・・・・共に死ぬことすらあの人は許してくれなかったので。














雪の日(コウ・ウラキバージョン)
















 ひどく有名な一人の男が大量にこの星に石ころを落としたおかげで、この星はずいぶんと寒くなった。どれくらい寒くか、というと北米大陸の穀倉地帯でも毎年根雪が1メートルも積もる程にだ。いや、そもそもそんなに雪が降ってしまうような『穀倉地帯』は、穀倉地帯と呼べるのか?『元穀倉地帯』の方がいいんじゃないのか?・・・・・ともかくオークリーはニューヨークより、カリフォルニアやメキシコの方が近いような場所なんだ。そんな場所で根雪が拝めるのは間違っている。・・・・そう心の中で毒づきながらコウは宿舎の部屋を出た。・・・・・今年は今日が初雪だった。
 宇宙世紀0096年の、11月13日の事だった。





 何年経ったのかなあ、と指折り数えてみる。ついに、十本の指では足りなくなった。十本目の年に、とあるその有名な男がこの星を寒くしたのだ。連邦政府はしかたがないから、地球に残った人々を最終的に残らず宇宙に上げる政策を打ち出した。・・・・・・結局は男の思う通りに物事は進んだとも言える。それはいいことだったのだろうか、悪いことだったのだろうか。大体何故ジオンの人間はみんな地球になにかを落としたがるんだ。コウは、宿舎の裏手にある丘に登ってその中腹あたりで寝転びながらそう考えた・・・・くしゃ、っと身体の下の枯れ草が乾いた音をたてる。初雪の降った夜に、大地に寝転んでその雪を浴びる、三十路過ぎの男。・・・・ああ、なかなかしみったれていていいカンジかもしれないな、今の俺。
「・・・・・13年。13年も経ったのか、それで今日は13日。・・・・13ばっか。・・・・縁起悪いんじゃないのか?」
 もっと遠くに行って、本当にまっくらな中に行って、そして地面に寝転びたかったのだがもう基地ゲートの入り口は閉められている時間だろう。去年も、その前の年も、自分はこうして初雪の度に大地に寝転がってきた・・・・だって毎年冬が来て、雪が降るから。なんで雪なんて降るんだろう。そうして考えていた、自分は、今もここにいる・・・・・・・いろいろなものの降って来たこの星に。いいや、いろいろなものが降ってきすぎたこの星に。
 シャア・アズナブルという男は、結局この星を寒くして、そして本人が考えていたのよりスピードは遅いのだろうが、宇宙に人々をあげることに成功した・・・・・それじゃ、なんだろう。ガトーは成功したのかな。穀倉地帯にコロニーを落として、それで自分の目的を。
「・・・・・・・・・・・十三年も経ったんだけどなあ・・・・・・」
 コウは両腕をおおきくそらに向かって広げて、そして呟いた、問題はいつもそこなのだ。いつもいつもそこなのだ。シャアという人のやりたかったことは分かる。存外に分かりやすかった。が、いまだにガトーのやりたかったことの真実が自分には分からない。そんなコウの上にあとからあとから、白いひらひらが降って来た・・・・・・・・あまりに解決がつかない、あまりに苦しい、あまりにこの世の中には理解出来ないことが多すぎる!!ある日は、コウはガトーは成功だったのだと考える。コロニーは北米大陸に、ちょうど今コウのいるあたりに落着して、地球は自給自足がそれまで以上に出来なくなり、コロニーとの連体を深めざるを得なくなったから。だけどある日には、コウはガトーは大失敗だったのだと考える。確かにろくなものではなかった連邦政府のその一部の増長を産み、そうしてティターンズが生まれたから。もっとも、そのティターンズに対抗する力としてエゥーゴも生まれたのだが、エゥーゴが生まれるように、なんて思ってガトーが地球にコロニーを落としたわけはないからこんな発想自体がそもそもナンセンスだ。ただ1つ分かることは、自分がいまも生きている、ということである。
 そうだ、自分は死ねなかったのだ、とコウは思った。そして、階級の名前が少し変わっただけで今もこの基地にいる。軍人をやっている。独身で、しみったれた感じで、大地に寝転がってなんかいる。そうして、その後の歴史を見続けることになった。ティターンズもエゥーゴも今はもうない。シャアという人と、それを止めたのだと言うアムロとか言う人すらももうこの世にはいない。だけど自分は生きている。・・・・今も生き続けてこうやって雪が降りしきる丘に寝そべっている。・・・・・・・まっくらなそらから、とめどもなく雪は降って来た、ああもういいかげんにしてくれとコウは思う、そうだ、どうして自分はどこかで死ねなかったのだ、どこかで死んで、そうして終わりにすることが出来なかったのだ、この人生を!!気がつけばもう身体の上にずいぶんと雪が降り積もっていた。毎年こうやって寝転がっていても死ねないことをコウは良く知っている。知ってはいるが、それでも初雪が降るとそらを見上げて寝転ばないわけにはいかないのだった。どうして自分が死ねなかったのかって、それは・・・・・・・・・・そうすることを許してもらえなかったからだ。




