「……君、」
「はい。」
声をかけられてガトーは面をあげた。するとそこには、自分を見て驚いたように目を見開く人物の顔がある。
「……神を信じているか?」
「まさか。」
問われた真意が分からなかったがガトーは即答した。見慣れない人物と言えばこのパーティ会場にいる全ての人物が見慣れなかった。……ザビ家主催のハロウィンパーティだかなんだか知らないが、軍服は避け、しかも仮装して来る様にお達しが出たからだ。実際、目の前にいる男も、今まで一度も見た事のない顔だった。しかし仮装をすることはガトーと同じように嫌だったらしく、黒いイブニングスーツを身に纏っている。この場にいると言う事は、政治家で無ければおそらく軍人だろう。
「……ああ失礼。質問が唐突過ぎたな。」
「ええ。……あなたは一体どなたです。」
パーティ会場の喧噪に紛れながらガトーがそう聞くと、相手の人物は面白そうに首を竦めた。黒いスーツで。
「シャア・アズナブル。」
「あぁ。」
それで顔を見知らなかったのか、とガトーは思った。仮装パーティだというのに、通常付けている仮面を付けないことがこの人物にとっては仮装になっている。
「……それで色の事なんだが。」
「なんだって?」
ガトーはシャンパングラスを持ったまま聞き直した。相手も同じ階級であると知ったので、敬語は止めた。
「色だよ、色。……君の瞳の色。」
「……それに何か問題が。」
ガトーは眉をしかめた。初めて出会った人間に対してこの態度はどうだろう。しかしシャア・アズナブルは面白そうにロックグラスをガトーの顔の前に掲げた。
「紫色は『喪』の色だろう。……キリスト教だと。で、そんな色の瞳で生きてゆくのは辛くはないか、と聞きたかったんだ。……それでさっきの、」
「『神を信じているか』という質問に戻る訳だな? 順番がめちゃくちゃだ。」
「確かに。」
シャアは声を上げて笑った。……彼は酒に酔っているのだろうか。
「返事はもうしてしまった。」
「そうだったか。」
「神を信じてなどいない。」
「そうだった。」
するとシャアは、グラスを脇のテーブルに置き、腕を組んでしたり顔でこう言った。
「……聞いた話だが。……東洋では、『紫』は高貴な色なのだそうだ、例えば、日本などでは。」
「聞いた事が無い。」
「キリスト教の僧侶は葬式をする時に紫の服を着るが、仏教の僧侶は位が高いものほど紫の服を着るのだそうだ。君、そういえば君の名前も聞いてなかったが、」
「アナベル・ガトー。」
ガトーは少し呆れながらそう言った。……本当に話の順番がめちゃくちゃだ。
「そうだった、アナベル・ガトー君。……君、日本に生まれれば良かったな。」
「……意味が分からん。」
「忌まれるよりは、尊ばれたほうがきっと人生は素晴らしいに決まっているよ。」
それだけ言うと、シャアは側から離れて行った。
『世の中には幸も不幸もない。ただ、考え方でどうにもなるのだ。』 ウィリアム・シェークスピア
やけに色にこだわるその人物に二度と会うことは無かった。……パーティ会場のような場所では。
戦場で時たま見かけるその姿は、彼のパーソナルカラーの『赤』そのままに華やかで印象深かった。
……私は自身のパーソナルカラーに「紫」を選ぶことも無く、その後の人生を過ごしている。
さて、私の人生が終わった時、人はそれを『幸』と呼ぶだろうか、それとも『不幸』と呼ぶだろうか。
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