「・・・・・俺ぁ自分の隊からホモが出るなんざまっぴらだ。」
 部屋に入ったとたんに、目の前にしかめつらしく立っていた教官がそう言うので、俺はビビって思わず部屋から出そうになってしまった。・・・・・ホモが何だって?それから、ちょっと思い付いて後ろを振り返って見たのだが、もちろん部屋の中には俺と教官の他には誰も居ない。
「・・・え、えーと・・・・?あ、そうだ、忘れてた、チャック・キース、入ります!」
「遅ぇよ。もう入ってんじゃねーか。」
 マシュウ・ロドリー中尉は、そう言ってますます渋い顔になった。ちなみに、ロドリー中尉はなかなかに口が悪くて、いつもこんな調子である。
「えーと・・・・・」
「いいか。良く聞け、俺はホモ野郎なんざ空気の足りねぇ宇宙人の連中だけで十分だとつねづね思っている。」
「・・・・・いや、宇宙人と言うのは差別的発言かと・・・せめて、『スペースノイド』とか・・・」
「黙れ、半人前!」
 俺はもう一回逃げ出そうと思った。あと、情けないことに泣きそうになった。・・・なんだ?なんで俺、急に中尉に呼び出された挙げ句に、ホモ呼ばわりされなきゃならないんだ!?
「自分には中尉の発言の意味が分かりかねます・・・・」
 それでもそう呟いた俺の声に、やっとロドリー中尉は自分の会話の内容が飛躍していたことに気付いたらしい。そこで、彼は椅子に座ればいいのに、わざわざ机に座ると、俺を手招いた。
「・・・あぁ。悪かったな、半人前。誰も、お前のことが空気の足りねぇホモ野郎の宇宙人、と言っているわけじゃねぇ。」
「だから、それは差別発言かと・・・・」
 俺は良心の呵責に耐えかねてまた反論してしまったが、そんな俺の頭を今度は軽くひっぱたいてから今度は小声(の、つもりなのだろうが、中尉的には、しかし中尉の声は元からとても大きかったのでそう小声でもないよな、と俺は思った。)で俺にこう言った。
「うるせぇ。・・・・俺が言いたいのはな、ウラキのことだ、コウ・ウラキ。・・・・お前と仲良しさんの!」
 ああ、コウがね・・・・って、えぇええええ?コウがなんだって?ホモ野郎?