 目を開いた瞬間を思い出す。・・・・・・ミラーの直撃を受けて、焼け焦げた三号機の中で。・・・・・・・いなかった。どこにも誰も、いなかった。・・・・・・・・・・だから、死ねなかった。




 自分はあの時死んでいておかしく無かったと思う。いや絶対に死んでいるはずだった。・・・・戦って!そういう歴史の直中(ただなか)に自分はいたと思う。死ぬことは逃げなのだと、逃げることは弱いのだと、だからそう考える自分は弱虫なのだと笑いたい人間は笑えばいい。しかしそういう問題ではおそらく無かった、そういう次元でもおそらく無かった、ただ自分は死にたかったし、そういう激高があの時にはあった、そういう覚悟で戦っていた。他にはなにも見えなかった。体験したものにしか分からないと思う、それはそういう激高だった、一時だけの真実である。だがそれはコウを捕らえ続けてその後も離さなかった、死すべき瞬間の幻想である。・・・・悔いがない。この世に悔いがない。その上、もう地球にこれ以上この星に何かが降ってくるのを見るのなんかがたくさんだ、だけど自分は生きている。他人にどう思われてもいいから自分の思うようにしたいことを人はわがままと言う、そしてわがままと自由は確かに違うのだろう、しかし問題はそれを理解しつつもその思考をとりとめもなく毎年毎年くり返してしまう自分自身にある。ああ、そんなことすら自分は気付いている、分かっている、分かっているがやっている行動と言えば、出来ていることと言えば、初雪が降った日に草原に横になるくらいのことなのだ。
 大体、雪が悪い。あっという間に溶けるのに、溶けて消え失せるのに、溶かすことも容易なのに、気がつくと積もっている
雪が悪い。・・・・・・・・降って。・・・・・・・・・・・・・・なんだよ、降って。




 あとからあとから降って来るなよ。・・・・・そらから。これも、ジオンの連中が降らしてるんじゃないのか。雪とか。




 あまりに雪は儚かった、あまりに雪は意味が無かった、あまりに雪は重みが無くてそして美しかった、ああジオンの連中が吐いた幻想そのままに!!思えば、あの時が、間違い無く自分の思う通りに死ねる最初で最後の瞬間であったのだ。・・・・あの13年前の今日が。しかし、自分はそれすらも拒否された、出来なかった、この先の人生を延々と生きろ、と宣告された、目が覚めたら誰もいなかった、そして実際自分は生きている!

















 ・・・・・・・・・・・・共に死ぬことすらあの人は許してくれなかったので。
















 結局そういうことだったのかな、とコウは思う。だから、毎年初雪を浴びて泣いて・・・・そうして涙は熱いのに、雪は中途半端にしか解けない。体が半分ほど埋まったところで、コウは雪に埋もれることに飽きた。そして、起き上がった。・・・・・・共に死ぬことすら、共に死ぬことすらあなたは許してくれなかったので。・・・・・自分は生きている。
 今年も首を振って、コウは雪を落とした。・・・・・それから、宿舎への暗い道を、ゆっくりと歩いて戻っていった。・・・・・誰もが死にゆく中・・・・共に死ぬことすらあの人は許してくれなかったので。














 宿舎へ戻る途中に思いきり雪を蹴り上げた。・・・・・それは三十路過ぎには似つかわしく無い、実に子供地味て・・・・・・・・だが、行き場を失って彷徨える魂が、その己を表現するには十分すぎる行動だった。






















2002/05/07

0083>>>0083年
逆シャア>>>0093年
ついでのV>>>0153年・・・・この時点で「特別区」を除き地球上にほとんど一般市民は残っていないことになっているらしーですよ(宇宙世紀年表によると)。










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