに、ヒビでも入っていたのだろうか。
硝子玉は、あっと思う間もなく粉々に、くだけて散った。・・・・・星のようにきらきらと。だが、子供の頃にまるで星の様だと憧れた、そんなものは大人になった今はもういらない。誰もがそれを忘れる。
「・・・さて。下らない話はこれくらいにして、もう寝るか。新人も来た事だし、これから忙しくなるぞ。」
ガトーはそういうと、さっさとケリィに背を向けて自分の部屋に向かった。・・・そうだ、もういらない。
・・・星は今。
目の前にある。
誰が為に星は輝く。繋がる 終わり
2001.02.03.
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