 時は宇宙世紀0082年、十二月。・・・凍てつく旧ヨーロッパ地区にある地球連邦軍士官学校で、俺は士官の卵として最後の年を送っていた。



















疑惑




















まあ、だから聞け。俺のところに届いた報告はこうだ。・・・・・・『コウ・ウラキという人物が風呂場で男といちゃついているのを見た。』『コウ・ウラキという人物が脱衣所で見なれぬ男と非常に懇意らしかった。』『コウ・ウラキという人物が金髪でサラサラストレートやや長めの、そりゃあ美しい男と廊下を湯気をたてながら歩いており・・・・』・・・・・みんな風呂場関係なのが笑えるな。以下略。そんな訳だ。お前、心当たりは。」
「・・・・・・無いっすね。」
「返事はもっとテキパキと!半人前!」
「全く記憶にありません!」
 地球連邦軍の士官学校は数多くあり、仕組みやシステムもその系列ごとに微妙に違っているのが普通で、『多くの軍隊の寄せ集めが「地球連邦軍」だからだ』などと授業では教わっていたが、まあ今回は俺のいるナイメーヘンという士官学校の仕組みを話すだけで事足りるだろう。
「・・・・・記憶にありませんだぁあああ?コウ・ウラキと一番仲がいいのはお前じゃ無ぇのか!!」
「確かに自分であります!・・・・が、心当たりなんかマジで無いですってば!痛いです、ひっぱらないで下さいよ!」
「あぁあああ!?半人前、もうちょっとマシな口を聞け!」
「コウはホモじゃないと思うっ・・・・!」
「それが上官に対する口の聞き方か!」
「み、耳を引っ張られていると、発言もこれが限界でありまして・・・・!!」
 ナイメーヘン士官学校というのは地球連邦軍の士官学校の中でもかなり上位にある学校で、予科、というのを含めると丸三年、志願者はその学校で学ぶこととなる。『上位』などと、士官学校に格付けがあるのもナンセンスな話だが、これは現実のことである。妙なたとえだが、ジオン軍の『ザビ家記念中央士官学校』とそれ以外の士官学校、をイメージしてもらったら分かりやすいだろうか。そういうものが、そういう区別が、確かに地球連邦軍にもあった。新設のコロニーやら、へき地にある士官学校には一年入っただけで尉官になれるところもあると聞いた。・・・が、まあ聞いた話である。
「おっまえ、ウラキと一緒に風呂に入ったりしないのか!」
「しますよ!それはしますよ、一緒にシャワールームに行ったり良くします、でも毎日じゃないですよ、」
「それで、その『疑惑の男』を見た記憶は!!」
「だから、無いですってば!!・・・・これは権力の違法な行使だ、ぎゃー・・・!!耳ひっぱるの反対!」
 そこで、ため息をつくとロドリー中尉はやっと作戦を変える気になってくれたらしい。俺の耳から手を離す。俺は自由になった自分の耳押さえながら思った・・・・ああ、なんでコウのせいで俺がこんな目に!?
「・・・・・そうか。うぅーん・・・どうすっかな。まあ、俺もこんな切ねぇ事態に陥ったのは初めてのことなんでな、悲しみを覚えてはいる。考えてもみろ。自分の愛する半人前にだな、空気の足りねぇ宇宙人みたいなホモ疑惑なんぞが持ち上がり・・・」
「いや、それはきっぱり差別発言かと・・・・」
 ロドリー中尉は強攻策をやめて、泣き落とし作戦に出たらしかったが、俺は口答えしてしまったことであっというまに懐柔策はやめたらしかった。・・・耳の次は鼻か!俺は、見事に鼻を摘まみ上げられた。
「・・・・・・・ふ、ふいまへんでひた、もうひひまへん・・・・っっっっ!!」
「あぁぁあ、聞こえねーよ、半人前!」
「ふひー・・・・・!」
 さて、くだんのナイメーヘン士官学校がどういう仕組みになっているかというとこんな内訳である。一年目が『予科』。これは、通常で言うところのハイスクールとあまり変わらない。士官の知識レベルを高卒にしようという程度の科だ。その後が一般士官科。面白いことに、予科からこの士官学校に入らなかった通常のハイスクールを卒業した人間は、ここに編入されることになる。その次、つまり今の俺の状態が高等士官科。・・・別名、予備役。実を言うと、ここまで来ると軍には配属されていないだけで、軍籍を貰い、軍人と同じ扱いになる。つまり、学生にも関わらず給料がもらえるのだ。戦争の真っ最中で、人手が足りなかったりすると、もちろんこの予備役の学生はすぐにも辞令を貰って、戦闘要員として前線に送りだされることになる・・・が、今現在は有り難いことに地球連邦軍は何処とも戦争を行っていなかった。そんな状態の『予備役』はひどくのんきだ。俺も学生生活を謳歌していた・・・・給料を貰いつつも。
「・・・・もう一回言うぞ。『疑惑の男』、つまり正体の分からない、ウラキといちゃついてた、っていう男だな・・・その男の目撃情報を総合すると、こうなる。」
「・・・・はい。はいはい、聞きます・・・・」
「返事は一回!」
「イエッサ!」
 やっとの思いで鼻を離してもらうと、かろうじて背筋をのばした。・・・ああ、死ぬかと思った!
「その一。その男は、美しい金髪。やや長め。」
「はぁ・・・・・金髪・・・・」
 俺はロドリー中尉が苦々しげにそう言うのを、なんとなく呆れた面持ちで聞いていた・・・・あぁ、だから、この柄の悪いロドリー中尉は教練士官で俺の『教官』ではあるのだが、軍籍に属したこの九月からの、俺の『上官』でもあるのだ。
「その二。その男の目撃情報は、この九月から始まっている。」
 そうだ、一つ説明し忘れたが、そうやって予科、一般士官科を経て仮にも軍籍となり、隊に配属されてその後の一年を送る俺達は、それまで幾つかに分割されていた寮が統合され、『宇宙士官』だの『陸軍士官』だの『戦術士官』だの『技術士官』だのが集まって・・・・つまり、見知らぬ新しい仲間が大量に寄り集まって、そこで初めて『ナイメーヘン高等士官科』となるのだった。少し前にも書いたけど、ちなみにこの『高等士官科』に外から編入しようとすると、今度は大学を卒業していないとその資格がない。この辺りは不思議だ。・・・だって、俺達は予科からいるおかげで、まだ十代そこらでそこにいるのに、新しい仲間は本当に、いろんな年齢の人間が集まってくるから。
「その三。・・・・てめぇ、キース、聞いてるか?」
「聞いてます、聞いてます・・・・」
「返事は一回!」
「イェッサ!」
「その三。その男はウラキと異様に仲が良く、よく風呂場で目撃される・・・・分かったな!」
「イェッサ!・・・・・・え、でも、俺にどうしろと・・・・・」
 そこで遂に、俺は柄の悪いロドリー中尉に殴られた。それも思いっきり!
「ばぁか!てめぇ、今までの話を聞いてやがったのか!」
「はあ、いや、一応・・・・・」
「・・・・・俺ぁ自分の隊からホモが出るなんざまっぴらだ。」
 そこで、ロドリー中尉は目頭を押さえつつ(多分演技だろう、)俺にもう一回同じ台詞を呟いた。俺は、ロドリー中尉の片寄った、かつ荒っぽいスペースノイド観をもう一回聞かされないよう神に祈った。・・・・はいはい、だから、俺にどうしろって!?あぁー、休息時間に呼び出されて友人のホモ疑惑を聞かされて終わるほど空しいことはない。
「お前ぇはな。・・・・注意して見てろ、これからの風呂は全部ウラキと一緒に行け!!・・・・いいな!」
「・・・・ぇえー!!」
「異常があったら逐一俺に報告!」
「・・・・ぇええええー!!」
「文句あるのか、キース・・・・・!!大体てめぇはだな、返事の基本ってもんが・・・・・」
「やります!やりますもう、コウの監視!!・・・・・・・・・心から!!」





 ・・・・・さて、中途半端な気がするかもしれないが、俺の話はここでおしまいである。・・・・何故か?コウの『ホモ疑惑』はどうなったのか?誰もが疑問に思うことだろう。その結論は出たのだが、あまりに下らなくて俺は語る言葉を多く持たないのだ。





 もちろん俺は、上官であるロドリー中尉に呼び出された経過も、その理由もコウに後で話した・・・・俺は、実に正直な性格だったからである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ?」
 コウは実に頓狂な顔をした。心から驚いているという、それは顔だった。俺はコウを信じていたが、それでも念のため聞いてみた・・・・が、コウの返事はこんなものだった。
「・・・・・・は?・・・・・えぇっと、でもさ、僕、あの・・・・キース以外とシャワー一緒に行かない、ええっと・・・・行ったことも無い。」
 ・・・・・これはヒントである。最大のヒントである。・・・・これでもまだ、このふざけた騒動のオチは分からないだろうか。俺は、自分でその結論を話さないといけないだろうか。





 後日、俺はもう一回ロドリー中尉に呼び出され、そして誰かがデジカメで隠し撮りしたのだという・・・そういう、コウ・ウラキと『疑惑の男』の、ツーショット写真を見せられた。慌てて撮ったものなのだろうか、画像がボヤけて、曖昧な写真。俺は、その写真を見た時心からため息が出た。・・・・・あぁ。本当に、疲れ果ててため息が出てしまったのである。一体、この写真をとったのは何処の誰だというのだ。高等士官科からこのナイメーヘンに来る連中は確かに多い・・・・それにしたってなぁ。
「あの・・・・・・」
「何だ?」
 ・・・・俺はそれでも、非常に遠慮がちに、教官で、上官でもある口の悪いロドリー中尉にこう言ったのだった。










・・・・・・これは俺です。・・・・・俺。・・・・・眼鏡外して、髪の毛が濡れてる時の俺。










 さて、これで本当に俺の話はおしまいだ。俺は、天然でクセっ毛なので、普段は確かにサンド・グレーの髪色なのだが、そうして盛大にクセがついているのだが、濡れると色が濃くなって、ちょうど金髪のような色になる。髪が巻いているおかげで気付かれないが、意外に長い。あと、天然のクセっ毛というのは濡れるとストレートになる。やや長めの金髪、なんてうわさが飛んだのはそのせいだ。・・・・・・・・・たぶん。
「・・・・・・キース、貴様ぁ・・・・・・・・!!!」
 ロドリー中尉は不条理に怒っていたが、そんなことは俺の知ったことではない。・・・・今年になって高等士官科に入って来た連中の仕業じゃないか。っていうか、怒りたいのはこっちの方だ!・・・・そんなに俺は、コウといちゃついてたか!!??えぇ!!??





 地球連邦軍は平和だ。・・・俺はつくづく、この出来事でそう思ったのだった。(サブタイトル:「キース、その人生最大の受難。」)
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・完。

























2002.12.20.





(つーか、sayさんが感想にこんなステキな画像を下さいましてね!
どうっすか!みなさまも、御覧下さい、湯気のたつ二人/笑!!)




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